NHK文化センター京都での季節限定単発講座「京都 五山の送り火」2022年8月7日を開催します。

シンとトニーのムーンサルトレター 第039信

第39信

鎌田東二ことTonyさんへ

 Tonyさん、わたしは、いま金沢にいます。昨日は北陸大学で授業を行ない、今日は「北國新聞」のインタビューを受けました。もともと金沢は大好きな街でしたし、弊社の拠点も多いのでよく訪れていましたが、北陸大の客員教授になったおかげで、さらに来る回数が増えました。先日は、金沢を中心としたサンレー北陸の社員旅行にも参加し、立山・黒部の紅葉を楽しんできました。その後、長野に足を伸ばして、善光寺にお参りしました。

 善光寺といえば「観光仏教」を象徴する寺のひとつだといえるでしょうが、初めて参拝したわたしも、そのことを強く感じました。そして、ここ数年で訪れた法隆寺にしろ、薬師寺にしろ、東大寺にしろ、同じことを感じました。延暦寺や金剛峰寺はまだ宗教施設としての威厳を感じさせてくれましたが、その他の寺は観光施設としての印象のみでした。

 別に観光施設が悪いわけではありません。わたしは「観光」という営みに最高の価値を置く人間ですし、弊社会長である父は(社)日本観光旅館連盟の会長を務めながら、つねに「観光とは何か?」「今後の観光はどうあるべきか?」と問うています。ただ、わたしが気になったのが、「観光仏教」のシンボル的な寺の多くにホスピタリティがまったく感じられなかったことです。たとえば、それらの寺の僧侶に何か尋ねても、対応が非常に悪い。面倒臭そうに答える。法隆寺では、夢殿の方向を僧侶に尋ねたところ、無愛想にその方向を無言で指差しただけでした。東大寺で手洗いの場所を聞いたときも、同じような対応でした。そして、善光寺ではそれと同じ、さらにはもっと強い違和感あるいは不快感をおぼえました。それらの寺でわたしが接した僧侶たちには、観光客を見下す心があるように思えてなりませんでした。そして、ここが重要なところですが、だからといって彼らには宗教者としてのオーラもまったく感じられませんでした。

 わたしは、僧侶にしろ、神官にしろ、神父や牧師にしろ、宗教者たる者は、宗教者としてのオーラを感じさせなければならないと考えています。一般人が彼らに接したとき、「さすがに宗教者だ!」と思わせなければなりません。観光客に何か尋ねられたときでも、「さすがに親切だ」「さすがに思いやりがある」「さすがに立ち居振る舞いや言葉遣いが美しい」という印象を与えるべきではないでしょうか。少なくとも、寺の拝観料を取るならば、僧侶たちはもっとホスピタリティを示すべきだと思います。

 日本の仏教は、「観光仏教」と並んで「葬式仏教」とも呼ばれます。もちろん、良くない意味で使われることが多いです。しかし、葬儀を執り行なう僧侶たちにも宗教者としてのオーラが感じられなくなってきていることが気になります。文化人類学者の上田紀行さんの著書『がんばれ!仏教』(NHKブックス)を読むと、上田さんは仏教関係のシンポジウムの基調講演を行なった後、懇親会で一人の若者のこんな発言にショックを受けたそうです。「ぼくは寺の息子なんですが、よく『葬式仏教』って言われますけど、今のままの葬式を続けていたら、ぼくの世代が喪主になるころは、『もうこんな葬式ならいらない』って、坊さんは呼ばれなくなっちゃうと思うんです。ありがたくもないし、宗教的でもないし、家族の気持ちをケアするわけでもない。ぼくの同級生とかと話してると、もうそんな意味のないものならやめてしまおう、少なくとも坊さんはもう呼ばなくてもいいって言い出すように思えるんですよね。それで、『もうやめよう』って人がある割合になったときに、誰も坊主に葬式を頼まなくなり、すべてが崩壊するような気がするんです」

