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シンとトニーのムーンサルトレター 第097信

第97信

鎌田東二ことTonyさんへ

 毎日暑い日が続きますが、お元気ですか。わたしは夏風邪から航空中耳炎を患い、やっと治ったところです。ところで、宮崎駿監督の待望の新作「風立ちぬ」が20日から公開されていますが、Tonyさんは御覧になりましたか。わたしは早速観ましたよ。初日の時点ですでに、2008年の宮崎映画「崖の上のポニョ」(最終興収155億円)を超える好スタートを切ったことが明らかになったそうです。スタジオジブリでの宮崎駿作品は、タイトルの中に接続語として「の」が入ることが慣例ですが、この「風立ちぬ」は宮崎監督のスタジオジブリ長編監督作品の中で「の」が一切入らない唯一の作品ですね。

 「風立ちぬ」の舞台は大正から昭和にかけての日本ですが、戦争、大震災、世界恐慌による深刻な不景気など、非常に暗い時代でした。そんな中で、飛行機作りに情熱を傾けた青年・堀越二郎の人生が描かれています。幼少の頃から飛行機に憧れていた二郎は、長じて航空機の設計者となります。彼はイタリア人飛行機製作者であるカブロー二を尊敬し、夢の中でカブローニと飛行機談義を交すほどでした。そして、いつの日か自らの手で美しい飛行機を作り上げたいという夢を抱いていたのです。列車に乗っていた彼は、関東大震災に遭遇しますが、そのとき乗り合わせていた菜穂子という少女に出会います。数年後、避暑に訪れていた軽井沢のホテルで再会した二人は恋に落ちて、結婚の約束をします。ところが、菜穂子は結核に冒されていたのでした。菜穂子の励ましもあって、二郎はゼロ戦を生み出します。ところが、愛する二人の前には過酷な運命が待っていたのでした。

 この映画、ラストに「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」というクレジットが入りますが、主人公のキャラクターには実在した二人の人物が混在しています。こういう設定は非常に珍しいというか、少なくともわたしにとっては初めてです。ヒロインの菜穂子も、堀辰雄の「菜穂子」という小説から取ったようですが、映画のタイトルでもある「風立ちぬ」という堀辰雄の代表作とは無関係のようです。どうして、宮崎駿監督は、このような紛らわしいことをしたのでしょうか?

 それは、やはり堀越二郎や堀辰雄といった実在の人物をモデルにしながらも、単なる伝記アニメではなく、宮崎監督自身の世界観を映し出す独自の物語を紡ぎ出したかったのではないかと思います。それならば、「別にアニメでなくとも良かったのではないか」という意見も出そうですが、実際、この映画はアニメでなく実写映画に仕上げても面白かったのではないでしょうか。しかし、やっぱりアニメでないと描けない世界もあります。この映画を観て、わたしは何よりも日本家屋の描写に感銘を受けました。かつて谷崎潤一郎が『陰影礼賛』に書いた日本家屋の美を見事に表現しています。また、主人公の二郎がカブローニと会話を交す夢の描写もアニメならでは、です。

 この映画の最大のテーマは「夢」ではないかと思いますが、冒頭から少年時代の二郎が飛行機の夢をみるシーンから始まります。その二郎は、実際に飛行機を作ることを夢みて、航空機の設計者になります。この「夢をみる」と「夢みる」を掛け合わせているところが、この映画が「夢」の映画である最大の所以です。

 また、二郎の夢の中(カブローニの夢の中でもあるのですが)で、カブローニは「飛行機は美しい夢だ」と二郎に語ります。そう、飛行機とは夢そのもの。わたしは「リビング北九州」という30万部発行のフリーペーパーに「一条真也の心に残る名言」というコラムを連載しているのですが、その最新号でウォルト・ディズニーの“If you can dream it,you can do it.”という言葉を紹介しました。「夢見ることができるなら、それは実現できる」という意味ですが、わたしは「人間が夢見ることで、不可能なことなど1つもありません。逆に言うなら、本当に実現できないことは、人間は初めから夢を見れないようになっているのです。偉大な夢の前に、これまで数多くの『不可能』が姿を消してきました」と書きました。

