身心変容技法オンラインセミナーを開催します

シンとトニーのムーンサルトレター 第187信

 

 

 第187信

鎌田東二ことTonyさんへ

 Tonyさん、ハッピー・ハロウィン! 日本におけるハロウィンの聖地(?)である渋谷は、コロナ禍の今夜も盛り上がるのでしょうか? クラスターが発生しないことを願うばかりです。10月31日は満月です。今月は1日が中秋の名月で、2日が満月でした。なんと、今月は3回も「お月見」が楽しめたわけです。得した気分であります!

 前回のレターをお送りした2日の午前中に、わたしが座長を務めるグリーフケアPTのリモート会議に参加した後、JR小倉駅からソニック25号に乗って大分県の別府に向かいました。ソニック25号の車内では、駅ホームの自動販売機で買ったアイスコーヒーを飲みながら、読書をしました。『邪馬台国は別府温泉だった!』酒井正士著(小学館新書)という本で、「火山灰に封印された卑弥呼の王宮」というサブタイトルがついています。正直、「もしかしてトンデモ本?」などとも思いましたが、実際に読んでみると論理構成が非常にしっかりしています。著者は理系の方なのですが、10年ほど前に高木彬光の『邪馬台国の秘密』を読んで、邪馬台国の謎の虜になったそうです。同書は宇佐神宮の本殿の地下に卑弥呼の亡骸を入れた棺が安置されているという内容でした。宇佐にしろ、別府にしろ、大分県にはロマンがありますね。

 別府に到着したわたしは、わが社の施設を見回った後、ぜひ一度行ってみたかった場所を訪れました。「書肆ゲンシシャ」という古書店です。全国的に有名なカルト書店です。

 京都にある幻想文学中心の古書店「アスタルテ書房」京都の雰囲気に少し似ていますが、こちらの方がもっとディープです。わたしのブログを読まれたことがあるという店主の藤井慎二さんが歓迎して下さいました。東大で表象文化論を学ばれたという藤井さんが「ここは死に関する、ありとあらゆるものを揃えています!」といきなり言われたので、仰天しました。最初に見せられたのは、店中に展示されている「死後写真」です。その昔、ヨーロッパでは家族が亡くなった後、生きているように見立てて写真を撮る習慣がありました。グリーフケア・アートですね。まるで生きているように、目を開けている写真もあります。わたしは、ニコール・キッドマンが主演した心霊ホラー映画の傑作である「アザーズ」(小倉のシネコンで、Tonyさんと一緒に鑑賞しましたよね!)で、死後写真の存在を知りました。その実物がここには大量にあるのです。お値段はダゲレオタイプで撮影したものが1点で数万円、フィルムの写真が数千円とのことでした。アメリカの古い心霊写真も売られていました。

 四谷シモンの弟子が作ったという少女人形の隣には、大きな市松人形が置かれていました。いわゆる「生き人形」です。若くして亡くなった女性の生前の姿を人形として再現し、指輪までつけています。普通は「不気味」とか「怖い」とか感じる人も多いでしょうが、わたしは「ああ、これもグリーフケア・アートだな・・・」と思いました。ヨーロッパの死後写真、アメリカの心霊写真、日本の生き人形・・・・・・世界中の人々が、愛する人を亡くした悲嘆を受け止めるために、さまざまなグリーフケア・アートを追い求めてきたのです。なんだか、人類そのものが愛しくなるような感情が沸き上がってきます。

