京都伝統文化の森協議会のクラウドファンディングへのご支援をお願いいたします

シンとトニーのムーンサルトレター 第185信

 

 

 第185信

鎌田東二ことTonyさんへ

 Tonyさん、お元気ですか? 残暑厳しく、毎日、酷暑が続きますね。この暑い1ヵ月間もHOTな出来事の連続でしたよ。まず、8月6日、小倉の松柏園ホテルに向かい、素晴らしい方にお会いしました。日本を代表する歌手の1人である前川清さんです。初めてお会いしましたが、70代とは思えないほどお若くて驚きました。

 じつは、わが社サンレーのCMキャラクターを前川さんにお願いすることになり、この日、松柏園ホテルでCMの撮影が行われたのです。前川さんは九州朝日放送の「前川清の笑顔まんてんタビ好キ」という番組に2012年から出演されており、九州・沖縄でも絶大な人気を誇っておられます。

 歌手としての前川さんの偉大さを知らない方はいないでしょう。「内山田洋とクール・ファイブ」にリード・ヴォーカリストとして参加。 1969年に「長崎は今日も雨だった」でメジャーデビュー。同年の紅白歌合戦(第20回NHK紅白歌合戦)に初出場。「噂の女」(1970年)、「そして、神戸」(1972年)、「中の島ブルース」(1975年)、「東京砂漠」(1976年)など、全国レベルのヒット・ナンバーを数多く世に残されています。紅白出場回数ですが、クール・ファイブ時代とソロでの出場合わせて29回にも及び、歴代の白組で6番目の多さです。

 歌手・前川清は多くの知名人からリスペクトされています。糸井重里、坂本龍一、サザンオールスターズの桑田佳祐、福山雅治、Mr.Childrenの桜井和寿といった方々が有名ですが、特に桑田佳祐さんが大の前川清ファンで、「ひとり紅白歌合戦」などで何度もクール・ファイブのヒットナンバーを歌っています。前川さんも桑田さんの才能・楽曲を認めておられ、これまでにも「真夏の果実」「TSUNAMI」「SEA SIDE WOMAN BLUES」のカヴァーに挑戦していますが、これがまた素晴らしい!

 前川清さんは、今は亡き歌手の藤圭子さんと結婚されたことがあります。じつは、わたしの幼少時代に、両親がよく「藤圭子は日本一の美人」と言っていたのを記憶しています。その藤さんが亡くなられたとき、前川さんは追悼で藤さんのヒット曲である「新宿の女」を歌われたのですが、思い出と哀愁が込められており、聴いていて感動しました。今夜、わたしは酔った勢いで前川さんに「宇多田ヒカルさんに会われたことはあるのですか?」と質問しました。思えば、大変失礼な質問でしたが、前川さんは微笑みながら「ありませんね」と言われました。



前川清さんと

意気投合しました!
 大の前川清ファンであるわたしですが、特に「長崎は今日も雨だった」と「中の島ブルース」がお気に入り。カラオケでの定番ソングでもあります。この日、iPhoneに入れていた、わたしが「中の島ブルース」を歌うカラオケ動画を清水の舞台から飛び降りる気で前川さんに聴いていただきました。前川さんはじっと聴かれて、「いいですね!」と言って下さいました。というのも、前川さんは直立不動で歌われますが、わたしは大きなジェスチャーで歌うのです。それがすごく新鮮だったようで、「いいですね!」とは、そういう意味だと思います。

 前川さんは、わたしに「歌を作詞されたそうですね?」と訊いて下さいました。そうです、わたしは「また会えるから」というグリーフケア・ソングを作詞しました。ぜひ、この歌を前川さんに歌っていただきたいです。そして、日本中の愛する人を亡くした人の悲しみを癒していただきたい。新しい「天下布礼」の目標ができました。コロナ禍が落ち着いたら、ぜひ前川さんと一緒にカラオケのお店に行きたいです。Tonyさんも御一緒にいかがですか?