 そして、その実例として飛行機の話を以下のようにしました。最初の飛行機が飛ぶ以前に生まれた人で、現在でも生きている人がいます。彼らの何人かは空気より重い物体の飛行は科学的に不可能であると聞かされ、この不可能を証明する多くの技術的説明書が書かれたものを読んだことでしょう。これらの説明を行なった科学者の名前はすっかり忘れてしまったけれども、あの勇気あるライト兄弟の名はみな覚えているはず。そう、ライト兄弟の夢が人類に空を飛ばせたのです。

 そして、「美しい飛行機を作りたい」という二郎の夢は叶います。彼は、ついに「三菱零式艦上戦闘機」すなわち「ゼロ戦」を開発するのです。しかし、このゼロ戦はどのような悲劇を生んだか、わたしたち日本人はよく知っています。百田尚樹氏の大ベストセラー『永遠の0』にも書かれているように、ゼロ戦は小回りがきき、当時では飛距離が桁外れでした。ただ、悲しいのは搭乗する人間のことがまったく考えられていなかったこと・・・。戦闘機という機械にのみ目を奪われていた大日本帝国は、兵士という人間に対する視点が決定的に欠けていたのでした。

 もちろん、その責任が堀越二郎ひとりにあるなどと言う気はありません。ただ彼の飛行機作りへの夢が、いつしか人間の幸せと別の方向にあったことも事実だと思います。いつの世でも、強烈な夢は狂気を帯びます。「飛行機は美しい夢だ」と語った後で、カブローニが「ただし、飛行機は呪われた夢でもある」と言い放った一言には重みがあります。

 ゼロ戦の開発者をモデルに映画を作ったことについて、宮崎駿監督は映画版の企画書の中で次のように述べています。「私達の主人公二郎が飛行機設計にたずさわった時代は、日本帝国が破滅にむかってつき進み、ついに崩壊する過程であった。しかし、この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない。二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能においてもっとも抜きんでていた人間である。それを描こうというのである」

 実在した堀越二郎という人は、神風特攻隊でゼロ戦に搭乗して散っていった若者たちのことをどう思っていたのでしょうか。彼らに対して鎮魂や慰霊の心を抱いたのでしょうか。わたしは、そんなことを考えました。この映画は飛行機への愛に溢れています。もともと、宮崎駿監督の飛行に対する志向性はよく知られています。「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「魔女の宅急便」・・・・・主人公が空を飛ぶ物語のオンパレードです。「紅の豚」という飛行機乗りそのものの作品もありました。わたしにとっての飛行機乗りといえば、なんといってもサン=テグジュぺリです。彼の『夜間飛行』や『人間の土地』は飛行文学の最高傑作であると思うのですが、宮崎監督は両書の新潮文庫版のカバーのイラストを描いています。いずれ、短編でもいいですから、劇場で公開しなくてもいいですから、この2つの物語をアニメ化してほしいと願うのはわたしだけではないでしょう。

 それにしても、この「風立ちぬ」ほど、ロマンティックな物語もないでしょう。宮崎駿という人が「筋金入りのロマンティスト」であることがよくわかります。ロマンティシズムの最大の要素といえば「愛」と「死」ですが、この映画には両方の要素がたっぷりと詰まっています。「愛」といえば、二郎と菜穂子の純愛は、その劇的な出会いと再会、そして悲劇というべき別れが観衆の涙を誘います。

 何よりも、わたしの胸を打ったのは急遽行われた二人の祝言のシーンでした。二郎の上司である黒川とその妻が仲人を務めたのですが、本当に素朴で粗末で、健気で、心のこもった素晴らしい祝言でした。わたしは、この場面を観て泣けて仕方なかったです。そして、かねてからの持論である「仲人は必要!」「結婚式は必要!」という考えを再認識しました。

 また「死」といえば、ヒロインの菜穂子が作中で亡くなります。このことは、早くからプロデューサーの鈴木敏夫氏によって明かされており、ネタバレには成らないと思っています。ジブリの長編作品でヒロインが亡くなるのは非常に珍しいですが、「火垂るの墓」で幼い節子が栄養失調で亡くなる演出以来だそうで、なんとジブリ史上2回目の例だとか。

 そして「死」といえば、作中で描かれる関東大震災のリアルな描写が、大量死を観衆にイメージさせます。アニメで関東大震災が描かれたのは記憶になく、おそらくは初めてではないでしょうか。わたしは、「いずれ、東日本大震災の惨劇もアニメで描かれる日がくるのか・・・」と思いました。