 「日本仏教の未来と可能性」を論じてきたシンポジウムが終わった後のこの発言に、これまで伝統仏教のあり方を批判してきた上田さんでさえ度肝を抜かれたとか。しかし、言われてみれば、上田さんご自身も葬式と法事には大きな不満を持っておられたそうです。菩提寺は浄土真宗ですが、若い住職は法事に来てもほとんどしゃべらない。到着して「こんにちは」。着替えて仏壇の前に座って「みなさん、こちらに」。その後、浄土真宗の教えをまとめた『正信偈』のリーフレットを配って一緒に唱和するが、その後は説教もいっさいなしで、「それでは、これで」。お布施をもらって「どうも」。そして再度着替えて「さようなら」。家に入ってから出るまで、5回しかしゃべらない。お経以外で口を開くのは正味4、5秒。そして決定的なことは、上田さんが見ていても彼が仏教を信仰しているとはまったく思えないし、宗教者としてのオーラもまったく感じられないというのです。

 わたしは、葬儀の形は必ず大きく変化すると思っています。仏教はその思想性が時代に強く求められながらも、葬儀や法事など現実の場面において現代人のニーズやウォンツを必ずしもとらえきれていないように思います。そして、その足りない部分を補完する者は冠婚葬祭業者であるわたしたち以外にありません。残された遺族のグリーフ・ケアなどは、まさにその最たるテーマでしょう。だいたい、「観光仏教」とか「葬式仏教」とかいう場合、「仏教」に高い価値が置かれ、「観光」や「葬式」は低く見られています。しかし、「観光」や「葬式」こそは、ともに高いレベルの「ホスピタリティ」が求められ、ハートフル・ソサエティにおける最重要ジャンルです。「仏教」はよほど性根を据えてかからないと、「観光」や「葬式」から見捨てられてしまうかもしれません。

 このように仏教の現況について色々と憂うところのあるわたしですが、先日、11月4日に北九州市を訪れたダライ・ラマ14世の講演会に行ってきました。福岡県仏教連合会の主催でしたが、弊社はパンフレットの広告などで協力させていただきました。午後からは一般向けの講演会もあったのですが、父とわたしは午前中に行なわれた宗教者向けの講演会に参加し、多くの僧侶たちと一緒に現代の聖人の話を聴きました。ダライ・ラマ14世は、これまで世界各地の行なってきた講演と同様に、「思いやり」というものの重要性を力説していました。そして、人を思いやることが自分の幸せにつながっているのだと強調したうえで、次のように述べました。

 「消えることのない幸せと喜びは、すべて思いやりから生まれます。思いやりがあればこそ良心も生まれます。良心があれば、他の人を助けたいという気持ちで行動できます。他のすべての人に優しさを示し、愛情を示し、誠実さを示し、真実と正義を示すことで、私たちは確実に自分の幸せを築いていけるのです」

 これと似た言葉を、かつてあのマザー・テレサも次のように語っています。

 「私にとって、神と思いやりはひとつであり、同じものです。思いやりは分け与える喜びです。それはお互いに対する愛から小さなことをすることなのです。ただ微笑むこと、水の入ったバケツを運ぶこと、ちょっとした優しさを示すこと。そういったことが思いやりとなる小さなことです。思いやりとは人々の苦しみを分かち合い理解しようとすることで、それは人々が苦しんでいるときにとてもいいことなのだと思います。私にとっては、まさにイエスのキスのようなものです。そして思いやりを与えた人が自分の思いを分け与えながらイエスに近づくというしるしでもあります」

 ここで注目すべきなのは、ダライ・ラマはブッダの教えを、マザー・テレサはイエスの教えを信仰する者であるということです。異なる宗教に属する二人が、「思いやり」という言葉を使って、まったく同じことを語っています。キリスト教の「愛」、仏教の「慈悲」、儒教の「仁」なども含めて、すべての人類を幸福にするための思想における最大公約数とは、おそらく「思いやり」の一語に集約されるでしょう。そして、その「思いやり」を形にしたものが「礼」や「ホスピタリティ」です。

 そもそも、この世の中のあらゆる人々がホスピタリティ・マインド、つまり「思いやり」の心を持っていれば、戦争など起こらないはずです。しかし、かのチベット暴動において、チベット仏教の僧侶たちによる暴力行為が指摘されています(もっとも、ダライ・ラマ14世は、それは中国のデマゴーグであると講演会で強調していました)。11月10日にはエルサレムの「ゴルゴダの丘」でキリスト教徒たちによる集団乱闘事件がありました。

 まったく暗澹たる気分になりますが、逆に希望を抱かせるニュースもあります。オバマがついにアメリカの大統領就任が決定しましたが、彼の父親はケニア出身でイスラム教徒であるとか。初の黒人大統領というのも画期的ですが、イスラム教徒の息子がアメリカの大統領になるというのは、もっと画期的です。ぜひ、オバマにはキリスト教とイスラム教の間に会話ができる環境をつくってほしいと心から願います。まさに、「会話」こそが「平和」に至る唯一の道ではないでしょうか。ダライ・ラマ14世は次のように語りました