 それから、17日には「PHP」本誌の大谷泰志編集長が京都から小倉にお越しになり、サンレー本社の貴賓室でインタビュー取材を受けました。「私の信条」というコーナーでしたが、わたしは、PHPの創設者である松下幸之助の「礼は人の道である」という言葉を挙げて、わが社のミッションである「人間尊重」について語りました。わたしは日頃から「礼経一致」の精神を大事にしたいと考えていますが、「経営の神様」といわれた松下翁も「礼」を最重要視していました。彼は、世界中すべての国民民族が、言葉は違うがみな同じように礼を言い、挨拶をすることを不思議に思いながらも、それを人間としての自然の姿、人間的行為であるとしました。すなわち礼とは「人の道」であるとしたのです。そもそも無限といってよいほどの生命の中から人間として誕生したこと、そして万物の存在のおかげで自分が生きていることを思うところから、おのずと感謝の気持ち、「礼」の気持ちを持たなければならないと人間は感じたのではないかと松下翁は推測します。

 松下幸之助はさらに言います。礼とは、素直な心になって感謝と敬愛を表する態度である。商いや経営もまた人間の営みである以上、人間としての正しさに沿って行なわれるべきであることを忘れてはなりません。礼は人の道であるとともに、商い、経営もまた礼の道に即していなければならないのです。礼の道に即して発展してこそ、真の発展なのです。70年間で実に7兆円の世界企業を築き上げ、ある意味で戦後最大の、というよりも近代日本で最大の経営者といえる松下幸之助翁が最も重んじていたものが人の道としての「礼」と知り、わたしは非常に感動しました。

 コロナ禍の中にあって、わたしは改めて「礼」というものを考え直しています。特に「ソーシャルディスタンス」と「礼」の関係に注目し、相手と接触せずにお辞儀などによって敬意を表すことのできる小笠原流礼法が「礼儀正しさ」におけるグローバル・スタンダードにならないかなどと考えています。会長は「冠婚葬祭は変わるけれども、冠婚葬祭はなくならない!」お盆休みのあいだ、わたしはコロナ後の社会について語られた本を片っ端から読みました。そして、「礼経一致」に基づくサンレーの経営方針は間違っていないことを確認しました。

 その翌日の18日、早朝から松柏園ホテルの顕斎殿で秋季例大祭を行いました。わが社は「礼の社」なので、コロナ禍にあっても祭礼や儀式を重んじるのです。もちろん、全員マスクを着け、ソーシャルディスタンスを十分に配慮した儀式を心がけました。



秋季例大祭withコロナ

福岡多々良紫雲閣の起工式で
 それから、朝粥会が開かれました。ソーシャルディスタンスに配慮して、松柏園ホテルの大宴会場を使い、1テーブルに1人しか座らないというように徹底的に感染対策を取りました。神事と朝粥会の後は、恒例の「天道塾」を開催しました。最初にサンレーグルー]の佐久間進会長が登壇し、訓話をしました。佐久間会長は自身が提唱している「八共道」のうちの「共浴」について語り、ウィズコロナ時代の「日帰り湯治天国」の構想などを示しました。また、風呂や茶の湯がいかに人々の心を癒し、絆を強めるかということを述べ、新時代の互助会の在り方を提言しました。最後に、会長は「冠婚葬祭は変わるけれども、冠婚葬祭はなくならない!」と力強く喝破しました。

 続いてわたしが登壇し、最近、発表された「日本人の幸福度ランキング」について話しました。これは「都道府県版SDGs調査2020」における住民の「幸福度」に関する指標で、宮崎県が2年連続の1位、沖縄県、大分県も順位を上げました。4位は福井県、5位は石川県と、北陸地方の県も上位に入ったことについてコメントしました。わが社のエリアでは、1位の宮崎県、2位の沖縄県、3位の大分県とベスト3を制覇しており、石川県もベスト5に入っています。これらの県民のみなさんが幸福なのは「サンレーの存在があるから」などと不遜なことは申しませんが(笑)、少しでも会員様の幸福な人生のお手伝いができるように努力したいものですね。もともと不安定な「こころ」を安定させるのは儀式という「かたち」であり、冠婚葬祭業という儀式産業は人間の幸福の根幹に関わっているのです。

 わが社の本社がある福岡県は14位と、他のエリアに比べると低いです。ちょっと残念ですが、昨年は38位だったことを考えると、20位以上もアップしたというのは朗報です。福岡県の県庁所在地は言うまでもなく福岡市ですが、わが社は福岡市博多区に「福岡浦田紫雲閣(仮称)」、東区に「福岡多々良紫雲閣(仮称)」の2施設を今年末から来年春にかけて開業し、本格的に福岡市に進出します。わが社の福岡市進出によって、「福岡県民の幸福度を上昇させる」というぐらいの気概を持って頑張りたいと思います。来年は福井県の代わりに福岡県を入れて、ベスト5をわが社のエリアで独占したい!

