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シンとトニーのムーンサルトレター第227信(Shin&Tony)

鎌田東二ことTonyさんへ

 

今年、最初の満月が上りました。Tonyさん、今年も、どうぞ、よろしくお願いいたします。アメリカの先住民は満月にさまざまなネーミングを付けていますが、1月は「ウルフムーン」と呼ばれます。これは、真冬の食糧不足を嘆く、飢えた狼の遠吠えにちなんで名付けられたものだそうです。冬に響き渡る、狼の悲壮な鳴き声を想像すると、1月の満月が物悲しく、儚げに見えてきます。

 

さて、今年は、干支の甲辰(きのえたつ)と九星の三碧木星(さんぺきもくせい)が重なる年だそうですが、特に元旦は「最強開運日」と呼ばれていました。日本の暦に古くからある吉日のひとつであり「一粒の籾(もみ)が万倍にも実る稲穂になる」という「一粒万倍日」、四季ごとの吉日で「天がすべての罪を許す」という「天赦日」、「天からの恩恵を受けられる」という「天恩日」が重なる開運日だからです。それぞれに良い意味を持つ吉日が複数重なることから、「最強開運日」だとして複数の占いサイトなどが伝えていました。

 

しかし、その「最強開運日」の夕方に、最大震度7の能登半島地震が発生しました。この地震による死者は232人、災害関連死15人、安否不明者19人になりました。翌2日の夕方には、新千歳空港発・羽田空港行きの日本航空機が羽田空港で海上保安庁の機体と接触し、機体が炎上しました。この事故で海上保安庁の機体に乗っていた5人の死亡が確認されました。地震および事故の犠牲者の方々の御冥福を心よりお祈りいたします。さらに3日は、小倉で大火事が発生しました。


書棚に置かれたドラゴンと龍のフィギュア

 

正月三が日は、炎ばかり見た気がします。1日の能登半島地震の輪島火災、2日の羽田空港火災に続いて、3日は北九州市の小倉で大火災が発生。ヤフーニュースに「2024年は元旦から三日連続炎を見ている。龍は火を吹く動物だと聞いていたが、今年は火事が多いのかも」という意見がありました。これを書斎で読んだわたしは、「たしかに、辰年の正月三が日は、輪島、羽田空港、小倉と、炎ばかり見ているなあ。龍が火を吐いたのかな?」と思いながら、ふと背後の書棚を見て目を見開きました。そこには二体の龍のフィギュアが置かれていて、しかも一体は火を吐いていたのです。


『世界の幻獣エンサイクロぺディア』(講談社)

 

フィギュアをよく見ると、火を吐いている方は東洋の龍ではなく、西洋のドラゴンでした。そう、火を吐くのは龍ではなく、ドラゴンなのです。似ていても異なる存在ですが、ともに動物ではありません。あくまでも想像上の幻獣、あるいは霊獣とされています。わたしの監修書に『世界の幻獣エンサイクロぺディア』(講談社)という本があります。著者は漫画家の永井豪氏で、今回の能登半島地震で輪島市にあった「永井豪記念館」が全焼しました。同書には、世界中のモンスターが紹介されています。その中でドラゴンと龍の違いを細かく説明しています。


火を吐くドラゴン

 

キリスト教の影響もあって「ドラゴン」がキング・オブ・モンスター(そう、古代のゴジラ!)である悪の象徴であるのに対して、「龍」は道教や神道やヒンドゥー教などのアジアの民族宗教において神聖な存在であり、吉兆を知らせる有難い神でした。まず、古代世界には蛇信仰というものがありました。ヘビは脱皮や冬眠をすることから不老不死や再生の象徴と考えられていたからです。しかし、西洋では、ヘビは悪役でした。『旧約聖書』において、エデンの園にいたアダムとイヴを欺く存在であり、一神教であるキリスト教がその勢力を強めるにつれ、土着の信仰は迫害されるようになってしまいます。


玉を抱く龍

 

そしてメソポタミア神話からユダヤ教を経て「ドラゴン=悪」というイメージを強固に持っていたキリスト教徒たちは、「全能なる唯一神(の信徒)によって悪が打ち倒される」という、ドラゴン退治の物語を絵画や本によって広めていきました。そうすることで土着の宗教文化を取り込み、キリスト教徒にとって都合のいい物語に書き換えてしまったのです。一方で、東洋や南米など、キリスト教が浸透しきらなかった国々では蛇や龍への信仰が続きました。元々は同じく蛇を神として奉っていたのに、まったく違う道を辿ることになったわけですね。わたしたちは、今年の辰年を「火を吐くドラゴン」ではなく「玉を抱く龍」の年としなければなりません。そのために、何をすべきかを考え続けています。


実家が全壊した大谷賢博支配人(MRO)

 

