NHK文化センター京都での季節限定単発講座「京都 五山の送り火」2022年8月7日を開催します。

シンとトニーのムーンサルトレター第205信(Shin&Tony)

鎌田東二ことTonyさんへ

Tonyさん、お元気ですか?
今夜は、ピンクムーンですね。北部のネイティブアメリカンは、4月の満月をピンクムーンPink Moon(桃色月)と呼んでいます。開花の早い野花、ピンク色のフロックス(phlox)にちなんでいるそうです。また、スプラウティンググラスムーンSprouting Grass Moon(萌芽月)とも呼ばれており、春になり木々が一斉に芽吹く時期を表しているとか。

北九州市の上田SDGs室長と

 

さて、北九州市はかねてよりSDGsに熱心に取り組んでいますが、「2021北九州SDGs都市アワード」において、わがサンレーがSDGs奨励賞を受賞しました。他の受賞企業は製造業のみで、いわゆる第三次産業ではわが社のみです。名誉なことだと思っています。
考えてみれば「礼」を重んじる冠婚葬祭とは社会を持続させるシステムそのものではないでしょうか。結婚式は、夫婦を生み、子どもを産むことによって人口を維持する結婚を根底から支える儀式です。一方葬儀は、儀式とグリーフケアによって死別の悲嘆によるうつ、自死などの負の連鎖を防ぐ儀式です。冠婚業も葬祭業も、単なるサービス業ではありません。それは社会を安定させ、人類を存続させる重要なケアの文化装置なのです。


松柏園の庭園の桜

 

4月1日、今年もわがサンレーに新入社員たちが入ってきました。11時から小倉の松柏園ホテルで辞令交付式が行われました。例年は各地のグループ企業すべての新入社員を一同に集めて合同入社式を行うのですが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、一昨年から大幅に規模を縮小して本社新入社員のみを対象とした「辞令交付式」としました。残念ですが、今年もコロナ禍が終息していないので、合同入社式はやめて、各地で辞令交付式を行いました。


新入社員辞令交付式

 

社長であるわたしは新入社員に辞令を交付しました。わたしはマスク姿で1人ずつ名前を読み上げ、心を込めて交付しました。その後、わたしはマスク姿で登壇し、社長訓示を述べました。以下のようなメッセージを伝えました。ご入社、おめでとうございます。いま、世界では新型コロナウイルスの感染拡大に加えて戦争まで起こり、人類社会が大混乱しています。みなさんは過酷な就活戦線を乗り切ってこられたことと思います。みなさんは「サンレーは何の会社ですか」と聞かれたら、どのように答えますか。多くの人は「冠婚葬祭の会社です」と答えることでしょう。でも、サンレーは結婚式や葬儀のお手伝いだけでなく、婚活支援サービスやグリーフケア・サポートも行っています。ホテルや高齢者介護施設や温浴施設も運営していますし、隣人祭りなどの地縁再生イベントも開催しています。それらの事業はすべて「人間尊重」をコンセプトとしています。そして「人間尊重」をひとことで言うと「礼」ということになります。


辞令交付式での社長訓示

 

そうです、サンレーとは「礼」の実践を生業(なりわい)とする「礼業」なのです。世の中には農業、林業、漁業、工業、商業といった産業がありますが、わが社の関わっている領域は「礼業」です。「礼業」とは「人間尊重業」であり、「ホスピタリティ・インダストリー」ということになります。このような会社に入った新入社員のみなさんに一番伝えたいことは、儀式の大切さです。結婚式や葬儀、七五三や成人式、長寿祝いなどは、不安定な「こころ」を安定させる「かたち」です。儀式は人間が人間であるためにあるものです。儀式なくして人生はありません。そして、互助会の根本理念である「相互扶助」は、社会の持続性により深く関わります。SDGsの時代である今こそ、互助会の出番です。最後は、「本日は、本当におめでとうございました!」と述べてから降壇しました。


「毎日新聞」2022年4月2日朝刊

 

