京都伝統文化の森協議会のクラウドファンディングへのご支援をお願いいたします

シンとトニーのムーンサルトレター第226信(Shin&Tony)

鎌田東二ことTonyさんへ

 

Tonyさん、こんばんは。2023年最後の満月が上りました。「コールドムーン」です。寒い時期に見える月ということから、英語で「COLD MOON」と綴り、日本でも寒月との呼び名が付けられています。実際、10日前の17日には小倉でも初雪が降り、それ以来かなり寒いです。この12月はめまぐるしい忙しさでした。主に映画とグリーフケアをめぐる動きが活発だったのですが、コロナにもインフルエンザにも風邪にも罹患せず、なんとか走り抜きました。


映画「グリーフケアの時代に」のポスター

 

まず、12月1日、その日から公開されるドキュメンタリー映画「グリーフケアの時代に」の初日にヒューマントラストシネマ有楽町を訪れました。本当は、この日はサンレー本社の12月度総合朝礼と本部会議に参加しなければならないため11月30日のうちに北九州に戻る予定でした。出演者としての舞台挨拶の要請もお断りしていました。しかし、同映画のプロデューサーである益田裕美子さんから連絡があり、公開初日となる12月1日の初回上映に秋篠宮皇嗣妃殿下の臨席(ご行啓)、梨本宮本殿下臨席が宮内庁の正式行事として決定したとのこと。出演者およびグリーフケアの専門家としてぜひ参加してほしいとの依頼を受け、急遽参加したのです。


映画を鑑賞された秋篠宮皇嗣妃殿下


ゼネラル・プロデューサーの志賀司氏と

 

この日は、映画のゼネラル・プロデューサーの志賀司氏(セレモニー社長)と2人で妃殿下に御挨拶を申し上げるという大役を果たしました。また、拙著『愛する人を亡くした人へ』を署名入りで妃殿下に献本させていただきました。また、来年5月、国の行事である「命を大切にする」イベントにおいて、議員会館での「グリーフケアの時代に」上映申し込みがありました。益田さんからは、上映会のとき、トークショーのような形で、わたしがグリーフケアについて説明する機会があるかもしれないとのことでした。わたしが推測するに、政府は「統一教会などのカルト宗教の被害に遭わないためにも、グリーフケアの普及が急務」と考えているようです。


売店では『愛する人を亡くした人へ』が完売!

 

「グリーフケアの時代に」の公開に合わせて、この日からヒューマントラストシネマ有楽町の売店にはグリーフケア関連書が売られていました。その中に拙著『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)もありました。この本を書いたのはもう15年も前ですが、その頃には「グリーフケア」という言葉を知る人はほとんどいませんでした。それが今では、こんな立派な映画まで作成・上映されるとは、本当に感無量であります。『愛する人を亡くした人へ』は2025年正月公開予定の映画「君の忘れ方」の原案でもありますが、早速完売したそうです。ありがたいことです!


本名の「佐久間庸和」として出演

 

映画のナレーターである音無美紀子さんの「冠婚葬祭企業を経営する佐久間庸和さんもさまざまな形でグリーフケアに注力してきました」というナレーションの後、わたしが登場します。わたしは、「血縁が薄くなっていって、地縁も薄くなっていって、無縁社会になっていって、人が死んでももうみんな相手にしない、お葬式もしない、親が死んでも告知しないというような社会になっている現状があります」と言いました。続いて、わたしは「しかし、そんな無縁社会がどんどん進行していけば、本当に悲嘆の行き場がなく、支える人がいなくなってしまいます」と述べました。


「悲縁」という新たな縁を提唱

 

また、「そんな状況に危機感を抱いたわたしは、2010年ぐらいから遺族の方の会を始めました。皆さんで集まって、いろいろ語り合う会に、弊社で場所を提供しサポートしてきました」と語りました。さらに、わたしは、わが社がサポートする遺族の自助グループである「月あかりの会」について、「やはり夫を亡くした人は同じ境遇の方が集まって、夫を亡くしたことの体験談を話し合う。お子さんを亡くした人も同じようにしています。わたしはこれを『悲縁』と言っているのですが、同じ境遇の方の悲嘆がつなぐ縁ですね。同じ悲しみを抱いている人同士が集まってくる、これもひとつの縁かなと思っております」と語ったのでした。


