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シンとトニーのムーンサルトレター 第056信

第56信

鎌田東二ことTonyさんへ

 またしても満月の夜が来ました。この3月は2回も満月にあたる日があり、なんだか普段以上に時の流れの速さを感じます。でも、先日はTonyさんと一緒に天河に行けて嬉しかったです。いろいろと不思議なことがありましたね。

 3月25日の正午、京都駅でTonyさん、造形美術家の近藤高弘さんと待ち合わせて、天河に向かう予定でした。順調に行けば、昼食をはさんでも15時半くらいには到着するはずでした。それが、なかなか行き着けなかったのです。

 まず、京都に着くと、駅前にパトカーや警官がたくさんいました。近藤さんが車で迎えに来てくれていたのですが、なかなか車が見つかりません。警官に聞くと、なんと天皇陛下が京都にもうすぐお越しになられるとのこと。雨が降っていたので、急いで近藤さんの車に乗り込みました。

 でも、まだTonyさんが来ません。Tonyさんは、携帯電話を持たない主義ですので、まったく連絡が取れません。少しだけ路上駐車させてほしいと警官に頼み込み、Tonyさんを待ちました。それでも、Tonyさんはなかなか来ません。警官から「もう、これ以上は無理だよ」と言われ、わたしたちはやむを得ず、近くの「京都・都ホテル」に移動しました。その後、ようやくTonyさんと落ち合いましたが、列車事故が2件も重なったそうですね。

 ホテルで昼食を取ってから天河に向けて出発しましたが、ものすごく渋滞しています。25日で「ゴトー日」ということもあったのでしょうが、いつも天河に通っているTonyさんと近藤さんによれば「こんなに渋滞するのは珍しい」そうですね。

 途中で喉が渇いたので、コンビニなどを探しましたが、見つかりません。たまたまゴルフショップの駐車場に置かれていた自動販売機が目にとまりました。わたしは、お茶のペットボトルを3本買おうと思いました。1本150円だというので、450円の硬貨を入れました。すると、出ないのです。お茶のペットボトルも出ないし、硬貨も戻ってきません。おそらく自動販売機が故障していたのでしょうが、こんなことは初めての経験です。

 なんだか、何者かが、わたしたちの天河行きを阻んでいるような気分になってきました。
Tonyさんは、「陰陽師のしわざかもしれないよ」と笑いながら言う始末です。しかし、京都府警やJR西日本やコカ・コーラ社や、あろうことか天皇陛下までをも操れるような陰陽師が存在するのでしょうか。わたしたちは、とてつもない存在を相手にしているのかもしれません。次第に怖くなってきました。

 ようやく天川村に近づいた頃、なんと雪が降ってきました。春の雪までをも操る最強の陰陽師あらわる?!それに敢然と立ち向かう、鎌田東二、近藤高弘、一条真也の義兄弟トリオ!まるでサイキック大河ドラマが幕を開けたような感じでした。

 17時を回って、ついに天河に到着しました。わたしたちは、まず「天河火間」へと向かいました。今回、わたしは初めて天河火間を直接見たわけですが、えもいわれぬ荘厳さを感じました。両脇には「水」を表現するガラスが配されています。窯の中では、「火」が燃えるわけですから、「火」と「水」のハーモニーで、まさに「火水(かみ)」の空間です。最初に天河火間を見た瞬間、わたしは沖縄の亀甲墓を連想しました。亀甲墓は、母親の子宮のイメージです。でも天河火間のデザインは、近藤さんいわく「宇宙船のイメージ」だそうです。なるほど、わたしも常々「人間の死とは宇宙的な事件である」と考えていますので、大いに納得しました。Tonyさんは、「世界一美しい窯」だと表現されていましたが、わたしも同感です。

 天河大弁才天社に作られた天河火間。その「世界一美しい窯」で焼かれるものは何か。それは骨壷です。それも、自分の骨壷、あるいが自分が愛する人の骨壷を自分で焼くのです。自らの死を前向きに、そして粛々ととらえるために、日本には昔から、辞世の句を読む、歌を詠むなどの文化がありました。現在、死を前向きに受け入れる文化が新たに生まれています。骨壷を自分でつくるという活動がそれです。

