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シンとトニーのムーンサルトレター第228信(Shin&Tony)

鎌田東二ことTonyさんへ

 

Tonyさん、こんばんは。前回はTonyさんの返信が10日も遅れたので、いろいろ心配いたしましたが、お元気そうで何よりです。1月2日に開始したという京都面白大学には驚きました。動画の配信数にはもっと驚きました。本当に、Tonyさんのバイタリティには心から敬意を表します。

さて、アメリカの先住民は満月にさまざまなネーミングを付けていますが、2月は「スノームーン」と呼ばれています。 大雪が降ることが多い月なのでこう呼ばれるようです。 穀物が取れにくく生活が厳しくなることから「ハンガームーン(飢餓月)」と呼ばれることもあります。


金沢から能登半島へ!

 

2月6日、わたしは石川県に入りました。能登半島の珠洲市を訪れるためです。6日の夜は金沢駅前のホテルに宿泊していました。翌朝、寝ているベッドが揺れて目が覚めました。スマホを開くと、7日午前6時8分頃、石川県の志賀町を震源地とする最大震度4のやや強い地震が発生したニュースが出ていました。1月1日に発生した能登半島地震による死者は241人ですが、珠洲市と輪島市に集中しています。7日、わたしは金沢市から珠洲市に向かいました。震災後、わたしが能登半島を訪れるのは2回目です。1月10日にも行きましたが、七尾市まででした。それ以上進むことは災害車両の邪魔になるため、遠慮したのです。ちなみに七尾市は能登半島の中央部、珠洲市は最奥部となります。金沢から珠洲までは最短で片道4時間、往復8時間かかります。


全壊した家屋

 

この日は、金沢紫雲閣の大谷総支配人が社用車を運転してくれました。サンレー北陸の郡事業部長も一緒です。彼は能登半島の志賀町にある実家に元旦に帰省していたところ被災し、実家は全壊。高齢のご両親とともに避難所で1月20日まで生活し、21日から職場に復帰したのでした。被災地の復興を願うばかりですが、能登半島は珠洲はもちろん、このときは七尾さえもまだ水道が復旧しておらず、断水状態が続いています。トイレに行くのをなるべく控えるため、この日は朝から水分を控えました。簡易トイレは利用しましたけど。能登半島に入ると、いきなりの大雨でしたが、すぐ止みました。その後は晴れたり雨が降ったりの繰り返しで不安定でした。途中、道路が大破していたり、家屋が倒壊していたりといった光景をたくさん見ました。このたびの震災の甚大さを痛感します。


反対車線はほぼ全滅!

 

能登半島は一本道なので、渋滞がひどかったです。途中から「のと里山海道」に入り、雪の中を走りました。甲子園出場を決めた日本航空高等学校石川の前を通って、「のと里山空港」に到着。そこで、トイレを借りました。トイレの入口に「自衛隊はトイレットペーパーを携行せよ。」という貼り紙があったのには驚きました。それにしても、こんな能登半島の最奥部の山の中に空港があるとは驚きました。かの自民党の大物政治家が作ったものと推察されます。彼は「石川県のドン」として知られていますが、それなら「大阪・関西万博」など即刻中止させて、その費用をすべて石川県の被災地の復興に充てるべきです。彼の子分である石川県知事は「万博は開催するべき」と発言したそうですが、とんでもないですね!


珠洲紫雲閣の前で

 

金沢を出発してから4時間以上経過して、13時頃に車中で弁当を食べました。お茶も飲みたかったのですが、トイレに行きたくなるので我慢しました。珠洲市に近づくと、倒壊したお墓がありました。ようやく珠洲市に入ると、東京から来た赤十字社のテントをはじめ、他県からの応援の車両がたくさんありました。そして、ついに、わが社の珠洲紫雲閣に到着! 想像していたよりも建物の被害が少なく、看板なども無事だったので安心しました。下野支配人と中川副支配人が迎えてくれました。この日は下野支配人の54回目の誕生日だというので、「お誕生日、おめでとうございます!」の言葉を添えて、松柏園オリジナルワインをプレゼントしました。そのとき、「マスクを外して一緒に記念撮影しよう!」と言ったところ、彼が「じつは髭を剃っていないんです。ずっと風呂に入れなくて・・・」と答えるではありませんか。わたしは、その言葉を聞いたとき、彼をはじめとした被災者の方々の苦労を想いました。


