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シンとトニーのムーンサルトレター 第158信

 

 

 第158信

鎌田東二ことTonyさんへ

 Tonyさん、お元気ですか? わたしは、いま横浜に来ています。28日、パシフィコ横浜で開催される「第22回フューネラルビジネスフェア2018」のシンポジウムにおいて、上智大学グリーフケア研究所の島薗進所長とわたしが「グリーフケアの時代〜現代日本の葬儀と死生観」をテーマに対談するのです。

 島薗先生といえば、5月29日に「一条真也の上智大学グリーフケア研究所客員教授就任を祝う会」が東京の赤坂見附で開かれましたが、その会にもお越し下さいました。この会は、出版プロデューサーの内海準二さんが出版業界のみなさんを中心に呼びかけて下さったもので、日頃からお世話になっている多くの方々がお祝い会に集まって下さいました。

 これまで拙著を手掛けていただいた出版社や編集プロダクションの社長さんも来て下さいました。驚いたのは、朝日・毎日・日経・産経といった大手新聞社の出版部門のトップが一同に会して下さったことです。「グリーフケア」への関心の高まりを感じないではいられませんが、信じられないような豪華メンバーを前に、当事者であるわたしはただただ恐縮するばかりでした。

「客員教授就任を祝う会」のようす

「客員教授就任を祝う会」のようす

 途中、内海さんの提案で、みなさんから自己紹介を兼ねて一言づつメッセージを頂きました。わたしは、姿勢を正してその一言一言を心してお聞きしました。聞きながら、「ああ、わたしは本当に素晴らしい縁と絆に恵まれているなあ」としみじみ思いました。

 最後に、わたしが挨拶をさせていただきました。わたしは、まず、「みなさま、ご多忙の中、今日はわたしごときのためにお集まりいただきまして、本当にありがとうございます。わたしは冠婚葬祭屋でして、人様のお祝いをするのが仕事ですが、自分が祝われるのは苦手です。でも、今日は感謝で胸がいっぱいです。この4月より上智大学グリーフケア研究所の客員教授に就任いたしました。島薗進所長(東京大学名誉教授)、本日は久高島におられます鎌田東二副所長(京都大学名誉教授)、お二人との御縁により、このたび、グリーフケアおよび儀式についての講義を担当いたします」と言いました。

 それから、「わたしは、グリーフケアの普及こそ、日本人の『こころの未来』にとっての最重要課題であると考えており、経営する冠婚葬祭互助会でも自助グループを立ちあげてグリーフケア・サポートに取り組んできました。これまで自分なりに冠婚葬祭業界で実践してきたことを踏まえて、さらなる研究を重ね、充実した講義を行う所存です。どうか、これからも御指導・御鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」と述べました。挨拶を終えると、盛大な拍手を頂戴して感激いたしました。

 その後、6月5日に北九州市小倉の映画館「小倉昭和館」において、映画「久高オデッセイ」で紹介した映画の完結篇「風章」の上映会が行われました。あいにくの大雨でしたが、多くの方が来場されて満員になりました。この映画の製作者はTonyさんで、株式会社サンレーが協賛し、わたし個人も協力者の1人です。上映会には父であるサンレーの佐久間進会長も来てくれました。

 映画の上映前には、Tonyさんが法螺貝を吹かれました。映画の上映後はシンポジウムが開催されました。テーマは「久高の魂と自然島の霊性」で、「古代以前の時代、先人たちの足跡、人々の生と死、育まれる命の息吹、死にゆく命の鼓動、人生儀礼としての祭祀。人間の魂が身体を脱ぎすて、海の彼方へ、原郷へ」などが語り合われました。写真家の小川裕司氏がコーディネーターで、パネリストはTonyさん、作曲家の藤枝守氏、そして小生の3人でした。各人の話は尽きませんでしたが、21時になったのでお開きとなりました。まさに談論風発なシンポジウムとなりました。

 閉会にあたって、Tonyさんが石笛を吹かれました。その音は、久高島を吹き渡る風のような音でした。終了後は、聴衆との簡単なカクテルパーティーを行いました。それから紺屋町の台湾料理店で打ち上げが行われ、わたしたちは深夜まで大いに語り合ったのでした。