書肆ゲンシシャにて

書肆ゲンシシャにて店主の藤井さんに本を見せられる

店主の藤井さんに本を見せられる
 それから、藤井さんは大きな飾り棚の中のある驚異の品々について説明して下さいました。たとえば、大正時代の壁掛け時計。鏡の中に時計と美女の顔があります。ゼンマイを巻いて時計を動かすと、時計と一緒に美女の視線が動くのです。また、人間の太ももの骨を使用して作られた人骨ラッパとか、中国の纏足の靴とか、パプアニューギニアの首長族の首輪とか、第一次世界大戦で弾除けに使われた金属製の聖書とか、毒薬入れとか、遺体に身につけさせる死後宝石とか、尼僧のデスマスクとか、悪名高い「人体科学展」で実際に展示された人間の脳とか、女装した赤塚不二夫の写真の裏には猫のホルマリン漬け! きわめつけは、人間の皮膚で作られた本です。これは、わたしも初めて見ました。その他にも、藤井さんが棚の下から「死」や「怪異」に関するさまざまな古書を出して下さいましたが、自分でも驚いたのはそれらの多くをすでにわたしが所有していることでした。藤井さんは珍しい絵葉書や写真なども見せて下さいましたが、死体や奇形に関するものが多かったです。もう店ごと買いたいぐらいでしたが、とりあえず、今日のところは洋書の心霊写真集、死体写真集、それに『怖い絵展』の図録を購入しました。それにしても、ゲンシシャはあるし、最も注目すべき大学であるAPU(立命館アジア太平洋大学)はあるし、邪馬台国だったかもしれないしで、面白すぎるぞ別府!

 そして、別府といえば、なんといっても温泉です。その日の宿は、せっかくなので勉強になるところに泊まろうと思って、「AMANE RESORT GAHAMA」に宿泊しました。3500坪の敷地に17の客室。大人が楽しめる温泉リゾート旅館ですが、贅沢にも1人で宿泊しました。ネットでも4.8点の高評価で、なかなかの高級施設なのですが、GoToトラベルのおかげで、思ったよりも安価でした。部屋には、プライベート露天風呂があります。ほろ酔い気分で部屋の露天風呂に入ろうとすると、なんと上空には見事な満月が上って、夜の海を明るく照らしているではありませんか。しかも、海上には一筋の月の道ができています。温泉に浸かりながら見上げる満月は最高でした。わたしは月光浴をしながら、この日、Tonyさんとの共著である『満月交心 ムーンサルトレター』(現代書林)の見本が出たことを祝いました。翌朝は、客室の窓から降り注ぐ日光の眩しさで目が覚めました。窓の外を見ると、朝日が海上を照らし、一筋の「太陽の道」ができていました。感動したわたしは、「お天道さま!」と言って、思わず手を合わせました。わたしは、かつて、「ただ直き 心のみにて 見上げれば 神は太陽 月は仏よ」という歌を詠んだことがありますが、本当に太陽には神を、月には仏を感じてしまいます。

海上の月の道

海上の月の道海上の太陽の道

海上の太陽の道
 さて、時間は経過して、今月25日の日曜日、「2020 サンレー杯市民囲碁祭り」が盛大に開催されました。会場は、JR小倉駅前の西日本総合展示場です。これは、わが社が長年企画を温めていたビッグイベント。念願かなって、ついに開催です。1チーム5名の団体戦、4回戦、ハンディ戦、各自持時間40分で行われます。参加人員は32チーム、160名で勝敗が競われます。

 会場の控室で、わたしは2名のプロ棋士(山田規三生九段、武宮陽光六段)の方と名刺交換をし、しばし囲碁談義に花が咲きました。わたしは、もともと囲碁は高齢者に向いたグランドカルチャー(老福文化)であると思っているのですが、そのことをお話しすると、武宮六段は「まさに、どうだと思います。将棋に比べて、以後は負けたときの敗北感が少ないと言われています。その点、将棋の方が勝負論が強いのかもしれません」と言われました。なるほど、将棋は勝敗が一目瞭然ですが、囲碁は(黒白の石を打ちながら)黒白をはっきりとつけません。ストレスの少ない、優しい競技なのです。

