6月3日に「森の中のお話し会」を開催します。

シンとトニーのムーンサルトレター第206信(Shin&Tony)

鎌田東二ことTonyさんへ

Tonyさん、お元気ですか?
今夜は、フラワームーンですね。多くの花が咲き乱れる5月の満月にふさわしい美しいネーミングです。5月はわたしの誕生月で、10日に59歳になりました。来年は還暦を迎えます。


沖縄復帰50年を報道する各紙

 

さて、昨日5月15日、沖縄が日本に復帰して50年を迎えました。式典にオンライン参加された天皇陛下は、挨拶の最後に「沖縄には、今なお様々な課題が残されています。今後、若い世代を含め、広く国民の沖縄に対する理解が更に深まることを希望するとともに、今後とも、これまでの人々の思いと努力が確実に受け継がれ、豊かな未来が沖縄に築かれることを心から願っています。 美しい海を始めとする自然に恵まれ、豊かな歴史、伝統、文化を育んできた沖縄は、多くの魅力を有しています。沖縄の一層の発展と人々の幸せを祈り、式典に寄せる言葉といたします」と述べられました。天皇陛下が沖縄の課題に言及されたのは初めてであり、挨拶の冒頭に「ぬちどぅたから」(命の宝)という言葉を使われたことも併せて、感銘を受けました。

 

岸田総理大臣は沖縄の本土復帰50周年式典出席などのために14日から2日間の日程で沖縄県を訪問。初日の14日は糸満市の国立沖縄戦没者墓苑に献花しました。その他、復元中の首里城などを視察しました。同じ14日、「基地のない沖縄」を目指す平和行進が行われました。平和行進は2021年、2020年は新型コロナウイルスの影響で中止となりましたが、今年は日程を半日に短縮し、事前登録した人だけで開催され、全国各地からおよそ1000人が参加しました。復帰50年を迎えても、今なお基地問題の深刻さはそのままです。

 

13日、話題の空想特撮映画「シン・ウルトラマン」が公開されました。わたしは公開初日に金沢のシネコンで鑑賞しましたが、同作に登場するザラブ星人、メフィラス星人、そしてゼットンの物語を書いたのは、名脚本家として知られる金城哲夫です。1938年に沖縄県島尻郡南風原町に生まれた彼は、「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」など第1期ウルトラシリーズを企画し、文芸部長としてシリーズの基礎を作り上げた1人です。彼が手掛けた物語には、壮絶な戦争体験をはじめ沖縄人の想いが溢れています。沖縄には今でも米軍基地が存在しますが、ウルトラマン自体が米軍のような存在であったと考えられています。そもそも、ウルトラマンはなぜ、自分の星でもない地球のために戦ってくれたのか? その謎を突き詰めると、どうしても地球=日本、ウルトラマン=アメリカという構図が見えてきます。もっとも地球にも怪獣(映画では禍威獣)を退治するための科学特捜隊すなわち科特隊(映画では禍特対)が存在しますが、これはまさに自衛隊のような組織であると言えるでしょう。

 

『ウルトラマンの伝言』倉山満著(PHP新書)という本には、「最終回の脚本はメインライターの金城哲夫である。最初の脚本では、ゾフィーがゼットンを倒す予定だったが、地球人の自主防衛の話にした。『ウルトラマン』の最終話が放映されたのは1967年4月7日。折しも小笠原諸島の日本復帰に向けての交渉がなされているときであり、当時の日本政府は沖縄返還も持ち掛けていた」と書かれています。映画「シン・ウルトラマン」では、禍特対の協力もあったにせよ、ウルトラマンの自己犠牲的な特攻によって最強の敵ゼットンを倒します。しかし、金城哲夫はドラマ「ウルトラマン」の最終回で、ウルトラマンの自己犠牲を強いずに地球人が自主防衛する物語を描いていました。同書には、「金城の、『自分たちが弱いからこんな目に遭うのではないか』との思いが、『ウルトラマン』の終わり方に現れた。『ウルトラマン』が始まる前、岸信介内閣が1960年に締結した日米安全保障条約は、事実として日本の自主防衛を前提にしていた。高い視聴率に乗じて、『ウルトラマン』にそうした政治的メッセージを入れていたのではないかとの見方をする人もいる」とも書かれています。