 近藤高弘さんは、骨壷ではなく「解器(ほどき)」と命名しました。「解脱」という仏教の精神を意味する「ほどく」をもじった造語で、「ほとけ」にも通じます。Tonyさんによれば、神道とは「むすび」の宗教で、仏教とは「ほどき」の宗教とのこと。“生”を「むすび」ととらえることができるとしたら、その「むすび」固めた生命が「ほどかれていく」過程こそが“死”なのかもしれませんね。世界でたったひとつの骨壷「解器」製作のムーブメントは、これから大きく広がっていく予感がします。新しい葬送儀礼のあり方のひとつではないかと思います。

 天河大弁才天社を訪れたのは2回目ですが、じつに20年ぶりでした。柿坂神酒之祐宮司にも久々にお会いしました。たしが最初にお会いしたのは、神社ではなく、奈良の近鉄・八木駅でした。1990年の12月18日、わたしはTonyさんを八木駅でお待ちしていました。一緒に、天河大弁財天社を訪れるためです。

 その前日、わたしは伊勢市で講演をしました。当時、プランナーとして翌年に伊勢市で開催される「世界祝祭博覧会」のイベント企画の仕事をしていました。その流れで講演の依頼を受けたのです。同じ日に、Tonyさんも京都の国際日本文化研究センターで「日本神話における他界観の形成」というテーマで研究発表をされることになっていました。そこで互いに、それぞれ伊勢と京都での所用をすませて、どちらから来るのにも都合がよく、また天河への経由地に当たる八木駅で落ち合うことになったのです。

 わたしが八木駅で待っていたら、鎌田さんがもう一人の連れの方と現れました。「誰だろう?」と思っていたら、なんと、その方が柿坂宮司だったのです。聞くと、京都駅で鎌田さんと偶然出会い、そのまま二人で来られたとのこと。柿坂宮司は、長らく天河にいるけれども、こういう奇遇はないと驚かれていました。わたしたちは、不思議な気分のままタクシーに乗り込み、1時間あまりで天河大弁財天社に到着しました。

 その夜、しんしんと降る雪をながめながら、3人で夜中の3時過ぎまで酒を飲み、語り合いました。Tonyさんは今ではお酒をまったく飲まれませんが、その当時は驚くほどの大酒飲みでしたね。Tonyさんと柿坂宮司の会話は、本当は人間が空を飛べるとか、満月の夜は気が満ちすぎていて滝に打たれると怪我をするとか、とにかく大変刺激的な内容でした。当時26歳と若輩者だったわたしは、自分のやっているリゾート開発の話題に触れ、乱開発はよくない、特に木を切ることはよくない、日本人の心である「国体」というソフトを守るためには、まず「国土」というハードを守らなければならないといったことを述べた記憶があります。

 柿坂宮司の声はとてもソフトというかマイルドというか瞑想的で、その声を聞いているうちにたまらなく眠くなったのですが、今回も同じでした。宮司の声には催眠効果ならぬ誘眠効果があるようです。古来、すぐれた宗教家というものは、みな美声の持ち主であったとか。天河大弁財天社とゆかりの深い空海などが代表ですよね。柿坂宮司の声にも、何か人の心の奥底に入り込む秘密があるような気がします。おそらく、「1/fゆらぎ」が発生しているのかもしれませんね。柿坂宮司は「神社は宇宙船なり」というのが持論だそうですが、ならば、宮司自身は宇宙船の船長さんですね。

 そんな柿坂宮司が自身で焼かれた解器を拝見しました。鳳凰をイメージされたものだそうですが、わたしは、すぐさま手塚治虫の『火の鳥 宇宙編』を連想しました。宇宙船の船長さんは、やはり宇宙がお似合いのようです。

 今回は、Tonyさんと近藤さんの2人の義兄弟とも短いながらも楽しい旅ができて、本当に嬉しかったです。また、ぜひ、ご一緒したいですね。解器ワークにより「世直し」も3人で力を合わせて頑張りましょう!