 開会式では、冠スポンサーのサンレー社長として挨拶しました。登壇したわたしは、以下のように述べました。本日は、ご参加いただきまして、誠にありがとうございます。また、このコロナという大変な状況の中、開催に尽力いただきました実行委員会の皆様をはじめ関係者の皆様方に深く感謝申し上げます。今回このお話をいただきましたのが2月、ぜひとも協力させていただきたいと申し上げておりましたところ、その後急速にコロナ禍が進み、一時期は今年の開催は難しいかと思っておりましただけに、本日多くの方々に参加いただき開催できましたことを本当に嬉しく思います。囲碁は、何もないとこから石を打っていくゲームである、宇宙創造を模しているとされています。いわば、宇宙の遊びです。スケールが大きく、心ゆたかな文化です。医学的にも右脳を刺激し判断力を高め、ストレス解消や、ボケ防止など様々な効果があると注目されています。

サンレー杯「囲碁祭り」での挨拶

サンレー杯「囲碁祭り」での挨拶囲碁祭りwithコロナ

囲碁祭りwithコロナ
 囲碁は、長年の経験を積むことによる「老成」や「老熟」が何より物をいう文化とも言われています。同様のものには、生け花や俳句、能といったものが挙げられます。将棋よりは囲碁、生け花よりは盆栽、短歌よりも俳句、歌舞伎よりは能 というとニュアンスは伝わるのではないかと思います。わたしは、これらの文化を総称して『グランドカルチャー』と呼び、八幡西区の『サンレーグランドホール』という施設を高齢者複合施設として位置づけ、カルチャー教室などを通して実践しています。

 いま、日本人は「人生100年時代」を迎えています。重厚なグランドカルチャーの世界に触れて、長い人生を豊かに過ごしていただくことが、老いるに幸福と書いて、『老福』という、充実した人生を過ごす1つの手段になると思っています。そして、最後に「本日の大会を通じて囲碁仲間やご友人を作っていただき、人生をこれまで以上に豊かにしていただけましたら何よりでございます。参加者の皆様が普段の実力を大いに発揮し、健闘されることを祈念致しまして、開催のご挨拶とさせていただきます」と挨拶しました。

 全対局が終了して成績発表の後の表彰式では、冠スポンサーとして、入賞者に賞状や記念品をお渡ししました。わたしは、冠婚葬祭互助会を、老いを豊かにして、人生を修める「修活クラブ」ととらえていますので、今後も、このような取り組みを続けたいです。

 最後に、『満月交心 ムーンサルトレター』が発売された10月28日の夜、上智大学グリーフケア研究所の客員教授として特別講義を行いました。わたしにとって、生まれての初めてのオンライン講義です! 社会人の受講生も多いので、18時45分から講義を行いました。ただし、いつもの東京・四谷の上智大学キャンパスからではなく、小倉の松柏園ホテルのメインバンケット「グランフローラ」からのオンライン講義です。同研究所の島薗進所長もオンラインで参加して下さいました。

オンライン講義のようす

オンライン講義のようすオンラインで島薗先生とやりとり

オンラインで島薗先生とやりとり
 講義のテーマは「グリーフケアと葬儀」です。2010年6月、わが社では念願であったグリーフケア・サポートのための自助グループを立ち上げました。愛する人を亡くされた、ご遺族の方々のための会です。月光を慈悲のシンボルととらえ、「月あかりの会」という名前にしました。同会の活動をはじめ、「隣人祭り」や「ともいき倶楽部」「笑いの会」など、これまで実践してきた実例を動画も利用して紹介しながら、無縁社会=グリーフ・ソサエティを超える方策についての私見を語りました。

 生まれての初めてのオンライン講義は無事に終了しました。講義後の質疑応答では、3名の方が興味深い質問をして下さいました。わたしも、真摯に答えさせていただきました。これまで自分なりに冠婚葬祭業界で実践してきたことを踏まえて、さらなる研究を重ね、充実した講義を行いたいと願っています。次回、11月11日は「グリーフケアと読書・映画鑑賞」をテーマにした講義をオンラインで行います。それでは、Tonyさん、また次の満月まで!

