NHK文化センター京都での季節限定単発講座「京都 五山の送り火」2022年8月7日を開催します。

シンとトニーのムーンサルトレター第209信(Shin&Tony)

鎌田東二ことTonyさんへ

Tonyさん、残暑お見舞い申し上げます。
それにしても、毎日、暑いですね。この1ヵ月の出来事から報告させていただきます。7月15日、サンレーグループの全国葬祭責任者会議が開催されました。今回は、特別講師として、大阪大学名誉教授で中国哲学者である加地伸行先生をお招きしました。最初に加地先生を貴賓室にお通しし、サンレーグループの佐久間進会長に紹介しました。「礼」を追求して生きてきた佐久間会長は、ずっと儒教研究の第一人者である加地先生とお会いしたかったそうで、大いに話の花が咲きました。

加地伸行先生を囲んで


加地先生の特別講演のようす

 

全国葬祭責任者会議は小倉紫雲閣で13時45分から開始されました。盛大な拍手の中を登壇された加地先生の特別講演が開始。わたしが加地先生にお会いするのは、『論語と冠婚葬祭』(現代書林)に収めた対談を行った昨年7月7日以来です。同書のサブタイトルは「儒教と日本人」です。儒教を単なる倫理道徳だと思っている人もいるようですが、わたしたちは儒教ほど宗教らしい宗教はないと考えています。なぜなら、宗教の核心は、「死者をどう弔うか」ですが、儒教ほど葬儀を重んじている宗教はないからです。世界中の宗教で、最も葬儀を重視しているのが儒教なのです。加地先生は、日本人の葬式の根本は儒教であると喝破されました。また、日本仏教のうち80%は儒教、10%は道教、10%はインド仏教で構成されていると説明されました。


全国葬祭責任者会議で語る


『葬式消滅』(G.B.)

 

 

加地先生の特別講演の後、わたしが1時間話をしました。わたしは、宗教学者の島田裕巳氏の最新刊『葬式消滅~お墓も戒名もいらない』(G.B.)の内容を紹介しながら、その疑問点を指摘・反論していきました。直葬などの登場で、日本の葬儀はますます簡素で小さくなってきました。島田氏は、見送る遺族がお骨を持ち帰らないという「〇葬」を提唱し、「高額な戒名も不要、お墓も不要となってきた」と訴えます。わたしは、2010年に島田氏のベストセラー『葬式は、要らない』への反論書として『葬式は必要!』を書き、五年後には島田氏の『0葬』への反論書として『永遠葬』を執筆。さらに、その一年後、島田氏と対談し、その内容をまとめた『葬式に迷う日本人』を出版しました。多くの方々から『葬式消滅』に対抗して今度は『葬式復活』を書いてほしい」と言われましたが、わたしとしては、加地先生との対談本である『論語と冠婚葬祭』が島田氏への最終回答だと思いました。


全国葬祭責任者会議のようす

 

 

仏教はインドで誕生しましたが、そこで「輪廻転生」という考えが生まれながらも、中国人はそれを受け容れずに「浄土」という考え方を打ち出しました。中国で仏教は大きく変容し、そこから浄土教信仰が生まれますが、そこで中国の土着の宗教である儒教が影響を与えました。儒教では、孝の観念を強調します。仏教は儒教の「孝」の考え方を取り入れて、追善供養というやり方を編み出しました。追善供養の代表が、故人の命日に行われる年忌法要です。その際には法事を行い、先祖の供養を任せている菩提寺に布施をします。これによって、亡くなった先祖は極楽往生を果たすことができるとされました。こうした考え方が日本にも浸透することで、日本の「葬式仏教」の体制が確立されることとなりました。そして、葬式仏教は曹洞宗を中心に発展していくことになります。このように、インド仏教、中国仏教、日本仏教を仏教として一緒くたにせず、別の宗教であると理解した方がいいと思います。

 

『葬式消滅』の最後に、島田氏は、仏教の根本は悟りにあるとして、「これからの仏教は、ふたたび釈迦の悟りとは何かを問うものになっていくのではないでしょうか。もし仏教が、そちらにむかうのだとしたら、それは、仏教と葬式の関係が切れた成果なのかもしれないのです」と結論づけています。しかし、これはインド仏教と日本仏教を混同した考えだと言わざるをえません。日本人の「こころ」は仏教、儒教、そして神道の三本柱から成り立っています。その共通項は「先祖供養」です。また、日本における仏教の教えは本来の仏教のそれとは少し違っています。