 それから、五木寛之著『親鸞』(講談社)上下巻を読みました。前回のレターで、Tonyさんは絶賛されていましたので、興味を引かれて読んだのです。また、新時代の宗教小説として注目を集めている村上春樹著『1Q84』(新潮社)のBOOK3の刊行が近いとあって、読み比べてみたいという思いもありました。

 かたや日本最大の教団(本願寺教団=浄土真宗)の物語、こなた明らかにオウム真理教をモデルとしたカルト教団の物語。かたや国民的作家・五木寛之。こなた世界的作家・村上春樹。ご両人とも、その筆力は当代一を争います。どちらの作品が宗教の本質をとらえるのか。ワクワクしながら読み始めました。

 興味深かったのは、聖徳太子を深く尊敬する親鸞の「こころ」を見事に描いている部分です。いわゆる仏教の開祖は釈尊ことゴータマ・ブッダですが、日本仏教の開祖は聖徳太子であるとされています。その見方を確立した人物こそ親鸞その人です。親鸞は、とにかく聖徳太子を尊敬し、「和国の教主」として日本仏教の開祖と位置づけました。

 古代日本に異国から伝わった仏教は、多くの文化や文明を連れてきました。たとえば天文の学、建築工芸の技法、地理、算術、音楽、本草の学、医方の術、歴史、養生法、呼吸法、人の心の奥をきわめる学、美しい詩文、衣服の作法、航海術、鍛冶や石工の技術、料理の法などなど。

 聖徳太子はそれらすべての知識に通じていました。しかも深く仏道に帰依し、多くの法制をととのえ、寺院を建立しました。しかし、若き親鸞は、比叡山の行者である法螺坊の激しい言葉に衝撃を受けるのです。それは、こんな言葉でした。

 「しかし、われら下々の者たちが太子を慕うのは、そのような立派な業績をのこされたからではない。四天王寺を建てられたとき、みずから尺をもち、工事の現場で大工たちに建築の技を教えてくださったのだ。石工や鍛冶といえば、河原者とおなじく卑しまれたこともあったのに、太子は身分をこえ、先輩として手をとって指導なさった。職人や、聖や、道々の者たちが太子を慕うのは、そのゆえじゃ。船乗りや船頭たちに、風を見、星に方位を知ることを教えられたのもそうじゃ。仏の道とともに、われらに生きるすべを教えてくださったかただからじゃ。異国からやってきた人びととも、親しくまじわられた。」

 この法螺坊の言葉に託して、五木氏は宗教者の理想像を語っているのでないでしょうか。まさに親鸞は、この聖徳太子のような聖人をめざして生きたのだと思います。ちなみに、比叡の山で法螺貝を吹くこの法螺坊という男、明らかにTonyさんがモデルですね!

 最後に、本書は上下二巻となっていますが、やはり晩年の親鸞を描いていないので、消化不良を感じてしまいます。できれば、『1Q84』のようにもう1冊追加してほしいですね。そこで、「聖人」になってからの親鸞の物語を読みたいと思いました。

 それでは、今夜はこれから満開の桜と満月をダブルで愛でる「花見&月見」がありますので、失礼いたします。また、お会いできることを楽しみにしております。オルボワール!

2010年3月30日 一条真也

一条真也ことShinさんへ

 本日、比叡山に登拝しました。雪の比叡山でした。先週末の3月25日(木)に、Shinさんが書いてくれたように、Shinさんや近藤高弘さんら義兄弟3人組で一緒に奈良県奥吉野の天河大弁財天社に行き、翌朝そのまま那須に直行してNPO法人東京自由大学の春合宿に参加したのでした。那須に到着早々、激しい雪の歓迎を受けて心躍りましたが、29日(月)の夜に京都に戻った途端、那須と同様の激しいぼた雪のお迎えで、さらには、今朝起きたら純白の銀世界。比叡山も東山連峰も北山も西山もみな雪景色に覆われていました。

 東山修験道の提唱者であるわたしとしては、こんな美しい雪の比叡山を体験せずにはいられませんよね? というわけで、比叡山に向かったのでした。そして降りてきて、散髪をして、理髪店からの帰りがけ、白い鼻緒の下駄履きでカランコロンと音を立てながら東山に向かって歩いているうちに、山の端が光り輝き、まさに『竹取物語』でかぐや姫が誕生してくるように山の上から光の王妃であるお月様が登ってきたのでした。それはまさしくかぐや姫生誕の瞬間でした。それにしても、あまりに美しい満月! 合掌再拝!

