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シンとトニーのムーンサルトレター 第112信

第112信

鎌田東二ことTonyさんへ

 Tonyさん、その後、目のお具合はいかがですか? くれぐれも無理はされないで下さい。でも、緊急手術も成功し、網膜剥離が治って良かったですね。今夜の満月もよく見えますか。今夜は皆既月食ですが、京都から見えますか? 小倉からはよく見えました。じつは、本日10月8日はわたしの九州国際大学の客員教授としての初の講義が行われました。九国大デビューを果たした後に見る満月は格別でありました。また昨夜は、北九州八幡西区のサンレーグランドホテルで「隣人祭り・秋の観月会」を開催し、恒例の「月への送魂」を行いました。

九州国際大学で初の講義を行いました

九州国際大学で初の講義を行いました昨夜の「隣人祭り〜秋の観月会」で

昨夜の「隣人祭り〜秋の観月会」で
松柏園ホテルから見た皆既月食

松柏園ホテルから見た皆既月食皆既月食の後には見事な満月が・・・

皆既月食の後には見事な満月が・・・
 さて、一昨日も台風18号の猛威が日本列島を襲いましたが、このところ自然の脅威を感じることが多いですね。特にショッキングだったのは、長野・岐阜両県にまたがる御嶽山が噴火し、8日現在でじつに55人の方々が亡くなられたことです。心より御冥福をお祈りいたします。今回の噴火は、火山活動としては戦後最多の犠牲者を出すという最悪の惨事になりました。これまでは、火山活動による犠牲者が戦後最も多かったのは、1991年6月の長崎県雲仙・普賢岳の噴火でした。火砕流で43人が犠牲(行方不明を含む)になりましたが、今回の御嶽山噴火での死者はこれを上回ったのです。

 雲仙・普賢岳といえば、先日、サンレー本社の社員旅行で訪れました。1792年5月21日(寛政4年旧暦4月1日)に雲仙岳眉山で発生した山体崩壊とこれによる津波災害は、有史以来日本最大の火山災害となりました。「島原大変肥後迷惑」と呼ばれ、肥前国と肥後国合わせて死者、行方不明者1万5000人の甚大な被害を出したのです。

 御嶽山の噴火を受け、下村博文・文部科学大臣は文科省の科学技術・学術審議会地震火山部会で、火山研究の強化を明らかにしました。わたしたち日本人は、火山列島に生きています。少し前に、『火山列島の思想』益田勝実著(ちくま学芸文庫)という本を読みました。国文学者である著者は、説話研究や民俗学の視点を導入した研究で知られ、日本人の精神的古層を明らかにしました。この本は「日本人の心の原像とは何か?」「われわれの祖先たちはいかなる意識をもってこの火山列島に生き、またそれはどのようにわれわれの心に刻みこまれているのだろうか?」という問題を追及しています。

 この『火山列島の思想』こそは、Tonyさんの愛読書ですよね。2012年9月23日の「朝日新聞」朝刊において、「古事記1300年 鎌田東二さんが選ぶ本」として、同書が紹介されています。同年は『古事記』編纂1300年、『方丈記』著述800年、法然没後800年、親鸞没後750年という節目の年に当たり、Tonyさんいわく「日本の宗教や文化の総括と未来につなぐ力と知恵が問われている年」でした。

 日本「古典」として第一に挙げられる古事記は、本居宣長の『古事記伝』以来、じつに多様な研究書が刊行されてきましたが、Tonyさんは改めて取り上げてみたい研究書として本書の名を挙げ、次のように述べています。

 「この本を手にした学生の時、ワクワクした。『火山列島』のこの国にどのような『思想』が展開していったのか。『原始の日本人の呪術的想像力』を、古事記の創世神話や出雲神話や英雄伝説の内側に潜行して、その『呪術的想像力』のイメージと論理をたぐりよせる力ワザに目を瞠(みは)った。とりわけ、本のメーンタイトルともなった論考は、『日本的固有神の性格』という副題で、『オオナモチ』と呼ばれた『大国主神(おおくにぬしのかみ)』を、『大穴持の神として、この火山列島の各処に、時を異にして出現するであろう神々の共有名』で『火山の国に固有の神』と見てとるが、『3・11』後の日本社会の中での古事記や日本の神の問題を考える際、避けて通ることのできない視点であろう」

