身心変容技法オンラインセミナーを開催します

シンとトニーのムーンサルトレター 第118信

 

 

 第118信

鎌田東二ことTonyさんへ

 Tonyさん、春爛漫ですが、お元気ですか? 今夜は半年ぶりの皆既月食でしたが、あいにく小倉は雨で見ることができませんでした。わたしは、沖縄から北九州に戻ったばかりです。本日、「都市成長力日本一」として知られる沖縄県の豊見城市に新しいセレモニーホールである「豊崎紫雲閣」が完成し、その竣工神事を行いました。沖縄県で7番目、全国で61番目の紫雲閣です。いま、沖縄県の米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐって、移設を推進している国と反対を掲げて沖縄県知事に当選した翁長知事とが対立しています。わたしは、「セレモニーホール」とは「基地」の反対ではないかと思っています。もともと、わが社が冠婚葬祭イノベーションとして発明したとされるセレモニーホールとは究極の平和施設です。なぜなら、「死は最大の平等」であり、亡くなった方々は平和な魂の理想郷である「ニライカナイ」へと旅立たれるからです。戦後70周年という節目ということもあり、わたしは主催者挨拶の後、「紫の雲ぞ来れり豊見城(とみぐすく)守礼之邦の礼を守らん」という歌を詠みました。

沖縄県豊見城市にオープンした豊崎紫雲閣

沖縄県豊見城市にオープンした豊崎紫雲閣竣工式での挨拶後に歌を披露する

竣工式での挨拶後に歌を披露する
 ところで、2月の東京に続いて、3月はTonyさんと京都でお会いできて嬉しかったです。わたしは、3月10日から12日まで京都に行きました。「現代京都藝苑2015」の一環として北野天満宮で開催される「悲とアニマ—モノ学・感覚価値研究会展」にサンレーが協賛させていただきました。これを視察するのが最大の目的でしたが、他にも目的がありました。わたしは、いま、『礼を求めて』『慈を求めて』の続編として、『和を求めて』という本を書いています。その取材を兼ねて平等院、伏見稲荷大社、金閣寺、銀閣寺、龍安寺、北野天満宮、桂離宮などを見学したのです。まずは、今年が終戦70周年の節目ということで、宇治の平等院を訪れました。

 わたしは2005年8月に平等院を訪れています。今年は終戦70周年ですから、じつに10年ぶりの訪問となりました。平等院はもともと、藤原道長の別荘としてつくられたそうですが、その道長はこの世の栄華を極め、それを満月に例えた「この世をば わが世とぞ思ふ望月の 欠けたることも なしと思へば」という有名な歌を残しています。平等院は日本人の美意識のエキスが凝縮した時代である平安時代に出現した奇跡のバーチャルな極楽でした。「死は最大の平等である」と信じるわたしは、宇治にある「日本人の平等院」を超え、月の下にある地球人類すべての霊魂が帰る「地球人の平等院」を今世紀につくらねばならないと思いました。そして、鳳凰堂の前で「天仰ぎ あの世とぞ思ふ望月は すべての人が かへるふるさと」という歌を吟じました。10年ぶりにこの歌を吟じましたが、翌日の3月11日は、東日本大震災の4周年の日です。この日ために震災の犠牲者の方々に対して鎮魂の祈りを捧げつつ吟じました。

 今回の旅で、もっとも楽しみにしていたのは桂離宮および銀閣寺でした。それらはは月を意識して作られた観月建築とされています。紫雲閣グループの旗艦店である小倉紫雲閣が昨年末にリニューアル・オープンしましたが、じつは桂離宮や銀閣寺などのデザインを参考にしています。そこで、オリジナルの観月建築を京都まで観に行こうと思い立ったのです。ともに初めて訪れたのですが、素晴らしい日本美を堪能することができました。

 そして、3月11日は、東日本大震災4周年の日ということで、北野天満宮で開催された「悲とアニマ展」「鎮魂茶会」「鎮魂舞台」に参加しました。「悲とアニマ展」の会場は2つに分けられ、第1会場は北野天満宮梅風講社でした。現代美術や現代工芸にあまり馴染みのないわたしにも面白く感じましたが、特に、三宅一男さんという方の「スサノオ」と「杉木立男神」という作品が気に入りました。

