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シンとトニーのムーンサルトレター 第120信

 

 

 祝!! ムーンサルトレター120信(10周年)

鎌田東二ことTonyさんへ

 Tonyさん、120回目の満月が上りました。今年は終戦から70周年、地下鉄サリン事件から20周年という大きな節目の年ですが、わたしたちのムーンサルトレターがついに10年目を迎えたのですよ! 10年間といえば、当時生まれた赤ちゃんは小学4年生になっているんですよ。すごいじゃありませんか、えらいことじゃありませんか、今宵は大いに祝おうじゃありませんか! 120回達成を記念して、レターの単行本化である『満月交感』上・下(水曜社)の続編もぜひ出版しましょう!

 さて、この1ヵ月間というもの、わたしは慌ただしい日々を過ごしていました。ゴールデンウィークが明けた5月8日、わたしは開創1200年で盛り上がる高野山を訪れました。高野山は空海が密教を広める根本道場として開創した場所として有名ですが、正確には高野山という名称の山は無く、今来峰・宝珠峰・鉢伏山・弁天岳・姑射山・転軸山・楊柳山・摩尼山の八葉の峰と呼ばれる峰々に囲まれたに蓮の花が開いたような盆地状の平地地域を差し、日本では珍しい100以上の寺院が密集する宗教都市で、「一山境内地」と称されるように高野山の至る所がお寺の境内地であり、高野山全体が聖地になっています。

 まずは、タクシーで奥之院に向かい、司馬遼太郎の文学碑の前で記念撮影してから、真言密教の総本山である金剛峯寺を訪れました。本尊は弘法大師座像で平成の大修理以来の16年ぶりに持仏御本尊開帳されています。そのせいもあって、大変な人の数でしたが、初めて見る室内のようすは素晴らしいものでした。また、石庭も素晴らしかったです。中では、法話や紙芝居が行われていました。

 それから、伽藍中門を訪れました。ここは、昨年172年ぶりに再建されました。金堂の中にも入りました。本来は講堂として創建されたものですが、現在は金剛峯寺の本堂的な扱いになっており金剛峯寺で行われる重要行事の大半はここで行われます。また本尊の薬師如来坐像は1932年の完成以来一度も開帳されておらず、今回の御本尊特別開帳が初の開帳となります。それから、霊宝館を訪れました。今回の高野山開創1200年記念展に併せて、「高野山三大秘宝と快慶作孔雀明王像」が特別展として展示されています。今回の特別展で展示されている三大秘宝とは「聾瞽指帰(ろうこしいき)(国宝)」・「諸尊仏龕(しょそんぶつがん)(国宝)」・「金銅三鈷杵(飛行三鈷杵)(重文)」の三点です。

 そして、壇上伽藍です。旧暦の3月21日に当たる5月9日、旧正御影供が執り行われます。前日に当たる8日の夜には「御逮夜(おたいや)」が執り行われ御影堂で年に一度の一般内拝が出来ますので今回参拝致した次第です。夕方6時になって大きな鐘が衝かれ、御逮夜が開始されました。18時に御影堂を訪れると、多くの人が集まっていました。わたしが見学していると、「一条さんではありませんか!」と声をかけられました。その人は荻原哲郎さんという方で、岐阜県から来られたそうです。Tonyさんのお知り合いの方で、わたしのブログをいつも読んで下さっているそうです。俳優の田中要次さんによく似た荻原さんは『超訳 空海の言葉』も読んで下さったそうで、ありがたいことです。



金剛峯寺で『超訳 空海の言葉』を持つ

USJ「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」にて
 さて、御逮夜を見学してからタクシーで帰ろうとしたのですが、タクシーが1台も見当たりません。総合案内所や観光協会に頼んでタクシーを呼んでもらおうとしたのですが、なんと乗務員さんが上がってしまって1台もないとのこと。仕方ないので、それから1時間近くも待ってバスに乗りました。