2020年10月31日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 10月も今日で終わりです。先ほど比叡山に登拝し、いつものようにバク転を3回、儀式として行ないました。天地人に捧げる一人儀式。その他にこれと言って捧げるものがないので、せめてもの投企です。

 今日、10月31日はハロウィンなのですね。25年前の1995年の10月、わたしはアイルランドのダブリンのマラキさんの家に住んでいましたが、残念ながら、ハロウィンは体験できませんでした。四半世紀前のことが、過ぎ去った遥かな過去であり、夢のようでもありますが、その年の1月17日に阪神淡路大震災があり、3月20日に地下鉄サリン事件があったことを思うと、遥かな過去とも夢とも思うことのできない、ズキズキとした痛みを伴う感覚が蘇ります。時が過ぎゆくのは早いようで、遅いようで、コントロールのできない天気のようであります。

 新型コロナウイルスもまたコントロールの効かない感染拡大が続いています。日本は小康状態を保持しているかに見えますが、欧米やインドや南米では感染拡大が続いています。春先の増加よりもいっそう深刻な爆発的拡大が続いている国々や地域もあると聞きます。これにより、国際便の運航は激減し、全日空(ANA)などは5100億円の赤字になるとの報道を耳にしました。大変な収入源で、どのように立て直すか、Shinさんも経営者ですから、かたずをのんで見守っていることでしょう。

 わたしは11月に、ANAで沖縄と北海道に行く予定です。すでにチケットは予約してあります。もちろん、国内便ですので、大した額ではありませんが、ANAやJALやその他の国内外の航空会社や交通関連企業の運営や経営がどうなるのか、注視しています。

 11月7日‐8日には、沖縄大学で、「日本スピリチュアルケア学会第13回大会」が沖縄大学で開催されるので、発表者としてまいります。わたしたちの発表は、つぎのようなプログラムです。

◆日本スピリチュアルケア学会第13回大会
11月8日(日)午前10時30分〜11時55分
研究発表(発表15分、質疑応答10分)
第4部会座長:鈴木岩弓(東北大学教授)
4-2 10:30〜10:55<映画「久高オデッセイ」と沖縄のスピリチュアリティ>島薗進(上智大学大学院実践宗教学研究科)
4-3 11:00〜11:25<沖縄を記録すること:ペインとケアの相互作用〜大重潤一郎の映画とケアの心>鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科)
4-4 11:30〜11:55<「久高オデッセイ第三部 風章」自主上映会を通して〜医師の立場から見た大重映画のメッセージとケア>石野真輔(十条武田リハビリテーション病院)
くわしくはこちらのPDFをご覧ください

 「研究発表」の第4部会で、故大重潤一郎監督を取り上げて、島薗進さんと石野真輔さん(医師、上智大学グリーフケア研究所人材養成講座修了生)とわたしの3名が発表し、ゲストコメンテーターに須藤義人さん(沖縄大学准教授・「久高オデッセイ第一部 結章・第二部 生章」助監督)、また映像プレゼンターとして比嘉真人さん(「久高オデッセイ第三部 風章」助監督)に来てもらい、コメントや映像提示をしてもらいます。そのこともあって、今日、「久高オデッセイ第一部 結章」の助監督を須藤義人さんと共に務めた大重さんの一人息子の大重生さんと奥さんの敦子さんに電話して、その報告と、大重さんの中期の代表作の「光りの島」(1995年制作完成)の制作過程について確認しました。

 その過程で、具体的に分かってきたことがあります。「光りの島」は、1983年3月にクランクインし、クランクアップしたのがわたしがアイルランドにいた1995年の11月だったのです。わたしがアイルランドにいて、毎日毎日ケルトの遺跡を一人で回っていた時に、また、『宗教と霊性』(角川選書、1995年10月6日刊)の最終校正を必死で行なっていた時に、大重さんは阪神淡路大震災後の神戸の自宅と大阪の海プロダクションの事務所を行き来しながら、「光りの島」の最後の編集に打ち込んでいたのでした。もちろん、わたしは大重さんのことなどつゆ知らず、大重さんもわたしのことなどまったく知らなかったと思います。

