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シンとトニーのムーンサルトレター 第189信

 

 

 第189信

鎌田東二ことTonyさんへ

 Tonyさん、お元気ですか? あと1日で、今年も終わりますね。とにかく、新型コロナウイルスの感染拡大という想定外の出来事に尽きる年でした。わたしを含めて、あらゆる人々がすべての「予定」を奪われました。緊急事態宣言という珍しい経験もすることができました。もっとも、コロナとの付き合いはまだ終わってはいません。

 ニューノーマルの時代となっても、わたしたちは、人間の「こころ」を安定させる「かたち」としての儀式、冠婚葬祭を守っていかなければなりません。コロナ禍の中で、わたしは冠婚葬祭業という礼業が社会に必要な仕事であり、時代がどんなに変化しようとも不滅の仕事であることを信じています。

 さて、今月4日、京都でTonyさんにお会いすることができました。わたしの業界の仲間、それも年下の仲間の通夜という悲しい時間の後でしたが、ホテルグランヴィア京都の和食店「浮橋」で2時間にわたって会食させていただきました。今年初めてお会いすることもあり、いろいろと話題は尽きませんでした。上智大学グリーフケア研究所の今後のことを語り合い、わたしの個人的な悩みにも相談に乗っていただきました。まことに「魂の義兄弟」のありがたさを痛感しました。

 その中で、『鬼滅の刃』の話も出ましたね。Tonyさんは、あまりご存知ないようでしたので、不肖わたしがレクチャーさせていただきました。『鬼滅の刃』とは、吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)氏の漫画で、アニメ化・映画化され大ヒットし、もはや社会現象にまでなっています。漫画の第1巻には、「時は大正時代。炭を売る心優しき少年・炭治郎(たんじろう)日常は、家族を鬼に皆殺しにされたことで一変する。唯一生き残ったものの、鬼に変貌した妹・禰豆子(ねずこ)を元に戻すため、また家族を殺した鬼を討つため、炭治郎と禰豆子は旅立つ!! 血風剣戟冒険譚、開幕!!」と書かれています。

 わたしは、鬼滅ブームのことはもちろん知っていましたが、漫画の絵柄もあまり好みではなかったのでスルーしていたのですが、あることがきっかけで興味を持ちました。というのは、わが社が提供している九州朝日放送(KBC)の人気番組「前川清の笑顔まんてん旅好キ」を観ようと日曜日の正午にテレビのスイッチを入れたところ、最初にテレビ西日本(TNC)が映りました。

 すると、そこには猪の仮面を被った男の顔がアップで映し出されていたのです。ちょうど、わたしの自宅の敷地内に百キロ以上の猪が侵入し、庭を荒らされた直後でした。長年育ててきた芝生を台無しにされたショックから、わたしはその日、猪のことを考えていたのです。そこに猪男の映像が目に入ってきたものですから仰天しました。まさに、意味のある偶然の一致としての「シンクロニシティ」です。そして、その番組こそ、アニメ「鬼滅の刃」だったのです。

 その後、ネットフリックスに加入し、全二十六話を鑑賞。「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」も観ました。さらに、原作コミックス既刊二十二巻を一気読みした次第です。

 本当は、「鬼滅の刃」のように、あまりにも流行になったものはスルーしたいと思っていました。しかし、インサイト代表の桶谷功氏が「このようにブームを巻き起こしているものがあったら、たとえ自分の趣味ではなかろうが、軽薄なはやりもの好きと思われようが、必ず一度は見ておくべきです。社会現象にまでなるものには、どこか優れたものがあるし、『時代の気分』に応えている何かがある。それが何なのかを考えるための練習材料に最適なのです」と述べているのを知り、わたしは「その通りだな」と思ったのです。

 実際に体験すると、「社会現象にまでなるものには、どこか優れたものがあるし、『時代の気分』に応えている何かがある」というのは大当たりでした。

 まず、この物語のテーマは、わが社が追求している「グリーフケア」ではないですか!