 『火山列島の思想』には、さまざまな論考が収められていますが、書名にもなっている「火山列島の思想 ——日本的固有神の性格——」の冒頭には、以下のように書かれています。「日本の神々がどこから来たかは、日本人がどこから来たかの問題である。そういう比較神話学的な問題の立て方に対して、わたしは片手落ちのようなものを感じている。同時に、この日本でしか生まれなかった神々、この列島生えぬきの神々のことも重視すべきではないか」

 また、Tonyさんに大きな影響を与えたという「火山神オオナモチ」の論考は、以下のように述べられています。

 「結局、火山神は、山容の神格化オオナモチから、噴火の神格化ヒの男神、ヒの女神、さらにその神の火への懼れ心から把握する神の姿オオモノイミへの、広い幅の中で仰がれ敬われていたわけである。火山神を重要視しなければならないのは、単に日本が火山列島であるからだけではない。神の不常在性、祭る者の忌みを重視しすぎて、神の客体化が弱い点など、信仰に現われた民族性が、火山神に集約してみられるからである。逆に言えば、火山神の少しもかかわり合わないところで、そういう民族性ができていったとは、どうしても考えにくいのである」

 さて、火山といえば噴火の脅威ばかりが思い浮かびますが、じつは温泉という恵みも日本人に与えてくれました。わたしは、会社や業界団体の旅行などで、年中、日本中の温泉を訪れ、湯に浸かっています。じつは、このたびの御嶽山噴火のニュースも、熊本県の玉名温泉で知りました。わたしは大の温泉好きで、温泉に来ると、必ず3回は湯に浸かります。湯に身を浸すと、心身ともにリラックスできます。温泉の良いところは、もちろんその効能もありますが、みんな裸になって入るところです。社長も新入社員も文字通り「裸になって」、フランクに会話ができます。温泉の大浴場ほど、自由な場所はありません。
 日本には数多くの温泉があります。各地の温泉めぐりを趣味にした高齢者がたくさんいます。温泉めぐりのサークルもあるそうです。

 一般に、高齢者は体と心に好影響を与える風呂が好きですね。考えてみれば、「初湯」にはじまり「湯灌」に終わる。人の一生は湯とともにあります。噴火の脅威、温泉の恵み、その両方を与える両義的な火山とは、日本人にとって神そのものかもしれません。わたしたちは、火山列島に生きているのです。

雲仙普賢岳の噴火被害跡で

雲仙普賢岳の噴火被害跡でニューヨークのグラウンドゼロで

ニューヨークのグラウンドゼロで
 話は変わりますが、先月、ニューヨークに行ってきました。わたしが会長を務める全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の米国冠婚葬祭事情視察ツアーに参加したのです。ニューヨークを訪れたのは、本当に久しぶりです。というか、アメリカ本国そのものに15年以上来ていませんでした。もちろん、2001年9月11日の「米国同時多発テロ」以降も来ていません。学生時代やプランナー時代は毎年のようにニューヨークに来ていましたが、ずいぶん御無沙汰していました。バスの窓から見る光景も、なんだか新鮮でした。わたしたちは訪米初日にマンハッタンの各所を回りましたが、個人的に「グラウンド・ゼロ」が最も強く印象に残りました。

 現在、世界貿易センターの跡地には「9・11メモリアル」のモニュメント、そしてフリーダムタワー(Freedom Tower)が建っています。フリーダムタワーは2009年に「ワールド・トレード・センター・コンプレックス」と名称変更され、2014年の終わり頃に完成予定です。完成後、フリーダムタワーを訪れて、中に入ってみたいです。日本人にはあまり知られていませんが、9・11以降じつに半年にわたってニューヨークの人々は悪臭に苦しめられたそうです。雨が降ると、街中にプラスチックの焼ける臭いが立ち込めました。グラウンド・ゼロの地下では、ずっと火が消えておらず、くすぶり続ける大量の瓦礫が山のように積み重なっていました。雨が降ると、それらが自然鎮火されてプラスチックを焼いたような悪臭が漂ったのです。ダウンタウン一帯が悪臭に包まれ、30分もすると頭が痛くなってきたとか。そんな話、わたしは初めて知りました。そんな歴史を持つ場所に新しい風景が生まれていました。