 その「福岡多々良紫雲閣」の起工式が翌19日に行われました。前回のレターの最後に、「福岡浦田紫雲閣」の起工式が4日に行われたことを報告いたしました。屋外にテントを張っての神事ですので暑かったですが、19日の多々良の起工式はもっと暑かったです。

 神事は、九州を代表する神社である香椎宮(旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社)の足立憲一宮司にお願いいたしました。最後の施主挨拶では、わたしは「福岡市、しかもこれまで幾度も歴史の転換点になってきた多々良の地に『礼』の拠点が生まれることは、福岡、ひいては日本全国の幸福を拓くことになるものと存じます。この場所はもともと山でしたが、魔法のように更地になりました。『多々良』の地名の由来となった鐵の如く堅牢で、地域の皆様を守ることができる会館が無事完成することを願っております」と述べました。



若宮紫雲閣の開業清祓祭で

直会withコロナ
 そして9月2日、福岡県宮若市に「若宮紫雲閣」「宮田紫雲閣」という2つの紫雲閣がオープンし、その開業清祓祭が行われました。若宮八幡宮の斎藤武俊宮司に神事を執り行っていただきました。この土地の歴史を遡れば、645年(大化元年)大化の改新によって、宗像神郡として宗像大社に寄進されました。1221年(承久3年)周辺一帯が宗像大社の神領となり、「神田」と呼ばれるようになります。その後「神田」が「宮田」に転じたとされています。明治時代に石炭の採掘が始まり、旧宮田町にあった筑豊最大の炭鉱、貝島炭砿をはじめとする多くの炭鉱が開発され、炭鉱都市として発展しました。しかし、昭和30年代から始まったエネルギー革命の影響を受け、1976年までにすべての炭鉱が閉山。炭鉱閉山後は、九州自動車道若宮インター近くに工業団地を造成し、新たな産業誘致に取り組んでいます。1992年にはトヨタ自動車九州が生産を開始し、自動車関連企業の進出が続いています。現在の宮若市は、平成18年2月11日に、宮田町と若宮町が合併して発足しました。「市の花」は彼岸花です。どんな天候でも花を咲かせ堅実な歩みを目指す本市にふさわしいことから選ばれたということですが、今は亡き方々を供養する心のシンボルでもあります。ぜひ、この素晴らしい土地で、心の彼岸花を咲かせ、多くの方々の人生の卒業式のお手伝いをしたいものです。

 コロナ禍の中にあっても、わが社の施設はオープンし続けます。この仕事は社会的必要性のある仕事だと信じています。ぜひ、各地の施設で最高の心のサービスを提供させていただき、その土地の方々が心ゆたかな人生を送り、人生を卒業されるお手伝いをさせていただきたいと願っています。ということで、Tonyさん、また次の満月まで!

2020年9月2日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 コロナ時代をどう生きるか、個人としても会社としても挑戦し続ける姿は頼もしくも励まされます。わたしの方は、相変わらず、比叡山登拝を繰り返す日々ですが、国内外をフィールドワークをする機会が激減したことは事実です。今は特に国内で「不要不急の移動」として否定的に見られます。

 東日本大震災時に東北では再度仏教や宗教儀礼が見直されました。そこから、「臨床宗教師」の活動が始まり、2012年度からは東北大学に実践宗教学寄付講座が開始され、臨床宗教師の養成が始まりました。これは仙台の緩和ケアの第一人者であった医師の岡部健さんの発案であり発願でした。その仏教は新型コロナウイルスの感染に関しては積極的な対策が講じられていないように思います。何と言っても「3密」を避けよという自粛要求がネックとなっています。