 

インドで生まれ、中国から朝鮮半島を経て日本に伝わってきた仏教は、聖徳太子を開祖とする「日本仏教」という1つの宗教と見るべきでしょう。日本人の葬儀の今後の大きなテーマは「グリーフケア」です。島田氏は「追善供養はいらない」と述べていますが、グリーフケアにおいては追善供養ももちろん重要な意味を持っています。現在、グリーフケアの舞台は寺院からセレモニーホールに移行していく流れにありますが、わたしたち冠婚葬祭互助会の役割と使命は非常に大きいと言えます。最後に、わたしは「儀式とグリーフケアの力を知り、『葬式復活』さらには『儀式再生』に努めましょう!」と訴えて、降壇しました。


「北國新聞」2022年8月7日朝刊

 

さて、8月に入ると、記録的な大雨の後に猛暑が続くと予想されている北陸から、悲しいニュースが届きました。6日午前8時52分、詩人で作家の青木新門さんが肺がんで亡くなられたのです。心より御冥福をお祈りいたします。青木さんは、日本映画の名作「おくりびと」の原案として知られる『納棺夫日記』(文春文庫)の著者です。映画「おくりびと」といえば、第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞、第81回米アカデミー賞外国語映画賞を受賞してから、ずいぶん時間が立ちましたが、あの興奮は今でも憶えています。日本映画初の快挙でした。この映画で主演の本木雅弘さんは、「ある本」に出会って大いに感動し、映画化の構想をあたためていたそうですが、その本こそ『納棺夫日記』。平成5年(1993)に単行本として桂書房から出版されベストセラーになった名作ですが、現在は版を重ね『定本納棺夫日記』と銘打って刊行され、文春文庫にも入っています。


青木新門さんと


『納棺夫日記』(文春文庫)

 

2016年6月6日、わたしは富山に入り、その夜、青木新門さんにお会いしました。場所は、JR富山駅前にあるオークスカナルパークホテル富山です。青木さんは、同ホテルを運営する冠婚葬祭互助会であるオークス株式会社の顧問を務めておられました。わたしにとって、冠婚葬祭互助会業界の大先輩でした青木さんは昭和12年、富山県下新川郡入善町のお生まれで、ながらく「納棺師」として葬儀の現場でご尽力しておられました。その尊いご体験が『納棺夫日記』には綴られているがゆえに、読み手の心を強く揺さぶる作品となっています。

 

『納棺夫日記』を原案とした映画「おくりびと」が公開されたことは葬祭業界においても非常に大きな出来事でした。葬祭スタッフがお客様と話をする際に「おくりびと」という共通の話題と認識があることは、葬儀を担当する上でどれだけ助けられたことでしょうか。映画の中での美しい所作と儀式は、お客様が望むことを映画というメディアで表現してくれました。ご遺族が大切にしている方をこうもやさしく大事に扱ってくれるということはグリーフケアの上でも大切なことでした。『納棺夫日記』と「おくりびと」のおかげで葬祭スタッフに対する社会的地位も変わったのではないかと感じるところもあります。何よりも、自分の仕事へのプライドを彼らに与えてくれました。


ブログ「新門日記」より

 