新入社員たちは3月末から事前研修を受けていましたが、その記事が4月2日付の「毎日新聞」朝刊に掲載されました。記事は「『おもてなしの心』生かす「サンレー茶道体験」の見出しで、以下のように書かれています。「冠婚葬祭会社サンレー」は3月31日、新入社員に『おもてなしの心』を学んでもらおうと、入社前研修の一環で茶道体験を実施した。同区の松柏園ホテル茶室で手ほどきを受けたのは、北九州本部と宮崎事業部で採用された男女14人。小倉藩で伝えられた『小笠原家茶道古流』師範の福成清古さんから、お菓子の食べ方、お茶の飲み方のほか、お辞儀の仕方などの作法を学んだ。慣れない正座ながらも姿勢を正し、真剣に取り組んでいた。茶道初体験だった尾方亮太さん(22)は『昔から伝えられる礼儀作法、決まり事を守る大切さを学んだ。教わった細かい動作を仕事で生かしたい」と話した。【成松秋穂】」


「西日本新聞」2022年4月4日朝刊

 

また、新入社員の礼法研修も4日付の「西日本新聞」朝刊に取り上げられました。記事は「小笠原流礼法で新入社員の研修」の見出しで、以下のように書かれています。「冠婚葬祭会社のサンレーは3月31日、かつて小倉城の城主だった小笠原家に伝わる「小笠原流礼法」を取り入れた新入社員研修を行った=写真。新入社員はお辞儀や歩き方などマナーを学んだほか、今年は3年ぶりに茶道体験も実施した。小笠原流礼法は、小倉城城主だった小笠原家に伝わる武家礼式の一流派で、おじぎや姿勢など基本動作のほか、食事や手紙の書き方、花の生け方などさまざまな礼儀作法がある。同社は、この礼法を社員研修に取り入れてマナーを新入社員に教えている。特に茶道は月数回教室を実施しており、学び続ける社員もいる。研修では新型コロナウイルス感染を考慮して一昨年から中止していたが、今年は実施。新入社員は正座の仕方、茶菓子のいただき方など細かい指導を受けながら体験を楽しんだ」


「東京スポーツ」ほか2022年4月7日、4月8日号

 

新聞といえば、7日と8日、一般社団法人全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の山下裕史会長との対談記事が、「東京スポーツ」「中京スポーツ」「大阪スポーツ」「九州スポーツ」合計150万部の新聞の全面に掲載されました。「グリーフケアの重要性」「超高齢化社会、コロナ禍の今だからこそ」の見出しで、「『グリーフケア』という言葉をご存じだろうか。超高齢化社会を迎える一方で、核家族化などで近親者の死を身近に経験したり、死と向き合う機会が減少している。さらに、伝統的な宗教や地域社会の弱体化により、葬送に対する地域社会からのサポートも減ってきている。その結果、悲嘆(グリーフ)を抱える人々を支え癒やす場所が少なくなり、そのサポート&ケアの重要性が高まっている。そこで「グリーフケア資格認定制度」を創設した一般社団法人全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の山下裕史会長と同副会長の佐久間庸和・全互協グリーフケアPT座長に“グリーフケア”について語ってもらった」とのリード文が続きます。東スポといえば、プロレス・競馬・風俗関連の記事などが有名ですが、これまでにない層の方々にグリーフケアを知っていただく機会になったように思います。


姫路のグリーフケア式典で挨拶

 