 そもそも、日本の医療史・福祉史は仏教と寺院と仏教者なしにはありえませんが、新型コロナウイルスCovid19に対しては仏教サイドも手の打ちようがないという状況が続いていますね。友人が住職を務めている地方の名刹のお寺でも、葬儀・法要・法事・縮小ないし中止や墓終いが続出しており、各種企業の倒産のみならず、仏教寺院の大変さも浮き彫りになっています。10年かかって進行する社会変化が、この1‐2年で加速度的に進行し、ドラスティックな変化が起こっています。ここからどのような立て直しができるのか、まだ先が見えません。このまま伝統宗教は衰退の一途を辿るのか、その意義・意味・価値を掘り起こす作業とそれを社会共有することなしに、存続は不可能な状態になっているのではないかと思います。

 数年前に、増田寛也『地方消滅——東京一極集中が招く人口急減』(中公新書、2014年)とか鵜飼秀徳『寺院消滅——失われる「地方」と「宗教」』(日経BP、2015年)という本が話題になりましたね。岩手県知事を3期務め、その後、自民党政権で総務大臣を務めた増田寛也さんは、地方と地方行政をよく知る人だったので、東日本大震災後の2014年に出されたその著作は衝撃を与えました。東北には特に曹洞宗多いのですが、その曹洞宗が2012年に行なった「檀信徒意識調査」を鵜飼秀徳さんが紹介しています。年齢別にどんな葬儀をしてほしいかと訊ねたアンケートです。65歳以上の高齢者では、死んだら仏教の葬儀をしてほしいという人の割合が90%ですが、青年・中年の30-64歳では60%、それより若い29歳までの若者では50パーセント未満とのことです。

 このようなことはもうすでに10年近く前からはっきりとしていましたが、それが今回のコロナ禍により仏教葬儀の数が激減しているようなのです。もちろん、激減しているのは葬儀だけでなく、各地の祭りもそうです。つまり、それらはみな「密」(密閉・密集・密接)を生み出す儀礼ですから。「密」を避けなければならないというのは、宗教や各種儀礼や学校教育や家族生活や各種スポーツにとって致命的な制約になります。が、その制約が1年近く続くと、その必要性もいっそう切実に理解されるようになると同時に、どのようにすればその「密」や「距離」を取り戻せるかのさまざまな工夫と試みも考案され、実践されてくると思います。

 友人の医師で公衆衛生学者の長谷川敏彦さん(一般社団法人未来医療研究機構代表理事・元日本医科大学教授)が「論座」に発表した論文「医療政策学から斬る、コロナ騒動」は注目すべき論考です。そこで、長谷川さんは、「3密」の「3」をうまく使って、「Ⅰ.3つの衝撃」「Ⅱ.3つの失敗」「Ⅲ.3つの根拠」「Ⅳ.3つの評価」「Ⅴ.3つの提案」と、長谷川流三密加持論を展開しています。その項目だけを列挙すると次のようになります。

Ⅰ.3つの衝撃
 衝撃1 コロナドミノを巻きおこしたソーシャルディスタンスの拡大
 衝撃2 若者を踏みにじるコロナ政策
 衝撃3 いつか来た道、メディアの空気

Ⅱ.3つの失敗
 失敗1 政策指揮(リーダーシップ)・・・生かせなかったシナリオ
 失敗2 政策統治(ガバナンス)・・・政策に取り組むための弱体な組織
 失敗3 政策転換(トランジション)・・・引きずり続けたクライシスマネジメント

Ⅲ.3つの根拠
 根拠1 死亡率——新たな情報で改まる当初の誤解
 根拠2 死亡予測数学モデルー—世界を恐慌に追いやったファーガソン論文
 根拠3 感染経路——大半は最後の水際手指感染

Ⅳ.3つの評価
 評価1 世界各国のコロナ政策中間成績通知簿
 評価2 介護施設の評価・・・施設の努力が日本の死亡率抑制に大きく貢献
 評価3 医療供給体制の評価・・・日本の医療崩壊とは一体何なのか

Ⅴ.3つの提案
 提案1 移行戦略・・・国民をリスク別に3層に分け、グループ別の政策を
 提案2 研究戦略・・・高齢社会ニューノーマル“社会距離の短縮”とオールドノーマルに戻るための容認可能な“予防距離の設定“に根拠づくり必要
 提案3 究極戦略・・・コロナ対策から高齢社会世界戦略へ