 さて、天河では、近藤高弘さん設計の「世界一美しい穴窯」である「天河火間」を一緒に見ましたね。そして、拝礼。その後、この世界一美しい天河火間をこれからどう活用していくか、そして自分や親しい人の骨壷(特別に「解器(ほどき)」と命名)の制作をどのように進めていくかを、天河大弁財天社の柿坂神酒之祐宮司さんらと話し合ったのでした。夜遅くまで。

久々に揃った義兄弟。左から、鎌田東二、近藤高弘、一条真也。

久々に揃った義兄弟。左から、鎌田東二、近藤高弘、一条真也。天河大弁財天社の前で。右端は柿坂神酒之祐宮司。

天河大弁財天社の前で。右端は柿坂神酒之祐宮司。
 Shinさんは、そういえば、天河の宮司さんに会うのは4回目だったのですね。天河行きは2回目だけど。あれからほぼ20年。お互い年を取りましたが、しかし、それぞれの道でそれぞれのやるべき事をたんたんと実行して、ふたたびこうしてご一緒できるようになったことに感慨無量のものがありました。それも今回は、義兄弟の中の兄弟の近藤高弘さん運転のボルボに乗って行けたのですから。もっとも、途中では、予想外のアクシデントやらに見舞われ、大変と言えば大変でしたがね。

 この3月は少しゆっくりできました。といっても、まずシンガーソングライター・KOWさんとの因縁の対決。10年間、年に1回ずつの対決ライブをしているのですが、本年で5回目の対決ライブを3月5日に知的障害者の方々が中心になって運営しているとても素敵な世田谷区梅が丘駅前のライブハウスcrazy catsで行いました。そして、勝敗の行方は、さてさて・・・・・・?

 本年は、KOWさんに軍配が上がったのでした。これでKOWさん3勝。わたしが2勝。来年は必ずや雪辱を果たすことをここで誓います。とかなんとか。殊勝なことを言っちゃって〜。

 でもね。KOWさんと1年に1回、真剣勝負をすることは、わたしの神道ソングにとてもいい刺激とインパクトを与えてくれています。勝ち負けよりも、その真剣勝負の醍醐味がたまらないのです。そして、とにかく、このライブハウスのお店が落ち着くのです。とてもいい雰囲気で。歌いやすいのです。

 その後、3月11日から15日までインドネシアのバリ島に行きました。宿泊したのは、芸術・芸能の盛んなウブドゥー村のヴィラで、そこから見る明け方の熱帯の森の風景はハレーションを起こしそうなほど、超シュールというか、エキサイティングで、クラクラッとなります。毎年1回ほど、こころの未来研究センターでは生命科学者の大橋力氏の研究グループの協力と導きを得て、癒し空間や伝統文化の比較研究を一つの目的として、バリ島での研修を行っています。そこで、ガムラン音楽のワークショップも行います。

 実は、大橋力氏は、芸能山城組のリーダーでもあって、そこでは、山城祥二を名乗って活動しています。本名が大橋力で、その大橋力氏が支援してきたガムラン音楽集団のヤマサリのワークショップをまる2時間びっちりと8人の研修者とともに受けたのでした。そして、ガムランの鍵盤をひたすら叩いて合奏していた時、16ビートの連音・連鎖の中にちょっとずつトーンがずれた楽器のうなりがかもしだすねじれ・よじれ・ふるえのグルーブの中で、みんなが一瞬トランスするような飛行時間を共有したように思います。そしてその夜、ヤマサリ集団のガムランと舞踊のパフォーマンスを見ました。その1時間の野外ステージでまたまたトランスしていったのですが、凄い集中力と演奏・舞踊でしたね。

