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シンとトニーのムーンサルトレター 第085信

第85信

鎌田東二ことTonyさんへ

 先日は、京都でお会いできて嬉しかったです。そう、7月11日に開催された第3回「震災関連プロジェクト〜こころの再生に向けて」においてです。

 11日の朝、JR小倉駅から新幹線のぞみ16号に乗って京都へ。京都駅からタクシーで会場の京都大学盛財団記念館に向かいました。このたびの「孔子文化賞」を同時受賞させていただいた稲盛和夫氏が理事長を務められている財団の記念館です。

 第3回「震災関連プロジェクト〜こころの再生に向けて」は、非常に注目されているシンポジウムで、全国から超満員の200名近くの参加者が集まりました。補助席はもちろん、通路まで座った人が並んでいるのには驚きました。以前、わが社でフィールドワークを行った人類学者の鈴木光さんも来られていました。また、新聞社やテレビ局もたくさん来ており、わたしも取材を受けました。

 最初に京都大学こころの未来研究センター教授であるTonyさんが恒例の法螺貝を吹いてシンポジウムの幕を開き、それから今回の「趣旨説明」をされました。その後、芥川賞作家で福島県三春町福聚寺住職の玄侑宗久氏による基調報告「福島の現在と宗教の役割と課題」が行われました。続いて、東京大学大学院教授で宗教学者の島薗進氏による基調報告「宗教者災害支援連絡会の活動15ケ月を振り返って」が行われました。その後、コメンテーターとして大阪大学准教授で宗教社会学者の稲場圭信氏が登壇し、玄侑・島薗両氏の基調報告についての意見を述べました。

 それから、14時46分、すなわち東日本大震災の発生時刻となったので、全員で犠牲者の鎮魂の黙祷を捧げました。わたしも、心を込めて犠牲者の御冥福を祈りました。祈るたびにいつも感じるのですが、「祈り」とは人間の「想い」が神仏を通してより普遍的なものに向いていくようです。「祈り」こそは「こころの未来」を拓くワザではないでしょうか。

京都大学稲盛記念財団の前で

京都大学稲盛記念財団の前で「グリーフケア」について報告する一条真也

「グリーフケア」について報告する一条真也
 第2部に入り、最初は國學院大學准教授で宗教学者の黒崎浩行氏による報告「被災地の神社と復興の過程」が行われました。写真が多く、わかりやすかったです。そして、いよいよ、わたしの出番がやってきました。

 わたしは、「東日本大震災とグリーフケアについて」のタイトルで報告をしました。
 最前列のTonyさんや島薗進氏といった日本を代表する宗教学者、また2列目には日本仏教界のシンボルともいえる玄侑宗久さんもおられ、また他にも多くの大学関係者や宗教家の方々などがおられたので、少しだけ緊張しました。

 最初に、日本人の「こころ」が神道・仏教・儒教の三本柱によって支えられていることを述べ、「今日は神道および仏教についてのお話がありましたが、わたしは儒教に親しんでいる人間です」と言いました。それから、「このたびの未曾有の大災害から『こころの再生』を成し遂げるためには、神道も仏教も儒教も、またその他の宗教も総動員する必要があります」と発言し、わたしの報告がスタートしました。

 わたしたちの人生とは喪失の連続であり、それによって多くの悲嘆が生まれます。大震災の被災者の方々は、いくつものものを喪失した、いわば多重喪失者です。家を失い、さまざまな財産を失い、仕事を失い、家族や友人を失った。しかし、数ある悲嘆の中でも、愛する人の喪失による悲嘆の大きさは特別です。グリーフケアとは、この大きな悲しみを少しでも小さくするためにあるのです。

 2010年6月、わが社では念願であったグリーフケア・サポートのための自助グループを立ち上げました。愛する人を亡くされた、ご遺族の方々のための会です。月光を慈悲のシンボルととらえ、「月あかりの会」という名前にしました。