 鬼というのは人を殺す存在であり、悲嘆(グリーフ)の源です。そもそも冒頭から、主人公の竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)が家族を鬼に惨殺されるという巨大なグリーフから物語が始まります。また、大切な人を鬼によって亡き者にされる「愛する人を亡くした人」が次から次に登場します。それを鬼殺隊に入って鬼狩りをする人々は、復讐という(負の)グリーフケアを行います。しかし、鬼狩りなどできない人々がほとんどであり、彼らに対して炭治郎は「失っても、失っても、生きていくしかない」と言うのでした。強引のようではあっても、これこそグリーフケアの言葉ではないでしょうか。

 炭治郎は、心根の優しい青年です。鬼狩りになったのも、鬼にされた妹の禰豆子を人間に戻す方法を鬼から聞き出すためであり、もともと「利他」の精神に溢れています。その優しさゆえに、炭治郎は鬼の犠牲者たちを埋葬し続けます。無教育ゆえに字も知らず、埋葬も知らない伊之助が「生き物の死骸なんか埋めて、なにが楽しいんだ?」と質問しますが、炭治郎は「供養」という行為の大切さを説くのでした。

 さらに、炭治郎は人間だけでなく、自らが倒した鬼に対しても「成仏してください」と祈ります。まるで、「敵も味方も、死ねば等しく供養すべき」という怨親平等の思想のようです。『鬼滅の刃』には、「日本一慈しい鬼退治」とのキャッチコピーがついており、さまざまなケアの姿も見られます。鬼も哀しい存在なのです。人を殺す鬼は「死」のメタファーですが、最近で言うなら、「コロナ」も同じです。禰豆子を連れ歩く炭治郎は、「鬼と共生する人間」であり、これは「ウィズ・コロナ」そのものではないでしょうか。

 「鬼滅の刃」という物語は基本的には戦の話です。一方に、鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)をリーダーとして、「上弦」たちがトップを占める「鬼」のグループ。他方に、「お館様」こと産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)をリーダーとして、「柱」たちがトップを占める「鬼殺隊」のグループ。この両グループが死闘を繰り広げる組織vs組織の戦争物語です。マネジメントやリーダーシップの観点からも興味深いです。

 恐怖心で鬼たちを支配する鬼舞辻無惨はハートレス・リーダーであり、鬼殺隊の剣士たちを心から信頼し、かつリスペクトする産屋敷耀哉はハートフル・リーダーです。両陣営の闘いは「ブラック企業vsホワイト企業」と言ってもいいでしょう。ホワイト企業には志や使命感があることも確認できました。そして、わがサンレーの行き方が間違っていないことも確認できたのでした。

 わたしは『鬼滅の刃』のコミックス、アニメ、劇場版についての感想を記したブログ記事を書いたのですが、それぞれに大量のアクセスがありました。たとえば、劇場版のブログは映画公開から1ヵ月以上も経ってからUPしたにもかかわらず、UP当日にはグーグル検索の全2000万件以上の中で3位に入りました。その後、なんと1位になり、自分でも大変驚きました。なにしろ、日本の映画史上でも最もヒットし(歴代興行収入1位)、最もレビューを書かれた作品です。いかに多くの方々が、わたしの鬼滅論に興味を抱いて下さったかを知りました。

 その後、わたしのブログを読まれた出版社の方から連絡があり、わたしは『鬼滅の刃』の本を書くことになりました。版元はなんと年内の入稿を希望していました。あまりにもスケジュールがタイトです。「まあ今年は忘年会ラッシュから解放されるから、師走に執筆の時間も取れるだろう」と前向きに考えて引き受けました。「オレはやれる! 絶対にやれる! 俺はやれる男だ!」「がんばれ! 人は心が原動力だから」という炭治郎の言葉を我がこととして、頑張りました。結果、わたしは20日間で本を書き上げ、今月28日には入稿することができました。やろうと思えば、やれるものですね。著書は『「鬼滅の刃」に学ぶ〜なぜ、コロナ禍の中で大ヒットしたのか』(現代書林)です。新年早々に刊行されますが、もちろんTonyさんにも寄贈させていただきます。ご笑読のうえ、ご批判下されば幸いです。