 わたしはグランウンド・ゼロで犠牲者の冥福を祈って合掌し、心からの祈りを捧げました。帰り道、犠牲者のための寄付を募っていました。わたしが貧者の一灯を募金箱に入れると、「9/11 MEMORIAL」と書かれた白いリストバンドを貰いました。大切にします。この日の夜、ホテルに戻ったわたしは、「新世紀 開けて間もなき悲しみを われら忘れじ ゼロは永遠」という歌を詠みました。2753人の犠牲者の御冥福を心より祈りつつ・・・・・・

 最後に、わたしの新刊『決定版 終活入門』(実業之日本社)が上梓されました。いま、世の中は大変な「終活ブーム」です。
 多数の犠牲者を出した東日本大震災の後、老若男女を問わず、「生が永遠ではないこと」そして必ず訪れる「人生の終焉」というものを考える機会が増えたことが原因とされます。多くの高齢者の方々が、生前から葬儀や墓の準備をされています。

 また、「終活」をテーマにしたセミナーやシンポジウムも花ざかりで、わたしも何度も出演させていただきました。さらに、さまざまな雑誌が「終活」を特集しています。ついには日本初の終活専門誌まで発刊され、多くの読者を得ています。

 その一方で、「終活なんておやめなさい」といった否定的な見方も出てきています。
 このようなブームの中で、気になることもあります。「終活」という言葉に違和感を抱いている方が多いことです。特に「終」の字が気に入らないという方に何人もお会いしました。

 もともと「終活」という言葉は就職活動を意味する「就活」をもじったもので、「終末活動」の略語だとされています。ならば、わたしも「終末」という言葉には違和感を覚えてしまいます。死は終わりなどではなく、「命には続きがある」と信じているからです。そこで、わたしは「終末」の代わりに「修生」、「終活」の代わりに「修活」という言葉を提案しました。「修生」とは文字通り、「人生を修める」という意味です。

 老いない人間、死なない人間はいません。死とは、人生を卒業することであり、葬儀とは「人生の卒業式」にほかなりません。考えてみれば、「就活」も「婚活」も広い意味での「修活」ではないでしょうか。学生時代の自分を修めることが就活であり、独身時代の自分を修めることが婚活なのです。そして、人生の集大成としての「修生活動」があります。

 人生を卒業するという運命を粛々と受け容れ、老い支度、死に支度をして自らの人生を修める。この覚悟が人生をアートのように美しくするのではないでしょうか。 すべての美しい日本人のために、わたしは『決定版 終活入門』を書きました。 この本を読まれた方が、その方らしく人生を修められることを願ってやみません。 誠に不遜ですが、Tonyさんにも送らせていただきました。ご笑読の上、ご批判下されば幸いです。

決定版 終活入門

決定版 終活入門
 また、Tonyさんが編者になられた講座スピリチュアル学の第1巻『スピリチュアルケア』を贈呈いただき、ありがとうございました。こうやって、お互いの著書を送り合えるというのは、本当に幸福な関係だと思います。どうぞ、今後とも、御指導下さい。それでは、次の満月まで。オルボワール!

2014年10月7日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 Shinさん、昨日は全国で皆既月食が見られ、少し心を鎮めることができました。御嶽山の噴火を含め、台風18号の被害など、地震列島・火山列島・台風列島の大被害は続いています。今後もこのような「自然現象」が止むことはないでしょう。それどころか、もっともっと活発になり、人間的な目から見れば「被害」が累積されるでしょう。