 お腹が空きましたが、食堂も17時頃にすべて閉まってしまいます。どうも、宿坊に配慮しているようで、飲食店は夜間の営業を控えているものと推測されます。しかし、この日は宿坊も満室で泊まれません。観光客はどこで食事をすればいいのでしょうか。また、開創以来最も大量の観光客が訪れているはずのこのシーズンにタクシーが1台もないというのも驚きました。お遍路さんの「お接待」は有名ですが、高野山には「おもてなし」の欠片もないようですね。それとも、密教は「観光」を否定しているのでしょうか? わたしは空きっ腹のまま再びケーブルカーに乗って下山し、それから2時間くらいかけて大阪まで戻り、串かつを食べました。

 そのまま大阪に宿泊したわたしは、翌9日、13年半ぶりにユニバーサル・スタジオ・ジャパン大阪の(USJ)を訪れました。USJ]といえば、なんといっても話題の「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」です。ここを一度体験してみたかった! 公式HPには、「ハリー・ポッターの物語の世界を、圧倒的なスケールと徹底した細部へのこだわりで再現した壮大なエリア、ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッターへようこそ。そびえたつホグワーツ城、その前には魔法使いの住むホグズミート村が広がり、ライド・アトラクションや数々のお店も。あなたはここで、“あの世界”を実際に楽しむことができるのです」と書かれています。

 映画「ハリー・ポッター」シリーズといえば、シリーズの全作品が、世界中で爆発的なヒットを記録しました。原作はイギリスの女流流作家J・K・ローリングによるファンタジー小説で、1990年代のイギリスを舞台に、魔法使いの少年ハリー・ポッターの活躍を描いています。物語には、ハリーの学校生活や、ハリーの両親を殺害した張本人でもある強大な闇の魔法使いヴォルデモートとの因縁と戦いが描かれています。

 昨年オープンしたばかりの「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」は、そのまま1つのテーマパークといった感じです。まずは、その広さとスケールの大きさに圧倒されました。なによりも、ホグワーツ城の偉容に感心しましたね。前もってチケットを予約しておいたわたしは、最初に「フライト・オブ・ヒッポクリフ」に乗り、それから「ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー」の二大アトラクションを体験しました。ただ、両方とも絶叫マシン系のアトラクションだったのが残念。

 「ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー」には怪奇系のキャラクターが大挙登場していました。そこで気づいたのですが、映画の「ハリー・ポッター」シリーズは基本的に怪奇映画なのですね。そう、「ユニバーサルの三大モンスター」と呼ばれるドラキュラ、フランケンシュタイン、狼男の系統にあるユニバーサル映画のお家芸としてのホラー・エンターテインメント。それが「ハリー・ポッター」シリーズの本質ではないでしょうか?

 というのも、ちょうど前日、『インヴェンション』高山宏・中沢新一著(明治大学出版会)という対談本を読んでいたら、『ハリー・ポッター』の話題が出てきました。明治大学国際日本学部教授の高山宏氏は、同書の「『ハリー・ポッター』の謎」で以下のように語っています。「『ハリー・ポッター』なんか、日本でもあんなに人気があるのにちゃんとした批評が出ないのは、イングランド対スコットランドの本当の問題が理解されていないせいだよね。だいたい『ポッター』って、壺つくりのことだよ。人間を土からこねて作るという、要するにゴーレム思想みたいなものだよね。一方で『ハリー』って悪魔のことだからね。特に『オールド・ハリー』といったらサタンのことだ。だから、『ハリー・ポッター』って聞いただけで、とんでもないストーリーだってことがわかるはずなんだ」

 なんと、『ハリー・ポッター』は悪魔の物語だったのです! その証拠に、高山氏いわく、ほとんどの話は地下で進みます。また、明治大学研究・知財戦略機構特任教授の中沢新一氏が「3巻目からはちょっとがっかりしてしまったけど」と言えば、高山氏は「最初の2巻は錬金術の基本的な教科書みたいなものだけれどね。特に『秘密の部屋』」は素晴らしい」と述べています。たしか荒俣宏氏も同じ意見だったと思いますが、『ハリー・ポッター』の正体とはガチンコのオカルト書なのです! ところで、『インヴェンション』の中で、高山氏が「鎌田東二はギリシャでゼウスの生まれ変わりだって言われたらしいよ」と述べ、中沢氏が「それはすごい!」と驚いているのですが(笑)、これは本当ですか?