近刊『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)

近刊『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)全集中の呼吸で執筆!(炭治郎コスプレ)

全集中の呼吸で執筆!(炭治郎コスプレ)
 その『「鬼滅の刃」に学ぶ』を入稿した28日、わが社の最新施設が福岡市博多区浦田1丁目にオープンしました。サンレーグループ目、福岡県で46番目、全国で88番目(いずれも完成分)のセレモニーホール(コミュニティホール)です。主催者挨拶です。鬼滅マスクを着けたわたしは、それを外して次のように挨拶しました。

 本日、このように立派な施設を建設できて、本当に嬉しく思います。関係者のみなさまに心より感謝いたします。これで、会員様に満足のゆくサービスを提供することができます。ぜひ、新施設で最高の心のサービスを提供させていただき、この地の方々が心ゆたかな人生を送り、人生を卒業されるお手伝いをさせていただきたいと願っています。

 それから、「天下布礼」について語りました。かつて織田信長は、武力によって天下を制圧するという「天下布武」の旗を掲げました。しかし、わたしたちは「天下布礼」です。武力で天下を制圧するのではなく、「人間尊重」思想で世の中を良くしたいのです。わが社の小ミッションは「冠婚葬祭を通じて良い人間関係づくりのお手伝いをする」。冠婚葬祭ほど、人間関係を良くするものはありません。コロナ禍にあっても、それは変わりません。

完成した浦田紫雲閣の前で

完成した浦田紫雲閣の前で竣工式後の主催者挨拶

竣工式後の主催者挨拶
 そして、わたしたちの理想はさらに大ミッションである「人間尊重」へと向かいます。太陽の光が万物に降り注ぐごとく、この世のすべての人々を尊重すること、それが「礼」の究極の精神です北九州の小倉の地で生まれた「天下布礼」の器である紫雲閣がついに九州の中心地である博多の地に完成しました。まことに感無量であります。ここで、わたしは、万感の想いで「小倉より はじまる 礼の世直しは コロナを超えて 博多に至り」という道歌を披露いたしました。

 そして、29日は、サンレー本社の御用納めでした。

 15時から、「年越しの大祓式」が執り行われました。例年はサンレー本社の4階なのですが、今年は小倉紫雲閣の大ホールです。わが社は「礼の社」=「セレモニー・カンパニー」なので、節目の儀式は必ず行います。皇産霊神社の瀬津神職が、この1年の厄を祓ってくれました。最初に佐久間進会長、続いて社長のわたしが玉串奉奠しました。わたしは、このコロナ禍に揺れた1年間、何事もなく会社と社員が無事であったことに心からの感謝の念を込めて、深々と拝礼しました。そこにいた全社員も一緒に二礼二拍一礼しました。

年越しの大祓式のようす

年越しの大祓式のようす前代未聞の年を振り返る

前代未聞の年を振り返る
 神事の後は、わたしが今年最後の社長挨拶をしました。わたしは、冒頭に「サンレーは儀式に始まり、儀式に終わる!」と言いました。それから、みなさんの1年の労をねぎらいました。「新型コロナウィルスの感染拡大は冠婚葬祭業界にとってはまさに業難でした。この試練の1年を耐え抜き、闘い抜き、わが社はなんとか黒字で今年を終えられそうです。本当に、ありがたいことです。みなさんのおかげです。心より感謝を申し上げます。みなさん、この前代未聞の年を生き抜いたことに誇りを持って下さい!」と言いました。

 ということで、Tonyさん、今年もお世話になりました。今年は、『満月交心』(現代書林)も出すことができて、良かったです。来年も、よろしくお願いいたします。大晦日から元旦にかけて大雪になりそうですが、どうぞ、良いお年をお迎え下さい。