 

「ウルトラマン」放映時の日本の首相は、岸信介の弟の佐藤栄作でした。彼はニクソンに核武装を仄めかしながら、「非核三原則」で答えた人です。ベトナム戦争で苦しむアメリカをあざ笑った格好ですが、佐藤政権は「永遠に日本は敗戦国のままでいる」「二度と自分の力で自分の国を守る国にはならない」と宣言した政権でした。ちなみに、「ウルトラマン」の後継番組は「ウルトラセブン」でした。俗説では、ウルトラセブンとは「アメリカ第七艦隊」の意味だと言われました。本当はウルトラ警備隊の「七番目の隊員」という意味ですが、脚本家の市川森一が「ウルトラセブンは第七艦隊」と広めてしまったようです。のちに、市川はNHKのテレビ番組「私が愛したウルトラセブン」のシナリオを書きましたが、劇中で金城哲夫に「ウルトラセブンは第七艦隊に見える」と言わせています。

 

映画「シン・ウルトラマン」の主題歌は、米津玄師の「M八七」です。このタイトルに違和感をおぼえた人は多いはず。なぜなら、ウルトラマンといえば、M78星雲にある「光の国」から地球に来た宇宙人という設定だからです。しかし、実際に存在するのは「M87」という天体で、おとめ座を指すようです。じつは、TVドラマ「ウルトラマン」では、当初はウルトラマンの故郷は「M87星雲」という設定ではあったものの、台本の誤植により「M78星雲」と表記されてしまい、現在までそのままになっているという経緯があるようです。その意味では、米津は初期設定に戻したことになりますが、じつは、沖縄の人々の間で「M78」は「南の那覇」の意味だという説があるとか。確かに、「光の国」のモデルが陽光降り注ぐ那覇だというのはイメージに合います。そこには、沖縄の人々の平和への祈りも込められていたのかもしれません。そうなると単なる誤植ではなく、金城哲夫による暗号だった可能性もあるわけで、米津も勝手に改変してはいけませんね。

「西日本新聞」2019年7月2日朝刊

 

第二次世界大戦を通して、沖縄の人々は日本で最も激しい地上戦を戦い抜きました。激戦であった沖縄戦において、日米両国、無数の人々が敵味方として殺し合い、そして集団自決するという悲しい事実もあったことを忘れてはなりません。森山良子の名曲「さとうきび畑」の中では「ざわわ、ざわわ」という風の音が66回も繰り返されますが、まさに慰霊と鎮魂の歌です。石垣島をはじめ、沖縄の人々は亡くなると海のかなたの理想郷である「ニライカナイ」へ旅立つという信仰があります。2019年の6月、石垣紫雲閣の竣工式で主催者あいさつをしたわたしは、最後に「さとうきび ざわわざわわと風に揺れ 青い空には紫の雲」という短歌を披露しました。


「毎日新聞」2015年5月1日朝刊

 

わが社は沖縄県でも多くのセレモニーホールを運営し、日々、多くの方々の葬送儀礼のお世話をさせていただいています。わたしは、「セレモニーホール」とは「基地」の反対としての究極の平和施設ではないかと思っています。なぜなら、「死は最大の平等」であり、亡くなった方々は平和な魂の世界へと旅立たれるからです。セレモニーホールとは平和な世界への駅であり港であり空港なのです。沖縄の方々は、誰よりも先祖を大切にし、熱心に故人の供養をされます。日本でも最高の「礼」を実現していると思います。先の戦争では、沖縄の方々は筆舌に尽くせぬ大変なご苦労をされました。わたしたちは、心を込めて、沖縄の方々の御霊をお送りするお手伝いをさせていただきたいと願っています。戦後70年となる2015年4月4日に行われた豊崎紫雲閣(故大重潤一郎監督の葬儀が行われた場所)の竣工式の最後に、わたしは「紫の雲ぞ来たれり豊見城(とみぐすく)守礼之邦の礼を守らん」という歌を心をこめて詠みました。