 わたしは魔法の世界を再現したテーマパークを大いに堪能したわけですが、前日に訪れた高野山にどことなくムードが似ている気がしました。思えば、空海もハリー・ポッターも偉大なる魔術師です。空海が平安日本のハリーなら、ハリーは現代イギリスの空海なのかもしれません。両者の背景には、伝説やファンタジーといった豊かな物語世界があります。「魔法」とは正確にいうと「魔術」のこと。西洋の神秘学などによれば、魔術は人間の意識、つまり心のエネルギーを活用して、現実の世界に変化を及ぼすものとされています。ならば、冠婚葬祭などのセレモニーも魔法になりうるわけで、わたしは多くの方々を幸せにする「白魔術師」になりたいと思いました。



光明山普覚禅寺の大仏

光明山普覚禅寺のパゴダを背に
 話は変わって、5月23日から27日まで、シンガポールに行ってきました。わたしが会長を務める全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の中部ブロック研修会が200回を迎え、その記念として海外視察研修が企画されたのです。現地では、さまざまな冠婚葬祭施設などを視察しましたが、最終日に訪れた「光明山普覚禅寺」が印象的でした。シンガポールには、さまざまな民族が住んでいます。当然ながら宗教の多様で、生粋のシンガポーリアンの心は儒教に支えられていますが、狭い国内にはタイ、ミャンマー、チベット、スリランカ、中国などの仏教寺院、道教、ヒンズー教やシーク教寺院、キリスト教の教会、ユダヤ教会、イスラム教のモスクなどが建っています。さながら「宗教見本市」といった観がありますが、そんな中でシンガポールの郊外に建つ中国系仏教寺院である光明山普覚禅寺は、シンガポール最大の寺院です。巨大な観音像を中心に広い芝生には置かれたたくさんの小坊主の像なども並んでおり、さながら「宗教テーマパーク」といった印象でした。この光明山普覚禅寺は、火葬施設、納骨施設、それに本格的な寺院に13.8メートルの巨大な大仏、さらにはパゴダ(仏塔)まで揃っており、非常にバラエティに富んだ宗教施設です。シンガポールにおける仏教のプレゼンテーション施設と言えるかもしれません。火葬場や納骨堂も併設しており、その総合性には目を見張りました。



クラウドフォレストにて

スーパーツリーを背に
 それから、最終日には現在のシンガポールで最もHOTな場所である「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」も訪れました。超巨大スケールの植物園です。フラワードームとクラウドフォレストという巨大な2つのガラスのドームが目玉です。フラワードームの中はファンタジーの世界が広がっており、各種の家畜をはじめ、ドラゴンなどの幻獣もいました。イメージ的には「進化したイングリッシュ・ガーデン」といったところでしょうか。どことなくディズニーランド的な雰囲気も漂わせており、幻想的な世界を作り上げていました。また、クラウドフォレストでは、高さ35メートルの超巨大な人工の山が出迎えてくれました。なんと頂上からは人工の滝も流れ落ちていて、ものすごい迫力でした。

 さらには、2つのドームの外には高さが25〜50メートルの「スーパーツリー」がそびえ立っています。ジョン・ウィンダムの名作SF『トリフィドの日』を連想させる終末的なイメージのスーパーツリーを見上げながら、わたしは「ああ、シンガポールってSF国家だなあ」と思ったのでした。

 ということで、このレターもめでたく120回を迎えましたが、これからも末永くよろしくお願いいたします。それでは、121回目の満月の夜まで、オルボワ—ル!

2015年6月3日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 120信、10年、ですかあ〜。そんなに時と回数を経たとは全く思えませんね。まるで昨年から始めたような感じです。時間が立つのは早いものです。というよりも、実に目まぐるしくこの10年動き回ったので、あっという間だと感じているということですかね?

 でも、ということは、Shinさんが42歳でわたしが54歳の時からムーンサルトレターの交換を始めたということですね。お互い、40代、50代の「油の乗りきった」(?)時期を毎月優雅に満月の夜に文を交わしつつ「乗り切って」来たというわけのですね。

  行く年は「十年(ととせ)」とぞいふ友と共
    月船漕ぎて 天(あ)宙(ま)翔(かけ)りけり

 お粗末!