 けれども、出会いというか、運命というか、縁というものは不思議なもので、その25年前の1970年に、不思議な伏線を用意していたのです。それは、当時、大阪大学医学部医学科4回生の長谷川敏彦さんを通してでした。1970年の5月から6月にかけて、わたしは作・演出した「ロックンロール神話考」という奇妙な芝居を、大阪の心斎橋のエルマタドールというクラブの2階のアリババという劇場で1ヶ月間上演したのです。その芝居を長谷川敏彦さんが見に来てくれて、面白いと言ってくれたのですが、その長谷川さんが中心になって、その秋、大阪大学医学部の大学祭で、大重潤一郎の監督処女作「黒神」(1970年制作)を上映したのです。

 実は、長谷川さんは、お祖父さん、父親、自分と三代続く医者の家系でしたが、本当は映画監督になりたかったようです。わたしはその長谷川さんが住んでいた桃谷のアパートに遊びに行ったりして、わけのわからんハチャメチャな生活をしていました。髪の毛は腰くらいまで伸び、ジーンズはボロボロで、いつも裸足で歩いていました。宿は居候で、点々と移動。芝居小屋のアリババに寝泊まりしたりもして。わがシュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)の時代ですが、心斎橋を裸足でフラフラ歩いていたことを今でもしばしば思い出します。

 そんなことで、1970年に大阪で、長谷川敏彦さんの中では、大重潤一郎と鎌田東二は繋がっていたのです。それが、現実に、この世の出逢いとして実現したのは、1998年1月の秩父での「光りの島」の上映会でのことでしたが、二人が共に長谷川敏彦という不思議な奇才・天才と繋がっていたということを知った時には、二人とも狂喜したのですよ。それも、言うのももどかしいのですが、そのしばらく前に、3人で高田の馬場かどこかで一緒に飲んでいたのですが、長谷川さんもわたしも、1970年から1972年頃に親しくしていた相手だとは気づいていなかったのです。この時、大重さんを介して会っていた長谷川敏彦と鎌田東二は、二人の中では別人だったのですよ。このように言っても、何のことか、まったく理解できないでしょうが、長谷川さんもわたしも、これに気づいた時には、狐につままれたような思いがしたものです。

 思わず、昔語りになってしまいましたが、その頃、わたしがよく読んでいた漫画の雑誌は『ガロ』で、たまに『COM』を買って読んでいました。青林堂発行の『ガロ』は1964年から2002年まで出ていましたが、虫プロ商事発行の『COM』はそれより後発で、1967年から1973年までの6年間しか出ていません。けれども、そこから、徳島県出身でわたしとは同学年の竹宮恵子や諸星大二郎が巣立ったのですから、『COM』の果たした役割は大きなものがあったと言えるでしょう。

 その諸星大二郎展が、11月21日から、札幌の北海道道立近代美術館で開催されるのですが、そのオープニングの講演に招待されたので、初日に「異形の神智学者の宇宙探求〜諸星漫画世界の神秘」と題して話をするのです。これまた、何とも懐かしいような、古い縁のような感じがしますが、実は諸星大二郎さんの代表作『暗黒神話』の主人公山門武を自分と重ねていた時期があったように思います。山門武が不思議な引力で出雲系の遺跡を訪ねていくところなど、わたし自身の軌跡と重なるように思っていたのです。そんなこともあって、今回の諸星大二郎展に招かれたことは、50年前の自分自身の「ロックンロール神話考」の総仕上げのようにも思っています。大重潤一郎と諸星大二郎と鎌田東二の接続点は何だったのか、掘り下げてみたいと思います。