 12日、久高島ではなく沖縄本島で、全国冠婚葬祭互助会連盟(全互連)の第60回定時総会が行われました。会場は、サンレー沖縄の結婚式場「マリエールオークパイン那覇」です。14時からの正副会長会議、15時からの理事会に続いて、16時から定時総会が開催されました。冒頭、物故者黙祷が行われました。「開会の辞」の後、わたしの会長挨拶の時間となりました。

『久高オデッセイ』アフタートークのようす

『久高オデッセイ』アフタートークのようす

 登壇したわたしは、以下のように挨拶しました。「沖縄は守礼之邦とも呼ばれています。礼において最も大事なことは親の葬儀であり、先祖供養です。沖縄は、おそらく日本において、もっとも先祖を大切にする地域ではないでしょうか。沖縄ではご先祖の墓前で会食します。つまり、『お墓』が先祖と子孫が交流する空間となるわけです。子どものころから墓で遊ぶことは、家族意識や共同体意識を育ててくれます。これは今の日本人に最も欠けているものではないかと考えます。さらに、沖縄の人々は生まれてから12年に一度巡ってくる生まれ年の祝いである『生年祝い』として最初に行う十三祝いをはじめ、長寿を盛大に祝いますが、『人は老いるほど豊かになる』ことを祝うことは、高齢者が尊敬されるべき存在であることを教えてくれます。この『生年祝い』も、人が幸せに生きていく上でとても重要な行事ではないでしょうか。ちなみに沖縄では『いちゃりばちょーでい』という言葉を大切にしています。『一度会ったら兄弟』という意味です。沖縄では、あらゆる縁が生かされるのです。まさに『袖すり合うも多生の縁』は沖縄にあり!『守礼之邦』は大いなる『有縁社会』でもあるのです」

 さらに、わたしは以下のように述べました。「わたくしは沖縄を愛しています。筆舌に尽し難い歴史を有する沖縄の地においても、いま、冠婚葬祭互助会が多くの県民から親しまれていることを心の底から誇りに思います。そして、沖縄には本土の人間が忘れた『人の道』があり、それこそ日本人の原点であると思います。昭和47年に沖縄はアメリカから本土復帰したわけですが、まもなく平成という元号が変わるいまこそ、わたくしたちは精神的な意味合いで『沖縄復帰』をすべきではないでしょうか。今回、『守礼之邦』において、業界の保守本流として『初期設定』を再確認すると共に、時代の変化に沿った『アップデート』への布石となる有意義な総会にしたいと考えております。今後とも、全互連加盟各社が一丸となって、消費者保護政策を推進し、自社の経営基盤の強化を図り、全互連加盟互助会相互の団結をより強固にし、儀式文化の継承と創新に努めていくことが肝要であり、あらためてご協力を賜ればと存じます」

 総会の後は、同じマリエールオークパイン那覇の別会場で懇親会が開催されました。わたしはクールビズでみなさんをお迎えしました。冒頭、琉球舞踊の「かぎやで風」が披露されました。前会長として乾杯の音頭を取りましたが、冒頭で「めんそーれ! みなさま、ようこそ、沖縄へ!」と言いました。それから「今日はシンガポールで米朝首脳会談とやらが開催されたそうですが、沖縄での全互連総会のほうが重要なのは言うまでもありません!」と述べました。

 守礼之邦での宴は、驚くほど盛り上がりました。やはり志を同じくする仲間と飲む酒は格別です。料理も、みなさんから「美味しいですね!」と言っていただきました。今回は妻も一緒でしたので、一緒にみなさんと談笑しました。さまざまな琉球舞踊が披露され、最後は全員でカチャ—シーを舞いました。

 懇親会の終了後は二次会が開催され、カラオケ大会も行われました。わたしはこの日はもう歌わないつもりだったのですが、みなさんから請われて北島三郎「まつり」を歌うことになりました。会場では龍が舞い踊り、「天下布礼」の幟も翻りました。マイクを取ったわたしは、イントロが始まると、「初宮祝いに七五三、成人式に結婚式、長寿祝いに葬儀を経て、法事法要・・・・・・人生は祭りの連続でございます。祭りのお世話をするのが冠婚葬祭互助会。互助会の保守本流は全互連。今日は、全互連の第60回総会。ああ、めでたいなあ。今日は祭りだ、祭りだ!!」と口上を述べてから、歌い始めました。