このたびの能登半島地震では、金沢紫雲閣の大谷賢博総支配人の実家が全壊しました。彼が元旦に能登半島の志賀町の実家に帰省していた際に地震が発生したのです。彼には高齢のご両親がおられ、近所の方々も高齢であったため、震災直後から自宅前に臨時の避難所を設置したりしていました。その後、ご両親と一緒に現地の避難所に入りました。自力でテレビを設営したり、自衛隊員と一緒に簡易トイレや簡易風呂を設営したりと大活躍の様子をLINEで報せてくれました。そんな大谷家は、今年の1月10日が大谷支配人のお祖母さまの一周忌でした。被災した大谷家はすぐに菩提寺と料理店に一周忌のキャンセルを伝えたそうです。


下駄箱の上に設えられた祭壇

 

それでも一周忌の当日が来ると、大谷総支配人は「何としてでも祖母のお参りはしなければならないと」いう思いにかられました。そして、自宅の中でも被害の少なかった玄関の下駄箱に祭壇を設え、お参り出来るようにしたそうです。そこで住職にお経をあげて頂いたといいます。彼は、LINEで「後で考えると『供養』とはまさに人間の本能ではないかと思います。それと同時に、珠洲市や輪島市の惨状を目にすると、これから法要を予定していたけど出来ない方がたくさんいるのだと思いました。それを考えると、被災地には『お祈りする場所』が必要なのかもしれません。これは私を含め、今後グリーフケア士が災害支援を行う上での、大きなヒントとなるような気がしました」とのメッセージを送ってくれました。


能登半島に入りました!

 

その前日の1月9日、わたしは北陸入りしました。翌10日、金沢市内にあるサンレー北陸の本社に寄りました。北陸本社に着くと、担当者から地震の被害状況などを聴きました。みんな不安で一杯だったのでしょう。わたしの顔を見ると、泣き顔のような表情になりました。「社長、余震が続いているのに、よく来てくれました!」と言う人もいましたが、当たり前です。その後、被害の大きい能登半島へと向かいました。能登までは車で約1時間半かかりました。ボランティアを含む一般人は途中で止められて、能登半島に入れないのですが、わが社は能登半島の中央にある七尾市に「七尾紫雲閣」などの施設があるので、すんなり入ることができました。


七尾紫雲閣にて

 

七尾紫雲閣では、社員のみなさんに見舞金、水、お菓子などをお渡ししました。みなさん、非常に喜んで下さいました。この日持参した見舞金は、あくまでも個人的な貧者の一灯ですが、会社としては義援金とは別に、すべての被災社員のみなさんに見舞金を支給させていただくつもりです。本当は珠洲紫雲閣にも行きたかったのですが、道路が大渋滞しており、災害用車両の邪魔になるため断念しました。被災地では水道が断たれており、トイレの使用もままならない状況です。わたしは非常にトイレが近い人間なのですが、この日は前夜から水分を控えました。被災地の一日も早い復興を心より祈念いたします。


初日の出を拝みました

 

話を1月1日に戻します。元旦の早朝、門司の皇産霊神社を訪れ、初詣をしました。5年ぶりに獅子舞・巫女舞を楽しんだ後、初日の出を拝みました。青浜の海上に見事な朝日が昇りました。皇産霊神社にある聖徳太子像はちょうど朝日の方角を向いており、わたしは聖徳太子やサンレーグループ幹部のみなさんと一緒に初の日出を拝んだのです。そのとき、わたしは心の中で「お天道さま、ありがとうございます!」と何度も唱えました。わが社の「サンレー」という社名は太陽光という意味です。万物に等しく光を降り注ぐ太陽のように、わが社はあらゆる方々に冠婚葬祭を提供したいと願っています。だから、児童養護施設のお子さんや新成人のみなさんに、七五三や成人式の晴れ着をプレゼントするのです。


昨秋、別府湾で撮影した龍雲

 

日の出といえば、昨年10月24日の朝を思い出します。いま、みなさんの手元にある「年頭所感」に使用する日の出の写真を撮影するため、サンレー本社の社員旅行に参加していたわたしは、早朝の別府湾を訪れました。その日は雲があったので心配でした。空が明るくなっても朝日が見えないので半ば諦めていたところ、ついに海の彼方に朝日が出現。感動のあまり、わたしは「お天道さま!」と言って合掌しました。すると、朝日の真上に龍が全身を現したではありませんか! 龍の姿というのは「吉兆」とされています。社員旅行のときに龍頭が撮影できたということは、わが社はますます発展するに違いありません。さらに、今年は辰年です。こんなにめでたい話はありません。


新年祝賀式典に佐久間会長と入場

 

1月4日、松柏園ホテル内の神殿である「顕斎殿」で行われた新年祈願祭に参加した後、同ホテルのバンケット「グランフローラ」において、サンレーグループの新年祝賀式典が行われました。この日は久々に佐久間進会長が姿を見せ、会長訓示として壇上に上がりました。まずは参加者と新年の挨拶を交わした後、会長は「昨年12月31日をもって会長を退任しました。今後は、名誉会長としてみなさんの活躍を見守りたいと思います。長い間、本当にありがとうございました」と述べました。わたしは、その言葉を感無量で聴きました。参加者の中には、泣いている人もいました。


最後の訓示をする佐久間会長

 