 わたしは、時代が「平成」になった時点で、そのことを予感し、「乱世」に突入したと言い触らし始めました。「人間尊重」を掲げるShinさんにいつも抵抗して異論を唱えてきたのは、ただ一点、「人間尊重」の前に「自然畏怖」「自然畏敬」「自然尊敬」がある、ということでした。優先順位が「人間尊重」よりも「自然畏怖」の方が高いのです。それがわたしの偽らざる生存感覚です。「人間中心主義」の間違いが根っこにあるとわたしはずっと思ってきましたので、「人間尊重」という言葉には慎重です。それが、「自然畏怖」を基本に据えた「人間尊重」であるならばまだしも、「自然への畏怖畏敬尊敬」なしの「人間尊重」であれば、非常に傲慢で始末に負えない「人間中心主義」になると考えているからです。

 御嶽山の噴火も、そのことをいっそう切実に感じさせ、考えさせる「自然現象」でした。たぶん、わたしが学生時分に一番影響を受けた歴史上の人物は、弘法大師空海とドイツの神秘哲学者ヤーコプ・ベーメでしたが、もっとも衝撃を受けた学術的著作は、当時法政大学教授の書いた『火山列島の思想』(筑摩書房、1968年)でした。その時の衝撃は、Shinさんが引用しながら書いてくれた通りでした。

 わたしは、『古事記』の中でも、「国つ神」と呼ばれる神々の系譜に関心と共感を持っておりました。ザックリ言えば、ネイティブ・先住民の思想に関心と共感があったということです。『古事記』では、神話時代にそれは、大国主神、大物主神、猿田彦大神の三神として登場しますが、大国主神と大物主神とは『日本書紀』では大国主神=和魂(にぎみたま)、大物主神=大国主神の幸魂(さちみたま)・奇魂(くしみたま)とされるので、同一神とは言い切れないものの、重ね合せられる同系・同族・「有縁」の神であることは間違いありません。

 1975年3月、わたしは、本格的に神道を研究しようと決意した時、その決意を国つ神の前で誓いたいと思い、島根県の出雲大社と京都府綾部市の大本教のみろく殿に赴き、本殿前で龍笛を奉奏し、「これから国つ神の研究をし、その霊統・霊性・神徳を掘り起し、顕彰し、世に問いかけていきたいと思います。どうぞお導きください。」と奏上しました。以来、来年で丸40年になります。愚直にその道を進んできましたが、その過程で、猿田彦神社の元宮司の宇治土公貞明氏から猿田彦神社の遷座祭を奉祝する祭りをコーディネイトしてほしいと依頼され、1996年から伊勢の猿田彦神社と関わりを持ち、「おひらきまつり」と「サルタヒコフィーラム」を音楽家の細野晴臣らとともに始めることになりました。

 わたしは「頑固一徹」な人間ではなく、実にいいかげんな「成り行き任せ」の「神ながら主義」の人間ですが、誓いと約束だけは大事にしてきました。それが自分を支えていると思います。それを志とも願とも使命とも言い換えることもできると思いますが、いずれにしても、一条真也さんの「柔道一直線」のように、「魂一直線」で生きて来たことは事実だと思います。そして、2014年10月の現在に至るわけですが、人生というものは実に不思議なものです。縁に導かれながら、ずいぶん「想定外」のところまで旅してきました。それも「必然」だと言えば、そのような言い方もできそうに思います。

 と、ここまで書いて、慌ただしく時が過ぎゆきました。

 わたしは、先月、9月24日(水)に、渋谷松濤の観世能楽堂で、観世清河寿宗家の能「杜若(かきつばた)」を観能しました。その日の演目には、人間国宝で喜多流の友枝昭世師の「松風」や、香川靖嗣師の「天鼓」の仕舞や、山本東次郎師の「那須」の「語(かたり)」、野村万作・萬斎父子の狂言「舟渡婿」などが上演され、大変見応えがありました。

 中でも、「杜若」はまことに心に沁みる謡と舞で、深く感じさせられ、考えさせられるものでした。「草木国土悉皆成仏」という命題の天台本覚思想が謡われるこの能は、金春禅竹の作とされているようですが、<からごろも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ>という各句の頭に「かきつばた」と詠まれた在原業平の歌が謡われていることや、在原業平こそ衆生済度のためにこの世に仮現した歌舞の菩薩であり陰陽の神であるとされていることなど、乱世の中世における表現と思想と救済観の本質を感じさせてくれる能です。