正院町にて

 

それから、珠洲紫雲閣を出発したわたしたちは、下野支配人と中川副支配人の先導で珠洲市内でも最も震災の被害が大きかった正院町に向かいました。そこには信じられないような光景が広がっていました。見渡す限りの家々が倒壊しています。まるでゴジラに蹂躙されたような、まさに「カタストロフィー」といった光景でした。見ると、新しく建てたような家が飛び飛びにまったく損傷なく残っています。つまり、耐震基準の厳格化(1980年)以降に立てられた家は無事なのです。それ以前に建てられた家はすべて破壊された印象でした。そして、倒壊した家々の瓦礫の山の上には美しい青空が広がっていました。そう、悲しいほどお天気なのです。その後、わたしは正院町の瓦礫の山を見渡せる竹林に移動して、数珠を持って犠牲者の方々の御冥福をお祈りしました。亡くなられた方々の多くは、わが紫雲閣でお葬儀のお世話をさせていただきました。


正院町に向かって合掌

 

能登半島地震では、珠洲市の下水管被害(1月末時点)が総延長の約九四%となり、被災自治体の中で突出していることが分かりました。104.3キロのうち97.9キロが被害を受けたとみられ、下水管とつながるマンホールが道路から突き出た光景があちこちで見られました。市は飲料水確保へ上水道の復旧を急ぎますが、生活排水を流す下水の復旧にはさらに時間がかかる見通しです。人が生きていく上で、一番大切なものは「水」です。そして、水の次に大切なものが「葬儀」だと思います。孔子の母親は雨乞いと葬儀を司るシャーマンだったそうです。雨を降らすことも、葬儀をあげることも同じことだったのです。雨乞いとは天の「雲」を地に下ろすこと、葬儀とは地の「霊」を天に上げること。その上下のベクトルが違うだけで、天と地に路をつくる点では同じです。

 

水がなければ、人は生きられません。そして、葬式がなければ、人は死ねないのです。水を運ぶものは水桶であり、遺体を運ぶものは棺桶です。この人間にとって最も大切なものをテーマにした映画があります。その映画とは、新藤兼人監督の名作「裸の島」(1960年)です。瀬戸内海に浮かぶ小さな孤島に4人家族が住んでいました。夫婦と2人の息子たちです。島には水がないので、畑を耕すためにも、毎日船で大きな島へ水を汲みに行かなければなりません。子どもたちは隣島の学校に通っているので、彼らを船で送り迎えするのも夫婦の仕事です。会話もなく、変化のない日常が続いていましたが、ある日、長男が高熱を出し、島には病院がないので亡くなってしまいます。夫婦は亡き息子の亡骸を棺に入れて墓地まで運びます。

 

そう、「裸の島」夫婦が一緒に運んだものは水と息子の亡骸の入った棺でした。二人は、ともに水桶と棺桶を運んだのです。その2つの「桶」こそ、人間にとって最も必要なものを容れる器だったのです。水がなければ、人は生きられません。そして、葬儀がなければ、人は死ねないのではないでしょうか。
悲嘆にくれる母は、息子を失った後、大切な水を畑にぶちまけて号泣します。葬儀をあげなかったら、この母親の精神は非常に危険な状態になったでしょう。喉が渇けば、人は水を必要とするように、愛する人を亡くして心が渇けば、人は葬儀を必要とするのです。

 

映画といえば、17日、ドキュメンタリー映画「グリーフケアの時代に」が火災での焼失から奇跡の復活を遂げた小倉昭和館で上映されました。「グリーフケアの時代に」は、家族やパートナー、友人やペットを失って、旅立ちを見送らなくてはならない人が、心の痛みを手放し、やがて再生へと向かうための一助となるような、心あたたまる映画です。監督・構成は中村裕さん。語りは、音無美紀子さん。わたしも出演しています。この日は、10時開始の限定上映でした。前売り券はソールドアウトで満席になりました。オープン前には、当日券を求めた方々が劇場前に長蛇の列を作りました。それでも、数十人の方々がチケットを買うことができず、お帰りいただきました。とても申し訳なく、かつ残念でしたが、この様子を見た小倉昭和館の樋口智巳館主が、今後ロングラン上映することを決めて下さったようです。ありがたい!