 ぜひこの長谷川論文の全文を読んでほしいのですが、ここでShinさんの「礼」に関係する長谷川さんの論点の一節を紹介します。長谷川さんはこう書いています。

「日本を含めて、なぜアジアの死亡率が低いのかを分析した表が図11である。欧米では基本的に他人は敵で、出会うと握手やハグをすることで味方であることを確認する必要のある不幸な社会である。アジアでは他人は敵ではなく尊敬すべき存在なので出会うとまず互いに礼を持って敬う礼節の社会である。社会習慣から欧米ではソーシャルディスタンスが近く感染原因となっているのに対して、アジアでは元来社会距離が遠く感染のリスクが低い。豊かな水による「清め」の文化があるのもアジアの特徴だ。死亡率を高めるリスクの1つである肥満者の割合も、最も高いアメリカの40%、OECD諸国では比較的低いフランスの17%に対し、日本4.4%、韓国5.4%とアジアは低い。そして近年の医療保険の普及などにより医療へのアクセスが容易である。このようにアジアにはもともと、感染拡大の抑止につながる社会的要因が複数あり原因に占める社会的要因の割合は大きいと考えられる。生物学的要因は常に否定できない。免疫状態や遺伝状態の相違、特に自然免疫や過去の類似ウイルスへの暴露による獲得免疫の相違がすでに議論されているが、今後の検証が待たれる。」



図11

 長谷川さんはアジアにおける「礼の文化(礼節の社会)」や「清めの文化」を持つことが新型コロナウイルスによる欧米諸国に比して低い死亡率を支えていると指摘しています。また、長谷川さんは「提案2 研究戦略」の節で次のように述べています。

「緊急の課題ではないが、前述のごとくコロナ騒動の全体を俯瞰した政策研究が必要となろう。また獣医学を含む他分野での基礎医学研究も必要となる。新興感染症は他動物との接触から始まり、WHOが提唱するワンヘルス(人間と動物の健康を一体として考える)の推進には獣医学的観点は必須だからである。また、新しい自然観をもとにこれまでの医学の諸分野を洗い直す必要があろう。ウイルス学、免疫学については進化学、生態学の統合された視点が必要となる。近年提唱されつつある進化生体医学がその任を負うことになる。」

 ここで重要なのは、人間だけの「健康」の概念はもはや成立し得ないという認識とその指摘です。なぜなら新しく起こってくる新型の感染症は動物との接触(3密状態)から始まるからです。そこで、動物行動学、獣医学、医学を包括するような「進化生態医学」が必要で、そのような方向は、先だって出版した『南方熊楠と宮沢賢治』(平凡社新書、2020年2月刊)の中で取り上げた「生態智」の再編集と再発見にほかなりません。この点はまったく畏友長谷川敏彦に同感です。

 そして、最後に、長谷川さんは究極の戦略として、彼の年来の持論を「提案3」として提唱します。それは、かつての帝国主義的国家主義と評されてきた「大東亜共栄圏」などではなく、「アジア共老圏」の提唱です。それは、「高齢化」する世界の突破口を開こうとする提言です。

「2019年の国連推計によると、超高齢社会、即ち65歳以上人口が21%を超えている国は、2020年現在で、日本、イタリア、ドイツのほか南欧諸国を中心に10カ国に過ぎない。しかし2060年、たった40年後には95カ国、世界201カ国の約半分が超高齢社会となる。その上位20カ国は韓国を筆頭にアジアの国々が7カ国、次いでスペインを筆頭に南欧が5カ国、その次にポーランドを筆頭に東欧が7カ国、従来の北欧西欧の国はいない。22位にタイが、31位に中国がつけている。韓国は悲惨で政府の予測によると65歳以上が2060年には43.9%、なんと2067年には46.5%、人口の約半分が高齢者というあり得ない社会になる。台湾は39.7%、日本だって38.1%に達する。日本の数値なら存続し得る社会だろうか。中国はその時、全国平均で29.8%ではあるが、沿海部や長江流域は日本と変わらないだろう。とにかく絶対数がすさまじい。世界の65歳以上人口23億人のうち4億人、全高齢者の5.9人に1人が中国人と予測されている。内2億人が75歳以上、その時の日本人人口の8割に当たる7600万人が85歳以上である。それを一人っ子が支えるのである。