全互連総会で「沖縄復帰」を訴える

全互連総会で「沖縄復帰」を訴える全互連懇親会で「まつり」を歌う

全互連懇親会で「まつり」を歌う

 わたしは「祭」と背中に書かれた黄金の法被を着て「まつり」を熱唱しました。最後の「これが日本の祭り〜だ〜よ〜♪」の歌詞を「これが全互連の祭り〜だ〜よ〜♪」に替えて渾身の力を込めて歌い上げると、会場が割れんばかりの拍手に包まれました。今回は妻も来ていましたが、わたしの「まつり」をライヴで初めて聴き、そのド迫力に目を白黒させていました。(笑)最後は龍が舞台に呼び込んだ新会長と固い握手を交わしました。なかなかユニークな継承のセレモニーであったと思います。

 最後に6月は、3冊の拙著を上梓いたしました。1冊目は、12日に発売された『世界の聖典・経典』(光文社知恵の森文庫)です。『聖書』『コーラン』『ヴェーダ』『般若心経』『論語』・・・・・・世界中の聖典や経典には何が書かれているのかを、わかりやすく解説した本です。それぞれの聖典・経典の興味深いエピソードも多く集めました。

 2冊目は、20日に発売された『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)です。お正月はしめ飾りと門松を飾り、おせち料理を囲みます。お盆にはご先祖様をお迎えし、七五三ではわが子の健やかな成長を祝う・・・・・・。日本には一年を通して、暮らしに根差した年中行事が伝わっています。それぞれの年中行事の成り立ちや、正しい行い方について書いた本です。最近ではクリスマスはもとより、バレンタインデーやハロウィーンなど、外国から伝わった年中行事も定着してきました。また、年賀状の代わりにSNSなどが使われることも増えました。これらについても取り上げています。

 3冊目は、28日に発売される『人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版)です。「サンデー毎日」2015年10月18日号から2018年4月8日号までの2年半にわたって、「一条真也の人生の四季」として連載したコラムが集めた本です。「人生100年時代」などと言われるようになりました。その長い人生を幸福なものにするのも、不幸なものとするのも、その人の「こころ」ひとつです。もともと、「こころ」は不安定なもので、「ころころ」と絶え間なく動き続け、落ち着きません。そんな「こころ」を安定させることができるのは、冠婚葬祭や年中行事といった「かたち」です。そんな「かたち」についてのコラムを集めました。いずれも、Tonyさんには送らせていただきますので、ご笑読の上、ご批判を頂戴できれば幸いです。

『世界の聖典・経典』(光文社知恵の森文庫)

『世界の聖典・経典』(光文社知恵の森文庫)『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)

『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)『人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版)

『人生の四季を愛でる』(毎日新聞出版)
 Tonyさんからも第一詩集である『常世の時軸』(思潮社)が送られてきました。気高さと神秘性を漂わせた一冊です。いま心して読ませていただいています。感想は次回のレターでお伝えしたいと思います。それでは、Tonyさん、次の満月まで!

2018年6月28日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

  Shinさんのさらなる活動・活躍の場の広がりと進化に瞠目するとともに、心よりお祝い申し上げます。と同時に、忙しければ忙しいほど、くれぐれも健康に留意されますようお願いします。先はまだまだ長く、道はこれからですから。

 6月5日の小倉昭和館での「久高オデッセイ第三部 風章」の上映会とアフタートーク、ご協賛・ご協力、まことにありがとうございました。おかげさまで、かなりの本降りの雨の中、100名を超す方々に来ていただき、映画もトークもともに楽しんでいただけたようです。評判はすこぶるよかったと思います。小川さんとShinさんの協力のおかげです。本当にありがとうございました。