 「世界が抱えている状況をじっくり考えたうえで申し上げれば、自分自身がより幸せになるために、そして、まわりの人たちも幸せになるために必要なものは、会話ではないでしょうか。会話をし、お互いに歩みよりの姿勢を持つことで、家庭や社会、世界が抱える問題をなくしていくことができると私は信じています」

 多くの人々は、人間は戦争をする動物であり、戦争を地球上からなくすことなど不可能だと断言します。たしかに、そうかもしれません。しかし長いあいだ、人類は奴隷制が永久に続くものだと信じていました。日本でも、明治維新の前後までは、国内で内戦がなくなるなど誰も考えていませんでした。それが、西南戦争の後、130年間にわたって国内では戦争が起こっていません。世界がこの日本と同じような状況に絶対にならないと誰がいえるでしょうか。かつて、カントが『永久平和のために』で述べたように、わたしたちは地球上から戦争がなくなるまで愚直なまでに「燃えるような理想主義」を持ち続けなければならないと思います。人類にとって最大の「プロジェクトX」とは、宇宙空間への進出でも、心を持つロボットの開発やタイムマシンの発明でもなく、やはり戦争の根絶に尽きるでしょう。そして、限りなく幻に近い「永久平和」の扉を開くには、会話という、あまりにも人間的な方法しか、わたしたちは持ちえません。

 いま、わたしの目の前には、上田紀行さんとTonyさんが共に顧問として名を連ねておられる「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」による「チベットからの風」というパンフレットが置かれています。そこには、「仏陀の叡智が息づく聖地、チベットの危機。」「いま、一人ひとりが、慈しみあいを考える時。」「チベットのこと、あすのこと、わたしたちのこと。」と大きく書かれています。わたしは、今宵の満月を見上げながら、ただただ地球人類の平和を願いたいと思います。Tonyさん、24日に東京でお会いできることを楽しみにしています。それでは、そのときまで、オルボワール!

2008年11月13日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 Shinさん、こんばんは。今宵の満月はとても美しく見えます。わたしは今日の夜、京都から大宮に戻ってきました。京都では朝から2時過ぎまで東山を歩いていました。吉田山と瓜生山を。吉田神社、宗忠神社、竹中稲荷、大山祇神社、狸谷山不動院、曼殊院を巡拝してきました。京都ではそろそろ紅葉が見頃になりました。

 一昨日には比叡山に登り、根本中堂や無動寺谷の不動堂や弁天堂をお参りしましたが、その時、夕方の5時半ごろに、坂本へ降りてゆくケーブルの駅で紺の作務衣姿の若いお坊さんに会いましたが、彼は「ようお参りです」と向うから挨拶してくれました。比叡山の若いお坊さんはみな挨拶しますよ。とても気持ちよく。”一隅を照らす、道心を持った者”、それが「国宝」だと最澄さんは『山家学生式』の中で言っていますが、その最澄の心はまだ比叡山には生きていると思っています。が、日本の多くの「観光寺院」にはそうした「心」は生きていないかもしれません。

 ところで、ここ十数年のことかと思いますが、以前は伝統仏教は「葬式仏教」として仏教本来の役割から離れてしまったと否定的に見られてきましたが、「いや、そうではないよ。むしろ、自信を持って『葬式仏教』をやりつづけることに日本仏教の意味と意義と力があるんじゃないか」という意見もあちこちから上がってきています。おそらくそれは、結婚式や葬式を含め、かつてのような伝統的習俗がなし崩しに崩壊してきていることが背景にあり、「こころ」をつなぎとめる習俗としての「葬式」の人間関係論的な意義と役割を見直す必要があるという議論ではないかと考えています。

 Shinさん率いるところの株式会社サンレーは、「月への送魂」など次々に新しい「冠婚葬祭」や儀礼文化や人間関係のあり方を創造し、社会発信されていますね。Shinさんは、先月のムーンサルトレターの中で、「サンレーの大ミッションは『人間尊重』であり、小ミッションは『冠婚葬祭を通じて良い人間関係づくりのお手伝いをする」です。わたしたちは、いつも『人間尊重』を心がけ、『良い人間関係』をつくるためにはどうしたらよいかを考えています。』」と言っておられますね。まさにそこのところが、「礼」すなわち「儀礼文化」核心ではないでしょうか。