 Shinさんは、先月4月9日に沖縄で「海洋葬」に参列し、4月18日に山口県岩国市で「樹木葬」の下準備をされたと先回第199信のレターにありました。海も山も森も、これからさらにいろいろな形で「自然葬」が行なわれるようになると思います。お墓に入る人よりも、海や森に入りたいと思う人が増えてくることは間違いないでしょう。身近な男女に聞いてみても、お墓に入りたいという人は少ないですね。家の存続とお墓の維持と檀家制度がセットになっていて、これまでお墓も維持され継続されてきましたが、これからは「お墓事情」は大きく変化していくと思われます。

 わたしは、4月26日から30日まで沖縄に行っておりました。斎場御嶽や浜川御嶽やヤハラヅカサなどの聖地を巡り、久高島に渡って、久高小中学校長の久貝悦子先生にお会いし、小学1年から中学3年までの全教室を見学させていただきました。小学校児童が全部で7名、中学校生徒が全部で18名、総勢25名の久高小中学校です。

 確かに島の人口は200名程度、常時住んでいるのは150名程度なので、とても小さく人も少ないのですが、ここが「神の島」とされてきたことには謂れがあります。それは、第一に、琉球王府のあった首里から東南の、冬至の朝日が昇る方向に位置していた、ニラーハラー(ニライカナイ)と最も近い中継点と信じられていた方です。第二に、そこは琉球創世神話において、始祖神アマミキヨ(アマミク)とシネリキヨ(シネリク)が最初に降り立ち、島を作ったと信仰されたからです。興味深いのは、その位置です。沖縄本島からわずかに離れ、目視できる小さな離島、地先の島であったことです。そして、そこから世界遺産にもなっている琉球王府最高の聖地・斎場御嶽の拝所の三庫理(サングーイ)から真東に遥拝できる位置にあったからです。ニライカナイへの魂の中継点として、久高島は最も相応しい島であったと思います。

 琉球創世神話・開闢神話で大変興味深いのは、最初に名前を挙げられる始祖神アマミキヨが女神であることです。『古事記』や『日本書紀』などの大和王権も伝承を語る日本神話では、常に男神のイザナギノミコトが先に出てきて、それに続く形で女神のイザナミノミコトが出てきますが、琉球神話では女神のアマミキヨが先に出てきて圧倒的な存在感を示し、男神のシネリキヨの影が薄いのです。まあ〜、生物や人間世界はみな本来そのような母系・女系であったと思いますがね。その点で、琉球神話の女神優位の伝承は神話の古形を感じさせます。『古事記』や『日本書紀』はかなり男性知識人の加工が加えられていると思われます。それでもなお『古事記』は圧倒的に女性性が優っていますが。このアマミキヨの物語は、神謡の「オモロ」や浄土宗の僧袋中が記した『琉球神道記』や琉球王府の羽地朝秀の編纂した『中山世鑑』などに伝えられています。

 ところで、わたしが久高島に渡った目的は、大きくは琉球の祭祀や聖地に見られる「身心変容技法」を探ること(例えば、斎場御嶽で行われる聞得大君の就任儀礼の「お新降り」や久高島で12年に1度行なわれてきた神女の継承式である「イザイホー」の事例の身心変容技法と身心変容体験の研究)ですが、もう一つ、京都大学こころの未来研究センターワザ学研究プロジェクトの連携研究員でもある大重潤一郎監督のライフワーク『久高オデッセイ』三部作を完成させることにありました。

 そこで、間もなく完成する『久高オデッセイ第三部 風章』のナレーション(語り)取りをするために女優の鶴田真由さんを案内して、久高島を回り、島の方々から話を聴いたり、小中学校を見学したり、島民の内間豊さんに島を案内してもらったりしたのです。今月、6月21日に再度久高島に渡り、完成作の初上映を久高島宿泊交流館で行ない、まず島の皆様に無料で観ていただきます。完成報告感謝試写会のようなものですね。