2015年に上梓した拙著『永遠葬』(現代書林)を青木さんに献本させていただいたところ、氏はご自身のブログ「新門日記」の記事に以下のように書いて下さいました。

「一条真也氏(佐久間庸和 (株)サンレー代表・全国冠婚葬祭互助会連盟会長)から8月4日発売の新著『永遠葬』が送られてきた。内容は島田裕巳氏の『葬式は、要らない』や近著『0葬』を批判した『葬式は要る』という立場で、なぜ要るのかということを多くの事例や理由をあげて書かれた本である。島田氏が個の命にとらわれているのに対して、一条氏は永遠を見据えているのがいい。氏は京都大学こころの未来研究センターの研究員でもある。私も島田裕巳氏が『葬式は、要らない』を出した時、当時本願寺の教学研究所の所長をしておられた浅井成海師と対談形式で『葬式は要る』と題して出版する計画があった。ところが企画したPHP出版と打ち合わせていたら浅井氏が末期癌で急逝され、出版の話はたち切れとなってしまった。あの時島田氏の本を読んで感じたことは、NHKのクローズアップ現代のように、葬式や宗教を社会現象学的に取り上げているだけだと思った。事物の現象の本質が全くわかっていない人だと思った。現象の本質がわかっていないということは、死の本質がわかっていないということであり、宗教の本質がわかっていないということでもある。後から島田氏はマックスウェーバーの流れをくむ橋爪大三郎氏の弟子だと知って、なるほどと思ったものだった。こういう現象の上辺をなでたようなものを書いて時流に乗るのがうまい学者の本はよく売れるが、酒鬼薔薇聖斗の近著『絶歌』が売れるのと同じような市場経済優先の社会現象のように私には映るのだった。しかしそのことが多くの人を惑わす結果になるから困るのである」


『葬式に迷う日本人』

 

わたしは、このブログ記事を拝読して、大変感激いたしました。青木さんからはメールも頂戴し、「一度ぜひお会いしましょう」と言っていただきました。その後、メールのやりとりなどを重ねて、ついに対面に至ったわけです。オークスカナルパークホテル富山内にあるモダン和食店「WAZA」の美味しい料理をいただきながら、わたしたちはさまざまな話で盛り上がりました。青木氏からはご著書『転生回廊』(文春文庫)を頂戴し、そこに写真が掲載されていたチベットの鳥葬についてのレクチャーも受けました。わたしも、チベットを訪れてみたくなりました! 当時、わたしは島田裕巳氏と往復書簡を交わしていたのですが、そのことなども話題に出ました。その往復書簡は、島田氏との共著である『葬式に迷う日本人』(三五館)に全文収録されています。また、青木さんは「月への送魂」にご感心がおありとのことですので、その年の「隣人祭り 秋の観月会」にご招待させていただきたいと思っていました。しかし、諸般の事情から実現せず、まことに残念でした。一度、「月への送魂」を青木さんに見ていただきたかった! その他にも、青木さんから貴重なアドバイスもたくさん頂戴しました。わたしにとって、葬儀の意味を改めて学ぶことができた有意義な時間となりました。最後に青木さんは「葬儀は絶対になくなりませんよ」と言われました。「『葬式は、要らない』じゃなくて、『葬式は、なくならない』ですよ」とも言われました。


青木新門さんと語り合う

 

さらに、青木さんは「新門日記」の「6月6日(月)晴れ」で、「自宅近くのオークスカナルパークホテルへ出向く。明日全国互助会連盟の定例総会があるため前泊された会長の佐久間庸和氏と会食する約束をしたからだった。佐久間氏は、小倉や金沢の冠婚葬祭会社サンレーの社長だが、一条真也というペンネームで『ハートフル・ソサエティ』『唯葬論』『死が怖くなくなる読書』といった本も出しておられる。氏は、新時代の葬儀の一つとして、月へ魂を送る『月への送魂計画』を提案する。超日月光を信じる私は違和感を覚えるが、奇抜なアイデアとして面白いと以前から思っていたので、一度お会いしたいと思っていたのであった。氏は、大変な読書家で豊富な知識を持っておられ、共通の知人も多かった。そんな方に会うと、話が弾む。しかし2時間の会食を終えて別れた後、余計なことまで話していたことを後悔しながら帰路の夜道を歩いていた」と書いて下さいました。

 

さて、青木さんのいう「余計なこと」とは何でしょうか?
青木さんとの会話はすべて楽しく有意義な内容でしたが、特に青木さんが「月への送魂」に興味を持っておられたことは意外でした。浄土真宗に代表される伝統的な葬儀しか認めておられないイメージがあったからです。青木さんが仏教に深い造詣を持ちながらも、非常に柔軟な発想をされる方であることがわかり、嬉しくなりました。そのブログの最後に、わたしは「今度は、ぜひ、九州の夜空に上った満月を見上げながらお話したいです。青木新門先生、今日はお会いできて光栄でした。『一条さん、あなたに会いたかったんですよ』とのお言葉、嬉しかったです! 今後とも、御指導下さいますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます」と書きました。その後、一度、京都駅のホームで偶然お会いしましたが、ゆっくりと葬儀談義をする機会には恵まれませんでした。