 わたしもパフォーマンスをするので、この集中と渦巻くグルーブは大変勉強になりました。あらゆるものを渦巻かせるためには、普段からのしっかりとした稽古が必要です。それがあって初めて、水の渦巻き、風の渦巻き、火の渦巻き、そして、心の渦巻き、体の渦巻き、魂の渦巻きが相互連関するのです。そうして、あらゆる次元と位相の渦巻き状態が共振作用を起こしてスイングするのです。その時、ジョン・レノンの歌った「アクロス・ザ・ユニヴァース」の時が訪れるのです。『般若心経』で最後に唱える「ガテー・ガテー・パーラガテー・パーラサンガテー」、つまり、「往ける者、往ける者、彼岸に往けるモノ」への祝福が実現し、至福の時が訪れるのです。

 バリ島の信仰は日本の信仰ととてもよく似ていると思います。そして、特にウブドゥーと京都は似てますねえ。祭祀、芸能、芸術、ものづくり、そして人付き合いなど。また、ガムランなどの音楽と祇園祭の囃子にも共通するものがあると感じました。

 ムーンサルトレター37信(2008年9月15日付)にも書きましたが、2008年8月末にわたしはこころの未来研究センターの第1回目の研修を体験したのでした。その時のレターにわたしは次のように書いています。


 大橋氏は、「スーパー・ソニック・サウンド・エフェクト」という熱帯雨林やバリ島音楽の持つ「スーパーソニック」のサウンド効果を実証的かつ実践的・表現的に検証してきました。大橋さんは『音と文明——音の環境学ことはじめ』(岩波書店、2003年)を、「物質の世界に必須栄養、例えばビタミンが在るように、情報の世界にも、生きるために欠くことのできない<必須音>が存在する。この真実を告げる初めての書となる星のもとに、小著は誕生した」と書き始め、脳基幹部を活性化する<必須音>の存在とそれがもたらす脳内活性の物理メカニズムの分析とそれを活用した音楽プログラムや創作表現を示していきます。大橋さんは書きます。「ハイパーソニック・エフェクトは、生理的には脳基幹部の活性化を通じて私たちの躰を健やかな状態に導くとともに、感覚感性的には人を快感と美感に包む。この健康で快適な生存の霊薬ともいえるハイパーソニック・エフェクトは、熱帯雨林や伝統的祝祭空間の音環境の中ではたえまなく発生し続けているはずである。/ハイパーソニック・エフェクトを私たちが発見するに当ってその強烈な脳刺戟効果によって決定的な役割を果たしたのは、バリ島のガムラン楽曲の響きだった」(465−466頁)と。大橋氏によれば、東南アジアの熱帯雨林の中ではしばしば60デシベルや90デシベルの自然音量になるが、人間はそこで、ある静寂や落ち着きや安心を感じる。松尾芭蕉の「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」という俳句は、まさにその熱帯雨林的な大音響の静けさに通じるものでしょうね。けれどもその同じ音量が、東京や大阪などの大都会の機械音で発せられると、わたしたちには耐え難い騒音としか聞こえないのです。人間は動物の脳は、自然の発する音響を受け入れることができても、人工音に対してはノイズとしてしか感受できないということです。わたしたちは、可聴域外の低周波や高周波に対しても全身でその音響を感受し、音のマッサージを受けているのです。何十年も横笛や法螺貝や石笛を毎朝吹いてきたわたしはそのことを経験的に感じとり、理解していますが、大橋氏はそれを科学的な証明法と証拠により明確に解明したわけです。