 大重潤一郎監督は「神の島・久高島」の記録映画をこの13年撮り続けてきました。大重さんは1946年に鹿児島県坊津で生まれました。作家で読売文学賞受賞者の宮内勝典さんとは鹿児島市の甲南高校で同人誌『深海魚』を一緒に作っていた仲間であり盟友でした。

 大重さんは1965年から映画製作に関わり、岩波映画の助監督を務めた後、1970年に監督デビューを果たします。不思議な、ドキュメンタリーのような劇映画「黒神」がそのデビュー作です。その後、「大阪のチベット」と呼ばれた能勢町のミサイル基地建設の反対運動を記録した1972年の「能勢〜能勢ナイキ反対住民連絡会議」を経て、1986年「水と風」、1991年の「水の心」、1992年の「未来の子供たちへ」、「水の光」、「風の光」、1993年の「葵祭」、1994年の「祇園祭」、1995年の「光りの島」、1996年の「風の島」、2001年の「小川プロ訪問記」など、次々と自然と人間と文明との葛藤と調和への希求を描く記録映画を発表し続けてきました。

 そして2000年に「縄文」と「原郷ニライカナイへ—比嘉康雄の魂」、2001年に「ビッグマウンテンへの道」を「古層三部作」として発表した後、大重さんは沖縄に移住して、久高島を愛し、久高島の魂を写真と文章で発信した故比嘉康雄さんの遺志を受け継ぎながら久高島と那覇市に住み、「久高オデッセイ」の制作に取りかかりました。

 が、2004年10月に脳内出血に倒れ、再起不能の状態まで追い込まれながら、15回の肝臓癌の手術に耐え、激痛と半身身不随の体に鞭打ちながら、2006年に「久高オデッセイ第一部結(ゆい)章」、2009年に「久高オデッセイ第二部生(せい)章」を完成し、終に来週久高オデッセイ第三部風(ふう)章」完成にまで漕ぎつけることができました。大重さん、本当におめでとうございます!

 久高島は沖縄本島東南部に浮かぶ人口200名ほどの大変小さな島です。琉球王朝時代から「神の島」として東方ニラーハラー信仰(他界信仰)を保持してきた島で、これまで12年に1度、午年に神女(カミンチュ)になるための儀式イザイホーが行なわれてきました。しかし、後継者不足のため、1978年以降その伝統も途絶えています。本年2015年の1月5日は午年のその日に当たりましたが、イザイホーの祭りは行なわれませんでした。

 ではありますが、しかし、この12年間の久高島の歴史は、この「久高オデッセイ」三部作に刻み込まれています。「久高オデッセイ第一部 結章」では、漁労祭祀の中心をなす男性神役ソールイガナシーの退任が、「久高オデッセイ第二部 生章」では、最後の神女の退任が描かれ、確かに島の祭祀が不可抗力的に薄らいでいくさまが浮き彫りになってはいます。けれども、「久高オデッセイ第三部 風章」では、島に新しい命が誕生し、若い神女が育ってきている新たな息吹と「風」が力強く表現されていて、未来への希望と期待が膨らんできています。

 もちろん、「神の島」久高島の未来は予測できません。しかしながら、確かなことは、この沖縄の宝物のような「神の島」の精髄といのちを、大重さんが見つめ続け、その姿を可視化し、そこに新たな命と希望が生まれてきたことの輝きを、悠然たるいのちのリズムの映像とともに表現したことは事実です。第三部は特にすばらしい映画に仕上がっています。

 この、映像を通して風や光や空気や気配を感じてほしいという「気配の魔術師」大重潤一郎さんの真骨頂が滲み出ている入魂の作品「久高オデッセイ第三部」と三部作全篇は、来る7月5日に東京両国のシアターΧ(カイ)で一挙上映されます。

 この「久高オデッセイ」と名付けられた稀有なるいのちの讃歌を歌う映像叙事詩をぜひ多くの方々に観ていただきたいのです。その映画の第三部の語りを女優の鶴田真由さん、音楽を新実徳英さんが担当しています。それぞれ映像とは違う深みと次元を声と音の響きで示してくれています。その声と歌を体で心で魂で聴いていただきたいと心底思います。なにとぞよろしくお願い申し上げます(問合せ先:NPO法人東京自由大学