佐久間名誉会長は、「私たち冠婚葬祭互助会は人間同士のつながりの上に成り立っていることは紛れもない事実です。それはすなわち、人間同士の縁がなければわれわれも存在し得ないということです。当社が人間尊重の精神に基づき、事業そのものや、昨年通算百回目の開催を迎えた『笑いの会』などの活動を通じて有縁社会を生み出すことは社会にとっても当社にとっても重要な意味を持っています。それゆえにこそ、今後も社会の表面的な変化に動じることなく、不変の理念をもって社会に資する活動を続けて参りましょう」と述べました。最後はもう一度、「みなさん、長らくお世話になりました。ありがとうございました!」と述べてから降壇しました。


わたしも社長訓示をしました

 

そして、「社長訓示」の時間なり、わたしが登壇ました。最初に、社員のみなさんと「あけまして、おめでとうございます」「今年もよろしくお願いいたします」と新年の挨拶をしてから、わたしは以下の話をしました。令和6年、2024年の新しい年をみなさんと一緒に迎えることができ、たいへん嬉しく思います。昨年は、おかげさまでサンレーグループの業績は過去最高となりました。これもひとえに日頃働いていただいている社員のみなさんのおかげであり、心より感謝いたします。ぜひ、今年はさらなる飛躍を目指したいと思います。昨年12月31日をもって、佐久間進会長が退任をされました。今年よりは名誉会長として、わたしたちを見守っていただくことになりました。昨年は佐久間会長が88歳の米寿を迎えられましたが、そんなめでたい年に最高益を出すことができました。会長にとって、これ以上ない花道を歩んでいただくことができ、わたしも感無量です。

北陸で「月あかりの会」が発足

 

元旦に初日の出を拝んだとき、朝日とともに、空には月の姿もありました。太陽と月ほど畏敬する対象はありません。わたしは、太陽とは「神」であり、月とは「仏」であると思っています。月が発する光は太陽光の反射ですが、「月あかり」といいます。昨年12月16日、リニューアルされたばかりの金沢紫雲閣で、サンレー紫雲閣で葬儀をされたご遺族を中心に「月あかりの会」の発会式が行われました。北九州に続いて、北陸でもグリーフケアの自助グループが発足したのです。当日の様子は「北國新聞」をはじめ、民放テレビ局四社からも大きく報道され、素晴らしいスタートを切ることができました。「北陸でも、グリーフケアの時代が幕を開いた!」と実感しました。


映画「グリーフケアの時代に」より

 

「月あかりの会」は、「悲縁」という新たな縁を生み出します。悲縁によって相手を支えることで、自分も相手から支えられるグリーフケア・サポートとしての「月あかりの会」を、北陸の地で発足できたことは感無量です。今後とも多様な活動を通じて、喜びも悲しみもともに分かち合い、寄り添い合う社会をつくるお手伝いとなればと思っています。合同慰霊祭に続けて、東京大学名誉教授で宗教学者の島薗進先生とのトークショーが行われました。金沢との縁の深い島薗先生は上智大学グリーフケア研究所の元所長であり、わたしは客員教授時代に大変お世話になりました。超満員となったトークショーで、わたしは「悲縁」について詳しく話しました。


「北國新聞」の広告

 

互助共生社会のスローガンは、「『わたし』から『わたしたち』へ」であり、「喜びも悲しみも、ともに分かち合う社会へ」です。この言葉は、「北國新聞」に数回にわたって掲載された広告でもキャッチコピーとして使われました。すると、思いもしなかった現象が起きました。新聞広告を見た多くの方々が「わたしも『月あかりの会』に入れてほしい」との連絡が相次いだのです。中には、「サンレーさん以外の会社の施設で葬儀をあげた者ですが、どうか入会させていただきたい」という方もいました。わたしは、「これこそ、互助共生社会の幕開けではないか」と思いました。わが社の企業活動は「サンレー・アンビション・プロジェクト(SAP)」としてまとめられていますが、その目的の1つに「有縁社会の再生」があります。


さまざまな縁を生み、育てる

 

有縁社会を再生するためにはグリーフケアの「悲縁」だけでなく、笑いの会を通じての「笑縁」を大きく育てたいと思います。ちなみに、笑縁はウェルビーイングに、悲縁はコンパッションに通じます。その他にも、日王の湯での「湯縁」、さらには囲碁大会での「碁縁」、俳句での「句縁」、グランドゴルフやゲートボールでの「球縁」、バスハイクなどの「旅縁」、読書を通じた「読縁」、映画鑑賞を通じた「映縁」、カラオケ大会の「歌縁」、茶道やアフタヌーンティーによる「茶縁」といった、さまざまな趣味の縁の構築が求められます。人間は1人では生きていけません。「無縁社会」を超えて「有縁社会」を再生させるためには、血縁や地縁以外のさまざまな縁を見つけ、育てていく必要があります。それが、そのまま「互助共生社会」へと繋がってゆくのです。


サンレー思想が互助会業界ビジョンに!