9日、東スポで対談した全互協の山下会長が経営される結婚式場「ラヴィーナ姫路」で、グリーフケアの式典が開催されました。14時30分から、第1期ファシリテーター修了式です。山下会長の挨拶に続いて、グリーフケアPTの座長として、わたしが挨拶しました。わたしは、「以前、小倉で、『選ばれし者の恍惚と不安、二つ我にあり』という言葉を紹介しました。フランスの詩人ポール・ヴェルレーヌの言葉ですが、太宰治が『葉』という小説で使い、前田日明も新生UWFの旗揚げの挨拶で使いました。あの日、全国から選び抜かれて集ったファシリテーターのみなさんも、同じ思いではなかったでしょうか。みなさんは、グリーフケアの時代を拓くパイオニアです。どうか、自身の大いなるミッションを果たされて下さい。いま一番、グリーフケアを学んでほしいのはロシアのプーチン大統領です。彼が起こした戦争で、いかに多くの悲嘆が生まれているのかを知ってほしいです。グリーフケアは人間愛の発露であり、幸福へのサポートであり、平和への祈りです。グリーフケアという考え方が広まれば、この世から戦争がなくなるかもしれません。どうか、みなさんのこれからの人生が愛に満ちた素晴らしいものであることを祈念しています。本日は、誠におめでとうございます!」と言いました。


わが社の上級グリーフケア士2人と

 

その後、伊藤高章先生より御挨拶があり、一般財団法人冠婚葬祭文化振興財団の金森茂明理事長から第1期ファシリテーター修了証の授与、および上級グリーフケア士の認定証の授与が行われました。わが社の市原泰人さん、大谷賢博さんも2枚の証書を授与されましたが、わたしは胸が熱くなりました。2007年に、わたしがグリーフケアの書である『愛する人を亡くした人へ』を書いたとき、互助会業界の人のほとんどは「グリーフケア」という言葉を知りませんでした。あれから15年・・・ついにグリーフケア資格認定制度が始動し、日本初いや世界初の上級グリーフケア士が誕生したのです。こんなに素晴らしいことが他にあるでしょうか! わたしは、第1期ファシリテーターを修了し、見事に上級グリーフケア士となられた10人の方々に心からの拍手をお送りしました。14時50分からは、第2期ファシリテーター開講式が開かれました。この日、2年ものあいだ走り続けてきたグリーフケアPTも晴れて解散しました。関係各位の協力を得て、途方もないミッションを果たすことができ、感謝の気持ちでいっぱいです。


沖縄の合同慰霊祭で主催者挨拶する

 

12日、わたしは沖縄にいました。12時から沖縄県浦添市の「サンレーグランドホール中央紫雲閣」で「合同慰霊祭」が行われました。ここは沖縄県最大級のセレモニーホールですが、わたしは沖縄の海をイメージしたオーシャンブルーのマスクとネクタイ、ポケットチーフのコーディネートで参列しました。「開会の辞」に続いて、黙祷、禮鐘の儀、追悼の言葉、カップローソクによる献灯がありました。ご遺族の方々に続いて、わたしも献灯させていただきました。心をこめてお祈りさせていただきました。その後、わたしが主催者挨拶をさせていただきました。マイクを持ったわたしは、「本日は慰霊祭にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。沖縄での海洋散骨は平成26年より数えまして今回で9回目となります。この9年間には親御さんを亡くされた方、ご兄弟を亡くされた方、配偶者を亡くされた方、そして子どもさんを亡くされた方・・・・・さまざまな方にご参加いただき、海洋散骨を行ってきました。その際、ご遺族の皆様に、わたしが必ずお話しすることがあります。それは『世界中の海はつながっているということ。どの海を眺めても、そこに懐かしい故人様の顔が浮かんでくるはずです』ということです」


海は世界中つながっている!

 

また、わたしは「沖縄の海も世界中の海とつながっています海を見れば故人様の顔が浮び、そしてさまざまな思い出を思い出すことでしょう。これは世界中のどの海を見ても共通のことなのです。そして故人様との思い出を大切にし、そして海をみると思い出してあげるということは故人様にとって最高のご供養です」と述べました。そして、わたしは「沖縄では魂はニライカナイという理想郷に還り、その魂は皆様を見守り続けるということだそうです。これは時代が変わっても永遠普遍なものです。皆様と故人様がいつかまた会う日まで、皆様が故人様のご冥福を心安らかにお祈りいただけますよう、そして本日故人様を母なる海へ送られるご家族様のこれからのご健勝を祈念いたしましてご挨拶に代えさせて頂きます」と述べて、挨拶を終えました。