2020年12月30日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 Shinさん、本年最後のムーンサルトレターをお送りいただき、まことにありがとうございます。Shinさんが20年社長を務めてきたサンレーが、このコロナ禍の中でも赤字に陥らず、黒字を維持できたことに心より敬意を表します。大企業を含め、ほとんどの企業やお店などが赤字となり、苦境に苦しんでいる中、何とか黒字でこの1年を切り抜けられたということは凄いことだと思います。会長、社長を始めとして、社員のみなさまの普段からの心がけと日々の研鑽努力の賜物と思います。

 また、そのような会社経営の苦労の中にあって、新著『「鬼滅の刃」に学ぶ〜なぜ、コロナ禍の中で大ヒットしたのか』(現代書林)を20日間で書き上げたというのですから、『鬼滅の刃』に学んだ「不滅の刃=不滅のペン」の力ですね。素晴らしい! どこからでも、何からでも学ぶことのできるその不滅の無尽蔵の学習力!

 「全集中の呼吸」で書き上げたのですか〜! 大したものです。お見事です。敬服脱帽です。

 わたしの方はと言えば、漫画の1冊も読んでおらず、TVの1本も見ておらず、もちろん劇場版映画も見ておらず、世の流行からは完全に脱落している日々を過ごしています。昨日は、比叡山に登拝しましたが、これが672回目(東山修験道672)となりました。もちろん、山頂付近でバク転3回をしましたが、「全集中のバク転」のつもりでやっていることは事実です。69歳の前期高齢者がやるにはハイリスクなことなので、このことを知るすべての人から危ないから止めなさいと止められます。心配してくださっていることは重々承知していますが、しかし、それでも地球は回っているではありませんが、バク転は回っていると身を投ぜずにはいられないのです。これはわたしにとって、真剣なる儀式ですので。その意味では、「全集中の呼吸」と同様です。

 Shinさんの神速筆記にはとても及びませんが、この秋には『ケアの時代 負の感情との付き合い方』(淡交社、2021年1月末刊)を書き上げました。これは、わたしにとっては、コロナ禍の中で何ができるかを挑戦したものです。まもなく出来上がりますので、ぜひお読みください。本年は、その他にも、単著・共著・監修などを含め、5冊の本を出したり、東山修験道〜比叡山のyou tube化し、絵本台本の創作などを試みてその一つを「ココ」と題してyou tube化しました。

 もう1冊、今編集している本があります。Shinさんの『唯葬論』を文庫で出したサンガから、これまで、『身心変容技法シリーズ第1巻 身心変容の科学〜瞑想の科学』(サンガ、2017年10月刊)と『身心変容技法シリーズ第2巻 身心変容のワザ〜技法と伝承』(サンガ、2018年2月刊)を出してきました。

 どちらも2段組みで470頁を超える大著ですが、その分値段も高く売れ行きも芳しくないので、当初は全6巻をシリーズで出す予定だったのが、2巻でストップしていました。何とか、その続編をあと1冊だけでも出したいと出版社にはたらきかけつづけ、コロナ禍の中、「身心変容技法オンラインセミナー」を開催して、その勢いで何とか『身心変容技法シリーズ第3巻 医療と身心変容技法』(サンガ、2021年2月末刊)を最終巻として出すところまでようやっとこぎつけました。

 ここまで来るのにはたいへん苦労しましたが、しかし、苦労しがいがありました。全6巻が全3巻に縮小されるのは残念ではありますが、現今の出版状況の中で、できるかぎりの努力をしてここに至りました。それが、何と2段組み600頁の大冊なのですが、中身はおもろく、バラエティーに富み、ヒント満載の1冊であると自信を持って言えます。

 そんな著述や編集の過程で、最近、『荘子』を読み直したり、ユダヤ教の神学者のA・J・ヘッシェルの本を読んだりしていて、改めの荘子にもヘッシェルにも徹底した「逆説」の風を感じ、思想や思考のスリリングな醍醐味を感じていました。この二人に共通するのは、言葉で表現できない何ものかについての繊細至極の探知力と、しかしながら、そのありさまを浮かび上がらせる粘り強く洞察の深い言語表現の逆説性です。