 

昨年8月22日、東京のホテルで、一般社団法人全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の創立50周年記念行事が行われました。理事会の後、「互助会業界将来ビジョン報告会」を開催。そこでは、「将来ビジョンとして、業界が掲げるべきは『冠婚葬祭産業からウェルビーイング推進産業への昇華』であり、その事業活動を通じて、『感動』や『感謝』、『思いやり』に溢れる社会『ハートフル・ソサエティ』の実現に貢献していくことが求められていると考えている。」として、【一人ひとりにウェルビーイングな暮らしを届ける】とまとめられていました。互助会業界全体のビジョンに「心ゆたかな社会」「ハートフル・ソサエティ」「ウェルビーイング」が入ったことは画期的です。これはサンレー思想そのものだからです。


『ウェルビーイング?』(オリーブの木)

 

「ウェルビーイング」が時代のキーワードになっていますが、その定義は「健康とは、たんに病気や虚弱でないというだけでなく、身体的にも精神的にも社会的にも良好な状態」というものです。わが社の佐久間進名誉会長はまだ誰も注目していない40年前に、わが社の経営理念として、また、社会理念として「ウェルビーイング」を掲げていました。創立20周年のバッジにも、社内報にも「ウェルビーイング!」の文字が踊っています。本当に驚くべきことです。現在、「ウェルビーイング」は、「SDGs」の次に来る人間の本質的な幸福を目指すコンセプトしてクローズアップされています。


『コンパッション!』(オリーブの木)

 

そして、その次に注目されるであろうキーワードが「コンパッション」です。直訳すれば「思いやり」ということになるでしょうが、「コンパッション」という言葉が内包している大きさは「思いやり」を超えるものでした。キリスト教の「隣人愛」、儒教の「仁」、仏教の「慈悲」、人類がこれまで心の支えにしてきた思想にも通じます。わが社は、「CSHW」というものを提唱しています。Compassion(思いやり)→ Smile(笑顔)→ Happiness(幸せ)→ Well‐being(持続的幸福)のハートフル・サイクルです。このように「コンパッション(思いやり)」から始まって、「スマイル(笑顔)」、「ハピネス(幸せ)」、そして「ウェルビーイング(持続的幸福)」へ至る「CSHW」のハートフル・サイクルが、今後わが社がコンパッション経営によるコンパッション企業になるための具体的施策と考えています。


CSHWのハートフル・サイクル

 

真の思いやりをもったケアやサービスは、必ずお客様を笑顔にしていきます。そして、笑顔となったお客様は当然、幸せな気持ちになります。同時にお客様を笑顔にすることができた社員自身も幸せを享受することができるのです。CSHWのハートフル・サイクルは、かつて孔子やブッダやイエスが求めた人類救済のための処方箋となる可能性があるのではないか?そんなことさえ考えています。人は「幸せ」を求め、そのためには「思いやり」が欠かせません。北陸では、住んでいた家が全壊し、余震が続く中で不安と恐怖を抱きながら、寒さに震えている方々がいます。そんな方々に対して、いま多くの日本人が、いや、世界中の人々がコンパッションを抱いています。どうか、北陸の方々に笑顔を取り戻していただきたいと思います。そして、スマイルからハピネスへ、最後はウェルビーイングへと至るお手伝いがしたい!


道歌を披露しました

 

わが社の社歌を作っていただいたTonyさんは神道研究の第一人者ですが、ウェルビーイングとは「天晴」であり、コンパッションとは「あはれ」であると喝破されました。ともに、日の出に関わっているというのです。最後に、わたしは「まさに、太陽の会社であるサンレーの出番ではありませんか! 昇龍とともに、わが社も大いに上昇しましょう! 天に届くほどの高い志をもって上昇しようではありませんか!」と述べてから、「天晴れと 日の出の海に龍の空 礼の社はさらに栄えん」という道歌を披露しました。


最後は、佐久間名誉会長と退場

その後、各種の表彰や各部署責任者による決意表明などを行ってから、式典は無事に終了しました。最後は、佐久間名誉会長とともに退場しました。本来なら祝賀会で黄金の衣装を着て「まつり」を歌って盛り上げる予定でしたが、能登半島地震の被災者の方々の心情を鑑み、自粛いたしました。ということで、波乱の幕開けではありますが、ともかくも新しい年がスタートしました。Tonyさん、今年も、よろしくお願いいたします!

2024年1月26日 一条真也拝

 

一条真也ことShinさんへ

今日は、2月6日、京都は雨です。たぶん、比叡山は雪だと思います。小倉の方はいかがでしょうか? 能登半島はかなりな雪かも知れません。とても厳しい避難生活を送っているみなさまの健康を案じますが、少しでもすこやかで、やすらかであれかしと祈るばかりです。

2023年12月27日に「ムーンサルトレター226信」を更新して40日ほどしか経っていませんが、世界が大きく様変わりしてしまったという感を深くしています。

もちろん、その大きなきっかけは、正月元旦に発生した能登半島地震です。能登半島は日本列島の脳髄、後頭部だと思っています。

日本の「奥の奥」「芯の芯」、そこから真の「むすひ」と「修理固成」が実現しなければ、日本列島の再生も賦活も不可能なのではないかとさえ思えます。しかし、今の現況は前途多難ですね。