青木新門さんと

 

青木さんが訴えられた葬儀の意義と重要性は、日本の葬祭業界のみならず、日本人の死生観に広く影響を与えられました。青木さんは、島田裕巳氏の著書『葬式は、要らない』『0葬』に対する反論書を本当は自分でお書きになられたかったと思います。しかし、わたしのような若造が先に『葬式は必要!』と『永遠葬』を書いてしまいました。それでも、青木さんは「良い本を書いてくれました」と喜んで下さいました。まことに、感謝の気持ちに耐えません。今、三たび、島田裕巳氏は『葬式消滅』を発表されました。前の2冊と比較しても、今度の本が一番強力のように思います。わたしは、その反論書『葬式復活』を書くことを決意しました。本が完成したら、青木さんの霊前に捧げさせていただきたいと存じます。また、今朝、映画プロデューサーの志賀司さん(セレモニー社長)と「青木さんの供養のためにも、『おくりびと』を超えるグリーフケア映画を作りましょう!」と誓い合いました。青木さんが言われた「葬儀は絶対になくなりませんよ」という言葉が、わたしの心の中で何度も繰り返されています。納棺夫としての青木さんの葬儀への想いや死者への祈り、さらにはご遺族への思いやりは、いま、日本各地で続々と誕生しているグリーフケア士たちにも確実に受け継がれています。改めて、業界の偉大なる先達である青木新門氏の御冥福を心よりお祈りいたします。合掌。


ヤフーニュースより

 

そして、8月10日の夜、悪夢のような出来事がありました。小倉の旦過市場の火災で、隣接する老舗映画館「小倉昭和館」が焼失してしまったのです。わたしの思い出がたくさん詰まった、大切な大切な映画館でした。わたしは、いま、次回作『心ゆたかな映画』(現代書林)の初校をチェックしています。わたしの人生において映画の存在は限りなく大きいのですが、そんなわたしを作り上げたのは他でもない小倉昭和館だと思っています。毎日新聞が配信した「老舗映画館『小倉昭和館』も焼失 館主『貴重なフィルムが・・・』」という記事には、「館主の樋口智巳さん(62)は、同館が焼け落ちる様子をぼうぜんと見つめ、『昭和館は20日に創業83年を迎える。当日は子供たちのために無料上映会を予定していた。4月の火事で生き残り、旦過のためにこれからお役に立ちたいと考えていたのに・・・・・・』と立ち尽くした。館が焼けたこと以上に、配給会社から預かっていたフィルムを持ち出せなかったことを悔い、配給会社に次々と電話をかけて『貴重なフィルムをお預かりしていたのに、本当に申し訳ございません』と涙声でわび続けた」と書かれています。映画館が消失したことを悲しむよりも、配給会社から借りていたフィルムが焼けたことを詫びる樋口さんのお気持ちを察すると、涙が出てきます。

 

旦過市場周辺では今年4月にも「新旦過横丁」などを中心に、42店舗計約1900平方メートルが焼けた火災があったばかりでした。それから4ヵ月も経たないうちにまた大火事が発生し、「まさか!」という思いです。旦過市場が出来たのは、大正時代の初期です。隣接する小倉昭和館は、1939年創業。福岡県内最古の映画館であり、北九州市に唯一残る個人経営の映画館でもありました。座席数228席の1号館と98席の2号館があり、現代の映画館では使用が減っている35ミリフィルムの映写機も稼働していました。樋口さんは同県中間市出身の俳優、高倉健さん(2014年死去)らとも親交があり、4月の火災後は俳優の仲代達矢さんや光石研さんらからも被害を心配して連絡があったそうです。


「サンデー毎日」2016年9月18日号

 