守礼門の前で「天下布礼」を掲げる

 

そう、沖縄は「守礼之邦」と呼ばれます。もともとは琉球の宗主国であった明への忠誠を表す言葉だったようですが、わたしは「礼」を「人間尊重」という意味でとらえています。沖縄の方々は、高齢者を大切にし、先祖を大切にし、熱心に故人の供養をされます。その上、隣人も大切にします。それだけではありません。沖縄には、「いちゃりばちょーでい」という言葉がありますが、「一度会ったら兄弟」という意味です。沖縄では、あらゆる縁が生かされるのです。まさに「袖すり合うも多生の縁」は沖縄にあり!「守礼之邦」は大いなる「有縁社会」です。すべての日本人が幸せに暮らすためのヒントが沖縄にはたくさんあります。今こそ、沖縄の「本土復帰」ではなく、日本の「沖縄復帰」を願っています。


完成した大額紫雲閣(金沢市)

 

さて、沖縄復帰50年の前日となる5月14日、わたしは金沢にいました。この日、石川県金沢市大額1丁目421番地にわが社の新施設である「大額紫雲閣」が完成し、10時から竣工清祓神事が行われたのです。サンレーとしては、金沢市内で9番目、石川県内で16番目、全国で91番目(いずれも完成分)のセレモニーホール(コミュニティホール)となります。


竣工神事での主催者挨拶のようす

 

大額紫雲閣の竣工神事は、地元を代表する神社である林郷八幡神社の加藤正俊宮司にお願いいたしました。主催者挨拶では、わたしは、「現在わが社には、90のセレモニーホール=コミュニティホールがありますが、新たにこの金沢市大額の地に大額紫雲閣が加わります。歴史的に石川県は信仰心が篤い人が多く、現在でも東本願寺の金沢別院をこころの拠り所にされている人々が多い地域でもあります。大額周辺の『金沢市南部丘陵歴史夢街道』に、四十万(しじま)という地名がありますが、この地名の由来は、百済からの距離が四十万里だったからという説があります。かつて、百済から阿弥陀如来像がこの地に迎えられたという伝承によるものだそうです。この土地の豊かな歴史と文化を感じます」と述べました。


主催者挨拶の最後に道歌を披露

 

それから、「大額の『額』はぬかずくこと、すなわち『礼拝』するという意味です。清少納言の『枕草子』には『あはれなるもの』として『うちおこなひたる 暁の額(ぬか)など いみじう あはれなり』という一文があります。『勤行をしている夜明け前の礼拝などは、たいそう しみじみとして 心打たれるものよ』という意味ですが、サンレーが紫雲閣を展開する地名として『大額(おおぬか)』はまことに相応しいものと感じられます。コロナ禍の中にあっても、わが社の施設はオープンし続けました。この仕事は社会的必要性のある仕事なのです。わたしは、セレモニーホールというのは魂の港であると思っています。新しい魂の港から故人を素晴らしい世界へお送りさせていただきたいです。ぜひ、新施設で最高の心のサービスを提供させていただき、この地の方々が心ゆたかな人生を送り、人生を卒業されるお手伝いをさせていただきたいと願っています」と述べ、最後に「大いなる ぬかづきの地に のぼりたる紫の雲 いとあはれなり」という歌を詠みました。


大谷総支配人と

 

この日は、サンレー北陸の青木部長や大谷総支配人とも会いましたが、彼らは5月4日に金沢市東山2丁目の「ギャラリー椋」で開かれたTonyさんのファイナルトーク&ミニライブに参加しています。大谷総支配人は、「ミニライブはとても感動致しました。どこまでも優しく心が包み込まれるようで一曲目から目頭が熱くなりました。以前、社長がブログで鎌田先生の著書の『歌は宗教を超える。キリスト教も仏教も関係なく、宇宙が歌である』という言葉を紹介されていましたが、まさにそれを実体験致しました。宗教や人種や民族を超えて、人間は歌を聞いて感動することも、それらを超えて巨石を信仰する事もすべて同じ事なんだと思いました。素晴らしい時間でした」との感想をLINEで送ってくれました。当日は5人のサンレー社員が参加しましたが、Tonyさんのサンレーへの想いに全員が感動していました。ありがとうございます!