 宮崎監督は東日本大震災後の日本人のためにこのシーンを描いたのかと推測しましたが、この映画の企画書は2011年1月10日に書かれており、あくまでも偶然のようですね。また、二郎が作ったゼロ戦そのものが巨大な「死」の影を帯びています。さらには、主題歌であるユーミンの「ひこうき雲」は、まさに死のロマンティシズムの極致だと言えるでしょう。この「ひこうき雲」は、まさに映画「風立ちぬ」の主題歌となるべく30年前に生まれた曲のように思えてなりません。

 ところで、本日、わたしの新刊『死が怖くなくなる読書〜「おそれ」も「かなしみ」も消えていくブックガイド』(現代書林)の見本が出ました。長い人類の歴史の中で、死ななかった人間はいませんし、愛する人を亡くした人間も無数にいます。その歴然とした事実を教えてくれる本、「死」があるから「生」があるという真理に気づかせてくれる本を集めてみました。これまで数え切れないほど多くの宗教家や哲学者が「死」について考え、芸術家たちは死後の世界を表現してきました。医学や生理学を中心とする科学者たちも「死」の正体をつきとめようとして努力してきました。まさに死こそは、人類最大のミステリーであり、全人類にとって共通の大問題なのです。

 なぜ、自分の愛する者が突如としてこの世界から消えるのか、そしてこの自分さえ消えなければならないのか。これほど不条理で受け容れがたい話はありません。『死が怖くなる読書』には、その不条理を受け容れて、心のバランスを保つための本をたくさん紹介されています。読者自身の死ぬことの「おそれ」と、読者の愛する人を亡くした「かなしみ」が少しずつ溶けて、最後には消えてゆくような本を選んでみました。『死が怖くなくなる読書』は8月3日に発売されます。Tonyさんにも送らせていただきますので、ご笑読の上、ご批判下されば幸いです。

 まだまだ猛暑が続きますが、くれぐれも御自愛下さい。それでは、Tonyさん、お元気で。オルボワール!

2013年7月23日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 とても熱い熱いレター、ありがとうございます。ここまで熱く『風立ちぬ』を語ってくれたなら、宮崎駿監督も満足でしょう! わたしも、『ジブリの教科書③ となりのトトロ』(文春文庫、文藝春秋、2013年6月)で「トトロの森のトトロ論」を熱く語ったので、気持ちよくわかります。それにしても、熱いですね。Shinさんの「風立ちぬ」論。

 わたしはまだ見ていませんが、息子も見てよかったと言っていました。ヒットするでしょうね、きっと。「夢のない」時代ですから。あぶないかもしれないけど、「狂気」に接続した「夢」の魔力も必要ですよ。

 わたしは、この前のレターを書いた頃は、ミシェル・レリスの『幻のアフリカ』に熱中してましたね。その後、『日常生活の中の聖なるもの』(岡谷公二訳、思潮社、1986年)の表題論文を読み、その最後に、「人間が自分のために立てることのできるもっとも≪聖なる≫目的の一つが、できるかぎり正確な、かつ強烈な自己認識を獲得することであるなら、各人が、最大限の公正を以ておのれの記憶をさぐり、そこに、彼にとって聖なるものの観念自体がどのような色合いを帯びているかを判別させてくれるなんらかの徴候を発見しようと試みることが、望ましい」(32-33頁)とあるのを見て、やはりレリスは地道だなあ、と思いました。

 レリスは詩人でしたが、最近、もう一人日本の詩人・山尾三省さんの『カミを詠んだ一茶の俳句—希望としてのアニミズム』(地湧社、2000年)を再読したのですが、これがじつに、じつに、すばらしい本でしたね。Shinさん、もし読んでいなかったら、ぜひ読んでみてください。これほど、小林一茶(1763-1828)に肉薄した本も珍しいです。

 実際には、13年前、この本が出たころ、山尾さんから送ってもらって読んでいたんですよ。でもね、きっと、パラパラっと流し読みしただけだったんですね。読んでいても、集中していなくて、まったく心に入っていなかったということがよくわかりました。松尾芭蕉は大好きで、心の底から尊敬しているけれど、小林一茶はどうも好きになれなかったんですよ。これまで。たぶん、『おらが春』という句集を教科書で習った時のイメージが生活臭が強くて、毛嫌いしちゃったんでしょうね。