 1995年、阪神・淡路大震災が発生しました。そのとき、被災者に対する善意の輪、隣人愛の輪が全国に広がりました。じつに、1年間で延べ137万人ものボランティアが支援活動に参加したそうです。ボランティア活動の意義が日本中に周知されたこの年は、「ボランティア元年」とも呼ばれます。16年後に起きた東日本大震災でも、ボランティアの人々の活動は被災地で大きな力となっています。そして、2011年は「グリーフケア元年」であったと言えるでしょう。

 グリーフケアとは広く「心のケア」に位置づけられますが、「心のケア」という言葉が一般的に使われるようになったのは、阪神・淡路大震災以降だそうです。被災した方々、大切なものを失った人々の精神的なダメージが大きな社会問題となり、その苦しみをケアすることの大切さが訴えられました。ということで今回は、「月あかりの会」で実際に取り組んできた事例を中心に報告しました。終了後は盛大な拍手を頂戴し、感激しました。

 その後、コメンテーターとして東北大学教授で宗教民俗学者の鈴木岩弓氏、高野山大学准教授でスピリチュアルケア学者の井上ウィマラ氏が登壇し、発言されました。お二人とも、わたし自身が勉強になる素晴らしいコメントでした。特に、井上ウィマラ氏はグリーフケア理論の第一人者でもあり、これからお互いに情報交換する約束をしました。聞くと、井上氏はミャンマーにも修行に行かれていたそうで、なんと、北九州市の門司にある上座部仏教の寺院である「世界平和パゴダ」におられたこともあるそうです。今度ぜひ、井上氏と一緒にパゴダを訪れたいです。

 その後、出演者全員によるパネルディスカッションが行われました。最初に1人につき10分程度話すことになり、わたしは北九州市の瓦礫受け入れの話、それから最近とても関心のある「怪談」について話しました。シンポジウムの終了後に、作家である玄侑氏が「怪談の話は面白かったですね」と言って下さいました。

 調子に乗って、「怪談」だけでなく、「幽霊」の話も大いにしました。「わたしが今一番関心のあるのは幽霊です!」と言ったところ、最前列の老婦人がギョッとした顔をされました。でも、「葬儀の遺影だって、立派な幽霊づくり。そこには死者の生前の面影を求める人間の心情があります」と言うと、その方も頷かれていました。

 そして、わたしは「グリーフケアの問題は心理学だけでは手に負えない。どうしても、霊や魂の次元にまで立ち入る必要がある。慰霊とか鎮魂という言葉を使うのであれば、霊や魂が出てくるのは当然のことではないでしょうか」と述べました。

 シンポジウム終了後は、懇親会です。会場の鉄板焼屋さんを訪れると「休業中」との看板が懸かっており、この想定外の出来事には慌てましたが、ちょうど店のオーナーの方が通りかかって開店してくれるという幸運もあり、無事に懇親会が開催されました。

 最初は、Tonyさんの音頭で一同乾杯しました。一番搾りの大瓶が旨かったです。ビールの後は、昭和の香りのするレモンサワーをガブガブ飲みました。もちろん酒を飲むだけではなく、みなさんと大いに語り合って意見交換させていただきました。玄侑氏からは、北九州市の瓦礫受け入れについての質問を受けました。

 それから、宿舎の京都大学専用の清風会館にチェックインしてから、玄侑氏、島薗氏、黒崎氏、井上氏、そしてわたしの5人で近くの百万遍へ足を延ばして飲み直しました。芋焼酎ロックのグラスを持った玄侑氏と黒糖焼酎の島薗氏のガチンコの放射能論議には圧倒されました。放射能の健康影響に関するお二人の認識はまったく違っており、それについてガチンコで激論を交わされていました。しかし、お二人とも非常に紳士的に自説を述べられ、そのくせけっして安易に相手の意見を受け入れて妥協しようとはされず、ひたすら放射能の健康影響についての事実を追求しておられました。その様子を隣で見ていたわたしは、静かな感動を覚えました。正直、「本当の賢人とは、このように議論をするものか」と思いました。そこには、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授のいう「礼儀正しい議論」の理想の姿がありました。