 荘子は、忘れることこそ大覚の道だと言い放ちます。坐忘即大覚と。ヘッシェルは、人間が幸せを求めるのではない、幸せが人間を求めるのだ、同様に、人間が神を求めるのではない、神の方が人間を求めるのだ、と言い放ちます。

 ヘッシェルは、『人間を探し求める神』(森泉弘次訳、教文館、1998年)の中でこう述べています。「神が人間を追いかけている。これこそ聖書的信仰の神秘的逆説である」(173頁)と。また、『人は独りではない——ユダヤ教宗教哲学の試み』(森泉弘次訳、教文館、1998年)の中では、次のように記しています。

<われわれの神意識は沈黙の統辞法(シンタックス)である。そこでわれわれの魂は神的存在と交わり、われわれの内なる言い表せぬものはわれわれを超えた言い表せぬものと深く交わる。それは長い歳月の残光のようなもので、その光りのなかで魂と空とはともに沈黙を守っている。それはまた神的存在の満ちあふれて衰えることのけっしてない現臨の確かさがつもりつもった結果である。われわれのなすべきことは、洞察を洞察のままにし、魂が神の永遠のせりふのつまった台本のなかの一つの幕あいであるという深い自己確信に耳を傾けることに尽きる。
 偉大な洞察はわれわれが此処から彼方を熟考したり推定したりしているときに達成されるようなものではない。言い表せぬものの領域においては神は論理的仮定から導出された仮説ではない。光明のように自明な直接的洞察そのものである。神は人間が理性の光によって闇のなかにそのありかを探すべき方ではない。言い表わしえぬものに直面したとき現われる神は光明である。究極的意識が到来するときそれは閃光のように一挙に到来する。(中略)
 そういうわけで神意識は、臆病から知的無謀へ、当て推量や躊躇から確信へと段階的に到来するものではない。それは懐疑の十字路で辿りつく決断ではない。道に迷って荒野をさまよううち突如不動の北極星を目撃するときそれはやってくる。果てしない不安から、否定と絶望から、魂は言葉にならぬ叫び声を上げはじめる。>(80頁)

 理性に対する非知としての霊性。言語に対する非言語としての沈黙。すべてを理知で捉えることができるという世界の中に立ち上がる根源的で絶対的な割れ目。飛び越えることができぬかと思われるような深遠。主体が反転する境い目。

 ヘッシェルは、「根源的懐疑からはじまる哲学は根源的絶望に終わる」(21頁)とも述べ、「根源的懐疑」ではなく「根源的驚異」ことが問題と探究の発端にあるものだと言います。わたしはこのヘッシェルの指摘に完全に同意します。そして、この「根源的驚異」は「畏敬」を生み出します。

<畏敬は神秘の現臨に対する人間の応答の一つである。(中略)畏敬の感情のうちにあるときわれわれの唇は語ることを要求しない。>(32頁)

 つまり、沈黙に沈潜するということになります。神との出会いや合一に向かう真の神秘主義が生まれるのはこのような場面においてでしょう。

 ヘッシェルのような一神教倫理の筋金が入った逆説に対し、荘子のそれはずいぶん諧謔に充ちた道化的でトリッキーなものに見えます。が、その過激さにおいて人後に落ちない気魄に満ちています。

<夫れ大道は称あらず、大弁は言わず、大仁は仁ならず、大廉(だいれん)は(けん)ならず、大勇は(そこな)わず。道は昭らかなれば、而ち道ならず。言は弁ずれば、而ち及ばず。仁は常なれば、而ち成らず。廉は清ければ、而ち信ならず。勇はえば、而ち成らず。>(『荘子』斉物論篇18)

 つまり、「大道」には「称」、すなわち名づけるべき言葉がないということ。また、真の弁舌、すなわち「大弁」というものは、言葉を発することのない無言であり沈黙であるということ。そして、まことに仁、すなわち「大仁」というものは、ちまちました仁などというものを露わにするようなものではないということ。このように孔子的な「正名」や「仁義」を飛び越えていきます。