「産経新聞WEB」より

 

人間1人1人の思い方や感じ方は当然違うことは、多様性という言葉がメジャーとなった現代では、頭の中ではわかっていることかもしれません。でも、この映画を観て、それぞれの喪失感や悲嘆の感じ方は他の人には全くわからないことを気付かせてもらいました。無縁化によるグリーフを語る場の消滅という社会変化によりグリーフを抱えたまま生きていくしかない、ケアをされることなく生きていくとあきらめている方たちにそうではないことを伝えたい・・・・・・すでにとても多くの方がサポートを始め、その輪が広がっていることを知って欲しいです。そして、すべての方にただ聴いてあげることでもケアとなっていくことを知っていただきたいと思います。


「北九州市民映画祭」のポスター

 

「グリーフケアの時代に」の初回上映を鑑賞したわたしは、そのまま羽田空港へ。そこからスターフライヤーに搭乗して北九州に戻りました。北九州空港からは、この日から開催された「北九州市民映画祭」のイベントに参加しました。本当は、16時からの「青山真治展」のテープカットに参加するはずだったのですが、宮内庁公式行事と重なったため諦めました。第6回となる「北九州市民映画祭」は青山真治監督特集で、「才能と情熱を体感せよ!」がテーマです。カンヌ国際映画祭をはじめ国内外から高い評価を受け、音楽家、小説家、舞台演出家としても活躍しながら、昨年早逝した青山真治監督の才能と熱量を体感する上映を監督の故郷・北九州市で開催。2023年12月2日(土)~17日(日)に北九州市立美術館分館5階で開催予定の「青山真治クロニクズ展」連動企画として開催されました。


青山監督の未亡人・とよた真帆さんと

 

青山監督の業績の中でも、とりわけ故郷・北九州への思いは強く、「北九州サーガ」と称される名作群を映画史に残した他、「北九州市民映画祭」そのものが青山監督の声掛けにより2010年より始まりました。そして監督自身もコロナ禍前まで企画コーディネーターとして携わるなど、映画製作に留まらず北九州での映画文化振興にも努めていました。16時からのテープカットには間に合いませんでしたが、17時半からのパーティーには間に合いました。パーティーでは、青山監督の真帆夫人、「青山真治展」主催者の吉武あゆみ氏、同展覧会の発起人である染色家の築城則子先生らと歓談、青山作品の魅力について語り合いました。わたしが青山監督の作品で一番好きなのは、2011年の三浦春馬主演の映画「東京公園」です。そのことを真帆夫人にも申し上げました。


リバーウォーク北九州のクリスマス・ツリーを背に

 

13日、またしても東京から北九州に戻ってきたばかりのわたしは、リバーウォーク北九州内の北九州芸術劇場へ直行。18時から開催された「北九州国際映画祭」のオープニングセレモニーに参加しました。北九州国際映画祭は、本日から17日(日)まで開催されます。オープニングセレモニーには、映画祭のアンバサダーであるリリー・フランキーさんが登壇。そして、総合司会は、マルチに活躍し、映画コメンテーターとしての顔も持つLiLiCoさんが務めました。オープニングセレモニーの最後には、関係者が壇上に集まって記念撮影が行われ、わたしもスポンサー企業の代表として参加しました。リリー・フランキー、光石研、とよた真帆、板谷由夏、吉本美憂といった俳優の方々と一緒に、わたしもステージに登壇して記念写真に収まりました。


ステージ上で出演者&関係者の記念撮影

 

記念の集合写真撮影が終わると、19時から、オープニング作品として、ドキュメンタリー映画「ウィール・オブ・フェイト~映画『無法松の一生』をめぐる数奇な運命~」と、映画「無法松の一生(4Kデジタル修復版)」が上映。「ウィール・オブ・フェイト」は、80年の時を経て映画「無法松の一生」が4Kデジタル修復されるまでのドキュメンタリー映画です。監督を務めたのは、ニューヨークと東京を拠点とするドキュメンタリー映像監督の山崎エマさん。プロデューサーは、シネリック・クリエイティブ社長で、新作映画、ドキュメンタリーなど多数プロデュースしている、エリック・ニアリさん。本作は、20分ほどの短編映画ですが、当時の制作者たちの苦悩、ヒロイン園井恵子の被爆死など、知られざる数奇な運命を紐解くとともに、伝説の映画カメラマン宮川一夫の助手を長年努めた宮島正弘の修復にかける想いと、コロナ禍での国境を越えた修復に密着しています。