小倉昭和館の前で

 

映画が終わった後、舞台挨拶がありました。同作品のプロデューサーである益田祐美子さんがMCを務められ、最初に「みなさん、映画『グリーフケアの時代に~あなたはひとりじゃない~』はいかがでしたか?」と客席に問いかけると、盛大な拍手が起こりました。それから、益田さんは「大きな悲しみを受けた心のケア・・・・・・人の話に傾聴し、共有し、承認することが重要となって来ている現代。喪失感を受けた人々、心のケアを行う方々に密着したドキュメンタリー映画『グリーフケアの時代に』。東京、大阪、京都、名古屋、そしてここ小倉での上映および舞台挨拶にお越しいただき誠にありがとうございます。小倉の皆様、映画をこよなく愛する方々のご協力があり、再生のシンボルでもある小倉昭和館さん、2022年8月10日に発生した火災で全焼。2023年12月に再建・営業再開したこの地での公開に喜びを隠せません。本日の司会進行を務めます、プロデューサーの益田祐美子と申します。よろしくお願いいたします!」と言いました。


登壇すると、大きな拍手が!

 

益田さんの「本日は、素敵なゲストをお呼びしております。それでは、本日のゲストの方をお呼びいたしましょう。本作に出演されています株式会社サンレー代表取締役社長で、作家・一条真也のペンネームで多くの著作を出版されています・・・・・・佐久間庸和社長をお迎えしております。みなさま、盛大な拍手を持ちましてお迎えください!」との声で、わたしが登壇しました。会場割れんばかりの盛大な拍手を頂戴し、感激しました。まるでアカデミー賞の主演男優賞を受賞したような気分になりました。(笑)益田さんが「佐久間社長、一言ご挨拶頂きたいと思います」と言われたので、わたしは「おはようございます、佐久間です。本日は、こんなに多くの方々にこの映画を御覧いただき、感謝の気持ちでいっぱいです。本当に、ありがとうございます!」と言って深々と一礼しました。


能登半島地震への想いを語りました

 

わたしは、「まずは能登半島地震でお亡くなりになられた方々へ哀悼の誠を捧げたいと思います。本映画のタイトルにある『グリーフ』とは、深い悲しみ、悲嘆を意味する言葉で、大切な人を失ったときに起こる身体上、精神上の変化や苦悩を指します。本作品は、そうした家族やパートナーを失い、旅立ちを見送らなくてはならない人が、心の痛みを手放し、再生へと向かう一助となるような映画です。この映画には日本を代表するグリーフケアの達人たちが一堂に集結。僭越ながらわたしも出演し、グリーフを抱える方同士が結ぶ『悲縁』について紹介致しました。東京での公開初日には秋篠宮妃紀子さまも臨席、鑑賞されました。出演者として私がご挨拶させていただくという大役を務めさせていただきました。また著書をお渡しする大変名誉な経験をさせていただきました。そして本日、昨夏の火災から奇跡の復活を遂げられた小倉昭和館さんにおいて、この作品を上映できることは…再建を応援してきた私にとっても大きな喜びです」と言いました。


舞台挨拶のようす

 