『論語と冠婚葬祭』(現代書林)

 

最後に、新刊の話をさせていただきます。わが国における儒教研究の第一人者である大阪大学名誉教授の加地伸行先生との対談本『論語と冠婚葬祭』(現代書林)が5月20日に発売されます。わたしは長い間、「礼とは何か?」「なぜ、冠婚葬祭は必要か?」について考え続けてきましたが、加地先生との対談でついにその答えを得ることができました。本書は、冠婚葬祭互助会業界の同志たちをはじめ、冠婚葬祭に関わるすべての人々にとっての理論武装の書となるように思います。また、渋沢栄一の『論語と算盤』の副読本として読んでいただくのも良いかもしれません。じつは『論語と冠婚葬祭』というタイトルはわたしが考えたのですが、加地先生からお褒めの言葉を頂きました。加地先生は、先月7日に高校時代の親友を亡くされました。
宗教評論家・ひろさちや氏です。加地先生とひろ氏は「死生観」をテーマに対談したいと長年言い合ってこられたそうですが、結局その願いは叶いませんでした。加地先生は、「あなたとの対談が、彼への供養になったと思います」と言って下さいました。わたしは、中学・高校時代にひろさちや氏の著書をよく読みました。丹波哲郎氏と並んで、「死後の世界」ブームの立役者の1人だと思います。拙著『ロマンティック・デス』にもその影響が反映されていると思います。まさに、「縁は異なもの」ですね。


『論語と冠婚葬祭』より

 

Tonyさんにも『論語と冠婚葬祭』を献本させていただきました。ご一読下されば幸いです。この本には「儒教と日本人」というサブタイトルがついていますが、次は「神道と日本人」としてTonyさんとの対談本を刊行したいと願っております。神道研究の第一人者であり、神道ソングライターでもあるTonyさんの胸をお借りして、「むすび」「うた」「まつり」などをキーワードに、日本人の生存戦略の書としての『古事記』についても大いに語り合えれば嬉しく思います。対談の詳しい構成案および日程案は、これから出させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。それではTonyさん、6月5日の長女の結婚披露宴でお会いできますことを心より楽しみにしております!

2022年5月16日 一条真也拝

 

一条真也ことShinさんへ

まずは、「大額紫雲閣」のオープンと新著『論語と冠婚葬祭』(現代書林、2020年5月20日刊)の出版、まことにおめでとうございます。『論語と冠婚葬祭』の中で、加地伸行さんが「儒教くらい宗教らしい宗教はありません。/宗教の大きな目的の一つが魂の救済であるとするなら、儒教はそれに大きく関わっています。」(66頁)とか、「正しい政治が行なわれることによって、生者のみならず死者もが救われるというのが儒教の思想でした。」(67頁)とか、「宗教とは死ならびに死後の説明者である。」(68頁)と強調されているところは、とても興味深く思いました。

確かに、一般に儒教は倫理道徳のように理解されていますし、『論語』にも「怪力乱神を語らず(不語怪力乱神)」とか、<季路、鬼神に事(つか)ふることを問ふ。子曰く、「未だ人に事ふること能はず、焉(いづ)くんぞ能く鬼に事へん」。曰く、「敢へて死を問ふ」。曰く、「未で生を知らず、焉くんぞ死を知らん」と。(季路問事鬼神。子曰、「未能事人、焉能事鬼」。曰、「敢問死」。曰、「未知生、焉知死」)>とかと述べられているので、孔子は不可知論者であり、「礼楽之道」を説いた道徳的実際家であると思われています。が、本当のところは、生者も死者もともに救済される宗教が儒教と言うのは、加地さんのもっとも主張したい重要な論点ですね。

しかし、そうだとしても、わたしには、儒教はとても人間主義的、「人間尊重」主義であり、自然主義的、「自然畏怖」を生の根源に見るわたしには、もう一つ、納得がいきません。この点、Shinさんと根本的に違っている差異点で、それでよいと思っています。どちらが正しいかとか、どちらが善いかとかと議論するよりも、それぞれがそれぞれの真実道を歩めばいいだけだと思っています。その違いを「尊重」したいと考えます。