復活した小倉昭和館の前で

 

その翌日の14日、とても嬉しい出来事がありました。昨年8月10日夜に発生した旦過市場の火事によって老舗映画館の小倉昭和館が焼失しましたが、多くの昭和館の想いがかなって焼失前と同じ場所で再建され、そのこけら落としに参加したのです。樋口智巳館主とも喜びの再会を果たしました。この日は、前日13日から始まった「北九州国際映画祭」の特集上映「帰れ北九州へーー青山真治の魂と軌跡」が、再生した小倉昭和館のこけら落としとして開催され、その1作品目として上映された日本映画「共喰い」(2013年)を鑑賞しました。第146回芥川賞受賞を受賞した田中慎弥の小説を、『EUREKA』『東京公園』の青山真治監督が映画化。山口県下関市を舞台に、高校生の遠馬、暴力的な性癖を持つ父、その愛人らが繰り広げるひと夏の出来事を、原作とは異なる映画オリジナルのエンディングとともに描き出した作品です。


「北國新聞」2023年12月17日朝刊

 

16日は、北陸で初めてのグリーフケアの自助グループである「月あかりの会」が発足した記念すべき日でした。当日の様子は「北國新聞」をはじめ、民放テレビ局四社からも大きく報道され、素晴らしいスタートを切ることができました。わたしは、「北陸でも、グリーフケアの時代が幕を開いた!」と実感しました。まずは、10時から合同慰霊祭が行われました。愛する人を亡くされた方々が約200人が集まって下さいました。合同慰霊祭は開式、故人様のご芳名のスライド上映、黙祷(禮鐘の儀)、追悼の言葉、献花。合同慰霊祭では、故人を偲ぶ追悼と供養のセレモニーが粛々と行われました。献花では、わたしも心を込めて献花をさせていただきました。


合同慰霊祭のようす

 

合同慰霊祭の最後は、主催者を代表して、わたしが挨拶しました。わたしは、「今ここには親御さんを亡くされた方、ご兄弟を亡くされた方、配偶者を亡くされた方、そしてお子様を亡くされた方・・・大切なご家族を亡くすという経験をされた皆様にご参加いただいております。わたしたちの人生とはさまざまな喪失の連続であり、その喪失により多くの悲嘆が生まれますが、その中でも『愛する人を亡くす』という悲嘆はもっとも大きいものといわれています」と述べました。また、「現代社会では、核家族化や地域社会でのつながりの弱体化によって、地縁や血縁が薄れ、悲嘆を抱える方を支える場、ケアの場が少なくなっています。いま、人と人の絆や縁の再生とともに、死別の悲嘆をケアする場や仕組みの再構築が喫緊の課題とされています」と述べました。


合同慰霊祭での主宰者挨拶のようす

 

さらに、わたしは「そこで、わたしたちは、深い悲嘆を抱く方の心が少しでも軽くなるお手伝いをすることを使命と考え、2010年に北九州にてご遺族の会『 月あかりの会』を発足しました。『愛する人を亡くす』という同じ境遇を持つ方が集い、悲しみによって新しい縁が生み出されており、それを悲しみが繋ぐ縁としての『悲縁』と呼んでいます。『わたし』から『わたしたち』へ。新たな縁を生み出し、相手を支えることで、自分も相手から支えられるグリーフケア・サポートとしての『月あかりの会』を、本日この北陸の地で発足できたことは感無量でございます。今後とも様々な活動を通じて、喜びも悲しみもともに分かち合い、寄り添い合う社会をつくるお手伝いとなればと思っています。本日は誠にありがとうございました」と述べたのでした。


トークショーのようす

 

合同慰霊祭の後は、東京大学名誉教授で宗教学者の島薗進先生とのトークショーが行われました。金沢との縁の深い島薗先生は上智大学グリーフケア研究所の元所長であり、わたしは客員教授時代に大変お世話になりました。超満員となったトークショーでも、わたしは「悲縁」について話しました。そして、わたしは「悲縁」について述べました。まず、「グリーフケアには死別の悲嘆を癒すということだけでなく、死の不安を軽減するというもう一つの目的があります」と述べました。超高齢社会の現在、多くのお年寄りが「死ぬのが怖い」と感じていたら、こんな不幸なことはありません。死生観を持ち、死を受け入れる心構えをもっていることが、心の豊かさではないでしょうか。人間は死の恐怖を乗り越えるために、哲学・芸術・宗教といったものを発明し、育ててきました。グリーフケアには、この哲学・芸術・宗教が「死別の悲嘆を癒す」「死の不安を乗り越える」ということにおいて統合され、再編成されていると思います。