 その一茶が「月花や四十九年のむだ歩き」と詠むのですが、その一茶の「むだ歩き」と自称する生涯と句作に迫る山尾三省さんの「歩き方」が凄いのです。これは、「カミワザ」ですね、まったく。三省さんでなければ絶対迫れないようなシロモノです。すごいよ。三省さん。感心したよ。

 三省さんは言います。「俳句がなぜアニミズムの詩形式であり、思想であるかというと、その中核に季語というカミ(美しいもの・善いもの・真実なものの総称)を必須の条件として要請しているからであり、無季句にあってもその中核には、季語に代わるなんらかのカミが詠みこまれてあるからである。」、「俳諧には季語を入れねばならないという無言の約束の背後には、入界とは季語の諸現象という無数無限のカミガミを詠む詩形式であるという共同幻想が明確にあった」(20頁)と。このように、俳句が「アニミズム」の文学形式(詩形式)であることを三省さんは指摘します。

 じつは、わたしも、25年ほど前の『朝日グラフ』の俳句特集号で、「俳諧」とは「人に非ず、皆言う」森羅万象が言葉を発するアニミズム文学であると主張したことがあったんです。本ムーンサルトレター95信に記したとおり、さる5月18日に京大俳句会主催の「京大俳句会50回句会記念イベント in 西部講堂」で、講演「言霊あるいは言語遊戯としての俳諧」をした際、

①「俳句」は「俳諧」である。
② 「俳諧」は「俳=人に非ず+諧=皆言う」ワザである。
③ 「俳諧」は「写界主義」である。それは、「界面」を「写す」ワザである。
④ 対して「短歌」は「写心主義」である。それは「心(情)」を「写す」ワザである。

⑤ 「俳諧」は「徘徊=吟行」によって支えられる「地面の文学」である。あるいは、「地霊」を呼び出すワザである。⑥ その、場ないしアニミズム文学としての「俳諧」は、「脱人間(中心)主義」、「脱主体(個人)主義」を基とする「汎主体(俳諧=人に非ず・皆言う)主義」である。

 と主張したのでした。だから、この「俳諧」が「アニミズム文学」という点では共通認識があったのが改めてわかったのです。三省さんはさらに言います。「俳諧という、本来的にはカミを詠む芸術様式が確立された」(43頁)と。

 そして、「通し給へ蚊蝿の如き僧一人」という、その「蚊蝿の如き僧一人」に三省さんは自分を重ねるのですね。東山修験道行者のわたしも、「蚊蝿の如きフリーランス神主一人」ですから。

 その一茶は、信濃国の柏原村出身ですが、晩年に故郷に帰ります。そこにもいろいろと腹違いの弟や継母と悶着があったのですが、それを含めて、山尾さんは、「一茶という人は、生まれ故郷と還るべき故郷とが同一の場であった幸せな人の一人である」(102頁)と見、一茶に「故郷性存在」(102頁)を読み取るのですよ。

 それは、「人間という種は、他の生物も含めてのことだが、本来的にその住む場所、地域に所属している存在であるということである」(102頁)、「場=地域ということをさらに深めていくと、そこに<つひの栖>という暮らすことの究極のヴィジョンが現われ、<死所>という生命の循環の究極の相が現われてくるのである。」(109頁)という場所論を持っている三省さんにとっては、必然的に行き着いた読みでした。

 東京神田出身の山尾さんは、インド放浪後、屋久島に移り住み、農をしながら、詩を書き、思索を紡いでいきます。その三省さんは、確かに、現代のまぎれもない「蚊蝿の如き僧一人」であったといえるでしょう。

 その三省さんが、「下々も下々下々の下国の涼しさよ」と吟じた51歳の「俳諧寺一茶」を名乗った一茶の「下国」観に迫るのですよ。これがまことに心に沁みる解釈というか、読みなんですよね。上品上生の江戸(東京)のような都市・都会に対して、下品下生の下の下の国に住まいする、浄土真宗の信心を持つ地べたの生活者の「涼しさ」という、一茶的な神仏理解にグイと迫るんですよ。ホンマ、スゴイよ。三省さんは。

 その山尾三省さんの透徹したまなざしが屋久島の森と海と土と風と水で洗われ磨かれていたことを、東山36峰に入るようになってやっと骨身に沁みてわかるようになりました。しかし、まことに残念ながら、それは、三省さんが亡くなって一巡り、12年が経ってからでしたが。