ところで、金沢市に「大額町」という町があるというのは、初めて知りました。その「大いなる額づきの地」に新たな紫雲閣をオープンして、Shinさん始め、みなさま「岩戸開き」の心意気かと思います。その門出を心から祝し、ますますの「人間尊重」の道を全うされますように。

わたしの方はと言えば、4月30日から5月5日までの1週間、金沢市東山町2丁目の「ギャラリー椋」で、巨石ハンターを名乗る須田郡司さんとの写真展「東日本大震災の10年の記録と巨石文化」&トーク&ミニライブを行ない、その間の5月1日から本日4日まで、北陸縄文・巨石巡礼をしてきました。この間の活動は次のようなものでした。

4/29(金)写真展の搬入と展示作業

4/30(土)「ギャラリー椋」での展覧会とオープニングイベント「東日本大震災と聖なる場所と巨石の力」&ミニライブ

5/1 (日)白山比咩神社、大矢谷白山神社、磐座神社、飯部磐座神社、大岩大権現、氣比神宮

5/2(月)若狭三方縄文博物館(映画縄文視聴)、常神半島・御神島、大神岩、八百比丘尼入定洞穴、佐伎治神社と磐座、宮村岩部神社

5/3(火・祝)気多大社、機具岩、高瀬宮、権現岩(トトロ岩)、ゴジラ岩、延喜式内須須神社、見附島、真脇遺跡、石仏山

5/4(水・祝)石仏山、観音島、大境洞窟住居跡

5/5(木・祝)ギャラリー椋でのファイナルトークイベント「日本海の巨石文化を巡って来て~太平洋沿いと日本海沿いの違いを考える」&ミニライブ

5/6(金)金沢星稜大学でのシンポジウム「危機と文化継承」

 

この写真展と、「おもしろたのし」の珍道中を以下の動画に収めておりますのでご笑覧ください。道中、さまざまな発見と考察に出会い、興奮の連続でした。

 

須田郡司・鎌田東二写真展「東日本大震災の10年と巨石文化」&金沢市ギャラリー椋トークイベント&ミニライブ 2022年4月30日

 

金沢・福井巡礼第1日目 2022年5月1日

 

福井県・石川県縄文巨石巡礼 2日目 2022年5月2日

 

縄文巨石巡礼第3日目 気多大社・真脇縄文遺跡ほか 2022年5月3日

 

能登へ往く 4日目 真脇縄文哲学 2022年5月4日

 

金沢星稜大学グローバル・スタディーズ教育プロジェクト研究所主催シンポジウム「危機と文化継承」2022年5月6日

 

5月5日のファイナルトーク&ミニライブには、サンレーの社員のみなさんが5名も参加してくださり、本当に嬉しく思いました。ちょうど、前の日に宿泊したビジネスホテルのR&Bホテルの目の前にサンレー金沢紫雲閣があったのですよ。この「地縁」には本当に驚きました。そして、その日の朝9時20分にShinさんにメールしたら、Shinさんは、「本当に奇遇ですね! 『帝釈の網』のように、すべては繋がっているように思います。イベントの成功をお祈りいたします。」と返信してくれて、すぐに社員の方を5名も動員してくれたのでした。これには大感激でした。ほんとうに、ありがとうございました。

ところで、この縄文巨石巡礼の旅の途次、わたしにとって、特に興奮したのは、2つの縄文遺跡の訪問でした。1つは、福井県三方湖の若狭三方縄文博物館です。2000年5月だったかに、故大重潤一郎さんたちと同博物館を訪ねて以来、22年ぶりの再訪でした。実は、大重潤一郎さんの作品「縄文」は、この若狭三方縄文博物館の常設展示映像として製作されたのでした。そしてその20分バージョンは、今もしっかりと特設劇場で毎日何度も上映されています。