 放射能の話題以外でも、みなさんと宗教や文学の話などもできて、楽しかったです。ちなみに、わたしは麦焼酎のソーダ割りをガブガブ飲みました。島薗氏の著書『国家神道と日本人』も話題になりました。わたしは、「国家神道と葬式仏教は似ている。どちらも手垢がつきすぎて悪役にされているけれども、日本人の心に合ったことは事実です」と申し上げました。そう、いろいろ揶揄されることが多い葬式仏教は、間違いなく日本人の宗教的欲求を満たしてきたのです。このたびの東日本大震災では、巨大なグリーフケア文化としての葬式仏教を日本人は目の当たりにしました。

「こころの再生」シンポジウムの懇親会で

「こころの再生」シンポジウムの懇親会で刊行された『無縁社会から有縁社会へ』

刊行された『無縁社会から有縁社会へ』
 さて、島薗進氏やTonyさん、それにわたしの共著がこのたび刊行されました。『無縁社会から有縁社会へ』(水曜社)という本です。薄い本ですが、内容は非常に濃いです。帯には、「毎年3万人以上が“孤独死”するこの国を、大震災が襲った。6人の論客が“有縁の未来”を模索する。」と書かれています。また、アマゾンの「内容紹介」には次のように書かれています。「“無縁社会”の中で毎年3万2千人が孤独死する。少子化、非婚、独居・・・・・。近い将来において、孤独死は高齢者だけの問題ではなくなる。血縁や地縁が崩壊しつつある現在、孤独死はあなたの身近に起こりうる緊急の社会問題である。薄れる家族関係、ワーキングプア、生活保護など現代日本の問題点に警鐘を鳴らし、人と社会との絆を取り戻すために何が必要かを考える座談会の書籍化」
こちらをクリックしていただければ、アマゾンで購入できます。

 この本は、今年1月18日に開催された座談会の内容を単行本化したものです。座談会は「無縁社会を乗り越えて〜人と人の“絆”を再構築するために」というテーマで、(社)全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の主催でした。今から振り返っても、「無縁社会の克服」のための画期的な座談会だったと思います。わたしも、冠婚葬祭互助会業界を代表して座談会に参加しました。互助会の社会的役割が根本から問われている今、自分なりの考えを述べました。

 この本の表紙には、海辺にたたずむ少女の後ろ姿の写真が使われています。おそらく、津波の後の三陸のおだやかな海なのでしょう。そういえば、「第3回「震災関連プロジェクト〜こころの再生に向けて」のポスターにも三陸の海の写真が使用されていましたね。「無縁社会シンポジウム」から「こころの再生シンポジウム」へ・・・・・。

 ヨチヨチ歩きの弟は、必死で健脚の兄を後を追っております。うっかり転んで骨折などしないように注意したいと思います。今後とも、よろしく御指導下さい。

 まだまだ、猛暑が続きます。京都の夏も暑いでしょう。くれぐれも御自愛下さいませ。それでは、次の満月まで。オルボワール!

2012年8月2日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 Shinさん、お返事が遅くなり、申し訳ありません。このレターをいただいた時、わたしは埼玉県大宮におりました。この20年余り共に暮らしてきた義母が死去したからです。義母は88歳で往きました。最後は、自力でご飯を食べる力がなくなり、お茶碗を持つことも、嚥下することもできない状態になりました。

 ほんとうに、「息を引き取る」というのは、こういうことか、というほど、自然に衰弱していって、最後は肺炎で亡くなりましたが、この間、自宅の近くの指扇病院で、3人の子供たちや孫とも会うことができました。もちろん、わたしも行きましたし、ようやく医師となった息子も見舞いに行って、いろいろと医師としてデータをチェックしていたようです。

 京都に戻ってきてからは、毎日、一日中、この秋に角川学芸出版から出す『古事記ワンダーランド』(角川選書)の校正攻め。ようやっと、昨日、終えることができました。『古事記』と出会って51年。半世紀を経て、自分なりの『古事記』論を出すことができたかと思っています。ぜひまた、刊行の際はご批評ください。