「ありがとうございます。今年5月には東京永田町の議員会館でも上映されることが決まりました。佐久間社長には国会議員の方々に向けて、グリーフケアについてレクチャー頂きたいと思います。よろしくお願いいたします! さて、映画にもご紹介頂いた「悲縁」について、改めてお伺いできますか?」とのMCの言葉があり、わたしは「サンレーでは、ご遺族の自助グループである『月あかりの会』を運営しています。ここでは…例えば夫を亡くした人は同じ境遇の方が集まって、夫を亡くしたことの体験談を話し合う。お子さんを亡くした人も、同じように体験談を話し合う・・・・・・つまり同じ悲しみを抱いている人同士が『共に集い、語らう交流の場』を提供しているのです。私はこれを『悲縁』と呼んでいます。同じ境遇の方々をつなぐ縁のことです。わたしは映画『グリーフケアの時代に』と出合い、それぞれの喪失感や悲嘆の感じ方は他の人には全くわからないことを改めて気付かせてもらいました。無縁化によるグリーフを語る場の消滅という社会変化により、グリーフを抱えたまま生きていくしかない、ケアをされることなく生きていくとあきらめている方たちにそうではないことを伝えたい・・・・・・わたしどもの『月あかりの会』もそうですが、すでに多くの方々がサポートを始め、その『悲縁の輪』が広がっていることを知っていただきたいです。そして、すべての方に、ただ聴いてあげることでもケアとなっていくことを知っていただきたいと思っています」と言いました。


モンゴル国名誉領事が登壇

 

すると、益田さんが最前列の席に座っていたモンゴル国名誉領事のシーテヴェ・アルタン・イルデン名誉領事を紹介し、名誉領事が登壇。映画の感想を聞かれた名誉領事は、「大変感動しました。でも、『グリーフケア』という言葉は初めて知りました。ぜひ、モンゴルの人たちにも教えてあげたいと思います」と答えました。わたしは、「モンゴルといえば、やっぱり相撲ですよね。名誉領事も相撲がお強いんじゃありませんか?」と質問しました。すると名誉領事は笑顔で「はい、相撲は大好きです。モンゴルの子どもたちは、みんなモンゴル相撲を遊びとしてやります」と言いました。わたしは、「モンゴル相撲も、日本の相撲もそうですが、じつはルーツはお葬式にあるんですよ。アジアでは、古代の王の葬礼として相撲競技が誕生し、力士が活躍したとされています。相撲はグリーフケアの文化なんですよ」と言いました。名誉領事は「初めて知りました。それは素晴らしい!」と驚かれていました。


「君の忘れ方」について語り合う

 

その後、「さて、佐久間社長は、作家・一条真也としても多くの著書がありますが・・・・・・グリーフケアについて書かれた著書『愛する人を亡くした人へ』を原案とした映画『君の忘れ方』が、全国公開されるようですね! ヒロインには大人気の西野七瀬さんが務められるとか?」とのMCからの言葉があり、わたしは「はい。来年のお正月に公開予定です。『死別の悲しみとどう向き合うか』をテーマに、恋人を亡くした作家の青年が、悲嘆の状態にある人に、さりげなく寄り添う『グリーフケア』と出合い、自らと向き合う姿を描く作品となっています。ヒロインをつとめる西野七瀬さんといえば言わずと知れた、乃木坂46で最多のセンターを務めた絶対的エースです。また演技力が素晴らしいことから、今回のヒロインは西野さんに決まって良かったです。なにしろ、彼女は『孤狼の血2』の演技で日本アカデミー賞の優秀女優賞を受賞しているのですから。また主演には若手実力派俳優の坂東龍汰さんがつとめます。じつは、わたしも、少しだけですが出演しています。ぜひ探してみて下さい!」と言いました。


心より感謝いたします!

 

続けて、わたしは「ドキュメンタリー映画『グリーフケアの時代に』に続き、ドラマ映画『君の忘れ方』が上映されることで・・・・・・さらにグリーフケアという考え方が、世の中に広まり、愛する人を亡くした人の悲嘆が少しでも軽くなることを願ってやみません」と言いました。最後に、「この映画は、ロシアの大統領、中国とか北朝鮮の主席にも見ていただきたいですね。愛する人を亡くす悲嘆の大きさ、グリーフケアの大切さを知っていただきたい。グリーフケアが広まることは戦争のない平和な世界が来ることだと思っています」と結びました。「ありがとうございました。経営に、著書にそして映画にと…益々活躍の場が広がっていらっしゃるのですね。『君の忘れ方』では、佐久間社長の名演技を楽しみにしています(笑)佐久間社長、本日はありがとうございました。みなさま、熱い拍手でお送りください!」との益田さんの言葉で、大きな拍手の中をわたしは退場しました。