また、縄文土偶に至るトンネルで、わたしの吹いた石笛が今も響いていました。映画「縄文」の中の一シーンに、岡野弘幹さんのスタジオで石笛の録音をして映像に入れ込んだのでした。妊婦が死産し、季節が夏から秋に切り替わるシーンで、わたしの吹いた石笛の鋭い高音が響いていました。22年経った今もその石笛の音が使われていて、感無量でした。大重さんもさぞかし喜んでいるでしょう。また、永江寿夫館長さんにも会って話ができて、とてもよかったです。この館の設計は、梅原猛さんの娘婿の建築家の横内敏人さんで、梅原猛さんは名誉館長でした。

その後、25年ぶりくらいで常神半島に行ったのですが、これもサイコーにスリリングでした。ぜひ動画をご覧ください。そして、その後、能登半島をぐるりと一周し、真脇の縄文遺跡を夕方と朝の二度も見学して、七尾に泊まると、そこでは3日間青柏祭が行われていました。青柏祭は、大地主神社(山王神社)の祭礼で、青い柏の葉に神饌を供えます。ユネスコ無形文化遺産に認定されていて、曳山は「でか山」と呼ばれるほどの大きさで、高さ12メートル、重さ20トン、車輪の直径は2メートルで、日本一のでかさと言われています。

興味津々なのは、羽咋市の気多大社は「大国主神」を祀りますが、ここまでが「大国主信仰圏・出雲文化圏・対馬暖流文化自然圏」と言えます。それはタブの木の信仰と植生によってもよくわかります。気多大社の入らずの森の奥宮にはスサノヲが祭られています。気多大社参拝後、折口信夫・藤井春洋父子の墓参りもして、石笛・横笛・法螺貝のわが三種の神器も奉奏しました。その後に、真脇の縄文遺跡の謎と神秘を須田郡司さんとともに探究しました。

そして、須田郡司さんとの写真展と、縄文・巨石巡礼の総仕上げとして、5月6日に、金沢星稜大学 グローバル・スタディーズ教育プロジェクト研究所主催のシンポジウム「危機と文化継 承」を行なったのです。ここで、金沢・北陸・日本海・対馬暖流沿いの縄文文化、祭り文化、巨石文化、高山右近のキ リスト教と右近によりもたらされた金沢の能と茶の湯が立体交差して、大変スリリン グな饗宴・シンポジオンとなりました。ワクワク、ウキウキ、ドキドキ、バンバン、でしたね。主催者側の文化人類学者の小西賢吾さんは、このシンポジウムが一つの「祭り」であり、「祭縁」と言ってくれました。久しぶりに、小西賢吾さん、桑野萌さん、門前斐紀さんの<京都組>と一緒にシンポ ジウムができて、とてもうれしくありがたかったです。金沢星稜大学にとっても、一つのよき刺戟と活性剤となればうれしいですね。そしてまたぜひ、さらにおもろい第2弾をやりたいです。

http://www.seiryo-u.ac.jp/u/new/2022/0414.html
【プログラム】
■14:35~14:40 開会のことば
齋藤千恵(金沢星稜大学教授・グローバル・スタディーズ教育プロジェクト研究所代 表/文化人類学・観光人類学)
■14:40~14:45 ご挨拶・趣旨説明  桑野萌(金沢星稜大学准教授/哲学的人間学)
■14:45~15:25 報告①「危機を救う方策としての祭りと歌の伝承文化~スサノヲが 問いかけたもの」鎌田東二(京都大学名誉教授・天理大学客員教授/宗教哲学・民俗 学)
■15:25~16:05 報告②「石の聖地~東北、石川、出雲の巨石信仰」須田郡司(写真 家・石の語りべ/ 巨石信仰・聖地)
■16:05~16:10 休憩
■16:10~16:50 報告③「加賀藩内のキリシタン信仰の継承について」奈良献児(高 山右近記念資料館館長/キリシタン史・キリスト教実践神学)
■16:50~17:30 報告④「人口減少とつながりのゆくえ~祭縁から考える」小西賢吾 (金沢星稜大学准教授/文化人類学)
■17:30~17:50 総合討論(登壇者全員)+まとめ
■17:50 閉会のことば 桑野萌

このシンポジウムでも、作ったばかりの須田郡司さんに捧げる歌「石の声を聴け」を歌っていますが、今回の金沢の旅は、わが「吟遊詩人」としての旅の第1回目でした。「ギターを抱えた渡り鳥」でしたね。