 要するに、究極的な事態は逆説的にしか言い表わすことができないということです。このような至高の逆説性において、荘子とヘッシェルは共通しています。『ケアの時代 負の感情との付き合い方』の中で、そのような逆説の意味と力を、ニコラウス・クザーヌスの「反対の一致」(coincidentia oppsitorumu)などと併せて考えてみたので、ぜひご一考ください。

 Shinさんは生来孔子に惹かれてきたと言われていますが、中国哲学ではわたしはもっぱら老子や荘子に魅かれてきました。わたしが國學院大學で学んでいた学部学生のころ、何人かの老名物教授がいて、その内の一人が中国哲学者の山田統(すめる)教授でした。わたしはその山田教授から老子と荘子を2年間学びました。山田教授は、長野県岡谷市長地(おさち)が本籍の、1907年生まれ、諏訪中学、学習院高等部、東京帝国大学文学部中国哲学科と進んだ筋金入りの反骨精神の塊のような中国哲学者です。

 『老子』(角川新書、1957年)、『山田統著作集』(全4巻、明治書院、1982年)などの著作がありますが、30代の若い頃、「日本学研究所」の研究員をしていて、
1,因田形而上学
2,形字上学
3,形子上学
という主張をしていたそうです。

 「因田形而上学」とは、「因」と「田」の字に大変重要な意義が含まれていて、この二文字こそ古代説話や思想の原点だという捉え方です。そして、「儒の学」すなわち「而の学」は、その「謎解きの学」で、それが「形而上学」だというのです。また、「形子上学」は、「1絵事=会事」と「2操術」の二種とし、孔子も孟子も老子も戦国時代の諸子はみな実在の人物ではないと述べていたようです。

 「因田形而上学」の事例として、『山田統著作集』第1巻11頁には次のように説明されています。
<因を「烏號之弓」と称することについて。
因——天子(因字は天子と分解することができる)—帝—啻—啼—啼鴉—烏號之弓
因を「馬」と称することについて。
因——噺—馬
『春秋』は、因字を基調とした説話を集めたもの。またその説話に系統を賦与したもの。>

 何を言っているのか、わたしにもよくはわかりませんが、この頃、山田統教授は、孔子や老子や荘子が生きていた戦国時代の学問はみな「謎解き」の学問だと考えていたとのことです。『論語』や『老子』もみな実在記録ではなく神話・物語で、それを読み解かねばならないという考えだったと。

 この「烏號の弓」は、中島敦の短編小説『名人伝』の中に出てきます。『名人伝』の中の一節に、<二月(ふたつき)の後、たまたま家に帰って妻といさかい(・・・・)をした紀昌がこれを威(おど)そうとて烏號(うごう)の弓に(き)衛(えい)の矢をつがえきりり(・・・)と引絞(ひきしぼ)って妻の目を射た。>とありますが、「烏號の弓に衛の矢」の「烏號の弓」とは、烏が飛ぼうとしても飛べないくらいにしなやかにしなる木でつくられた弓のことで、「衛の矢」は衛という有名な矢の産地でつくられた矢のことです。ともに、大変優れた名弓と名矢ということになります。その「烏號の弓」が「天」と「因」の隠喩であるという解釈なのでしょうか? いずれにせよ、とても不可解で難解すが、たいへんおもしろい解釈をしていると思いました。

 もちろん、20歳そこそこの学生だったわたしは、山田統教授がそんな説を考えていたとかということは露知らず、また彼に『老子』の著書があるということもまったく調べもしないで、ただ授業を受けていただけですが、しかし、その山田教授の風貌と煙に巻いたような老子や荘子のパラドクシカルな言説が一緒になって、老壮思想の魔力に惹き込まれたことは事実です。