アジア共老圏から新たな高齢社会のデザインを
 コロナ問題はソーシャルディススタンスの近い欧米にしっかり悩んでもらって、我々はとっとと片づけて本当に悩まねばならない深刻な問題に本気で共に取り掛かるべきである。たまたまコロナ成績が優秀であった我々アジア諸国はコロナなんかに悩むゆとりはない。このアジア諸国こそがここ数十年世界の経済を牽引してきた。途上国の中でも唯一医療保険の皆保険を達成した国々が並ぶ地域である。であるがゆえに世界の高齢化を牽引している。元来東シナ海を囲む地域は、1000年以上にわたってヨーロッパの地中海よりもはるかに豊かな貿易、文化、情報の交換の場として厚い歴史を持つ。コロナ政策の目的はコロナ対策ではない。共に老いるアジアの国々と連携し研究し、世界に21世紀高齢社会の新しいデザインを提示することに他ならない。そのためには貴重な社会資本「社会距離の短縮」を蒸発させてはならない。高齢者のリスクを回避するために高齢社会の担い手、若年者の人生のチャンス、未来を破壊してはならない。

当面の総括と準備を
 感染症対策でいえば、とりあえずこの幕下級のコロナ騒動を政策学的にできるだけ早く総括し、本格的横綱級の新興感染症に備えねばならない。今、中国は一帯一路政策でアフリカの奥地まで入り込み、野生動物との接触で死亡率の高い本格的感染症を世界にもたらす可能性が高い。そして2043年までに発生確率70%と謂われ明日にでも起こりうる首都圏直下型地震や富士山噴火の準備を完了すべきだ。個人的には死ぬ前に富士山の噴火は一度見てみたい気もするが。



図14

総括
 今回のコロナは、病気の影響としてはそれほど大きくはなかったにもかかわらず、社会への影響は不要に大きなものがある。もともと日本の経済システムは行き詰まり、発想の転換が求められていた。今回、日本の景気が大恐慌後成長基調に戻れないことがだれの目にも明らかとなった。経済、政治、哲学、文化、生活の根本的見直しが迫られている。日本の原点に戻り自らの過去の経験と文化に基づいて未来を創造する作業が始めねばならない。医学、医療提供体制の見直しは待ったなしである。特に、従来から求められていた高齢社会に向けての医学の構築は、加速されるべきである。
 世界観の転換も求められている。硬い機械的なものから、生態的で生物的な世界観へ、コロナを機に拡充されるICTのネットワークに乗って拡散されると想定される。本文ではコロナ対策を戦争の比喩で説明してきた。しかし新しい世界観の下では不適切かもしれない。ウイルスも人間社会も一体だからである。」

 最後は、長谷川論文の長文の引用になりました。誤解を受けやすい長谷川さん流の皮肉とユーモアのこもった表現と指摘が混じっていますが、要は、生きものとしての進化生態学的展望を持って人間と社会と生命世界と環境全体を見通す必要があるということと、アジア地域ブロックを超少子高齢化社会の積極的サバイバルモデルとして再構築していこうという提言です。そのサバイバルモデルにおいては、人間だけが生き残るなどという「人間ファースト」は成り立たないでしょう。進化生態学的連繋の中にある現在進行中のモデリングだからです。それは、比叡山で生まれた天台本覚思想「一仏成道観見法界、草木国土悉皆成仏」をも含むモデルである必要があると思っています。

 仏教学者で東洋大学学長の竹村牧男さんは、地球システム・倫理学会の2007年発行の『会報』第2号に、「『草木国土悉皆成仏』の意義について」と題する論考を発表し、次のように書きました。

「道邃(1106〜1157?)の『摩訶止観論弘決纂義』巻一に出る「一仏成道、観見法界、草木国土、皆悉成仏」がもっとも古いものと見られている。のちの宝地房証真(〜1156〜1207〜)の『止観私記』には、「中陰 経云、一仏成道、観見法界、草木国土、悉皆成仏、身長丈六、光明遍照、其仏皆名、妙覚如来」と出ており、この頃にはすでに完成していたことになる。」(地球システム・倫理学会『会報』第2号67頁)