ポスターの前で記念撮影

 

イベント終了後、控室で毎日新聞社の山田部長のインタビュー取材を受けました。明日の「毎日新聞」に記事が掲載されるそうです。それから、控室に先程のモンゴル国のシーテヴェ・アルタン・イルデン名誉領事が訪問して下さいました。今年は、蒙古襲来から750年目の記念すべき年だそうです。それで、日蒙親善のためのセレモニーにわたしにも参加してほしいとのことでした。アルタン名誉領事は「日本人は『神風』によってモンゴル軍を撃退したと思っていますが、あれは神の力というよりも、仏に祈った民衆の心の力だと思います」と言われましたが、わたしは目から鱗が落ちる思いでした。たしかに、神風とは自然現象というよりも「祈りの力」が起こしたものかもしれません。イルデン名誉領事とは再会を約束して別れました。


「毎日新聞」2024年2月18日朝刊

 

それにしても、わたしが『愛する人を亡くした人へ』というグリーフケアの書を17年前に書いたときは、ほとんどの人が「グリーフケア」という言葉を知らなかったことが思い出されます。それなのに、このような素晴らしい映画が作られて、わが心の故郷である小倉昭和館で上映され、さらには舞台挨拶までできて、わたしは本当に幸せ者です。日本にグリーフケアが完全に根付く日まで頑張ります。最後に、この日の上映会&舞台挨拶でお世話になった関係各位、劇場に足をお運びいただいたみなさまに心より感謝いたします。それでは、Tonyさん、次の満月まで!

 

2024年2月24日 一条真也拝

 

一条真也ことShinさんへ

能登地震の被害、本当に深刻です。日本列島の奥の院とも秘境とも言える半島ですので、被災地に救助や応援や物資運搬に行くだけでも大変ですし、またそこで支援生活を維持継続していくにも大変です。

日本には、能登のような秘境的な地域が海辺にも山辺にもいっぱいあるので、もう10年以上前から、このような地震や津波や地割れによる交通遮断や土砂崩れが起こった時の「緊急救援対策」をマニュアル化し、幾通りのシナリオも準備しておかなければならなかったのです。衆議院議員の石破茂さんが言い続けてきたように、本当に、国内には「防災省」、国際的には「地球防災連合機関」が不可欠です。ほんと、石破さんの言う「国内防災省」だけではもうダメです。遅すぎますよ、安倍政権、菅政権、岸田政権のこの3代の対応は。わたしは怒り心頭に達しています、このことに関しては。

 

――九州は毎年のように災害に見舞われている。

「災害対策の前面に立つのは自治体だが、能力に大きな差がある。防災省を創設して政府の司令塔機能を強化し、差をなくしたい」(西日本新聞石破茂氏インタビュー記事2020年9月8日6:00 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/642699/

 

わたしは、能登半島に本当に強く魅かれてきました。そして、真脇遺跡を日本最高・最奥の縄文遺跡だと直観し、その重要性、未来可能性、学ぶべきメッセージの宝庫であることを、事あるごとに訴えてきました。そして、正月の能登地震以来、さらにその思いが強まり、Independent University 京都面白大学(https://preview.studio.site/live/8dO8KNNJWn/2-1

)をつくって、さらにその大切さを訴えています。1月2日の早暁に初夢を見て、早速実行に移し、その活動を、2024年2月26日現在、73回の授業(第73講)として公開していますので、時間のある時につまみ食いで結構ですので、興味のあるところから覗いてみてください。

 

京都面白大学は、くらげなすただよえる島(『古事記』が表記した古代の日本列島のこと)の、<クラゲ大学>で、つかまえどころがありません。軟体動物で、自由自在に変形し、組み合わさります。これまでにない、まったく自由な大学ですよ。文科省の制限もまったく受けないし、ね。

モットーは、
すべてのいのちを仰ぎ尊び、「不殺生」(非暴力)戒を守り、「草木国土悉皆成仏」の世界実現をめざし、寄与し、奉仕する。
楽しい世直し
明るい体ほぐし
優しい心直し
美しい魂むすび
嬉しい道つなぎ
自由自在(みずからに由りて、おのずからに在る)
遊戯三昧(ゆげざんまい)
に、たのしく、いきいきと活動しよう。