 それから第2会場に移動しましたが、大西宏志さんによる「TSUNAMI」という作品が印象的でした。床に置かれたモニターの中に金魚が1匹泳いでいるのですが、突然の津波で押し流されてしまいます。しかし、その後また金魚は戻ってくるのでした。「再生」がテーマのようです。

 その他には、Tonyさんが比叡山などで撮影した写真が3点展示されていました。鎌田先生がHPに書かれている「東山修験道」で見たことのある写真でしたが、どれも霊気が漂っているというか、ただならぬ雰囲気の作品ばかりです。わたしは、Tonyさんのことを音楽のみならず写真までをもマスターしたマルチ・クリエイターであると思いました。そう、Tonyさんはまるで「現代の空海」みたいな人ですね。

 続いて、「鎮魂茶会」に参加しました。会場は、かの秀吉が大茶会を催したことで知られる北野天満宮の茶室梅交軒です。一連の鎮魂イベントの企画者である秋丸知貴さんに連れられて行くと、画家の大舩真言さんが待っていました。わたしは大舩さんから「鎮魂茶会」の説明をお聞きし、工芸美術家の近藤高弘さんが焼かれた茶碗の中から好きな器を選ぶように言われました。ずらりと並んだ茶碗の中から春らしい色合いのものを選び、わたしは茶室に入室する順番を待ちました。

「悲とアニマ展」の会場で

「悲とアニマ展」の会場で「鎮魂茶会」で近藤高広氏と

「鎮魂茶会」で近藤高広氏と
 いよいよ順番が来て、わたしは茶室の中に入りました。そこでは陶器を焼かれた近藤高弘さんが笑顔で迎えて下さいました。Tonyさん、近藤高弘さん、そしてわたしの3人は「明るい世直し」のために義兄弟の契りを交わしています。わたしが末っ子の「魂のだんご三兄弟」です。近藤さんとは本当に久しぶりだったので、わたしたちは再会を大いに喜び合いました。

 茶室内には、坐像が置かれていました。「Reflection−空和(ウツワ)−」という近藤さんの作品です。東北の原土・登り窯焼成・自然灰で生まれた作品です。見ると顔の部分が空洞になっているので仰天しました。この坐像と向き合ってお茶をいただくのですが、次第に坐像の空洞が自分の顔に見えてくるような気がしました。

 茶を飲んだ後、わたしは近藤さんとさまざまな話をしました。お互いの近況報告をはじめ、自分で焼く骨壺である「解器(ほどき)」の今後の展望についても意見交換をさせていただきました。芸術家というと気難しいエキセントリックな人もいますが、近藤さんは本当に穏やかで人間性の素晴らしい方です。茶室内で近藤さんと語り合ううちに、わたしの心がどんどん解かれていくような気がしました。

 そして、いよいよメインイベントです。北野天満宮の境内駐車場で開催された「鎮魂舞台」を鑑賞しました。まず昼過ぎに北野天満宮を訪れたわたしは、現地で、同イベントのプロデュ—サー・やなぎみわ(演出家・美術作家・京都造形芸術大学教授)さんにお会いしました。「鎮魂舞台」のステージは、やなぎさんが作られた大型トレーラーがステージです。いわゆる「移動舞台車」というやつです。台湾で買ったトレーラーを大規模に改修されたのだそうです。イベントに協賛させていただいている「サンレー」は、トレーラーに社名を入れていただきました。

 11日の夕方、わたしは再び北野天満宮を訪れました。開演時間である17時少し前に到着しましたが、すでに多くの観客が集まっていました。雨天順延とのことでしたが、雨にならなくて本当に良かったです。といっても、京都では午後からずっと雪が降っていたのですが・・・・・・。わたしは用意していただいた最前列中央の席に座りました。

 17時になると、Tonyさん、やなぎ氏の2人がステージに上がりました。2人は「前口上」を始めましたが、Tonyさんが「みなさん、今日はご協賛いただいた株式会社サンレーの佐久間庸和社長がお見えになっています。佐久間社長は一条真也のペンネームで本を80冊くらい書かれている方です。日本一本を書かれている社長さんです!」などと言われたので、観客の多くがわたしのほうを向きました。「名もなく貧しく美しく」をモットーとしているわたしとしては、穴があったら入りたい心境でした。(苦笑)