 とりわけ、在原業平の歌はみな「仏法の妙文」なので、その歌を聴くと草木までも成仏できるという思想と姿勢は、「神道ソングライター」のわたしにとって、まさに目指すべき至道の極致でありました。

 当日のこの「杜若」の囃子方の能管が能管師の松田弘之さんでしたが、これもまた実にすばらしかった! 松田さんとは、松田さんの能管・大倉正之助の大鼓(大皮)とわたしの石笛で1994年に國學院大學のホールで一度共演したことがありますが、すばらしい笛師に上達されました。妖艶であり、幽玄であり、絶妙の響きで、名人だと思いました。それは観世清河寿宗家の舞とよき響演を奏でていました。

 ところで、来年早々、2015年1月12日に、以下のような催しをする予定です。ぜひ都合がつきましたら、お越しください。


平成25年度こころを整えるフォーラム
 テーマ:「能の伝承〜稽古と修行と教育」
 日程:2015年1月12日(月・祝)13時〜17時
 場所:京都観世会館
 内容:
  開催の辞 吉川左紀子京都大学こころの未来研究センター長
  企画趣旨説明:鎌田東二京都大学こころの未来研究センター教授
  第1部:「能の伝承〜稽古について」
   観世清河寿二十六世宗家、観世三郎太氏(交渉中)による能の稽古の伝承のトーク(司会:鎌田東二)
   実演:観世清河寿宗家・三郎太氏による舞囃子(曲未定)
  第2部:総合討論「能の伝承〜稽古と修行と教育」15時00分〜17時
   観世清河寿宗家
   観世三郎太(交渉中)
   西平直(京都大学大学院教育学研究科教授・教育人間学・著作『世阿弥の稽古哲学』等)
   河合俊雄(京都大学こころの未来研究センター教授・臨床心理学)
 司会:鎌田東二


 絶対「面白」く「楽」しく、為になる催しになると思います。楽しみにお待ちください。

 ところで、われわれ共通の若き友人の秋丸知貴氏が伊東俊太郎賞を受賞しました。一昨日10月11日に、福岡県福岡市の西南学院大学で開催された「第32回比較文明学会学術大会」で秋丸知貴氏の著作『ポールセザンヌと蒸気鉄道——近代技術による視覚の変容』(晃洋書房、2013年)が高く評価されて2014年度の伊東俊太郎賞=比較文明学会研究奨励賞を受賞したのです。本当によかったと思います。

ポールセザンヌと蒸気鉄道 — 近代技術による視覚の変容

ポールセザンヌと蒸気鉄道 — 近代技術による視覚の変容
 わたしの人生もいろいろと波風が立ち、疾風怒濤とも言えますが、秋丸知貴君の人生も楽あり苦ありで、大変だったと思いますし、今も苦難の中にあるかもしれませんが、その中で、自分を信じ、自分の「魂能」の叫びに忠実に生きて来て、今日のこの受賞もあったのだと思うと、大切なのは、理解されることではなく、この世でのおのれの使命を実現することに尽きると思います。秋丸君の今後いっそうの活躍を期待するものです。ガンガン、自分の信じるおもろいことをやり続けましょう!

 ところで、10月7日から13日の今日まで、両国のシアターΧで、『超訳 古事記』(ミシマ社、2009年)を原作にした和製オペラとも和歌劇とも言える『天と地といのちの架け橋 古事記』が上演され、いろいろとおもしろい反応が起こっています。

天と地といのちの架け橋 古事記

天と地といのちの架け橋 古事記
 それを見た田口ランディやいろいろな方々から感想が寄せられています。Shinさんも熱烈感想を書いてくれましたね。まことにありがとうございます。

 公演の趣旨文に、<太古から、口づてに伝承された物語・古事記。1300年の時を経て甦る遺伝子の記憶・・。この日本の心のエッセンスをつたえる神話を、現代の<儀式>として舞台化します。神話的意識を取り戻し、 神話(=自然)の智恵をひらき、 “いま”へと伝承される美しく優しい古事記です。舞台上の「儀式」を通して注がれる清らかなエネルギーが 現代人の心を癒す、奇跡の瞬間を体験してみませんか?>とあります。