海洋散骨の船に乗って

 

その後は、三重城港に移動。ここで、わたし自身、じつに4年ぶりとなる海洋散骨に立ち合います。14時に出港し、15時頃に散骨場に到着しました。そこから、セレモニーのスタートです。開式すると、船は左旋回しました。これは、時計の針を戻すという意味で、故人を偲ぶ儀式です。それから黙祷をし、ここでも禮鐘の儀を行いました。それから、日本酒を海に流す「献酒の儀」が行われました。そして、いよいよ「散骨の儀」です。ご遺族によって遺骨が海に流されました。そのとき、号泣された方、海に向かって「ありがとー! また会おうね!」と叫ばれる方など、いろんなお別れの形がありました。改めて、海洋散骨とはグリーフケアのセレモニーであると感じました。


海洋散骨の主催者挨拶

 

それから、主催者挨拶が行われました。マイクを握ったわたしは、「今日は素晴らしいお天気で本当に良かったです。今日のセレモニーに参加させていただき、わたしは2つのことを感じました。1つは、海は世界中つながっているということ。今回の海洋散骨には日本全国から申し込みいただいていますが、海はどこでもつながっています。どの海を眺めても、そこに懐かしい故人様の顔が浮かんでくるはずということです」と言いました。それから、「もう1つは、故人様はとても幸せな方だなと感じています。海洋散骨を希望される方は非常に多いですが、なかなかその想いを果たせることは稀です。あの石原裕次郎さんでさえ、兄の慎太郎さんの懸命の尽力にも関わらず、願いを叶えることはできませんでした。愛する家族である皆様が海に還りたいという自分の夢を現実にしてくれたということで、故人様はどれほど喜んでおられるでしょうか。皆様と故人様がいつかまた会う日まで、故人様の安寧と皆様のご健勝を祈念いたしましてご挨拶に代えさせて頂きます」と言いました。その後、散骨場を去る際、右旋回で永遠の別れを演出しました。このように日本各地を駆け回って「天下布礼」に励んでおります。わが使命と志を果たすため、これからも精進する覚悟です。ではTonyさん、次の満月まで!

2022年4月17日 一条真也拝

 

 

一条真也ことShinさんへ

4月17日にムーンサルトレター205信をいただいてからすでに5日が経ってしまいました。あっという間でした。返信がまたもや遅くなって、ごめんなさい。

「四月は残酷な月だ」(April is the cruellest month)と言ったのは、T・S・エリオットですが、今の世界状況を見ていると、この言葉がピッタリな気がします。もちろん、ウクライナ戦争は、ロシアによる「残酷な」“侵攻”であると思いますが、同時に、そこに至る過程の「残酷」さもトータルに見ておかなければならないとも考えます。事態は、単純ではないと。戦争を続けることによってほくそ笑んでいるのは誰なのかを考えると、四月(死月)の「残酷」さが鮮明になってくるようです。

Shinさんは、そんな「四月」を新社員を迎えて「新鮮で創造的な月」に変えようとしているのですね。新入社員に向けての社長としての訓示の核心は「人間尊重」と「礼」にあるとのことですが、その精神が広く共有されることを望むと同時に、改めて、それに加えて「自然畏怖」が根底になければならないとおもいます。

Shinさんは、海洋葬を実行して、「世界中の海はつながっているということ。どの海を眺めても、そこに懐かしい故人様の顔が浮かんでくるはずです。」と話をされたとのことですが、人間のつながりを生み出すもとは海のつながりであり、森のつながりであり、風や空気や河のつながりです。そうした自然生態系の「密接錯雑」(南方熊楠)があって初めて、人間同士の、人間社会のつながりや、人間尊重の精神が生まれ、はたらくのだとおもいます。その順序が狂ってはならない、というのがずっとずっと言い続けているわたしのワンパターン言説です。