2016年に小倉昭和館が創業77周年を迎えたとき、わたしはその祝賀会に参加しました。わたしは、小倉昭和館には高校時代から大変お世話になってきました。2館並んでいて、それぞれ2本立て。現在は、洋画・邦画、そしてヨーロッパ・アジアのミニシアター系作品が上映されていました。この映画館には舞台がありました。昭和の初期、片岡千恵蔵、阪東妻三郎、長谷川一夫らの芝居が行われていたのです。時は流れて映画が主流になりましたが、情緒はそのまま、設備は近代化されて「小倉昭和館ここにあり」といった存在感を漂わせていたのです。ブログ『キネマの神様』で紹介した原田マハ氏の名作小説には、「イタリアの感動名画 豪華2本立て」として「ニュー・シネマ・パラダイス」と「ライフ・イズ・ビューティフル」を併映するような名画座が登場しますが、小倉昭和館はまさにそんな素敵な映画館でした。


上映&シンポジウムのポスター

 

小倉昭和館といえば、Tonyさんには記憶に残っておられると思います。2018年6月5日に「久高オデッセイ 風章」の上映&シンポジウムを開催した場所だからです。その日はあいにくの大雨でしたが、多くの方が来場されて満員になりました。この映画には株式会社サンレーが協賛し、わたし個人も協力者の1人です。上映会には父であるサンレーの佐久間進会長も来てくれました。映画の上映前には、製作者であるTonyさんが法螺貝を吹かれました。

 

映画の上映後はシンポジウムが開催されました。最初にTonyさんが法螺貝を奏上されました。シンポジウムのテーマは「久高の魂と自然島の霊性」で、「古代以前の時代、先人たちの足跡、人々の生と死、育まれる命の息吹、死にゆく命の鼓動、人生儀礼としての祭祀。人間の魂が身体を脱ぎすて、海の彼方へ、原郷へ」などが語り合われました。パネリストはTonyさん、作曲家の藤枝守氏、そして小生の3人で写真家の小川裕司氏がコーディネーターでした。


小倉昭和館でのシンポジウムのようす

 

登壇したわたしは、映画を観た感想を語りました。わたしは「久高オデッセイ 風章」を観て、まず、「これはサンレーのための映画だ!」と思いました。サンレー沖縄は、沖縄が本土復帰した翌年である1973年(昭和48年)に誕生しました。北九州を本拠地として各地で冠婚葬祭互助会を展開してきたサンレーですが、特に沖縄の地に縁を得たことは非常に深い意味があると思っています。サンレーの社名には「太陽光線」「産霊」「讃礼」という3つの意味がありますが、そのどれもが沖縄と密接に関わっています。以上のような話をさせていただきました。


石笛を吹く鎌田東二

 

シンポジウムの最後は、Tonyさんが石笛を吹かれました。その澄んだ音色は、まるで久高島の南にあるというニライカナイから流れてくるようでした。この他にも、小倉昭和館には本当にたくさんの思い出があります。今は、ただ、「ありがとう」と「さようなら」の言葉しかありません。わたしの心の中に、小倉昭和館は永遠に生き続けています!

2022年8月12日 一条真也拝

 

一条真也ことShinさんへ

残暑お見舞い申し上げます。ムーンサルトレター209信、ありがとうございます。本年もお盆の季節となりました。が、欧米は山火事で「火の車大陸」、日本の洪水で「水の車列島」となり、ほんとうに「絶体絶命」の絶壁に立たされているとおもいます。このような状況の中でどのように「人間尊重」を維持していくことが可能なのかを考えさせられます。というのも、何度も繰り返しますが、「人間尊重」の前提に「自然畏怖畏敬依拠」があるからです。自然畏敬と人間尊重のよき相互関係を構築していかねばなりませんね。

Shinさんは加地伸行さんとともにサンレーグループの全国葬祭責任者会議を開催され、「礼」のこころとかたちを改めて再確認再認識されたとのことですが、わたしも日本に神道・仏教・儒教の三教がしかと位置づいてきたことをたいへん有難く思います。加地説によると、日本仏教の中身は、儒教が80%、道教が10%、インド仏教が10%ということですが、とてもセンセーショナルかつスキャンダラスな言い方で面白い見方だとは思います。しかし、はたしてそれは適切は言い方でしょうか? 疑問です。