 

ということのみです。どんな制約もありません。自由自在です。

 

2024年2月26日現在の学部構成は、以下のとおりですが、これも増殖し続けています。
1, 遊ぶっきょう学部:町田宗鳳学部長(静岡県御殿場市在住・広島大学名誉教授・ありがとう寺住職)仏教の真髄を学び直し、摑み直して実践に活かす。
2,縄文産婆学部:藤川潤司学部長(熊本県玉名市在住、音の和ミュージック)楽しい世直しartsof peaceのワザと楽を体験・体得・体現する。
3, 縄文文化学部:石井匠学部長(歴史民俗博物館研究員・縄文考古学・岡本太郎研究、縄文ライフ・マインド・スピリットを最新考古学と最深太郎学を通して摑み直す。
4, アジアアフリカ未来人類文化学部長(東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授・アフリカ研究)~超学際的な手法による「アフリカ日本学」の構築 Hunter-Gatherer societies
5, SF未来文化学部:2023年度の日本SF大賞を受賞作『SF的思考』(小鳥遊書房)をベースにSF的思考と想像力を練り、未来に備える。
6, ケルト文化学部:名誉学部長・鶴岡真弓(多摩美術大学名誉教授、ケルト研究)極東日本と極西ケルトは地球対称軸である。そこに蓄積された重層化され、多重化された知恵のスペクトルを学ぶ。
7,「ぼくは始祖鳥になりたい」学部:宮内勝典学部長(作家)『ぼくは始祖鳥になりたい』(集英社文庫,2023年)は、黙示録的な預言書である。わたしは、いつも、「ぼくは始祖鳥になりたい」と念じながら、登拝した比叡山山頂のつつじヶ丘で、天地人に3回バク転を捧げて祈ってきた。本当に、ほんとうに「ぼくは始祖鳥になりたい」のだ!
8. 地球防災学部:里深好文学部長(京都市在住、立命館大学教授・防災フロンティア研究センター センター長・森林科学)決定21世紀後半は「地球防災」が最大の課題になると元号が「平成」に変わってから30数年ずっと思い続けてきた。防衛費を増額するなら、そのすべてを「地球防災費」に投じるべきだ。そして、「地球防災連合」を作るべきだと提案してきた。今も提案しつづけている。
未来地球防災学部客員研究員:藤井満(元朝日新聞記者、能登半島輪島支社記者歴4年)
9,ホリスティック医学・ソマティック心理学部:降矢英成学部長(東京都在住、赤坂クリニック院長・元ホリスティック医学協会会長)
10,メタ・メディカ・未来医療・医療人類学・公衆衛生学部:長谷川敏彦学部長(一般社団法人未来研究機構代表理事・元日本医科大学教授・医療人類学・公衆衛生学)
11,メタ・レリギオ・超宗教宗教協力学部:鎌田東二学部長(兼務、京都大学名誉教授・宗教哲学・民俗学)未来医学はメタ・メディカに進化しなければならない。
12,現代宗教・グリーフケア・スピリチュアルケア・死生学学部:島薗進学部長(東京都在住、東京大学名誉教授・NPO法人東京自由大学学長、日本スピリチュアルケア学会理事長・宗教学)そして、現代宗教はもっともっとケアに向かって深化しなければならない。
13,宗教と医学・医療学部:加藤眞三学部長(東京都在住、慶應義塾大学名誉教授・MOAクリニック院長・消化器内科)加えて、宗教と医療が接続補完して時代のペインに立ち向かわねばならない。
14,未来精神病理学部:加藤敏学部長(東京都在住、自治医科大学名誉教授・小山富士見台病院名誉院長)AIロボット時代の未来の精神病理を予測し、準備しなければならない。
15,未来リハビリテーション学部:石野真輔学部長(十条武田リハビリテーション病院リハビリテーション科部長、医師、上智大学グリーフケア研究所非常勤講師)
16,未来神秘主義学部長:鶴岡賀雄学部長(東京大学名誉教授・宗教学・スペイン神秘主義・十字架のヨハネ・ベルクソン研究)
17,未来和歌文化創造学部長:津城寛文(筑波大学名誉教授・宗教学・公共宗教論・心霊研究・歌人)
18, 鉄道聖地文化学部:中林宗一郎研究員(攻玉社中学校2年生・鉄道研究部)
事務局長:大野邦久・珠希