 とすれば、平安時代後期の12世紀には天台本覚思想が成立していたということになり、西行法師や慈円や崇徳上皇などの院政期の歌の名手はみなこの比叡山の天台本覚思想を知っていたということになるでしょうか。

 この天台本覚思想については、究極の現実肯定思想として否定的評価もありますが、比叡山を650回ほど登拝しているわたしには、それが観念論ではなく、長谷川さん流に言えば、進化生態学的な認識を持っていたと思っています。今日もわたしは比叡山に登拝しましたが(東山修験道648、9月3日:https://www.youtube.com/watch?v=m4_by5dkiR4、十三夜 8月31日:https://www.youtube.com/watch?v=Ez79YGUbaCE)、天台千日回峰行者や12年間の籠山行で山籠もりする修行者が比叡山から見たその時代の進化生態学的直覚が天台本覚思想を生み出したのではないかとわたしは考えているのです。それは、人間だけが特別に成仏するのではない、草木国土も悉くみな成仏するという思想です。

 道元は、『正法眼蔵』の中で、独自の教相判釈(仏教の教理を理解し、判断し、評価し、優劣をつける)に基づき、『涅槃経』にある「一切衆生悉有仏性」を解釈し直します。これは、ふつう、文法的にも一般的にも、「一切の衆生は、悉く仏性有り」と読まれていました。しかし道元はそれを、「一切の衆生と悉有(全存在)は仏性なり」と読み変えます。

  <悉有の言は、衆生なり、群有也。すなはち悉有は仏性なり。悉有の一悉を衆生といふ。正当恁麼時は、衆生の内外すなはち仏性の悉有なり。>(『正法眼蔵』仏性の巻)

 道元の創造的誤読が新しい地平を切り拓いた一例です。それに倣って言うと、「草木国土悉皆成仏」も、こう読めます。「草木も国土も悉皆(全存在)も成仏する」。つまり、草木や国土ばかりでなく、存在する者すべて、全存在が成仏する浄土が実現するという究極の思想です。もちろん、現実の政治や経済や文化活動の惨状を見れば、こんな悠長で暢気なこと言ってる場合じゃないだろ! と言うことになりますが、しかし、「一仏成道観見法界、草木国土悉皆成仏」の思想的動線はその方向に向かって進化生態学的希求をし続けていると思います。

 と、このようなことを書き連ねましたが、2020年9月3日の今日今宵、台風9号が通過し、沖縄、九州、特に韓国に甚大な被害をもたらし、さらに週末に到来する台風10号は915ヘクトパスカル瞬間最大風速80メートルと予測されており、それが直撃したら、いったいどれほどの被害が起こるのかわからないので、現実は大変深刻で、「草木国土悉皆成仏」どころか、「草木国土悉皆消尽」しそうな事態の到来が現実味を持って迫って来ています。

 来週、2020年9月14日に行なわれる自民党の総裁選挙では、特に話題に上っていないようですが、2018年9月に行なった前回の総裁選挙で、「防災省」を作るべきだということを石破茂元幹事長が強く主張していたと記憶します。それに対して、管官房長官がその必要はないと反論し無視したことを覚えています。もちろんそれは、専任の大臣や専門家スタッフを抱える「防災省」を作るよりも、内閣所属の大臣全員が「防災大臣」の心構えで災害に取り組むべきだと発言した安倍首相の精神論を踏まえてのことであったでしょう。その対論に関して、わたしはより具体的で強靭な「地方創生」の形と「防災省」の必要を説く石破さんの政策を支持しました。わたしも石破茂氏同様、今後、気象変動によりいっそう激甚化する自然災害に向けて、国内には防災省の設置が不可欠だと思いますし、国際的な防災機関と防災ネットワークも不可欠だと思います。今回の総裁選でも、石破さんにはさらにもっともっと「防災省」の必要性を主張してほしいですね。それは喫緊に絶対必要ですよ。