 ところで、日本学術会議の会員任命拒否の問題が波紋を広げています。先回のムーンサルトレターにも書いたように、わたしは今の内閣を信用していません。信用できません。隠蔽内閣と思っているからです。菅首相が記者会見や国会審議などで6人の推薦の任命拒否の理由として言っていることは、理由になっていません。根拠のない恣意的な権力の行使です。そのことは日本学術会議からも、国内外のさまざまな学会からも抗議や声明文として反対の意思表示がされていますが、当然のことと思います。わたしが関係している学会、たとえば日本宗教学会やその他のいくつかの学会も抗議と反対の声明を出しています。にもかかわらず、自民党や政権挙げて根拠薄弱で意味不明な応答や答弁を繰り返し、憲法違反が疑われることであっても、一度決めたことは変えようとはしない強権的な態度で終始しようとしています。学問や思想や言論の自由や相対性・多様性を認めない、政府に従う御用学者や御用学問だけを重用しようとする権力意志の乱用です。

 2020年という年は、ほんとうに、先の読めない動乱の年となりました。正月開けてからのコロナ騒ぎもそうですし、政権交替もそうですし、米中対立もそうですし、米国大統領選も、すべての現象がコントロールの効かない制御不能の乱脈の中にあるように思えます。このような状況で経営者も大変苦労されることと思います。先が読めませんから、どのような手を打てばよいのか、確実な一手というものはないでしょう。しかしながら、そうではあっても、さまざまな力関係や縁組によって事態は着実に現実的に進行しているので、うまくいくかいかないかの分かれ目は出てきます、確実に。それにより、傷を広げてしまうこともあるでしょうし、最小限にそれを防いで、次につなげられることもあるでしょう。何とも言えない、「諸行無常、盛者必衰」を詠った『平家物語』のメッセージを聴くようです。

 そのような中、別府での貴社の事業展開や囲碁祭りなど、なすべきこと、できうることを着々と進められ、また上智大学グリーフケア研究所の客員教授として初オンライン授業を着実に務めてくれていることに心よりの敬意を表します。どんな時でも、「陽に捉える」のが父上の最強の教えですものね。どんな「暗黒神話」の中でも、「天の岩戸開き」がある。「光りの島」が生まれ出る。いのちのよみがえりが、ある。再生がある。死と再生はあざなえる縄の如く、ある。絶望も起こるが、希望も生まれる。

 最近、わたしは来年1月に出版する『ケアの時代 負の感情との付き合い方』(淡交社)を書き上げました。今年は、2月から3月にかけて4冊の本を出しました。

『南方熊楠と宮沢賢治——日本的スピリチュリティの系譜』平凡社新書、2020年2月15刊
鎌田東二・ハナムラチカヒロ対談集『ヒューマンスケールを超えて〜わたし・聖地・地球(ガイア)』ぷねうま舎,2020年2月25日刊
鎌田東二監修・渋谷申博著『神社に秘められた日本書紀の謎』宝島社、2020年2月26日刊
京都伝統文化の森推進協議会編『京都の森林と文化』ナカニシヤ出版、2020年3月30日刊

 そして、今月10月16日に、『満月交心』(現代書林)を出しました。すべて、渾身の力を込め、全力投球しましたが、同時に、空振り三振だったかもしれません。が、たとえ、空振り三振であったとしても、次の打席は回ってくるはずです。その時にどんなスイングをするか、どんなピッチングをするか。できることをたんたんとやっていくほかありません。

 今日、658回目の比叡山登拝をしました。東山修験道658:https://www.youtube.com/watch?v=ZJDES3-WIyc、です。

 そして、真っ暗な中下山し、南の空に、あれは金星と火星でしょうか、があって、東の空に、あれは土星か木星でしょうか、があって、まだ満月はでていませんでしたが、先ほど中天にかかった満月、ブルームーンを拝しました。月は満ち欠けする。わたしたちのいのちも満ち欠けする。あらゆる事象は満ち欠けし、変化変幻し、死と再生を繰り返す。それでもいのちは更新される。どのような形であっても縁は繋がる。縁は異なもの味なもの、その縁組の妙にかけたいと思います。

 2020年10月31日 鎌田東二拝

諸星大二郎展

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