 

ところで、碧南市藤井達吉現代美術館開催「顕神の夢」が、2月24日の会期で終わりました。連日多くの方々が観覧してくれました。展覧会展評もいろいろな新聞メディアで取り上げていただきました。関係各位に心より感謝申し上げます。監修者として本展に関与できたことも天の恵みだと思っています。ほんとうに、ありがとうございました。

 

2月3日の節分にはすばらしい時間を大本の綾部で過ごし、その一端を動画にしました。わたしは17歳から聖地霊場を巡礼し、各地の祭礼・祭典・祭式を見て来ましたが、大本の祭典・祭式は日本一美しいと思います。入殿、献饌・撤饌、各種祝詞奏上。すべてに調和と美があります。神饌の整え方も素直で真っすぐで清らかで見事です。これ以上はないほどに美しくも素朴・素直、真っ正直で、清浄。見るたびに目も耳も魂も、五感も六感も清められます。

 

京都面白大学第50講:大本綾部節分大祭2024年2月3日 加藤眞三(慶應義塾大学名誉教授、内科医)、笹公人(歌人・大正大学客員教授)・北田智広(角川文化財団『短歌』編集長)

それから、2月4日に行なった念力歌人笹公人さんとの月刊『短歌』(KADOKAWA)での連載対談「言霊の短歌史」

2月3日に行なった「テオ・ヘイズ展」のトークイベント。

京都面白大学第49講動画リンク:https://www.youtube.com/watch?v=lBho03FKiU8 ファイル名:2024年2月3日:「テオ・ヘイズ展」 コーディネーター:秋丸知貴(美術史家・霧島アートの森美術館学芸員・美術評論家連盟会員)@淀屋橋ギャラリーYOD

「出口王仁三郎とスサノヲの道・歌と白和幣について」奈良国立博物館主任研究員の三田覚之さんとの対話も含め、いやあ~、みな、みな、おもろかっったぜよ。

そして、2月10日には、東京目黒のパーシモン大ホールで、倉本聰さん原作の『ニングル』(理論社、1985年)のオペラを観劇しました。
「ニングル」チラシ:https://m.ehara-hiroyuki.com/image/2023/2023_opera_ningle.pdf

その感想を含め、ニングルの長(おさ)役を務めたバリトン歌手の江原啓之さんとの対談の一部を動画にアップロードしました。京都面白大学第61講
動画リンク:

ファイル名:江原啓之×鎌田東二対談 倉本聰原作オペラ『ニングル』と「みなさん 天気は死にました」2024年2月13日

 

そんなこんなで、とにもかくにも、おもろいこと満載で、休む暇がありません。2月29日から3月3日まで、沖縄本島南城市・久高島に行ってきます。古謝南城市長さんにも面談します。久高島では内間豊さんにも再会します。これまたいっそうおもろくなりますよ~。

このように、正月からフルスイング、フルスピードで走り続けています。そして、そんな走行中に、東アジア武装戦線の指名手配犯人桐島聡についての報道を知り、そこから永山則夫の再考に至っています。今、京都面白大学では、永山則夫論に取り組んでいる真っ最中です。

1968年、高校3年生で、17歳のわたしの聖書は、ロートレアモン伯爵の『マルドロールの歌』とドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』と寺山修司の『田園に死す』でした。そして、犯罪心理学、犯罪精神医学、アブノーマル・サイコロジー(異常心理学)に強い関心を持っていたのでした。そこに、原点回帰しています、今。

 

それでは、次の満月まで。でも、その前に、3月20日に小倉でShinさんに再会できますね。大変楽しみにしています。くれぐれもわが母校國學院大學の大先輩のお父上によろしくお伝えください。

2024年2月26日 鎌田東二拝