 それから、移動舞台車のライアップとトランスフォームが行われました。第一演目の淡路人形座のみなさんがステージに上がられました。最初は人形を使って、いろいろと仕掛を解説してくれました。それから、淡路人形芝居「戎舞」を上演しました。人形の動きはまるで生きているようで、素晴らしかったです。最後の戎神が口上を述べて酒杯を空けるたびに観客が拍手喝采するところも良かったです。

 続いて、くーだら劇団(京都伝統文化の森推進協議会)による電気紙芝居「くーりんと京だらぼっち」が上演されました。京都造形芸術大学教授の大西宏志さんが中心となって、うら若き乙女たちからなる劇団メンバーが紹介されました。まだ外が明るくて電気紙芝居が見にくいのが残念でしたが、物語は龍や妖怪たちが登場して環境保護を訴えるメルヘン調の内容でした。少々時間が余ったのか、大西さんは「みなさん、こんなビデオがありますので、御覧下さい」と動画を流したのですが、Tonyさんが京都伝統文化の森推進テーマソング「平安の都よ永久にあれ」を歌ったプロモーション・ビデオでした。比叡山で法螺貝を吹くオープニング・シーンから始まり、いろんなシチュエーションでTonyさんが歌います。中には、草原で寝転がって歌う抱腹絶倒のシーンもありました。(笑)

右からやなぎみわ、一条真也、鎌田東二

右からやなぎみわ、一条真也、鎌田東二3・11「鎮魂舞台」のようす

3・11「鎮魂舞台」のようす
 だんだん日が暮れて暗くなってきましたが、寒さも厳しくなってきました。雪こそ降ってはいませんが、気温は1〜2度くらいではなかったでしょうか。会場には暖を取るものがないので、本当にシバレル感じでした。この夜は、京都の寒さを身に沁みて体験しました。電気紙芝居が終わると、いよいよ能舞「天神〜鎮魂・悲とアニマ」です。まずは、ライトアップされた舞台に向かってTonyさんが下から法螺貝を吹きながら、階段を上っていきました。まさに「昇天」のイメージでした。神道ソングライターであるTonyさんの演奏と歌に合わせて、河村博重(観世流能楽師・重要無形文化財・京都造形芸術大学客員教授)さんが登場、Tonyさん同様に階段を上がって舞台に立ちました。それから、さまざまな面をつけて舞われました。Tonyさんは法螺貝に始まって、岩笛、鈴、横笛、そしてギターを駆使して大活躍でした。寒さで唇も凍え、さぞ大変ではなかったかと思いますが、寒さも忘れるほどの熱きパフォーマンスでした。

 能舞「天神〜鎮魂・悲とアニマ」が終了すると、闇をつんざくような盛大な拍手が起こりました。Tonyさんは「みなさま、今夜はお寒い中、最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございました。京都の冬は寒いというのを痛感しますが、今日は3月11日。4年前の東北はもっと寒かったことと思います。しかも、津波の犠牲となられた方々は冷たい水の中で息を引き取っていかれたので」と言われました。さらにTonyさんは「わたしは震災1周年の日に、石巻で禊をしました。海に入ったのですが、痛いほどの冷たさで3分と海中にはおられませんでした。生命の危機を感じて飛び出しました。あのような冷たい海の中に、犠牲者の方々は長くおられたのだなと思いました」としみじみと話されました。「鎮魂舞台」の終了後、わたしはすぐ北野天満宮を後にしました。Tonyさん、このたびは本当にお疲れ様でした。「鎮魂舞台」は「Tonyまつり」でしたね!

2015年4月4日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 Shinさん、4月4日夜の今、わたしは出雲大社の前の旅籠屋に泊まっています。昨日からここに来ていて、巨石ハンター・石の聖地の写真家の須田郡司さんのベジ・カフェまないなでシンポジウムを行なっていました。

 4月3日(金)から出雲路に向かい、京都〜岡山〜出雲市駅のルートで、「巨石ハンター」こと石の聖地の写真家・須田郡司氏のギャラリー&ベジ・カフェ「まないな」(出雲市大社町杵築東真名井7)を訪れ、そこで一緒にシンポジウムをすることになっている稲葉俊郎さん、市川きみえさん、田口ランディさんと落ち合い、打ち合わせをしたのでした。そして、4月4日(土)14時から、次のようなシンポジウムを行なった。