金沢から京都に帰ってきたら、Shinさんの本の他に次々と3冊の新著が届きました。まず。須藤義人著『神と仏のスピリチュアルロードー―生きゆく祈り・死にゆく瞑想』(榕樹書林、2022年4月21日)須藤義人さんは沖縄大学教授で、僧侶で、故大重潤一郎監督作品『久高オデッセイ第一部、第二部』の助監督を務めてくれた映像民俗学者です。この本も、写真も、文章も、とてもよいです。よい仕事です、ホント。須藤義人さんのこれからのますますの活躍を祈ります。http://gajumarubook.jp/?pid=167938440

インターネットの紹介記事には次のようにあります。

須藤義人著:日本人がかつて、「天竺」として憧れた異郷・・・。インド・ネパール・スリランカを含む広大な空間である「ジャンブディーパ」は、日本人にとっては遙かなる魂の故郷でもあった。琉球にも海の道を通じて、ヒンドゥの神々とお釈迦様の教えは伝わってきた。私は、2017年から2019年にかけて、アジア一帯に広まった神と仏を生み出した人々の心象風景を見つめてきた。テーラワーダ仏教の一僧侶となって、授かった戒名である「ダンマクサラ」(法善) の五感と心で観察し続けたのである。生と死の瞑想をしながら、人々の「生きたいという心」と「死にたいという体」を見つめて呼吸をし、徐々に「生きゆく祈り」と「死にゆく瞑想」を日常的にしている情景に溶け込んでいった。それによって、神と仏の故郷である「ジャンプディーパ」が、日本人にとっての理想郷「天竺」になる前の〈かたち〉を知ることにもなったのである。B5横版、並装、160頁 定価(本体3,500円+税)

続いて、「モノ学・感覚価値研究会」アート分科会代表を長らく務めてくれたわれらの「魂の義兄弟」の美術家・陶芸家の近藤高弘さんのアーティストとしての創造過程と作品を全網羅したKONDO・MANDALAとも言える集大成の作品集が届いていました。『近藤高弘作品集 VESSEL BODY VOID 』近藤高弘著、光村推古書院、2022年5月/ ジャンル:アート / 出版社:光村推古書院 / 発売国:日本 / ISBN:9784838106189 / アーティストキーワード:近藤高弘

全体を閲覧しましたが、たいへんすばらしいです! 息を呑みます。冒頭からの、これでもかと押し寄せる坐像の「Reduction」シリーズもそうですが、近藤バージョン『仮面の告白』であるセルフ・マスク(自顔像)の「Reflection」シリーズも、圧巻のインパクトで迫って来て、衝撃的ですね。割れた白磁の大壺Vesselの「Unstable」群も現代アートとしての問題提起と鋭い批評的リアリティを示してくれています。また、天河大辨財天社の天川護摩壇野焼き講での「Reduction」が護摩壇の中から焼き上がってその姿を顕した時の衝撃写真や、ハワイのシャーマンとの野焼きフェスティバルのチャンティングの様子も収められていて、実に美しくもダイナミックな作品集に仕上がっています。芸術家・近藤高弘の全軌跡を通覧できるまたとないすばらしい作品集です。値は5万円(廉価版は3万円余)とたいへん高価ではありますが、値段に優る作品力と訴求力と現代性があり、唸らされます。 これまでの30年のアーティストとしての歩みに心から敬意を表します。

最後の3冊目は、島薗進著『教養としての神道~生きのびる神々』東洋経済社、2022年5月26日刊。近現代の新宗教の研究から、近現代の科学技術や医療やケアや物語論に踏み込み、一方、近代の国家神道や近代天皇制の問題に鋭く切り込んできた島薗進さんが、さらにさかのぼって、包括的かつ総合的に、そもそも「神道」とは何かを総括する島薗神道論・神道史を問題提起しました。とても読みやすく、かつ参考になる1冊です。