トークショー後の囲み取材のようす

 

そして、互助共生社会のスローガンは、「『わたし」から「わたしたち」へ』であり、「喜びも悲しみも、ともに分かち合う社会へ」です。この言葉は、「北國新聞」に数回にわたって掲載された広告でもキャッチコピーとして使われました。すると、思いもしなかった現象が起きました。新聞広告を見た多くの方々が「わたしも『月あかりの会』に入れてほしい」との連絡が相次いだのです。中には、「サンレーさん以外の会社の施設で葬儀をあげた者ですが、どうか入会させていただきたい」という方もいました。わたしは、「これこそ、互助共生社会の幕開けではないか」と思いました。それでは、Tonyさん、今年はひとかたならぬお世話になりました。心より感謝しております。また、Tonyさんの御健康と御多幸を心よりお祈りいたします。来年も、よろしくお願いいたします。どうか、良いお年をお迎え下さい!

2023年12月27日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

激動の2023年が過ぎていきます。
国内外においても
わが身においても。

ステージⅣのがんは、わが身の最果ての脳(頭頂、前頭葉、右側頭葉)に転移しました。ので、京都大学附属病院で放射線治療=ガンマ・ナイフ治療をしました。今日第5回目で、ひとまず終了しましたのでご安心ください。結果がどうなるかは「おまかせ」です。

そんな状態でも、「ガン遊詩人・神道ソングライター」として、夏の沖縄から晩秋の北海道まで行脚でき、比叡山にも退院後80回以上も登拝を重ねることができたことを、心から感謝しています。

Shinさんにおいても、いろいろありましたね、ほんとに。業績史上一、映画出演・レビュー、著著刊行、講演・視察などなど、八面六臂のご活躍、なりよりです。

 

この前は、冬至という「二至二分」の節目、 そしてそのあとすぐにクリスマス、わたしたちは、その日に合わせて詩誌『新聞詩』を元新聞記者・現役新聞記者の同人3人と創刊しました。ご笑覧ください。以下のPDFから読めます。

また、別の2つの記事は、「顕神の夢」展についての対照的な展覧会評、です。モダニズムサイド=顕世サイド、とプレモダニズム・アーカイズムサイド=幽世サイドとの。こちらもご一読ください。

◆詩誌『新聞詩』創刊号 2023年12月24日発行 最終5 (pdf 2MB)
◆『霊性の手前で』中島水緒 (pdf 227KB)
◆愛媛新聞_20231219 (pdf 304KB)

また、以下の2つの動画は、近藤高弘さんとの年末芸術談義です。

動画リンク:https://youtu.be/9Ze-CUl9AKk

ファイル名:近藤高弘さんとの芸術談義1「スピリチュアルケアと芸術後日談①」
動画をアップロードしています…
動画リンク:

ファイル名:近藤高弘さんとの芸術談義2「スピリチュアルケアと芸術後日談②」
あしn
この動画の「芸術談義」は、1と2合わせて45分程度ありますが、近藤高弘さんとともに、今でしか語れないことをじっくりと語ました。
とてもありがたくも貴重な対話となりました。
そこでも、ステージⅣのがんの現状と脳の頭頂への転移と、始まる京大付属病院放射線科での放射線治療のことを話ししています

『古事記』では、いろいろな援けをうけて よみがえって、しぶとくも、創造的かつ和合的に生き抜いたのが大国主神です。

そのみごとなお手本が、『古事記』に記されているので、わたしも「スサノヲの子分ー大国主の末裔」として目いっぱい創造的に生き抜きます。歌いながら。旅し、遍歴しながら。3月に、小倉にもまいりたくおもいます。再会を楽しみにしています。大先輩のお父上にもぜひともお会いしたいです。