まないなイベントvol.5 「いのちといやしの聖地としての出雲」講演・シンポジウム
挨拶・須田郡司
鎌田東二「『命主』と出雲と癒しのワザ」
稲葉俊郎(東京大学医学研究科助教・循環器内科・未来医療)「医療現場から見た、この世とあの世のあわい」
市川きみえ(助産師、3月末まで名寄市立大学看護学部講師・4月から奈良女子大学人間文化学部博士課程)「お産の現場から見た、誕生と死を統治する出雲の神々」
田口ランディ(作家)「神様の言霊」
シンポジウム
パネリスト:鎌田東二+稲葉俊郎+市川きみえ+田口ランディ+須田郡司


 そして今日の4日、満月の日のシンポジウムの前に朝8時から4つの聖地を巡礼しました。4つの延喜式内社の須佐神社(出雲市佐田町須佐)と多部神社(出雲市佐田町反辺字横塚)と出雲大社北島国造館と命主社を巡拝しました。3度目の訪問の須佐神社ではその高さに非常に驚きました。出雲大社や神魂神社にも強く感じることですが、神社建築でなぜこれほど不安定なほどの高さが必要なのか? 驚かされます。すっくと聳え立っているその潔さ。崇高さ。荘厳さ。威厳。怖いほどに、高い高い高い!その高さは実に「異様」です。何度参拝してもその問いが湧き上がってくるのです。なぜこれほど異様に高いのか、と。

 2つ目に参拝した多部神社は本殿裏が巨大な磐座でした。そしてその奥の山には巨岩奇岩が林立していて「鬼の巣窟」であったといいます。それをスサノヲが退治し、鬼の首を埋め、大岩=首岩で蓋をし、その上に社殿を建てたとされています。子供の頃から「鬼」を見てきたわたしには大変興味深い延喜式内社でした。

 3番目の訪問先、出雲大社北島国造館は「出雲教」の本拠で、当主は第80世北島国造の北島建孝氏でした。パネリスト一同が揃ってご挨拶し、いろいろと古伝承について貴重なお話を伺うことができました。そして共に参拝し、玉串拝礼の後で、石笛・横笛・法螺貝の吾が三種の神器を奉奏することができました。

 と、ここまで書いて、瞬く間に1週間が過ぎ去りました。この間、新学期も始まり、授業も始まり、研究会も始まり、本当に慌ただしく目まぐるしく過ぎ去りました。そして今日、4月11日は函館にいます。本日、初日を迎えた北海道立函館美術館での「スサノヲの到来〜いのち・いかり・いのり」展で、開館前のテープカットの儀式に参列し、カットの前に法螺貝を奉奏することができました。「スサノヲ力」を爆発させ、「スサノヲの時代」の到来を告げるために力いっぱい法螺貝を鳴り響かせました。

 ところで、わたしの考える「スサノヲの時代」とは、次のようなものです。

1)「いのち」の根源に立ち返っていく時代=<霊性の時代>
2)スサノヲは大海原という地球のバイタリズムを象徴し体現する神であるから、スサノヲの時代とは地球的・惑星的意識が共有される時代=<惑星意識・銀河系意識・宇宙意識の時代>
3)スサノヲが歌を八俣大蛇を退治し、歌を歌い、天詔琴を弾じたように、スサノヲの時代とは魔物・モンスターに立ち向かい、人々の身心変容をもたらすワザを開発・活用する時代=<感性・芸術の時代>

 もちろん、はたしてそのような時代になっているかどうか、またいくかどうか、不透明です。が、「スサノヲ力」の「爆発」によってそのような「スサノヲの時代」の「到来」を招来しなければならないと心に期しています。わたしはこの「スサノヲの到来展」の特徴を次のように意味づけました。

1、この展覧会の主役(主人公)は、「スサノヲ」である。
2、したがってこの展覧会では、これが中心というものはない。すべてが「スサノヲの到来」をあかしし、表現する「依代=作品」となっている。
3、まさにそれは、「スサノヲ曼陀羅」とも、「スサノヲ星雲」とも言えるような、「スサノヲ・スピリット:スサノヲ・マインド」の襲来と集合である。
4、故に例えば著名なアーティストである岡本太郎もここではその「スサノヲ星雲」の一つの瞬き=星であるばかりだ。
5、そのような、「スサノヲ八百万図(やおよろず)」が本展である。考古・歴史資料でもなく、現代アートでもない、それらをすべて含みつつも貫き串刺しにするその「スサノヲ的なるもの」の精神史・表現誌であるところに本展の革新的な意義がある。