とはいえ、ひとりひとりができうる「むすひ」と「修理固成」を成就するほかありません。そこで、まずは自分一人でできる個人立・独立「大学」(Independent University)を始めました。

以下、本年1月2日、初夢を見た後に書いた文章と動画です。

能登半島地震と初夢

令和6年、2024年1月1日午後4時22分、石川県能登半島でM7・6の地震が発生し、大規模な被害に見舞われた。その翌日の1月2日午後42分に羽田空港滑走路でJAL機と自衛隊海上保安庁の輸送機が衝突炎上するという考えられないような事故が起こった。心からお見舞い申し上げます。また、いろいろな思いを遺して亡くなられた方々おひとりお一人のみたまの安寧を衷心よりお祈り申し上げます。

1月2日の明け方、奇妙な夢を見た。それは、わたしが京都大学総長になるという夢だった。そして、教授会か総長選考委員会のような集まりの前で、京大総長になって、「日本一・世界一・宇宙一の「『おもろい大学』にする!」と演説し、自作の歌(以下に示した『京都面白大学校歌』を一人で歌う。そんな滑稽に思えるような、けったいな夢だった。一笑に付す笑い話のような夢であるが、「顕幽出入者」でゆめとうつつの境のないわたしは、すぐさま「京都面白大学」設立宣言書を書き、その日(2024年1月2日)から授業をオンライン配信し始めた(すでに、第1講から第53講まで you tube配信・公開済み。)

第1講 動画リンク:

 

ファイル名:初夢「京都面白大学」設立宣言&第一講 2024年1月2日

第2講 動画リンク:https://youtu.be/lVkslcM_PEM

 

ファイル名:京都面白大第2講「縄文産婆楽とは?」(2時間目の授業)2024年1月2日

第3講: 動画リンク:https://youtu.be/UEEJF7J61OU

ファイル名:京都面白大学第3講(3限目の授業)加藤敏未来精神病理学部長 2024年1月4日 20時ー22時30分

第4講 動画リンク:

 

ファイル名:京都面白大学第5講―総長講義❶「寺田虎彦名誉総長就任記念講義」2024年1月5日 20時-22時

 

正月元旦の地震で京都も揺れた。震度3だった。ステージⅣのがんが脳に転移して京大病院で放射線・ガンマナイフ治療を受けたわが能登半島の脳髄もそれに呼応して大きく揺れたのかもしれない。この時、平成8年1996年小正月(とんど祭り)明けの1月17日に起った阪神淡路大震災を思い出した人も少なくないだろう。わたしも、その一人である。神戸では、親しい友人の何人かが被災し、慣れない避難所生活で体調を崩し、患った。

淡路大震災の時は、神戸の街が壊滅的な打撃を被った。今回の能登半島地震では、地域最大の文化都市輪島が大きな被害を受けた。痛恨の思いである。

そして、強く思った。神戸や東日本大震災の経験と教訓は生かされただろうか? まだまだと思う。

市民メセナのさきがけであった島田誠氏(当時海文堂書店・同ギャラリー社長)を中心とした「アートエイド神戸」の活動も大きな流れを作り、東日本大震災後の「アートエイド東北」の芸術文化支援活動のモデル事例となった。被災最初期の救急救命救援作業がひと段落ついてきたところで、復興支援の第二段階・第三段階のメンタル&スピリチュアルケアと芸術支援が重要になってくると思う。それと、さらに今後も頻発するであろう自然災害に対して準備と備えが必要であると思い、その受け皿ないし拠点のひとつにでもなりたいと考えて、能登半島地震が発災した翌日の1月2日にインディペンデント(独立個人立)大学「京都面白大学」を緊急設立した。ご理解・ご協力・ご支援をお願い申し上げます。

設立の動機と経緯については、以下の動画で公開していますので、ご視聴くだされば幸いです。

特に、以下の動画第2講で説明しているように、今回の震源地能登半島の真脇遺跡の縄文スピリット・マインド・ライフとわが居住地の比叡山という貴重なる聖地霊場文化を切り結びたく思います。実は京都大学講内にも重要な縄文遺跡(北白川追分町遺跡)があります。

 

じつは、1995年の阪神淡路大震災とオウム真理教事件後、1996年1月から1997年1月までの1年間、「宗教を考える学校」という連続講座を天河曼陀羅実行委員会主催で開催しました。その活動や護摩壇野焼き講の活動などが撚れ集まって1998年に「東京自由大学」(現学長・島薗進:https://www.t-jiyudaigaku.com/)を仲間と共に設立しました。

 

東京自由大学設立趣旨 (1998.11.25)