 わたしが考える防災省は、単なる行政府ではなく、優れた研究機能を持つ防疫と防衛を含む総合的な防災機関です。そして、総力を挙げて、未来に向けて、長谷川敏彦さんの言う究極的な戦略的研究を行ないつつ、その予測や予想を指標にしつつ具体的な政策立案をし、国内外の災害・災難を可能なかぎり減らし、規模縮小していくことを目指します。当然、進化生態学的視点を取り込みながらの政策立案実施をします。もちろん、今の時代にどこにも「安全」はないとは言えますが、今後、防災研究や対策を講じつつ安全と安心を探究確立していく「防災・安全安心省」が必要でしょう。そして、それは世界全体の協働機関になるべきですし、地域的には「アジア共老圏」ではありませんが、「アジア防災圏」ネットワークが絶対に必要です。

 誰にも分かりますが、特に、21世紀に入って、天の気も、地の気も、人の気も、荒れに荒れて来ています。国内では深刻なコロナ差別が拡大し、感染以上に深刻な状態になっています。そんな危機的状況の中で、安倍政権が交代し、今、最悪のシナリオをこぞって自民党が書き換えつつあります。「不都合な真実」の隠蔽と封印、説明責任の放棄、言い逃れ。詐欺的な、犯罪的な行為と事態を平然と党内の権力闘争と政権交代で何事もなかったかのように修繕しようとしています。これは、一見最もエネルギーロスの少ない政権交替に見えるかもしれませんが、『古事記』におけるイザナギ・イザナミへ与えられた「修理固成」の使命とメッセージから見ると、最悪の「修理固成」に思えます。

 しかし、嘆くだけでは何事も始まりません。まもなく、大学では秋学期(後期)の授業が始まります。コロナ禍のため、またもやほとんど春学期(前期)に続いてオンライン授業となります。大学のキャンパスに入れない学生がかわいそうだし、学生と対面で会えないことは本当に残念でなりません。わたしも後1年ほどで大学を退職しますので、ほとんど学生とは最後の(最期の?)やり取りに近づきます。ターミナルケアではありませんが、わが教歴のターミナル(終末期)に近づいていることは確かです。

 そこで、この10年ほど「身心変容技法研究会」を開催してきたわたしたちは、10月から、身心変容技法研究会の有志メンバーとともに、コロナ時代の身心変容技法を考えるオンラインセミナーを開催することにしました。
☆サンガ主催:「身心変容技法オンライン・セミナー」
第1回(10月10日【日】18時‐20時):鎌田東二×熊野宏昭「身心変容技法とは何か」
第2回(10月23日【金】19時‐21時):井上ウィマラ「マインドフルネスと解脱:子育てと看取りの視点から」
第3回(11月15日【日】10時‐12時):永澤哲「虹の身体—チベット仏教の瞑想と身心変容技法」
第4回(11月25日【水】19時‐21時):稲葉俊郎「医療と身心変容技法について」
第5回(12月10日【木】or11日【金】19時‐21時):藤野正寛「マインドフルネスの脳科学」
第6回(12月20日【日】15時‐17時予定):鎌田東二「神道の身心変容技法と音霊・言霊」

 興味がありましたら、覗いてみてください。また、周りの知友にお知らせください。それからまもなく、本ムーンサルトレターの第121信(2015年7月2日)から180信(2020年4月8日)までの60回分を共著『満月交心』(現代書林、2020年9月刊予定)として刊行します。「まえがき」にShinさんが書いてくれていますが、よくもまあここまで15年間も続きに続き、本としても『満月交感』(上下、水曜社、2011年1月6日刊)、『満月交遊』(上下、水曜社、2015年10月1日刊)に続いて、5冊目の本となり、しかも570頁もの今どきあり得ないような本になりますね。嗚呼! 誰が読んでくれるのかしら?

 とはいえ、読んで、いっそう自由にいろいろと試行してみるきっかけになってくれるとありがたいです。いずれ、前川清さんとShinさんと小倉のカラオケ店で存分に飛沫を飛ばし合い「三密加持」して絶唱し合いたいものです。それまで我慢しつつ、自粛ではなく、「自祭り」(①待つ、②奉る、③服(まつろ)う、④真釣(真釣り合い)して過ごすことにします。

 2020年9月3日 鎌田東二拝