 ただ、わたしは「フリーランス神主」として祈りや祭りを行い、「神道ソングライター」として歌を歌っているので、儀礼が「人間尊重」のみならず、自然や神々や精霊への畏怖畏敬を発信し表現する行為であることの意味と力を大変重要だと考えています。むしろ、そちらの方がわたしにとっては比重が重いと言えるかもしれません。

 57歳という年齢にもなると、親兄弟はもちろん、年齢の近い友人たちの死にもしばしば遭遇するようになります。つい先ごろも、この12年親しく交わってきた伊勢の猿田彦神社の宇治土公貞明宮司に先立たれ、神奈川県二宮の川匂神社の二見博司宮司を亡くしました。二見さんとは神主の資格を取るときに同級生だった友人です。いつも秋になってわたしがすだちを送ると、彼は落花生を送り返してきてくれたものです。たまにしか会わなかったけど、そんな苦楽を共にした友達が死んでゆくのを見送るのは寂しいものです。

 それが生死の定め、諸行無常というものだとはよくよくわかっていますが、そうだとしても、周りの家族や人間関係や遣り残した仕事や任務のことを考えると、もっと長生きして活躍してほしかったとないものねだりをしたくなります。

 その故・宇治土公貞明宮司を追悼する出版報告会がアルカディア市ヶ谷で11月24日の午後4時から開催されることになりましたが、先約をキャンセルして小倉からお父上ともども駆けつけてくださるとのこと、本当に有難く思っています。わたしはその追悼の集いの呼びかけ文に次のように記しました。

天の八ちまたに立つ”虫取り”の大人(うし)に捧ぐ

 わたしたちは12年前、46歳の宇治土公貞明・猿田彦神社宮司と出会った。宮司さんは、猿田彦大神の子孫というだけあって、さまざまな異世界を流通させる「天の八岐(やちまた)」に立ちはだかっていた。そして、いろんなおもろい結びをしようと待ち構えていた。

 わたしたちは、ある意味では、「飛んで火に入る夏の虫」だったと今になって思う。そのことを、うれしく、ありがたく、たのしく、感謝の思いを以って想い出す。「宮司さん、一緒におもろい”虫取り”をしましたね。あなたからの誘いがなかったら、こんなおもろく、たのしい、神楽的な、聖なる”虫取り”ができんかったよ。ほんとうに、ありがとう! ありがとうございます。」

 そんな風に、この楽しく豊かな”虫取り”の思いを伝えたい。じっさい、今ここに、この12年の歩みにおける細野晴臣さんや環太平洋モンゴロイドユニットとのコラボレーションが『神楽感覚』(作品社)という豊かな”虫”となって、平成20年10月10日という節目の日に世に飛び立った。それに少し先立つ9月30日には、『聖地感覚』(角川学芸出版)という”小虫”も飛び立った。

 これらの”虫”は、宇治土公貞明宮司さんの誘いを通して発見され、捕獲され、世に放たれたものである。そのことを、さる9月10日に急逝心筋梗塞により突然この世を去った宮司さんに感謝の気持ちとともに報告申し上げたい。

 そんな思いを以って、出版記念報告会「神楽感覚・聖地感覚〜猿田彦大神フォーラムの道〜ありがとう、うじとこ宮司!」を開催したい。縁ある方々、またこれから縁を結ばれる方々、既知の方も、未知の方も、「神楽」や「聖地」や「宇治土公宮司」に思いを寄せることのできる方々が「天の八ちまた」に寄り集まって、言葉で、神楽で、直会(なおらい)で、それぞれの思いを表現し、たのしくおごそかでゆたかでほがらかな交流を味わいたい。

 ぜひこの機会にご参集いただきたい。そして、次なる”虫取り”への歩みをお誘い申し上げます。

平成20年10月24日 猿田彦大神フォーラム世話人代表 鎌田東二拝


当日は、次のような流れで進めるつもりです。
■第一部 トーク&演奏  16:00〜18:00
一.サルタヒコ談義「お神楽しよう◇聖地を結ぼう」
細野晴臣(音楽家)・龍村仁(映画監督)・鎌田東二(宗教学)、猿田彦大神フォーラム世話人のリレートーク
二.上映「猿田彦大神巡行祭」
三.神楽奉納 細野晴臣&環太平洋モンゴロイドユニット
■第二部 やちまた交流会 18:00〜20:00
 ぜひ最後まで天の八ちまたで「人間尊重」的交流を繰り広げていただければ幸いです。