21世紀の最大の課題は、いかにして一人一人の個人が深く豊かな知性と感性と愛をもつ心身を自己形成していくかにある。教育がその機能を果たすべきであるが、さまざまな縛りと問題と限界を抱えている既存の学校教育の中ではその課題達成はきわめて困難である。
そこで私たちは、私たち自身を、みずから自由で豊かで深い知性と感性と愛をもつ心身に自己形成してゆくための機会を創りたいと思う。まったく任意の、自由な探求と創造の喜びに満ちた「自由大学」をその機会と場として提供したいと思う。
私たちは、特定の宗教に立脚するものではないが、しかし、宗教本来の精神と役割は大変重要であると考えている。それは、それぞれの歴史的伝統と探求と経験から汲み上げてきた叡知にもとづいて、人間相互の友愛と幸福と世界平和の希求と実現に寄与するものと考えるからである。私たちはそれぞれの宗教・宗派を超えた、「超宗教」の立場で宗教的伝統とその使命を大切にしたいと願う。そして、人格の根幹をなす霊性の探求と、どこまでも真なるものを究めずにはいない知性と、繊細さや微妙さを鋭く感知する想像力や感性とのより高次な総合とバランスを実現したいと願う。
そのためにも、何よりも自由な探求と表現の場が必要である。自由な探求と表現にもとづく交流の場が必要である。
そし、その探求と表現と交流を支えていくための友愛が必要である。探求する者同士の友愛の共働体が必要である。私たちが生活を営んでいるこの大都市・東京のただ中に、「魂のオアシス」としての友愛の共同・協働体が必要なのである。
かくして私たちは、この時代を生きる自由な魂の純粋な欲求として「東京自由大学」の設立をここに発願するものである。
「東京自由大学」では、「教育とは本質的に自己教育であり、自己教育は存在への畏怖・畏敬から始まる。教師とは、経験を積んだ自己教育者であり、それぞれを深い自己教育に導いてくれる先達である」という認識から出発する。そして、(1) ゼロから始まる、いつもゼロに立ち返る、(2) 創造の根源に立ち向かう、(3) 系統立った方法論に依拠しない、いつも臨機応変の方法論なき方法で立ち向かう、をモットーに、勇気をもって前進していきたい。組織形態、運動体としてはNPO(非営利組織)法下のボランタリー・スクール法人として運営および活動をしていきたいと準備している。また地震など、災害・事件時のボランティア的な互助組織として機能できるように行動したい。自由・友愛・信頼・連帯・互助を旗印に進んでいきたい。
みなさんのご参加を心待ちにしています。

1998年11月25日 鎌田東二

○設立発起人(10名、肩書きは当時のもの)
鎌田東二(東京自由大学教頭、武蔵丘短期大学助教授・宗教哲学)
横尾龍彦(東京自由大学学長、瞑想画家)
福澤喜子(東京自由大学顧問、香禅気香道、感性塾主宰)
長尾喜和子(東京自由大学顧問、ギャラリーいそがや元代表)
池田雅之(早稲田大学社会科授)
宮内勝典(作家)
大重潤一郎(映画監督)
原田憲一(山形大学理学部教授・地球科学・地質学)
川村紗智子(陶芸家)
平方成治(東京自由大学事務局長、西荻WENZスタジオ代表)

 

 

この「東京自由大学」設立の動機と経験・経緯を踏まえて、私の中ではその兄弟姉妹校・提携校として、本「京都面白大学」を設立した。その基本精神は、東京自由大学と同じであるが、四半世紀の時が流れて、いくらか異なってきたところもある。

そこで、新たに、「京都面白大学綱要」を書くこととした。

 

*すべてのいのちを仰ぎ尊び、「不殺生」(非暴力)戒を守り、「草木国土悉皆成仏」の世界実現をめざし、寄与し、奉仕する。

 

  • 楽しい世直し
  • 明るい体ほぐし
  • 優しい心直し
  • 美しい魂むすび
  • 嬉しい道つなぎ
  • 「自由自在(みずからに由りて、おのずからに在る」「遊戯三昧(ゆげざんまい)」をモットーとして生き、たのしく、いきいきと活動する。

 

「京都面白大学」は、学生(がくしょうグループ)と教生(きょうしょうグループ、先達となる教員・講師)で構成される。彼らは「京都面白大学」運営費として、一律1万円の維持運営費を負担する(これは、いわば年会費のようなものであるが、これにより、オンライン講義・HP作成など、最小限必要なインフラ整備と維持運営にかかる事務経費をまかなう。)

 

教学・学部構成

  • 遊ぶっきょう学部:町田宗鳳学部長(静岡県御殿場市在住・広島大学名誉教授・ありがとう寺住職)仏教の真髄を学び直し、摑み直して実践に活かす。
  • 縄文産婆学部:藤川潤司学部長(熊本県玉名市在住、音の和ミュージック)楽しい世直しartsof peaceのワザと楽を体験・体得・体現する。
  • 縄文文化学部:石井匠学部長(歴史民俗博物館研究員・縄文考古学・岡本太郎研究、縄文ライフ・マインド・スピリットを最新考古学と最深太郎学を通して摑み直す。
  • アジアアフリカ未来人類文化学部長(東京外国語大学大学院総合国際学研究院准教授・アフリカ研究)~超学際的な手法による「アフリカ日本学」の構築 Hunter-Gatherer societies
  • SF未来文化学部:2023年度の日本SF大賞を受賞作『SF的思考』(小鳥遊書房)をベースにSF的思考と想像力を練り、未来に備える。
  • ケルト文化学部:名誉学部長・鶴岡真弓(多摩美術大学名誉教授、ケルト研究)極東日本と極西ケルトは地球対称軸である。そこに蓄積された重層化され、多重化された知恵のスペクトルを学ぶ。
  • 「ぼくは始祖鳥になりたい」学部:宮内勝典学部長(作家)『ぼくは始祖鳥になりたい』(集英社文庫,2023年)は、黙示録的な預言書である。わたしは、いつも、「ぼくは始祖鳥になりたい」と念じながら、登拝した比叡山山頂のつつじヶ丘で、天地人に3回バク転を捧げて祈ってきた。本当に、ほんとうに「ぼくは始祖鳥になりたい」のだ!