 この1ヶ月、オンライン授業やオンラインセミナーやオンライン世阿弥研究会などをしながら、比叡山を上り下りし、その途次、老子や荘子やヘッシェルの思想の現今のコロナ禍の中での奇妙にリアルな肌触りが何であるのかを探っていました。それは、コロナが人類史的な逆説をメッセージとして発している「烏號の弓」であり、「衛の矢」なのではないかとも考えていたからです。『鬼滅の刃』から学んでいたShinさんに対して、わたしは老荘思想やヘッシェル神学や「烏號の弓」から、今ここのこの事態に学ぶべきものがあると思っています。それは、「無用の用」とか、「玄」とか、「妙」とか、「道」とか、「無為自然」という事態でもあります。

 新型コロナウイルスによる感染症のパンデミックの中で、「鬼滅の刃」と「烏號の弓」と「衛の矢」で、新たな天の岩戸開きができるかどうか、しばらく事態を見守り、探りたいと思います。12月30日深夜の今、京都には雪が降り積もりました。よいお年をお迎えください。

 2020年12月30日 鎌田東二拝

 さて、朗報追伸です。
 今日(12月31日)と正月3ヶ日限定で、大重潤一郎監督のデビュー作「黒神」(1970年製作)を観ることができます。ぜひこの年末年始に観てみてください。その後、動画共有サイト「Vimeo」で、著作権の問題をクリアーした大重さんの代表作「光りの島」「風の島」「久高オデッセイ」三部作などを随時有料配信していきます。

 「黒神」はちょうど50年前の1970年に作られた独特の劇映画ですが、半世紀経ち、コロナ禍で多くの人びとが苦しむ今こそ、観てもらいたい作品です。ぜひ多くの方々にお知らせください。

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大重潤一郎監督のデビュー作「黒神」をお正月の三が日限定で動画共有サイト「Vimeo」にて無料配信します。

大重潤一郎監督作品
1970年制作のデビュー作・上映時間70分
黒神DVD画質
https://vimeo.com/495075376

あらすじ
鹿児島の桜島の黒神部落!いくたびかの噴火で、溶岩流に呑み込まれたところー。
島田力雄一家は、ここに生きている。厳し過ぎる自然環境に立ち向うには、ただひたすら労働しかない。力雄と、妻よし子は、炎天下、密林のような未開懇地に挑み、敷き草で腐植土をつくり、果樹を栽培し、暗い海に出て漁をする。
お婆さんののぶは、朝早くから、軽石で埋まった蔬菜畑を耕す。文字通り汗とほこりにまみれた毎日である。労苦を知らぬ子供たち、一雄ユキエは、そのような中にあって明るく伸びやかに育っている。ときに彼らの心は、重く厳しい自然を美しい詩に変えさえする。盆踊り、焼酎片手に踊り狂うこのときは、普段の辛い労働を忘れ、村人は皆、祭りに酔う。桜岳を前にした広い溶岩原に、一群の人間が雄叫びをあげる。
いっときの解放のあとには、再び自然と対峙する苦しみの日常がはじまる。
炎天にうずくまるのぶ、未開懇地で傷を負う力雄、獲物少ない漁、襲いかかる台風、人間の非カー。しかし一家の誰もがそれぞれにつよい。
島田一家の短時日の生活が、淡々と述べられる中から、人間のもつ本来の眼差しが、あなたに向けられ、彼らはあなたの心と語りあう。

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今後は、大重潤一郎さんの一人息子で『久高オデッセイ第一部 結(ゆい)章』(2006年)の助監督を務めた大重生さんが、大重潤一郎監督作品を「Vimeo」で徐々に有料配信していく予定です。
Facebook、TwitterなどでSNSでご知友にお伝えいただけると幸いです。
よいお年をお迎えください。
参考URL
沖縄映像文化研究所ホームページ
https://www.kudakaodyssey.com/%E5%A4%A7%E9%87%8D%E6%BD%A4%E4%B8%80%E9%83%8E/
沖縄映像文化研究所Facebook
https://www.facebook.com/okieikenooshige/

12月31日 追記