 11月13日に店頭に並び始めたのですが、先ごろ、河合俊雄・鎌田東二『京都「癒しの道」案内』(朝日新書、朝日新聞出版刊)と題する共著を上梓しました。臨床心理学者でこころの未来研究センター教授の同僚・河合俊雄さんとの協働作業で新書をまとめたのですが、この本作りは楽しめました。これは京都府との共同事業の一つでもある研究プロジェクト「京都における癒しの伝統とリソース」のフィールドワークに基づいて互いにコメントしながら分担して書き上げたものですが、取り上げた京都のいくつかも「聖地・霊場」や寺社に両方の視点を入れてあります。「たすきがけ人事」というものがありますが、これは「たすきがけ書法」によって書き上げたもので、その「たすきがけ」本作りが大変面白く、楽しくもありました。ぜひ続編を出してみたいな、と思っています。

 17歳の時に始まったわたしの「聖地探訪」や「聖地研究」もまるまる40年を過ぎました。しかし、この40年でどのような世界の変化があったかを考えると、1968年に世界に突きつけられた問いに対して、人類は最悪の答えを返してきていると思わずにはいられません。そんな40年を考えると、わたしの中で、「人間尊重」という言葉は重く沈み、澱んできます。Shinさんには申し訳ないのですが、それが偽らざるわたしの気持ちです。人間は人間中心とエゴを尊重しすぎたのではないでしょうか。

 わたしは『聖地感覚』でも触れましたが、東山連峰に入るようになって、より山の側から、森の側から、動物や植物の側から人間のことを考えるようになりました。東山修験道というのは「身体生態智」を身につけるための「身一つ修験道」を目標にしています。もちろん、わたしは「身一つ」では生きられません。パンツを穿き、衣服を身に付け、靴を履いて出かけます。そのようなプロテクトなしに一日たりとて生活できない身であることを身に沁みて理解しています。

 が、それだからこそ、わたしは「身一つ」になれないこの「身」の現実にこだわりたいのです。闇夜に懐中電灯を持たずに山を歩くこともそうしたこの「身」の何もできなさを徹底自覚するための方法です。オウム真理教の他の多くの宗教が用いてきた身体技法は、わが身の拡大でした。それは、ミクロコスモスとしてのわが身をマクロコスモスとしての宇宙や神と一体化させる身体技法です。オウム真理教事件直後、わたしはそのような「大きくなるための身体技法」に対して「小さくなるための身体技法」を開発しなければ人類はだめになってしまうのじゃないかという論文を『イマ—ゴ』に書いたことがありますが、わたしが今東山修験道として実践していることはまさしくそのような「小さくなるための身体技法」の開発です。小さいけれども繊細で強靭で、生き延びていくための叡智と活力を持っている、そのような身体技法を生み出したいのです。

 高校生の時、わたしが一番なりたくない職業は坊さんと学校の先生でした。それは、わたしにとって、説教するけどわが身を使って実践しない人の代名詞だったからです。それ以来、わたしは説教せずに実践することとモットーに生きてきました。実践できないことをさも大事そうに、たいそうに話す人をわたしは尊敬できません。実践する人、それに向かってもくもくと努力する人、日々の実践の中から謙虚に深く学んでいる人、そのような人をわたしは心から尊敬します。口先だけの人間には絶対なりたくない、高校生の時からのわたしの一途な思いです。

 そんな自分がいるので、「人間尊重」ということも、どのような実践ができるのかをよくよく見、確かめ、吟味しなければ納得できないし、人間を悪い意味で尊重しすぎたエゴイズムが今日の事態を生み出していることの徹底批判や自覚なしに人間の素晴らしさや可能性を考えることができないのです。

 すみません。Shinさんが本当に言いたいことと別の次元で自分のこだわりにひっかかっていて。金融危機や景気後退が言われているこの状況を人類史における負債返済への転換期にしたいものです。毎週の火曜日に比叡山に登り、根本中堂に参拝しながら、紅葉の美しさに自然界への畏怖畏敬の念を感じながら、日々そんなことを考えています。

2008年11月14日 鎌田東二拝