地球防災学部:里深好文学部長(京都市在住、立命館大学教授・防災フロンティア研究センター センター長・森林科学)決定21世紀後半は「地球防災」が最大の課題になると元号が「平成」に変わってから30数年ずっと思い続けてきた。防衛費をぞうがくするなら、そのすべてを「地球防災費」に投じるべきだ。そして、「地球防災連合を作るべきだ。

未来地球防災学部客員研究員:藤井満(元朝日新聞記者、能登半島輪島支社記者歴4年)

  • ホリスティック医学・ソマティック心理学部:降矢英成学部長(東京都在住、赤坂クリニック院長・元ホリスティック医学協会会長)
  • メタ・メディカ・未来医療・医療人類学・公衆衛生学部:長谷川敏彦学部長(一般社団法人未来研究機構代表理事・元日本医科大学教授・医療人類学・公衆衛生学)
  • メタ・レリギオ・超宗教宗教協力学部:鎌田東二学部長(兼務、京都大学名誉教授・宗教哲学・民俗学)未来医学はメタ・メディカに進化しなければならない。
  • 現代宗教・グリーフケア・スピリチュアルケア・死生学学部:島薗学部長(東京都在住、東京大学名誉教授・NPO法人東京自由大学学長、日本スピリチュアルケア学会理事長・宗教学)そして、現代宗教はもっともっとケアに向かって深化しなければならない。
  • 宗教と医学・医療学部:加藤眞三学部長(東京都在住、慶應義塾大学名誉教授・MOAクリニック院長・消化器内科)加えて、宗教と医療が接続補完して時代のペインに立ち向かわねばならない。
  • 未来精神病理学部:加藤敏学部長(東京都在住、自治医科大学名誉教授・小山富士見台病院名誉院長)AIロボット時代の未来の精神病理を予測し、準備しなければならない。
  • 鉄道聖地文化学部:中林宗一郎研究員(攻玉社中学校2年生・鉄道研究部)

 

「京都面白大学校歌」

 

エモサビ 〽♪【忘れようとしても、思い出せない 忘れようとしても、思い出せない】

オッ、オッ、おもしろ! オッ、オッ、おもしろ!

オッ、オッ、オッ、オッ、おもしろ!オッ、オッ、オッ、オッ、おもしろ!

面白大学、いい大学、面白大学、よか大学

オッ、オッ、おもしろ! オッ、オッ、おもしろ! オッ、オッ、オッ、オッ、おもしろ!オッ、オッ、オッ、オッ、おもしろ!

面白大学、、面白大学、よか大学

面白大学、ええ大学、ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか!

オッ、オッ、おもしろ! オッ、オッ、おもしろ!

面白大学、日本一!、面白大学、宇宙一!ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか!

面白大学阿呆大学、面白大学馬鹿大学

♪「踊る阿呆に、見る阿呆、同じ阿呆なら、踊らな損損!

♪「歌う阿呆に、聴く阿呆、同じ阿呆なら、歌わな損損!

オッ、オッ、オッ、オッ、おもしろ!

オッ、オッ、オッ、オッ、おもしろ!

面白大学、日本一!、面白大学、宇宙一!

面白大学阿呆大学、面白大学馬鹿大学 面白大学、、面白大学、よか大学

面白大学、ええ大学、ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか!

 

天才バカボン、いっぱいだ~!

奇人変人いっぱいだ~! オッ、オッ、おもしろ! オッ、オッ、おもしろ!

オッ、オッ、おもしろい。

interesting! imagination! inspiration! illusion! initiation!

irregullar! illumination! interchange! interface! interfath! interreligion! internet! intercare! interbeing! オッ、オッ、おもしろ! オッ、オッ、おもしろ!

面白大学、いい大学、面白大学、よか大学

オッ、オッ、おもしろ! オッ、オッ、おもしろ! 面白大学、いい大学、面白大学、よか大学

面白大学、ええ大学、ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか!

 

オッ、オッ、おもしろ! オッ、オッ、オッ、オッ、おもしろ!

面白大学、阿呆大学、面白大学、馬鹿大学

天才バカボン、いっぱいだ~! 奇人変人いっぱいだ~!

オッ、オッ、おもしろ! オッ、オッ、おもしろい。

interesting! imagination! inspiration! illusion! initiation!

Intuition,insight,irregullar! illumination!

interchange! interface! interfath! interreligion! internet! intercare! interbeing! Inter universe!