 わたしの方は、第一詩集『常世の時軸』(思潮社)を刊行しました。本は、6月19日に出来上がり、22日にはShinさんに発送しました。昨年から、いよいよ詩集をまとめねばという気持ちになっていたのですが、折しも「現代詩手帖」を出している出版社から刊行する機会を得ました、今から約50年ほど前、10代後半から20代前半までの数年間、わたしは「現代詩手帖」や「ユリイカ」を愛読していました。そこに掲載される現代詩人の作品もすべて読んでいましたが、20代後半に『水神傳説』というヘンテコリンな神話小説のような作品をまとめた頃からパッタリと「現代詩手帖」や「ユリイカ」を読まなくなり、次第に学問の方に集中し始めたのでした。

第一詩集『常世の時軸』(思潮社)

第一詩集『常世の時軸』(思潮社)

 が、この間、折に触れて、詩・短歌・俳句は作っておりました。時々は歌う歌も作っておりました。それが1998年12月12日からは「神道ソングライター」として特化したのですが、その前兆・伏線は10代後半からあったのでした。10代後半には詩を書くとともに、作詞作曲して歌も歌い始めていたのです。ですから、1998年12月にある日突然、歌い始めたというわけではなく、むしろ、何十年かのブランクの後、間歇泉のようにまた噴き上げただけ、ということができます。

 ともあれ、そのような原点回帰とも言える第一詩集の出版でした。そして来月、7月初旬には、天河大辨財天社の柿坂神酒之祐宮司さんとの共著『天河大辨財天社の宇宙〜神道の未来へ』を春秋社より出版します。1984年4月4日に初めて天河大辨財天社をお参りし、柿坂神酒之祐宮司さんに話を聴いてから、34年目にして、2人で本を出すことになったのも大変不思議な縁を感じています。その奇縁・神縁については、その本の序文やインタビューの中でも語っていますので、ご一読ください。出来上がりましたら、お送りします。柿坂神酒之祐宮司さんの半生記など、貴重なインタビューが収められています。

 全体構成は次のようになっています。

『天河大辨財天社の宇宙——神道の未来へ』春秋社、2018年7月17日(奥付)
目次
はじめに(鎌田東二)
第Ⅰ部 神道のこころ(柿坂神酒之祐・(聞き手)鎌田東二)
第一章 神道のこころ
お掃除の精神
太占のこころ
神主道
霊的和解
神社は宇宙ステーション
第二章 お掃除に生きる——わが半生の記
  「ごんた」の子ども時代
  「ごんた」の青少年時代
  天河神社の掃除人となる
  最初のご祈祷体験
  円空仏の発見
  神業者と言霊
  春日体験
  掃除哲学
  登校拒否児を預かって
  昭和五十六年のご開帳
第Ⅱ部 新・神仏習合の一大拠点——天河大辨財天社考(鎌田東二)
第一章 新・神仏習合文化の実験場・天河大辨財天社
 1 「精神世界の六本木」天河
 2 天河大辨財天社の歴史
 3 神仏習合の再生
 4 習合文化としての天河文化
第二章 宗教の未来——神仏習合文化と修験道が問いかけるもの
一 天河信仰と自然崇拝
 1 日本列島の形成とブナの森
 2 ブナ林帯と照葉樹林帯、あるいは金胎両部の曼荼羅世界
 3 四弁才天と「天河辨財天社縁起」
 4 神神習合と神仏習合
   二 日輪天照弁才天と吉野熊野中宮
   三 天河と神道の未来
おわりに(柿坂神酒之祐)
付録 神代鈴三魂精神の意(柿坂神酒之祐)

 1984年の初夏だったかに、天河大辨財天社で『マーキュリック・ダンス』を作曲していた細野晴臣さんに初めて会いましたが、以来、いろんな機会に細野さんとコラボレーションすることになり、1996年から始めた猿田彦フォーラムの活動でも「巡行祭」(1997年)や「おひらきまつり」(1997年から2008年まで毎年1回開催)など、共にいろんな「祭り」の創出に関わりました。そして、来たる7月8日には、表参道のスパイラルホールの地下1階のCAYで、細野晴臣さんと三上敏視さんとともに「ヤポネシア・ミーティング」というライブのゲスト出演をすることになりました。これまた不思議な原点回帰というか、さらなる跳躍の機会を得た思いです。