 わたしは、アニシモフさんとは10年来の付き合いで、「奇人変人倶楽部」の共同発起人ですので、魂の盟友です。そこで、頼まれて公演パンフレットに以下のような文章を寄せました。

いのちの讃歌としての『古事記』

古事記はいのちの讃歌である。それが日本民族の叙事詩であることは間違いないが、そこにもっと大らかな宇宙的ないのちの歌声がある。とりわけ、冒頭の神々の出現と国生みの伝えは天地をつなぐいのちの架け橋をかける生命讃歌の絶唱であり、心に沁みる。
そのいのちの讃歌は、間違いなく祈りであり大きな願いであるが、しかしそれは同時に苦悩の表出でもあり、悲しみでもあり、嘆きでもある。火の神カグツチを産んだ母イザナミが黄泉の国、死の国に赴くところから、その悲しみと苦悩が始まる。
その母の悲と苦を全身全霊で受け止めたのが古事記の中でもっともやんちゃなスサノヲの命である。その暴力的なスサノヲが八俣の大蛇を退治して、クシナダヒメと結婚して、祝婚の歌を歌うところが古事記前半のクライマックスである。
古事記の物語はとてもなまなましい。伝承と語りの強度と圧力が分厚く思い深く塗り込まれている。イザナミのみことの強力な「辱(はぢ)」も怨念も、それを晴らすスサノヲの晴れやかさや清々しさも、禊も祭りも神懸りも歌も芸能も戦いも、すべてが謡い込まれている。その古事記のいのちのうたを聴いてください。(鎌田東二)

 今日が、その「「天と地のいのちの架け橋 古事記」の楽日です。Shinさんの観劇感想が、早速、以下のブログに掲載されました。
http://d.hatena.ne.jp/shins2m+new/20141013/p1

 ありがとうございます。嬉しい限りであります。これを、戸隠神社や天河大辨財天社や高千穂神社や出雲大社や猿田彦神社やいろんなところで上演できれば有難いですね。

 ところで、「神道ソングライター」であるわたしの「親分」であるスサノヲノミコトの展覧会が今週の土曜日、10月18日から12月23日まで、開催されます。開催場所は、栃木県の足利市立美術館です。展覧会のタイトルは、「スサノヲの到来—いのち、いかり、いのり」です。その展覧会の図録の巻頭エッセイ「スサノヲという爆発」を書いたことも機縁となり、同名の開催記念講演を11月9日(日)14時から行なうことになりました。「国つ神」の祖がスサノヲノミコトですので、わたしにとっては、40年前の出雲大社と大本教みろく殿で誓ったことが、一つの形になっていく過程ですので、気を引き締めて、事に臨みたく思います。

 同展案内のHPには、以下のように紹介されています。

展覧会テーマ:「スサノヲの到来—いのち、いかり、いのり」
開催期間:10月18日(土)〜12月23日(火・祝)
開催場所:足利市立美術館

佐々木誠《八拳須(やつかひげ)》2011年 個人蔵
佐々木誠《八拳須(やつかひげ)》2011年 個人蔵

 <本展は、スサノヲの多面的な性格を探ることによって日本人の深層に迫るものです。和歌の始祖としてのスサノヲのはたらきを具現する出口王仁三郎と大本歌祭、ならびにスサノヲに始まる漂泊の精神の体現者としての西行法師や松尾芭蕉、円空らを通じて、うたとさすらいにより成就される祈りや表現を探ります。それとともに、異界を探求した平田篤胤の軌跡を辿り、彼によって提唱された幽冥界を訪ねることにより夜見国とその統治者としてのスサノヲを考察します。さらには、古層の神と感応して作品を遺した岡本天明・金井南龍、また現代作家の作品を一堂にすることにより、彼らの創造する感性にスサノヲに通じる自由な精神の発露を見出そうするものです。>

 足利までは少し遠いですが、ぜひ機会を作って観賞してみてください。絶対に「おもろい」です!

2014年10月13日 鎌田東二拝