エモサビ 〽♪【忘れようとしても、思い出せない 忘れようとしても、思い出せない】

動画リンク:https://youtu.be/lVkslcM ファイル名:面白大学第2講 (2時間目の授業)2024年1月2日.「縄文産婆学」とは?

 

大震災で苦しみ痛んでいる能登半島の,鉞のような半島のほぼど真ん中の石川県能登町字真脇に、「真脇遺跡」(http://www.mawakiiseki.jp/woodcircle.html )がある。 縄文のいぶきといのちが充ち満ちている最高の縄文聖地霊場である。 すばらしくも美しく調和に満ちている。その中心に、10本のクリの大木の「ウッドサークル」がある。 わたしは、これまでに能登半島を3周しているが、とてもすばらしい、うつくしい、なつかしい半島である。 その半島の震災による痛みは、わが身の脳にも、心にも魂にも強く響いている。切実に、せつなく。

そこで、「京都面白大学」の学部は、その縄文遺跡のクリの数を満たして過去現在未来をつなぐ学部構成にした。 参考動画: 能登へ往く 金沢・能登フィールドワーク4日目 真脇縄文哲学 2022年5月4日 動画リンク:https://youtu.be/f-KG-wx_-9M

動画リンク:

ファイル名:東北フィールドワーク第4日 三内丸山遺跡

 

連携研究会など~参加希望者はご連絡ください。

  • 身心変容技法研究会:http://waza-sophia.la.coocan.jp/ (不定期にオンライン開催している。
  • 世阿弥研究会:月1回オンラインで、世阿弥の著作を全読・自由討議している。2度己声に出しながら全読し、今は世阿弥の女婿の金春禅竹の著作を読んでいる
  • 「ことばと魂」研究会:基本的に月1回の読書会。井筒俊彦の『意識と本質』を全読した後、松尾芭蕉の『奥の細道』を全読し、そのあと、アーサー・フランクの『傷ついた物語の語り手』を読んでいる。
  • ヘルダーリン研究会:月1回、ヘルダーリンの原詩(ドイツ語)をもとに、日本語や各種ヨーロッパの諸言語で読んでいる。

 

連携大学・教会・機関

 

以上が1月2日早暁に視た初夢騒動であり、わが「顕神の夢」である。

2024年1月2日夜記 鎌田東二拝

これを書いてから1ヶ月、わたしは死に物狂いで、毎日「京都面白大学」の対談講義や自伝語りや一人講義を2時間ないし3時間続け、2024年2月5日現在で、トータル53の講義を動画公開しています。

もちろん、だれでも、無料で、いつでも、どこからでも、自由気ままに視聴できます。

最新のものは以下の4本です。

2月2日から4日までの2日間節分大祭と立春の日、大本綾部ですごしました。

以下、その一端の動画です。

 

京都面白大学第49講2024年2月3日:「テオ・ヘイズ展」 コーディネーター:秋丸知貴(美術史家・霧島アートの森美術館学芸員・美術評論家連盟会員)@淀屋橋ギャラリーYOD Edition 2月23日迄

動画リンク:

動画リンク:

ファイル名:京都面白大学第50講 展覧会トーク&ライブ&大本綾部節分大祭 2024年2月3日

京都面白大学第51講 2024年2月4日 「出口王仁三郎とスサノヲの道・歌と白和幣について」歌人:笹公人、奈良国立博物館学芸部工芸考古室主任研究員:三田覚之

動画リンク:https://youtu.be/oZ16Z312yik

京都面白大学第52講「古今和歌集について」2024年2月4日 家人:笹公人 動画リンク:https://youtu.be/Ut0HEJskncA

ところで、本日、東京に住む元NHKディレクターの鬼頭正樹さんから電話があり、東京が雪であることを知りました。

「226事件を思い出しますねえ。」と言うと、「そうなんですよ。」とのお返事。

鬼頭正樹さんには、『禁断 二二六事件』(河出書房新社,2012年)などの著作があります。

そして、しみじみと、この1ヶ月余の激変の状況を振りかえっておりました。

体調も乱れ、芳しくない時もありましたが、おととい、大本の節分大祭に参列して、身心魂すべて、すみずみまで賦活され、再生させられた思いです。

すばらしくも、うつくしい祭典でした。

詩劇か、オペラのようでもあり、隅々まで一糸乱れぬその動きと響きは、じつに見事で、感嘆しました。これこそ、上智大学グリーフケア研究所大阪で、この7年間おこなってきた「スピリチュアルケアと芸術」の見本となる祭礼でした。ぜひ、受講生のみなさんにも、このことを伝えたく思います。

さて、わたしは、今、必死で、本年4月に出版する新著『予言と言霊ー出口王仁三郎と田中智学の言語革命』(平凡社、2024年4月刊予定)の校正をしています。なんとか、あさってまでに仕上げて返送し、4月中旬には出したいです。出来ましたら、お送りしますので、存分にご批評ください。

 

ところで、3月20日(水・祝日)に小倉をお訪ねしたいのですが、いかがでしょうか?

翌21日に長崎に向かい、外海の長崎市遠藤周作文学館を再訪するつもりです。お父上ともどもじっくりとお話しできれば幸いです。

2月4日 鎌田東二拝