 ところで、Shinさんが高野山やシンガポールに行っている頃、わたしは5月21日に恵文社一乗寺店のコテージでワンマントーク&ライブ「森の声を聴く〜アートと修行〜東山修験道と歌による異種間コミュニケーションの可能性を探る」を行ないました。有難いことに50人くらいの人が聴きに来てくれ満員となりました。恵文社は京都市内だけでなく、市外・府外・国外からも本好きが来訪してくる大変ユニークで素敵な本屋さんです。

 いろいろと歌う曲を選曲して、10曲ほど歌いたかったのですが、「京都伝統文化の森協議会」のことや「東山修験道」のことなど、話が長引いたいので、10曲を歌うことができず、
① 神ながらたまちはへませ
② 弁才天讃歌
③ なんまいだー節
④ 君の名を呼べば
⑤ 銀河鉄道の夜
⑥ 永訣の朝の
の6曲となってしまいました。残念ながら、名曲「フンドシ族ロック」や新作の「天神」「探すために生きてきた」などを歌うことはできませんでした。

 最近、福島の詩人和合亮一さんから連絡があって、8月23日に行なわれる「未来の祀りの」のシンポジウムに参加してほしいという要望があったので、喜んで参加することを決めました。和合さんは、奉納上演時間2時間もかかる創作神楽を作られ、その日の午後のシンポジウムの終った後、夜に奉納上演をされるそうです。和合さんたちがどのような「創作神楽」を作ったのか、興味津々であり、大変期待するところです。

 新学期が始まって、本当に忙しい日々が続いています。左目に時々鈍痛が走るので、網膜剥離が再発しないようにしなければと思うものの、この忙しさのため自分の体をゆっくり骨休みさせる余裕がありません。この1年を何とか無事乗り切りたいと思います。自然の方は、口之永良部島の新岳の噴火や地震もあちこちで発生していて、富士山が爆発することが懸念されます。わたしはこのムーンサルトレターで一貫して自然の大いさ、自然への畏怖畏敬と感謝の重要さ、人間中心主義の傲慢とエゴイズムについて話してきました。人間がおのれの小ささを知り、傲慢さを捨て、謙虚に生きることが出来なかったら、必ずや自然の振る舞いは、人間をふるいにかけると思います。富士山の爆発が懸念されていますが、本当に富士山もいずれ噴火すると思います。さまざまな備えと覚悟をしながら、何があっても逞しく謙虚に力強く生き抜いていく底力を普段から養っておかねばと心しています。120信の節目の機に、改めて覚悟を決めて「楽しい世直し」に邁進していきたいと思います。

比較文明学会「災害と文明シンポジウム2〜火山列島の災害と文化」
日時: 2015 年6月14日(日)14時〜18時
会場:京都大学稲盛財団記念館3階大会議室
基調講演:鎌田浩毅教授(かまた・ひろき、京都大学教授・火山学)「火山列島でどう生きのびるか?〜火山学からの提言」
パネルディスカッション・パネリスト:(基調講演者を囲んで)「火山列島の災害と文化と文明」
原田憲一(至誠館大学学長・地球科学)
横山玲子(東海大学教授・中南米研究)
中牧弘允(国立民族博物館名誉教授・吹田市立博物館館長・宗教人類学)
松本亮三(東海大学教授・比較文明学会会長・文化人類学)
司会:鎌田東二(京都大学こころの未来研究センター教授・宗教哲学・民俗学)
主催:比較文明学会
共催:京都大学こころの未来研究セン ター震災関連プロジェクト 「こころの再生に向けて」

鎌田浩毅氏主要著作
『火山はすごい:日本列島の自然学』PHP 新書、2002年。
『地球は火山がつくった:地球科学入門』岩波ジュニア新書、2004年。
『火山噴火:予知と減災を考える』岩波新書、2007年。
『富士山噴火: ハザードマップで読み解く「X デー」』講談社ブルーバックス、2007年。
『マグマという名の煩悩』春秋社、2011年。
『火山と地震の国に暮らす』岩波書店、2011年。
『もし富士山が噴火したら』東洋経済新報社、2011年。

 2015年6月7日 鎌田東二拝