 そんな夏でしたが、今は立秋を過ぎて、暑い中に秋の気配を感じます。特に、昨日の夕方の夕焼けなど、ホント、秋、でした。そして、昨日は、大文字の送り火。

 叡山の麓のわが砦から、妙法、舟形、左大文の3つの火が見えました。義母は、義父の時と同様、地元の武蔵の国一の宮の氷川神社の神職さんに神葬祭で送ってもらいましたが、仏教の位牌にあたる霊璽があるので、京都に持ち帰って、その霊璽を捧げて、大文字の3つの送り火を義母にも見てもらいました。「お義母さん、大文字の送り火だよ」と言ったりしながら。

 それはそうと、遅ればせながら、7月11日の、こころの未来研究センターで開催した「東日本大震災関連プロジェクト こころの再生に向けて」第3回シンポジウムでは大変お世話になり、まことにありがとうございました。心よりお礼申し上げます。連携研究員として参加してもらっているみなさんに発表してもらったので、盛りだくさんの過密スケジュールでしたが、内容的には大事な問題点がいくつも確認され、提示されたと思っております。

 とりわけ、その日の朝、京都に修学旅行の中学生と一緒に同行していた、宮城県石巻市の「雄勝法印神楽保存会」の伊藤博夫会長さんも特別参加してくださり、本当にありがたかったです。感謝!

 実は、来週、8月24日から27日まで、NPO法人東京自由大学の夏合宿で、東北の被災地を巡るのですが、その際、初日の24日の夕方に石巻市雄勝町を訪ね、伊藤会長さんを始め、雄勝法印神楽衆の有志の皆さんと交流する予定です。泊りは、雄勝町大須の亀山旅館です。

 前記シンポジウムのすぐ後、祇園祭がありました。今年は、「ポケゼミ」と言って、新入生のための少人数ゼミを開催しているので、その受講学生たちと、4班に分かれて、祇園祭フィールドワーク実習を行ないました。それぞれの班で話し合わせて、どこにフォーカするかを考え、実施しました。その成果を最後の授業で各班発表してもらいましたが、なかなかおもしろかったですよ。

 なお、このポケゼミの名称は、「沖縄・久高島研究」で、9月15日から19日まで、久高島に行って、フィールドワークと島の方々との交流をします。これが、仕上げの一つですが、もう一つ、最後の仕上げは、以下の、10月20日(土)の久高中学と地元京都の西賀茂中学と和知中学との中学生交流授業の実施です。


京都府/京都大学こころの未来研究センター共同企画
第1回 こころを整えるフォーラム

1)沖縄久高中学校「島自慢授業」と京都府・京都市の中学生の「地元自慢授業」による交流
2)地域文化自慢授業

日時: 2012年10月20日(土)13:00〜17:00 (受付開始 12:30〜)
会場: 京都大学稲盛財団記念館3階 大会議室
京都市左京区吉田下阿達町46 (荒神橋東詰) → 会場へのアクセスはこちらから
参加費: 無料

プログラム:
13:00-13:30 趣旨説明
挨拶 兼島景秀(南城市立久高小中学校長)
13:30-14:20 久高中学生による「島自慢授業」
14:20-15:20 西賀茂中学校(京都市左京区)・和知中学校(京都府船井郡京丹波町)の
       中学生による「地元文化自慢授業」
15:20-15:30 休憩
15:30-17:00 ディスカッション
       コメンテーター:やまだようこ(京都大学名誉教授・立命館大学特別招聘教授・発達心理学)

司会:鎌田 東二


 ところで、祇園祭は、いつも、天河大辨財天社の例大祭と重なるのですが、わたしは、7月16日の宵宮祭と17日の本宮祭に参列しました。16日は、近藤高弘さんも参加しましたが、その少し前に、近藤さんのお父上の陶芸家の近藤濶氏が亡くなりました。享年77歳でした。