ワンパターン言説と言えば、2015年に死去し、沖縄サンレーで告別式(お別れの会)をしてもらった故大重潤一郎も筋金入りのワンパターン言説者でした。じつは、本日、先ほど「第2回故大重潤一郎(1946‐2015)映画上映会」を行ない、終了したところです。今回は20名弱の参加者でした。上映作品は、四宮鉄雄監督『友よ! 大重潤一郎 魂の旅』(2014年製作、109分)でした。

そこで、大重さんは、こんなことを言っていました。

「いのちはぜんぶうみにつながっている」

「風が一番のご馳走」

「風土は土地が返してくれる声」(正確な聴き取りではないかもしれません)

「縄文~沖縄・久高島~女たち・母たち・女神たち~海洋アジア~マジャパヒト~スンダランド~海上・海流の道」

などなど。故大重潤一郎さんらしい「大重語録」満載のドキュメンタリー映画でしたね。「命は全部海につながっている」というのは、Shinさんの海洋葬の挨拶の確認部分と合致します。そこが、大きなポイント、です。

これまでにこの映画も何度か見ているのですが、大重さんが死去して7年、いよいよ大重さんの遺したメッセージがリアルに響いてくる時代になったと思っています。いくつかの作品を、一人息子の大重生さんが本年1月よりVimeo公開(有料)していますので、Shinさんにも多くの方々にも観てほしいと思います。

これに関連して、本年7月22日の大重潤一郎さんの命日に、久高島の宿泊交流館で、対面で「大重祭り」を行なう予定ですが、同時に、ハイブリッド方式を用いてオンラインでも接続し、当日は大重映画「水の心」(30分)を流す予定ですので、関心がありましたら、ぜひご参加ください。この「大重祭り」は、参加費無料です。

さて、私事ですが、17歳の時から詩を書き始めて、この3月で71歳となりました。そして、71歳の今、サードアルバム『絶体絶命』と、第四詩集『絶体絶命』(土曜美術社出版販売)を出すべく奮闘しています。レコーディングは、昨年12月から月1回ずつ、通算5回行ないました。ほぼ収録を終えましたが、もう少し修正取り直しが必要です。

そんな中、先週4月15日(金)から17日(日)まで、旅座の催しで、「出雲神話と幽世の世界~出雲の旅」を行ないました。その一部を本日you tubeにアップロードしましたので、時間のある時に見てください。

「出雲神話と幽世の世界~出雲の旅」 2022年4月15日‐17日(47分)

上記動画の40分過ぎから「神ながらたまちはへませ」を入れてあります。これがサードアルバム『絶体絶命』の第1曲目の歌です。

今回の出雲行きは、緊急出版する第四詩集『絶体絶命』(土曜美術社出版販売、2022年5月刊)の再校ゲラを抱えての旅でした。2018年から2019年にかけてつづけさまに3冊の詩集を出したので、もう詩集は出さないつもりでしたが、2月24日にロシアによるウクライナ侵攻があって緊急出版することにしました。侵攻1ヶ月後の3月24日から4月4日までの間の10日間で全詩篇を書き上げ、5月中旬に出来上がります。これを書いたからと言って何かが大きく変わるわけでもないのですが、しかし、平和を作り上げるとはどんなことなのか、神話や歴史から深く考えていくきっかけを持つことができるとおもっています。

絶体絶命カバー

それが、大国主神話です。大国主の神は、日本神話における最弱の神とも言えますが、その神が同時に最強の神にも変貌するのです。その変容はいかにして可能か? そしてその神の変貌や行為についての評価はいったいどのようになされるのか?