一昨日、京大病院で3回目の脳天放射線治療を受けてから、すぐに、NHK文化センター京都に行って月1回10年続けてきた『古事記』と『日本書紀』全読の講義を2時間行ないました。
これは、わがセルフケアでもあり、リハビリテーションでもあります。
いつも、おもろいことをやるのが、一番のくすり、です。

その際、日本へ儒教や仏教が伝来したことを話題にしました。その意味は、とても深く大きく重要です。儒教は社会強度を高め、仏教は心性浄化と知性深化を促し、進めました。

『日本書紀』では、西暦513年=継体天皇の7年6月に「五経博士」が来たことが記載されています。(岩波文庫本3巻・180p)

が、『古事記』には、応神天皇の御世に、「和邇吉師」が「論語十巻」「千字文一巻」を献上した、とあります。

昨日、京大病院の第4回目の放射線治療の前に、待合室で、『古事記』を確認して、その記事を見つけた時、とても、うれしかったです(岩波文庫本164p)。わが脳も、吾が記憶もまだまだだいじょうぶだ、と。

そして、『古事記』は、脳内記憶、という以上に、わが身体細胞に受肉・血肉化していると感じました。儒教は応神天皇の時に百済からもたされたとインプットされていたからです。
ともあれ、スサノヲの「子分」ですからね。

たいせつなことは、やはり、好きな事、わが道をたゆまずあるき、きわめていくことだとあらためておもいました。 今日は11月28日、京都からもコールドムーンの満月がよく見えます。昨夜はお月様がよく見えました。夜中に煌々と照っていて、お月さまの光が顔に当たって目が覚めたくらいです。カーテンも引かずに寝ていますので。

ともあれ、Shinさんが社長を務める株式会社サンレーが過去最高の収益だとのこと。それは、すごいことですね。社長になってから23年、懸命に頑張り通して来ましたね。それが少し報われましたね。もちろん、業績がいいと言っても、今後のことを考えると、気は抜けないでしょう。しかし、社員のみなさんと一丸となって、「ウェルビーイング」と「コンパッション」社会の建設に向かっていく、父上伝来の「天下布礼」の社是をたゆまず実践してゆくのみですね。くれぐれも健康に留意して、「楽しい世直し」を実現していってください。わたしもわが道をたゆまずあゆみます。来年は、さらに、おもろいこと、やるぞー! まずは、前半期に、『三田文学』に3年関連死してきた論考を『予言と言霊ー田中智学と出口王仁三郎の言語革命と世直し運動』と題して平凡社から出版する予定です。

2023年12月26日 鎌田東二:1月6日(土)14時~15時30分「顕神の夢」オープニング記念鼎談(無料)@愛知県碧南市藤井達吉美術館  ▲目次3

碧南市制75周年記念事業 開館15周年記念
顕神の夢 ―幻視の表現者― 村山槐多、関根正二から現代まで
愛知県碧南市藤井達吉美術館

関連イベント
記念鼎談「顕神の夢」
日時:1月6日(土曜日)14:00~15:30
登壇者:鎌田東二氏(京都大学名誉教授・本展監修者)、土方明司氏(川崎市岡本太郎美術館館長・本展提案者)、江尻潔氏(足利市立美術館次長・本展提案者)
会場:地下1階多目的室B
定員:60名
聴講無料

 

東京自由大学では、11月23日(土)に、 シスターで上智大学グリーフケア研究所名誉所長の 高木慶子先生をお迎えし、 島薗進さんとの鼎談講座を開催しました。

以下、その時の案内文です。
https://peatix.com/event/3768377/view

本日、ガンの転移した脳へ 第1回の放射線治療を終えられた鎌田先生より、 「明日、楽しみにしています。
今でしかできない、とても、貴重な場になると 確信しています」とメッセージをいただいております。見逃し配信もございます。みなさまのご参加、心よりお待ちしております!

———————–

NPO法人東京自由大学 設立25周年企画【宗教を考える学校 第2弾】

第5回「宗教とケア―大いなるもの“超越者”との関係」

高木慶子×鎌田東二×島薗進

現代人は、五体に触れ、自分自身で納得できる科学的な事柄でないと、信じられない傾向にある。これが現代のAIを代表とする時代背景ではないかと考える。そこには宗教的な事柄は排斥され、科学万能の特徴がみられる。しかし、全人間を理解し、そのすべての癒しを考える時、ただAIにのみ頼ることは難しい。人間は神秘的な存在であり、それを理解するためにも神秘的な感性も必要となる。つまり、五感の世界から次元の違う宗教的な次元への感性と知性が必要となり、ただ単に科学的な情報量だけでは人間理解もできないだろう。(高木慶子)

日時 2023年12月23日(土)14:00~16:30
講演・鼎談・質疑応答
オンライン/見逃し配信あり!