 わたしは、近藤さんのお父さんの大ファンで、毎日、食事のたびに、高弘さんの造ったお茶碗と、お父さんが造ってくれた湯飲み茶碗を使っていて、いつもほんとうに、「いいなあ。すばらしいなあ」と思っています。心より近藤濶氏のご冥福をお祈り申し上げます。

 けれども、問題は、天河の自然です。山崩れによる杉林の深層崩壊です。次の写真を見てください。まずは、今の「天河火間」の写真。次の2枚が、深層崩壊の写真です。

今の「天河火間」の写真

今の「天河火間」の写真深層崩壊の写真1

深層崩壊の写真1
深層崩壊の写真2

深層崩壊の写真2
 昨年9月の山崩れから1年経ってもこの状態です。

 深刻です。例大祭前に大雨が降って、また「天河火間」のところまで土砂が押し寄せ、鳥居もまたいくらか埋まったようです。最近の大雨は、「観測史上初めて」とか、「未曾有の」とか、「かつてない」とか「想定外の」とかばかりの、「記録的な大雨」です。何度も何度も、このレターの交換の中で言ってきましたが、私が一番恐れているのは、「人災」よりも「天災」、自然災害です。

 なぜなら、「人災」は、それが、「人災」であるかぎり、人間の力や工夫や知恵や技術などで何とか対処できます。でも、「天災」、自然災害は、いかんともしがたいものです。

 そのいかんともしがたい「自然」のふるまいの大きさに、わたしは心の底から、畏怖・畏敬の念を抱いていますが、そうした、人智を超えた自然の大きなふるまいが、これからいっそうこの地球を覆っていくと確信しています。そんな中で、わたしたちは、わたしたちの生と社会を営んでいかなければならないのです。とてもじゃないけど、国同士で争っている暇など、ありません。

 自然の力以上に凄いものはありません。といいたいところですが、目に見えない、神や霊の力も測り知れないので、何ともそのあたりは、わかりません。けれど、わたしたちは、これまでの常識的で、安易な自然観を維持しているだけでは早晩すまなくなるでしょう。

 人間にできることは、科学技術もありますが、儀式・儀礼も祈りもたいへん大事です。その中から、生きる活力と方向を見い出し、確認できるからです。生きていくためにも、死んでいった人やいのちのたちのためにも、儀式が必要なのです。

 天河の祈りは、おおらかです。神道も仏教も、何でもあります。何でもあり、です。キリスト教でもイスラームでも、アマゾンの祈りでも、アフリカの祈りでも、何でも受け入れてきました。人の祈りには普遍性があるからです。それが、人間の条件、存立要件だからです。

 特に天河の夏の例祭には、例年、京都の天台の聖護院門跡一行が来て、柴燈護摩を厳修されます。次の写真はその様子です。

京都の天台の聖護院門跡一行

京都の天台の聖護院門跡一行京都の天台の聖護院門跡一行

京都の天台の聖護院門跡一行
 柿坂神酒之祐宮司さんも、度重なる自然災害には大変心を痛めています。その多くが水の災害ですから、水の神様、弁天様を祀る天河としては、さらなる祈りを捧げ、この事態に謙虚に向き合っていくことを念じています。近藤高弘さんが中心となって造った「天河火間」の活動も、昨年9月の大洪水以降、活動停止状態でしたが、この9月には復活再生窯となります。活動再開です。

 この間、根を詰めて、『古事記ワンダーランド』の校正に取りかかっていましたが、単純な、わかりきったことですが、これから先も、自分にできることを精一杯のことをたんたんとやっていくしかない、それだけだと思っています。どのような事態が発生しても、それを受け止め、向き合っていくしかありません。

 その向き合い方を定めるためにも、祈りが、儀式が必要なのです。毎朝、比叡山に向かって、石笛や横笛や法螺貝を含む、神仏習合の祈りを捧げながら、改めて、そう思うのでした。

2012年8月17日 鎌田東二拝