ざっくりとですが、日本仏教は、「日本人の自然崇拝・神道20%、(たとえば、那智の大滝が観音様とか)、インド仏教15%(縁起・無常・空の思想など)、中国仏教25%(密教、禅、浄土教など)、日本仏教20%(天台本覚思想、日蓮の法華思想など)、儒教20%」くらいで構成されているという見方も成り立つと考えますが、どうでしょうか? この「日本人の自然崇拝・神道」の中には、道教的要素もいくらか入っています。

ともあれ、Shinさんにとっては、青木新門さんのご逝去、そして小倉昭和館の焼失は大きな痛手であり、深い悲しみであったと思います。特に後者の喪失感は、幼少年期からの思い出の詰まった映画館の喪失であり、つらいですね、本当に。喪失という感情は個人差がありますが、とてもデリケートでやっかいです。

先回、7月18日に、「ムーンサルトレター208信」を書いた頃は、徳島に行って、京都に帰ってきたところでした。7月16日に、徳島県立文学書道館で「コロナ時代を生きる」と題して講演をしたのですが、その時の記事が地元の徳島新聞8月6日付けで掲載されました。

わたしはかねがね以下のような主張をしてきました。

  1. 日本国内に、防災と防衛を統合した「防災省」を作り、技術開発と備えを進める。同時に、気象・海流・生態系など、地球科学的な基礎研究とデータ収集と解析を行なう。
  2. それと並行しつつ、国際的な「防災連合」を作る。
  3. 各家庭、各地域で、サバイバルのための「縄文ライフスタイル」ワークショップを実施する(火起こし、水探し、自然調理、自然ねぐら探しと整えなどを実施。虫被害を実感する。「自然との共生」など、言葉で言うほど生易しくないことを痛感すること)
  4. ケアと死生観教育
  5. エコロジカル・ディスタンス、フィジカル・ディスタンス、ソーシャル・ディスタンス、メンタル・ディスタンス、スピリチュアル・ディスタンスとの相互関係をよく知り、人間の知性と霊性の領域を弁える。
  6. 神話と科学を結ぶ。神話を科学し、科学を神話する。

それを踏まえて、「コロナ時代を生きる」絶体絶命的な苦難の時代を生きるには、「インターケア(相互ケア)」の精神と実践が大切になると主張しました。それは、宮沢賢治的精神でもあると思いますし、これから深刻になる「地域包括ケアシステム」においても重要な役割を果たすと考えます。

また、これに関連して、「仏教タイムス」の8月4日付けに次のような詩集『絶体絶命』(土曜美術社出版販売、2022年5月30日刊)についての書評が掲載されました。

さて、徳島から帰って来てすぐに、7月20日から25日まで沖縄に行きました。20日に沖縄県立博物館で開催された須田郡司写真展のオープニングトーク「自然災害と巨石信仰と聖地巡礼」をしました。そして、翌21日に久高島に行き、樂園学会共同世話人の椚座信さんの「原点海帰」を体験し、22日に久高島宿泊交流館で「大重祭り2022」、23日に「樂園学会」第1回大会、24日早朝日の出時にイシキ浜で山口卓宏さん祐子さん夫妻や高橋慈正さん(曹洞宗僧侶)とともに「やまろまつり」を行ないました。そして、25日に京都に戻り、月末には新潟に行き、30に新潟市東新津の「医療法人ささえ愛よろずクリニック」10周年記念イベントに参加しました。

「大重祭り2022」はいろいろと当日ハプニングなどもあり大変でしたが、両会ともに、とても有意義に、かつ豊富多彩に展開され、いずれも面白くて刺激的で示唆的でした。「大重祭り2022」と「樂園学会」第1回大会のレコーディング映像を公開しましたので、時間のある時にご覧ください。「大重祭り2022」は、スタッフの大野邦久さんが取っていてくれたので、それを無編集のまま、記録としてそのまま公開しました。収録時間は4時間35分余もあります。

「大重祭り2022」2022年7月22日(故大重潤一郎監督の命日)13時~17時30分 久高島宿泊交流館ホール 無編集記録:https://youtu.be/BaBG5vKAzVQ