※見逃し配信は、オンライン参加のお申し込みをされた方全員に対し、講座終了後から数日内に、YouTubeの限定公開のリンクをお送りいたします

詳細・お申込み→ https://peatix.com/event/3768377/view

主催:NPO法人東京自由大学
協力:一般社団法人日本信仰復興会議

高木慶子 Takaki Yoshiko
聖心女子大学文学部心理学科卒業。上智大学神学部修士課程修了。博士(宗教文化)。現在、上智大学グリーフケア研究所名誉所長。「生と死を考える会全国協議会」会長。国土交通省「公共交通における事故被害者などへの支援の在り方検討会」委員。国土交通省「被害者へのアドバイザー」。主な研究テーマ「スピリチュアルケアとグリーフケア」。この36年間にわたり、ターミナルケアとグリーフケアに携わっている。著書『グリーフケア・スピリチュアルケアに携わる人達へ」(クリエイツかもがわ)『悲しんでいい』(NHK出版新書)など、多数。

鎌田東二 Kamata Toji
宗教哲学・民俗学/京都大学名誉教授、天理大学客員教授。1951年徳島県阿南市桑野町生れ。國學院大學文学部哲学科卒業。同大学大学院博士課程単位取得中途退学。岡山大学大学院医歯学総合研究科社会環境生命科学専攻博士課程単位取得中途退学。宗教哲学・民俗学・比較文明学・ケア学専攻。博士(文学・筑波大学)。京都大学名誉教授。天理大学客員教授。石笛・横笛・法螺貝奏者。フリーランス神主・神道ソングライター・吟遊詩人。著作に『神界のフィールドワーク』『翁童論』四部作、『宗教と霊性』『呪殺・魔境論』『神と仏の出逢う国』『現代神道論』『世直しの思想』『世阿弥』『言霊の思想』、サードアルバム『絶体絶命』など。

島薗進 Shimazono Susumu
宗教学者/東京大学名誉教授、NPO法人東京自由大学学長、大正大学客員教授。1948年生。東京大学大学院博士課程・単位取得退学。東京大学大学院人文社会系研究科・教授、上智大学大学院実践宗教学研究科・教授、上智大学グリーフケア研究所所長を経て、東京大学名誉教授、NPO法人東京自由大学学長、上智大学グリーフケア研究所・客員所員、大正大学・客員教授。専門は近代日本宗教史、宗教理論、死生学、生命倫理。著書:『宗教学の名誉30』(ちくま新書、2008年)『国家神道と日本人』(岩波書店、2010年)、『日本人の死生観を読む』(朝日新聞出版、2012年)、『ともに悲嘆を生きる』(朝日新聞出版、2019年)など。

———————–

体調を崩される方も増えています。
くれぐれもお身体を大切にご活躍ください。

NPO法人東京自由大学 辻信行 拝

https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/best-exhibitions-of-2023-202312

今年、大腸がんの摘出手術をして退院して1ヶ月後の3月初旬に北九州の小倉に行ってShinさんと対談し、それが『古事記と冠婚葬祭』と題する本になりました。

1996年に開催した第1期「宗教を考える学校」天河大辨財天社に最初に参拝したのは1984年4月4日のことだった。それから、300回以上は天河を訪れた。そして、そこに「神道」の根源と未来を見た。その「神道」の根源と未来を、今の柿坂神酒之祐大宮司(おおぐうじ)の言葉と声で語ってほしい。そう思って、企画した。1996年の「宗教を考える学校」第1弾にも、柿坂神酒之祐宮司(当時)に来てもらって発題していただいた。その時のタイトルは、「超宗教と神道と天河の精神―宗教意識は変化しているか?」であった。その10年前の1986年秋、柿坂神酒之祐宮司監修の『天河』(扶桑社、1986年10月刊)が出た。その中に、大祓詞の中の「祓へたまへ、清めたまへ」が次のように口語訳にされていた。「君の精神が自由でありますように。君の知性が透明でありますように。」その後、柿坂神酒之祐宮司は、社殿建て替えの「玉鎮めの神事」の際の祝詞奏上の中で、「神社は宇宙ステーションなり」と宣言した。それらの「神道語」の中に、わたしは神道の未来を、宗教の未来を視た。