 この「ハイパーソニック・エフェクト」とは、芸能山城組の研究組織である文明科学研究所の説明では、「人間の可聴域上限をこえる超高周波成分を豊かに含み高度に複雑に変化する音が、基幹脳——脳幹・視床・視床下部など、美しさ・快さ・感動を司る報酬系の拠点となるとともに体の恒常性や防御体制を司る自律神経系・免疫系・内分泌系の最高中枢をなす領域——を活性化する現象に基づく複合的な心身賦活反応の総称です。それは、領域脳血流の増大、脳波α波の増強、免疫活性の上昇、ストレス性ホルモンの減少、音のより快く美しい受容の誘起、音をより大きく聴く行動の誘導などに及びます。こうした効果をもつ音——ハイパーソニック・サウンド——は、人類の遺伝子が進化的に形成された熱帯雨林の環境音や邦楽をはじめとする民族音楽の中に見出されています。また驚くべきことに、耳に聴こえない超高周波振動を感受しているのは、耳ではなく体表面であることを明らかにしました」(http://www.bunmeiken.jp/highlight.html 参照)とされます。

 大橋さんたちの研究グループは、トランスする演奏者や演者・舞踊者の脳波測定をしてそこにα波やθ波が発生し、さらに血液中の神経活性物質の濃度分析をしてβエンドルフィンやドーパミンやノルアドレナリンが分泌されていることを突き止めました。このことは、多かれ少なかれ演奏者自身にはとっくの昔に経験的にわかっていたことです。それを、「神懸り」とか「ノッテル」とか、「グルーブ」とかと表現してきたのですが、それが科学的な手法でそのメカニズムを解明したわけですね。

 わたしも以前のレターに書いたように、昨年10月に、東邦大学医学部の有田瑞穂教授の実験室で、自分自身の祭祀・演奏実行時の脳波・脳内血流・セロトニン濃度を測定したので、大橋さんの研究グループの研究内容をより具体的に検討できるようになりました。このあたりのことを、もっと緻密に、比較しながら検証してみたいと考えています。

 わたしは4月3日(土)に京都の古社の平野神社の第9回桜コンサートで、神道ソングライターとして拝殿において奉納ライブを行います。そのプログラムを昨日、次のように書きました。


平野神社第9回桜コンサート 平成22年4月3日(土)神道ソング 鎌田東二

神道ソング:石笛・横笛・法螺貝などを吹き鳴らしながら、須佐之男命(すさのをのみこと)の開いた歌の道を現代に継承しつつ歌いつづける。

曲順
 1. 神楽鈴・石笛(「火雷神」)
 2. 横笛(「心月」)
 3. 法螺貝(「奉来」)
 4. 桜が咲いた
 5. 弁才天讃歌
 6. 神
 7. 神ながらたまちはへませ
 8. 青い船に乗ってゆこう
 9. 時代
10. 龍笛(「産霊」)
11. カマタ・ジャイアンの歌
12. 君の名を呼べば
13. 犬も歩けば棒に当たる
14. フンドシ族ロック+フンドシ黙示録
15. なんまいだー節
16. 銀河鉄道の夜
鎌田東二略歴:1951年徳島県阿南市生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程修了。宗教哲学・民俗学・日本思想史・比較文明学専攻。文学博士。京都大学こころの未来研究センター教授。京都造形芸術大学客員教授。NPO法人東京自由大学理事長。石笛・法螺貝・横笛奏者。フリーランス神主。「神道ソングライター」として、200曲余を作詞作曲。著書に、『翁童論』4部作(新曜社)、『宗教と霊性』『ケルトと日本』『神と仏の出逢う国』(角川選書)、『聖地感覚』(角川学芸出版)、『超訳 古事記』(ミシマ社)、『モノ学の冒険』『平安京のコスモロジー』(編著、創元社)など多数。神道ソングCDとして、『この星の光に魅かれて』、『なんまいだー節』をリリース。


 桜の名所の延喜式内社で二十二社中の一社の社格を誇る平野神社では、毎年、桜のシーズンに桜コンサートを行い、毎日、日替わりでクラシックや邦楽の演奏者が春の宵のトランスの導者となります。さて、桜満開の4月3日当日の夜の奉納ライブ、観客やわが脳内βエンドルフィンやセロトニンが分泌されるか否や、神道ソングライターとしての真剣勝負が行われます。乞う、ご期待! 神ながらたまちはへませ、でござります。

2010年3月30日 鎌田東二拝