「樂園学会」第1回大会:https://youtu.be/50qU8QLeqxk

この久高島で開催された「樂園学会」第1回大会では、大変ユニークかつ面白い北海道大学に所属する自然科学者・渡邊剛さんと出逢いました。そこで、渡邊さんが身心変容技法研究会で11月19日(土)に100分、喜界島のサンゴ礁とそれがもたらす身心変容問題について話をお願いしました。そして、多彩なコメンテイターの自由な立場から、分子生物学、医学~観光学、宗教学・神秘主義、発達心理学・ナラティブ研究などを踏まえて、独自に、また自由に、コメントや質問をしてもらいます。大変楽しみです。

第88回身心変容技法研究会

テーマ:「サンゴ礁世界と身心変容」

Zoom開催

日時:2022年11月19日(土)13時~17時

13時 開会あいさつ・趣旨説明・発表者紹介 鎌田東二(司会進行、10分)

13時10分~14時50分 渡邊剛(北海道大学理学研究院地球惑星科学部門地球惑星システム科学分野講師・NPO法人喜界島サンゴ礁科学研究所理事長、サンゴ礁科学)「喜界島のサンゴ礁と身心変容」(仮題)発表100分

14時40分~15時00分 (10分休憩)

15時00分~17時00分 (120分)

コメンテイター:古谷寛治(15分、京都大学生命科学研究科講師・分子生物学)

コメンテイター:津城寛文(15分、筑波大学名誉教授・宗教学)

コメンテイター:やまだようこ(15分、京都大学名誉教授、ナラティブ研究)

コメンテイター:三澤史明(15分、医師、観光・ヒップホップ研究)

コメンテイター:鶴岡賀雄(15分、東京大学名誉教授・日本宗教学会会長、宗教学・キリスト教神秘主義研究)

討議・意見交換 (60分)

司会進行・総括:鎌田東二

サンゴ礁の生態はきわめておもしろく、身心変容という問題にも予想外の角度からさまざまなヒントを与えてくれると確信しています。

今村達也さんが理事長・院長・精神科医を務める「医療法人ささえ愛よろずクリニック」の設立10周年記念「須田郡司・鎌田東二写真展」のオープニングトーク&ミニライブが終わって、その足で、越後の国(新潟県)と越中の国(富山県)の巨石巡礼をしました。

以下のチラシは、30年前、1992年10月25日に行なった新潟大学医学祭「一日まるごと宮沢賢治」のチラシです。30年ぶりに掘り出されました。これを主催したのが、当時、新潟大学医学部4年生の今村達也君でした。その彼が、2012年に「医療法人ささえ愛よろずクリニック」を作り、院長=理事長=精神科医となって、地域医療に貢献して10年。宮沢賢治の羅須地人協会を活かした地域医療組織を創り上げたのです。すばらしいことです。すごいことです。今村君、苦節30年、よくがんばりましたね。おめでとうございます。こころよりお祝い申し上げます。

1992年10月25日(日)開催の新潟大学医学部医学祭「一日まるごと宮沢賢治」チラシ

越後国巨石巡礼1日目 明神岩、石舟神社、旦飯野神社、立石山神社、白山神社、岩瀬神社、弥彦神社 2022年7月31日

動画リンク:https://youtu.be/MaQdOcN-x4Y

越後国・越中国巨石巡礼2日目 湯神社、力動神社、岩殿山明静院、奴奈川姫産湯、親不知・トンネル、大岩山日石寺、雄山神社・前立社壇 2022年8月1日

動画リンク:https://youtu.be/4rwSnlgpQ-A

そして、8月になって、東京都町田市で、9月23日に横浜の高島台で行なう「絶体絶命~いのちのよみがえりLIVE」のリハーサルをKOW(曽我部晃)さんと行ない、その後、ふたたび新潟に行って、医療法人ささえ愛よろずクリニック10周年記念イベントのクロージングトーク&ミニライブを行ない、30分ほど歌いました。石笛・横笛・法螺貝のわが三種の神器の奉奏と、神道ソング「ある日 道の真ん中で」「神ながたまちはへませ」「なんまいだー節」「銀河鉄道の夜」4曲の歌唱でした。

医療法人ささえ愛よろずクリニック10周年記念イベントを行なうことができ感無量です。

うれしくもあり、その医療地域包括ケアの活動に希望が持てます。その「医療法人ささえ愛よろずクリニック」での本日の動画をアップロードしました。部分的で無編集ですが、これまた時間のある時に見てください。