2018年7月8日「ヤポネシア・ミーティング」@表参道スパイラルホールCAY

2018年7月8日「ヤポネシア・ミーティング」@表参道スパイラルホールCAY

2018年7月8日「ヤポネシア・ミーティング」@表参道スパイラルホールCAY

 わたしは、10代後半の頃は、武道家か芸術家になりたいと思っていました。一番なりたくなかったのが、学校の先生とお坊さんです。理由は、学校の先生と坊さんが「言行不一致」の代表のように見えたからです。今なら、政治家を真っ先に挙げるかもしれませんが、その当時は、身近なところにいた「言行不一致」の代表が、教師と僧侶でした。

 しかし、その一番なりたくないものにわたしは成りました。大学院を修了して最初に就いた仕事が高校の国語教師でしたから。嗚呼! 何という、人生の皮肉! 因縁! そしてその後、フリーランス神仏習合諸宗共働神主になっていったのですから、純僧侶ではないとはいえ、半僧半俗のような、修験者・山伏のような、鵺のような宗教活動家に成ったのでした。人生というものは、皮肉というか、神秘というか、パラドックスというか・・・

 そして65歳を過ぎ、前期高齢者の仲間入りをしてから、67歳にして「詩集」を出し、ということは、「詩人」として名乗りを上げることになったのですから、これまた「犬も歩けば棒に当たる」人生、「神ながら」人生であるとはいえ、不思議な縁を感じています。何なんだろうか、この展開は、と思います。

 武道家と芸術家は、わたしには「言行一致」、実力勝負、嘘の付けない生き方の見本でした。その見方はまだ人生の機微を知らぬ少年の偏った捉え方だったかもしれませんが、わたしは実力だけで勝負できる世界こそがごまかしのきかない世界だと信じていたのです。武道家と芸術家はごまかしがきかない、そう思っていたのです。今も、50年前と同様にそう思っているかと言えば、それほど明確ではありません。武道家にもいろんな人がいるのを見てきましたし、芸術家にもいろいろな人がいるのを見てきました。ですので、そんなに簡単に色分けできないことも知るようになりました。

 同時に、学校の先生にも立派な人がいるし、お坊さんや神主さんの中にも本物の人もいる、ということも知りました。そんな中で、本物の神主としての天河大辨財天社の柿坂神酒之祐宮司さんと出会ったわけです。

 今年、平成30年(2018年)は、平成元年(1989年)に、現社殿が御造営になって30年の節目の年になり、30周年記念行事が、7月16日・17日の例大祭から1週間の期間、行なわれます。そこで、毎日、毎晩、さまざまな催しが記念行事として行われることになっています。その記念行事の一環として、天河大辨財天社の柿坂神酒之祐宮司さんとの共著『天河大辨財天社の宇宙〜神道の未来へ』を出すことになりました。ぜひご一読ください。ご批評ください。

 Shinさんと一緒に天河大辨財天社に行こうとした時、本当に偶然に近鉄京都駅だったかで、柿坂神酒之祐宮司さんとバッタリ会いましたよね。そんなこともあるんだあ〜と、本当に不思議に思ったことがありました。そんな不思議尽くしの縁尽くしを淡々と全うできればと思っています。この34年、天河大辨財天社の柿坂神酒之祐宮司さんをずっと見続けてきましたが、柿坂神酒之祐宮司さんはまことのアーティスト神主、弁才天神主であり、天河大辨財天社は、その名の通り、大自然の宇宙の気と地球の水の力を接続する宇宙自然神道と芸術芸能神道の統合センターだと思います。まさに、「アート・ネイチャー」の極み。ここに自然と芸術の総合・統合があり、そこに神道の未来モデルがあると確信しています。

 2018年6月28日 鎌田東二拝

常世の時軸刊行

常世の時軸刊行

春秋社刊『天河大辨財天社の宇宙』柿坂神酒之祐宮司・鎌田東二共著 2018年7月刊

春秋社刊『天河大辨財天社の宇宙』柿坂神酒之祐宮司・鎌田東二共著 2018年7月刊