簡単な問題ではありません。何しろ、「国作りの神」が「国譲りの神」になるのですから。これを敗北とも後退とも腰抜けとも批判する観点もあり得ます。当然でしょう。そのような見方が出てくるのは。

しかし同時に、この超法規的というか、超この世的というか、仏教的に言えば「出世間的」なありようは、「殺人剣」いや「殺神剣」ではなく、「活人剣」いや「活神剣」とも言えるかもしれません。超越的な和平的役割分担を見出そうと交渉した末の。

しかし、どのようにあれこれ考えても、白黒はっきり付けることのできない、まさにグレーゾーンの波打ち際を往来しているような、何とも複雑怪奇で屈折した道だと思います。しかし、「絶体絶命」の崖っぷちで、両者が激突して叩き潰し合う戦闘をするよりも、超法規的ウルトラC的に、平和裡に解決する手法を生み出したとも言える点は、考えるべき要点となります。

そのようなことを考えながら、冒頭に、長編叙事詩「大国主」を置きました。ぜひそれをShinさんに批評してほしいと思います。忌憚ないところを。

この詩集の目次は次のようになります。

序詩 常若の教え

 Ⅰ 大国主 

なぜこれほどの重荷を背負わねばならないのか?

たすけ

国譲り

 Ⅱ 痛恨

  HIROSHIMA/NAGASAKI

  MINAMATA

  FUKUSHIMA

  TOKUSHIMA

 Ⅲ 破産

  伝言

  消滅

  阿鼻叫喚

  破産

  始発

  星くずスクウェア

  まつ

 終詩 聴耳頭巾

そして、その最初の「序詩」は、このようなものです。

 

序詩   常若の教え

 

ひとつ 常若が教えた道

星めぐりの歌が回流して渚を洗う

 

母さん

海はどこまでも広く

いつまでも青く

はてしなく遠く

根の国の底の底深くまで

声を届けていた

 

聴いたよ

おまえの啼き声

大妣を求めてやまぬ声

青山を枯山となし

海底まで干上がらせたほどの泣き声

 

中つ国は

国生みの神代からひしげて

白馬も通ることのできないほどに壊れて

波打ち際にむくろがならぶ

荒々しいテトラポッドのように

 

残酷な現し世のすがたを

映す真澄鏡も

かつては海と空を反射し

清らかな色彩の悠久を棚引かせていた

 

そのようなむかしがたりを忘れはてしほど

今し語りの残虐に

こころとぎれ

からだちぎれ

たまはちきれ て

分断の壁 壁 壁

 

もはや通り抜けすることが出来ぬほど

顕幽の境を往き来する銀河鉄道も

赤字累積で廃線を決意した

 

神仏は通信回路を断たれて

中空にさ迷う至高至極のメッセージ

 

奇特な献身的ごみ拾いの活動家さえも

拾わぬほど

気づかぬほど

塵芥の微塵と消えた

 

星影のワルツも遠遠しく

生きとし生けるものの極大ピアニッシモのうた

 

だれも聞こえないよ

誰も聴いていないよ

 

そんな どこかの 声ごえを

そんな いつかの 歌ごえを

息詰めて 拾い集めに 急ぐ

 

だが しかし

いったい いづこの 荒野へ?

 

そして、最後の「終詩」はこうなりました。

 

終詩 聴耳頭巾

 

火打石の衰弱を土偶は心配した

こんなに弱ってしまってはいのちの燃焼をまっとうすることはできぬ

呪師も手をこまねいて雲隠れした

 

父さん

あなたが教えた所得倍増はこれほど手ひどい貧困をもたらしました

いのちのこえがとどかぬほどの貧困を

 

もはや おとこたちのたたかいのおたけびなどききたくもありません

 

おかあさーんと泣き叫んで 碧い海に落ちていった少年たちの純心を忘れるな

どんなイデオロギーもいのちの声を妨げる

 

〈生きとし生けるもの いづれかうたを詠まざりける〉

 

うたえ わかものよ

うたえ いのちあるものよ

うたえ いのりもつものよ

 

うた開きしたスサノヲは言ったはずだ 詠うことと啼くこととは同じこと

うた繋ぎしたおほくにぬしは伝えたはずだ 歌うことと笑うことは同じこと

 

聴く耳持たぬだれかれ

でも 教えてきたはず

聴耳頭巾のおはなしを

 

  ≪聴く耳を持て≫

 

おもいだして!

わすれないで!

つたえてゆけ!