インターネットの紹介記事には次のように書かれています。

<神道1300年の歴史は日本人の必須教養。「神道」研究の第一人者がその起源から解き明かす。ビジネスエリート必読書。明治以降の近代化で、「国家総動員」の精神的装置となった「神道」。近年、「右傾化」とも言われる流れの中で、「日本会議」に象徴されるような「国家」の装置として「神道」を取り戻そうとする勢力も生まれている。では、そもそも神道とは何か。神道は古来より天皇とともにあった。神道は古代におけるその成り立ちより「宗教性」と「国家」を伴い、中心に「天皇」の存在を考えずには語れない。しかし「神道」および日本の宗教は、その誕生以降「神仏習合」の長い歴史も持っている。いわば土着的なもの、アニミズム的なものに拡張していった。そのうえで神祇信仰が有力だった中世から、近世になると神道が自立していく傾向が目立ち、明治維新期、ついに神道はそのあり方を大きく変えていく。「国家神道」が古代律令制以来、社会にふたたび登場する。神聖天皇崇敬のシステムを社会に埋め込み、戦争へ向かっていく。近代日本社会の精神文化形成に「神道」がいかに関わったか、現代に連なるテーマをその源流から仔細に論じる。同時に、「国家」と直接結びついた明治以降の「神道」は「異形の形態」であったことを、宗教学の権威で、神道研究の第一人者が明らかにする。>

【第1部 神道の源流】
第1章 神道の起源を考える
第2章 神仏分離の前と後
第3章 伊勢神宮と八幡神
【第2部 神道はどのように生きのびてきたか】
第4章 天津神と国津神
第5章 神仏習合の広まり
第6章 中世から近世への転換
【第3部 近世から近代の神道の興隆】
第7章 江戸時代の神道興隆
第8章 国家神道の時代の神道
第9章 近現代の神道集団

著者:島薗進 宗教学者、東京大学名誉教授、宗教学者。上智大学グリーフケア研究所客員所員。大正大学客員教授。東京大学名誉教授。NPO法人東京自由大学学長。日本宗教学会元会長。1948年、東京都生まれ。東京大学文学部宗教学・宗教史学科卒業。同大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。主な研究領域は、近代日本宗教史、宗教理論、死生学。著書に『宗教学の名著30』『新宗教を問う』(以上、ちくま新書)、『国家神道と日本人』(岩波新書)、『神聖天皇のゆくえ』(筑摩書房)、『戦後日本と国家神道』(岩波書店)などがある。出版社 東洋経済新報社 発売日2022/5/13 単行本360ページ

これまでの「神道」についての諸説・諸議論を、丁寧に、包括的に位置付けていて、神道の概要と所論を広くバランスよく学びたい人にはお勧めの神道論になっています。NPO法人東京自由大学で行なった「島薗ゼミ」での講義を元にしているので、内容は読みやすく、小見出しも多く付けられ、理解しやすくなっています。神道について、考え、議論しようとする時に、とてもよい指標となり、手引きとなり、参照軸になってくれる良書です。上智大学グリーフケア研究所所長を退任して、ますます広範囲に活躍されている島薗さんの仕事ぶりに心から敬意を表します。

 

いやあ~、Shinさんはじめ、須藤義人さん、近藤高弘さん、島薗進さん、それぞれの仕事に大変刺激され、「吟遊詩人」としての活動にさらに入魂しなければと思った次第です。5月末には第四詩集『絶体絶命』(土曜美術社出版販売)が出て、6月1日には『教科書で教えない 世界神話の中の「古事記」「日本書紀」入門』(ビジネス社)が出ます。また、サードアルバム『絶体絶命』のレコーディングも終えました。いよいよ「吟遊詩人」としての準備が整います。そして、能で言う「諸国一見の僧」のように、全国行脚を始めます。また、小倉で、沖縄で、金沢で、お会いできると幸いです。とりあえずは、6月5日のたいへんおめでたい結婚式での再会を楽しみにしています。

2022年5月17日 鎌田東二拝

PS:ところで、肥後の国の一の宮のある熊本県阿蘇市の「TAOretreat& café」で、6月3日(金)19時~20時45分に「森の中のお話し会」を行ないます。熊本や阿蘇の近くに知り合いの方がいましたらぜひご案内ください。