 ところで、わたしは、つい先日の7月16日・17日と、天河大辨財天社の例大祭に参りました。天河大辨財天社では、この2月、世阿弥の息子の元雅が奉納した能面「阿古父尉」他30面が重要文化財に指定されたのです。このような形で、天川能の世界が正当に評価されつつあることは、1984年4月4日に初めて天河詣でをして以来、200回以上の天河詣でを重ねている自分としては嬉しくも感慨深いものがあります。

 先だって、梅原猛・観世清和監修『能を読む③元雅と禅竹』(角川学芸出版、2013年5月刊)に、「元雅と天河」という文章を寄せました。そこで、元雅が天河に奉納した「阿古父尉」のことや、また奉納演舞したと言われる「唐船」や元雅の作った「弱法師」や「隅田川」のことについて少し書きました。

 それはともかく、19時から神事が、20時過ぎから岡野弘幹さんの奉納演奏が始まり、21時頃に終了したのですが、神事終了後、21時過ぎから能舞台の下のB1で、ニュージーランドの先住民族ワイタホ族の長老テ・ポレハウ・ルカ・テ・カラコ(通称:テポロハウ)さんに紹介されたことが、心に残ったのです。

 テ・ポレハウ・ルカ・テ・カラコ長老によると、ニュージーランドでは、1890年代にイギリスによってそれぞれに異なる16部族が一括して「マウリ族」と呼ばれるようになったということでした。つまり、イギリスの植民地支配によって「マウリ族」という先住民族が生まれたということです。

 テ・ポレハウ・ルカ・テ・カラコ長老によれば、ワイタホ族の「ワイタホ」とは「水の器(入れ物)」という意味だそうです。テ・ポレハウ・ルカ・テ・カラコ長老が言うには、ニュージーランドは「銀竜の国」で、それはまた「月の国」という意味でもあり、儀式の際に28の「水の器=ワイタホ」を置き、それを1日毎に注いで空にしていくというのです。そのような月の巡りを、28個=28日の月の巡りで表し、象徴するのです。とても、心に残る儀式ですね! Shinさんもサンレーの本社のムーンガーデンでやってみたらどうですか?

 この「銀竜=月の国」であるニュージーランドに対して、日本はその兄の「金竜=太陽の国」だそうで、そこで、日本に何度も「金竜」を探しに来て、4回目の来日の今回、初めて「天河」=「水の器であり、『日輪天照弁財天』を60年に1度の御開帳の秘仏とする寺社」と出逢ったのです。そして長老は、この天河が「金竜」の地であることをそのハートで、ソウルで、スピリットで、強く感じたというのです。そうでしょうとも! 長老の胸に飾られている金竜が19時からの神事の際に喜びで泣いていたとのことでした。その話を聞いて、深くふかく納得したものです。そう、そう、そのとおり、と。

 天河は、確かに、「水の器」ですが、同時に、「日の器・火の器」でもあるのです。そこで、われらが義兄弟の近藤高弘さんが「天河火間」を設計し、火入れをしてすばらしい作品を焼き続けているのです。天の川と弥山谷川との河合の合流点で。

 まっこと、天河ってえところは、ほんまに不思議なとこやわ。スピリチュアリティとクリエイティビティに溢れたとこ。じつに、じつに、すごい、ふしぎな、霊性の都です。

 そんなことを、つくづくと感じたのです。翌日17日の朝10時からの本宮祭での神事も聖護院門跡一行の修験道の柴燈護摩もよかったですが、13時からの能舞台(神楽殿)での片山九郎衛門一行の能「山姥」の奉納も素晴らしかったです。緊張感と美しさに横溢していました。世阿弥研究会をこの4年半一緒にやっている片山一門の観世流能楽師の河村博重さんも地謡の一人として参加していました。それを観賞しつつ、まっこと幽玄な時を過ごしたのですが、さて下界に降りてきて、21日の日曜日、参議院選は自民党の圧勝でしたね。反原発・脱原発・卒原発・断原発、TPP反対、憲法9条大賛成の反自民のわたしとしては、自分がこの時代状況において絶対少数派なのだということを再認識させられた次第です。バク転神道ソングライター、東山修験道者だし。でも、めげてはおりません。これからも、たんたんと、地道にわが道を歩むばかりです。

小林一茶さんや山尾三省さんに倣って、

  下々も下々下々の下国の涼しさよ

と風流・幽玄・ゲリラ的に生きてまいろうぞ! それではまた。ごきげんよう。

2013年7月23日 鎌田東二拝