 

いのちはつたえだと

いのちはこえだと

いのちのいぶきを

いのちのはどうを

いのちのいのりを

 

もはやいうべきなにものもない

なにものものこってはいない

 

あとには ただ

ちんもくといのりがあるだけ

 

聴耳頭巾が落ちている

 

これは、たしかに、わたしの声でもありますが、同時に故大重潤一郎の声でもあると思っています。わたしは、そんな「いのちのこえ」を聴きたいのです、拾いたいのです。そしてそれがこの第四詩集『絶体絶命』となりました。

そして、それと関連する内容の神話論を、ビジネス社から6月1日に『世界神話の中の「古事記」日本書紀』入門』と題して刊行します。250頁弱のとても読みやすい本となるはずです。ぜひこちらも忌憚ない批評をしていただきたくおもいます。

「四月は残酷な月」であると、T・S・エリオットを読んだ20歳頃からずっと思ってきました。わたしにとって、その前の「三月」は生まれ月なので、「産月」でした。が、しかし、今年の三月は世界状況的には「斬月」とも「惨月」ともなっていました。この事態の打開を、どこから、どうやって進めていくのか。「五月」は「互月」となり、「娯月」となり、「護月」となることをこころからねがいます。

2022年4月22日 鎌田東二拝

 

以下、イベントのお知らせです。

2022年6月3日(金)19時‐20時45分に、熊本県阿蘇市一の宮町萩野草07‐01にある「TAOリトリート&カフェ」(tel:090-9489-9084)で、TAO塾代表の波多野毅さんと一緒に、「森の中のお話し会」を開くことになりました。

「自然と文化の危機と道ひらきを求めて」と題する鎌田の講演と、波多野毅さんとの対談(トークセッション)を行ないます。

森の中のお話し会 2022年6月3日(金)開催

 

また、以下、沖縄・那覇市と新潟市での写真展とトークイベントのお知らせです。

🔴須田郡司 写真展「東日本大震災10年の記録・沖縄から世界の聖石巡礼」2022年7月20日‐24日

30年以上に渡り、日本各地、世界50カ国以上を訪ね、聖なる石を撮影してきた巨石写真家で巨石ハンターの須田郡司の石の世界を展示。東日本大震災から10年あまり訪ね続けた東北被災地の写真から、沖縄から世界の石の聖地・巨石文化をテーマに写真を展示。会場では、連日、須田郡司ビデオ作品集「ケルト巡礼」「カイラス巡礼」「世界石巡礼Part1」「世界石巡礼Part2」「出雲の石神を訪ねる」などを上映。

会場:沖縄県立博物館・美術館 県民ギャラリー

会期:720日~24

◉トークイベント

720日(水)

鎌田東二(宗教哲学者・京都大学名誉教授)須田郡司(巨石ハンター・写真家)

オープニングトーク+鎌田東ニミニライブ

大重潤一郎監督「久高オデッセイ」プロデューサーで宗教哲学者の鎌田東二と、琉球大学で地理学を学びフォト霊師・巨石ハンターとして世界の聖石巡礼を行なった須田郡司が東北被災地訪問10年と沖縄を語る。

723日(土)

渡久地 健(地理学者・琉球大学名誉教授)または、比嘉豊光(写真家・琉球大学写真クラブOB須田郡司(写真家・琉球大学史学科地理学専攻卒業・琉球大学写真クラブOB) 二人に出演依頼交渉中

「沖縄から見える日本と世界~地理学・写真表現が教えてくれた世界とは」

 

🔴須田郡司・鎌田東二 写真展「東日本大震災10年の記録と巨石文化」

 会場:医療法人社団 ささえ愛よろずクリニック(新潟市秋葉区滝谷町)

◉トークイベント

730日(水)夕方 オープニングトークイベント

鎌田東二(宗教哲学者・京都大学名誉教授)須田郡司(巨石ハンター・写真家)

「東日本大震災と聖なる場所と巨石の力」

 811日(祝・木) クロージングトークイベント

「越前・越中の縄文巨石巡礼を終えて」