 

《柿坂神酒之祐大宮司より》

有り余れるものを与え

足りたらないものを頂戴していける

循環していける世の中に移り変わる事を目指す。

それは平和につながる。

今は孤立していることが多いが

人と人との出会いから、むすび(産み出す)のはたらきへ。

自分も他者も自由になっていく事が必要。

京都伝統文化の森推進協議会主催公開シンポジウム「京都の森と文化」

「幽り」の神学の系譜;詩集『いのちの帰趨』(港の人)朗読会「詩と死」@鎌倉・カフェエチカ

最後に、告知、です。盟友故大重潤一郎の中期の名作「光りの島」(1995年制作)の上映会&トーク& 交流会を上智大学グリーフケア研究所の受講生たちがやってくれます。成福院の今井薫さん(グリーフケア士)が主催してくれました。

やいへんうれしくも、ありがたい、です。ぜひこの機会に観てほしいです。阪神淡路大震災を被災者として体験した大重潤一郎さんの渾身の死生観探究のふしぎな不思議な劇映画を。ここには大重潤一郎の死生観とメッセージが目いっぱいつまっています。

「光りの島」上演会のお知らせ

 

上智大学グリーフケア研究所大阪2年の今井薫です。

1年の「スピリチュアルケアと芸術」の最後の講義でのことです。鎌田東二先生が、「誰か、〈光りの島〉の上映会してくれないかなぁ~」と、何度もつぶやかれた声が心に残りました。

2年生も残りあとわずかとなり、何とか実現したいという思いから企画しました。

皆さんの御参加をお待ちしております。

ランチ会では、有志による手作り料理をお楽しみ下さい。

鎌田東二先生もご参加の予定です。

 

日時:令和6年2月4日(日)12:00~ ランチ会=交流・懇話会

13:00~ 上映会+解説・質疑応答

場所:平林寺会館  〒665-0034 兵庫県宝塚市社町4-7

阪急今津線逆瀬川駅山側下車徒歩7分

 

町田宗鳳・鎌田東二対談「大道に耽り、玄妙に遊ぶ」2023年11月17日

 

卯の年の跳ね行く先の月の国

 

ところで、年の瀬に、札幌在住のSF作歌の荒巻義雄さんから、SF大賞受賞後第1作の長編SF『海没都市tokiyo』(小鳥遊書房、2023年11月30日)を送っていただいたので、すぐ読了しました。めっぽう面白かったです。90歳にして、現役でこれだけ書けるとは! 凄いことです。素敵なことです。素晴らしいことです。ホント。時代設定は、2060年の「光世記」の未来。その頃、南極の氷河は溶けて海面水位が30メートル上昇しているので、東京の山手線内の南半分ほどは海没している。しかも、「アンゴルモア病原体」によるパンデミックで地球人口の90%が病死し、一方、一層の電脳化が進み、クローンではないが、自分のアバターのような「サロゲート」が作られていて、「本体」の自分とつながっている。あたかも【シェアリングセルフ】のような、また、宮沢賢治の言う「透明な幽霊の複合体」や南方熊楠の言う「複心」存在形態のような。荒巻義雄さんが提唱する「SF的思考」は、これからとても大切だと思います。出口王仁三郎もSF作家です。もっとも、その「SF」は、「サイエンス・フィクション」というより、「スピリチュアル・ファンタジー」ですが。

 

特に、興味深かったのは、「人新生」文明が資本主義的「物欲」で「大破局」を迎え、失業した多くの人びとは、「自己配信作家」になっています。さしずめ、「ガン遊詩人・神道ソングライター」のわたしなどは、そのさきがけ、ですね。その後の「光世記」では「事欲」が重視されるようになり、「そこでの知識は「誇る・傲慢な知識ではなく、「佇む繊細で足るを知る知識」とされ、アルフレッド・テニスンの次のことばが引かれます。

知識は誇る。

知識はたたずむ。

 

じつに示唆に富むSF小説です。ぜひ読んでみてください。