医療法人ささえ愛よろずクリニック10周年記念イベント 2022年8月11日

動画リンク:https://youtu.be/It71WFy-D6w

 

ところで、サードアルバム『絶体絶命』アレンジャー&プロデューサーのKOW(曽我部晃)さんのパートナーで『絶体絶命』のラスト13曲目の「巡礼」の訳詞者の曽我部ゆかりさんが「絶体絶命」の専用Webサイトを作ってくれました。

https://kamatatojiztzm.amebaownd.com

曽我部一家挙げての協力体制、たいへんありがたくおもいます。

9月23日、横浜高島台で、「TONY&KOW 絶体絶命~いのちのよみがえりLIVE」を行ないます。12月18日に、碑文谷のAPIAで5人編成フルバンド「絶体絶命レコ発コンサート」を行ないますので、それに向けて、

  • 9月23日 横浜高島台での「絶体絶命~いのちのよみがえりLIVE」
  • 11月中旬か下旬 龍隠庵での「絶体絶命~いのちのよみがえりLIVE Ⅱ」+天空一座の詩の朗読拡大版
  • 12月18日 目黒区碑文谷APIAでの5人編成「絶体絶命レコ発コンサート」

という流れができるといいなと思っています。もちろん、コロナ感染は続いているので、その中でやりくりできる方策を立てながらですが。

7月8日以来、安倍晋三元首相殺害と旧統一教会と自民党との関係についての報道に明け暮れていますが、「一般社団法人宗教信仰復興会議」のWebサイトの「真空」欄に記事の続編(第2弾)を書きましたのでお読みください。

https://www.hukkoukaigi.or.jp/%e7%9c%9f%e7%a9%ba/

 NPO法人東京自由大学で、この問題について、以下のようなトークを行ないます。

特別企画「宗教と政治~旧統一教会から考える日本の難点」

なぜ「宗教と政治」の醜悪な事態が生じるのか。

多くの被害者を生んできた宗教団体を政治家が支援し、利用するのか。

宗教学者3人が語り合う。(見逃し配信あり)

https://peatix.com/event/3329586/view

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安倍晋三元首相殺害の犯人の犯行動機と経歴から、自民党と旧統一教会の根深い関係が露わになってきている。「カルト教団」の暗躍が明るみに出たということでは、1995年のオウム真理教地下鉄サリン事件と似ている。「宗教と政治」をめぐる日本の腐敗が露呈したということでもある。
では、なぜ現代日本でこのような「宗教と政治」の醜悪な事態が生じるのか。多くの被害者を生んできた宗教団体に政治家がエールを送り、利用するといったことになったのか。宗教が暴力を結びつく事態は世界の諸地域で生じており、長い歴史がある。テロリズムや原理主義、過激思想、抑圧的支配と宗教が結びついた例も多々見出される。プーチン大統領やトランプ元大統領と宗教の関係にも暗い影がつきまとっている。
どうしてそのような事態が生じるのか。他の場合と比べて、現代日本の「宗教と政治」の悪き事例の特徴はどこにあるのか。日本の宗教に関心を向けつつ、宗教学・宗教思想を研究してきた3人が論じ合う。

特別企画
「宗教と政治~旧統一教会から考える日本の難点」 櫻井義秀×鎌田東二×島薗進

日時:8月27日(土)14:00~16:30
講師:櫻井義秀(北海道大学教授)×鎌田東二(京都大学名誉教授)×島薗進(東京大学名誉教授)
内容:講演・鼎談

受講料:【オンライン(見逃し配信あり)】一律2,000円
※見逃し配信はオンライン参加のお申し込みをされた方全員に対し、講座終了後から数日内に、YouTubeの限定公開のリンクをお送りいたします)

申込み:https://peatix.com/event/3329586/view

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今日は、米原に来ています。ありがとう寺住職の町田宗鳳さんと実業家の所源亮さんと6時間近くも語り合いました。いろいろな意味とレベルで、たいへん面白く、楽しく、刺激的な夕べでした。

2022年8月13日 鎌田東二拝