 この「スサノヲの到来展」が本年の「美連協大賞」に輝きました。おそらくこの展覧会のことはこれから様々な形でいろいろな人々が解釈し、問題としていくことでしょう。それほどの起爆力、爆発力、インパクト、問題訴求力を持った展覧会であると確信します。

 「スサノヲの到来展」は3ヶ所で行なわれてきました。まず、栃木県の足利市立美術館、次に千葉県佐倉市のDIC川村記念美術館、そして現在の北海道立函館美術館。この半年での3ヶ所での展覧会とそこでの3度の講演を通して、わたしは改めて『古事記』を読み解く鍵は「出雲神話」にあると確信しました。そして出雲神話について3つの命題を定立したました。

命題1)出雲は日本の「命綱」である。その証拠として「命主社」(祭神:カミムスヒの神)が存在する。
命題2)出雲神格(イザナミノミコト・スサノヲノミコト・大国主神)は皆「いのち」に関わる神々である。
命題3)出雲的癒しのワザとは「歌」と「琴」と「治療」である。

 まさに「スサノヲの到来展」の副題となっている「いのち・いかり・いのり」が出雲神話に渦巻いています。展示物の中に、平田篤胤の「神統譜」があります。「古道大元顕幽分属図」です。ここに5つの象限が示されていて、そのつながりが明確に示されています。

1、天御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神
2、伊邪那岐命・伊邪那美命
3、天照大御神・須佐之男神
4、皇美麻命・大国主命
5、人草万物

 まず、第一象限の造化三神の顕現とはたらき。そして次に第二象限のムスヒの神々の力とはたらき。そして第三象限のアマテラスとスサノヲ。太陽と月と海。天照は太陽。スサノヲは海。そして第四象限では、その子孫であるスメミマすなわち天皇系が「顕明事」を、オオクニヌシすなわち出雲系が「幽冥事」を司り、生と死の象限を振り分け、「分治」すなわち「国譲り」として物語化されているのです。

 これはなかなか深い物語です。いろんなことを考えさせられます。10歳の時、小学校5年生の時に初めて『古事記』を読んで以来、55年近く繰り返し繰り返し『古事記』を読み続けていますが、今なお不思議で謎が一杯で面白すぎる物語が『古事記』なのです。その『古事記』にはイザナミ〜スサノヲ〜大国主とつながる「スサノヲ星雲」が広がっています。その「スサノヲ星雲」に向かって宇宙ロケットに乗って飛んでいきたいといつも思いますね。

 ところで、1つ嬉しい報告があります。この4月1日に今後4年間実施する科研「身心変容技法と霊的暴力−宗教経験における負の感情の浄化のワザに関する総合的研究」が採択されたという連絡がありました。この科研プロジェクトは「霊的暴力」に焦点を当てて、オウム真理教事件や酒鬼薔薇事件の問題をも重要事例として学術的に究明していく研究プロジェクトで、おそらく「霊的暴力」などという言葉を申請したのは初めてではないかと思います。総勢16名の大チームで、さらに多くの研究協力者が参画する予定です。

 研究目的は次のようなものです。——科研「身心変容技法の比較宗教学—心と体とモノをつなぐワザの総合的研究」の成果をさらに発展深化させ、「身心変容技法」が引き起こし得る負の局面を含め総合的に研究する。「身心変容技法」とは、「身体と心の状態を当事者にとってよりよいと考えられる理想的な状態に切り替え変容・転換させる諸技法」を指すが、その理想や理念とは裏腹に、それが「霊的暴力」(超越的な世界観に裏付けられた破壊性)を引き起こすことがままある。「身心の荒廃」が様々な局面で社会問題となっている時代状況下、その負の連鎖から抜け出ていくための宗教的リソースやワザ(技術と知恵)として「身心変容技法」を正当に位置づけるためにも、その負の局面の危険性や問題性を明らかにしつつその応用可能性の道を探ることは喫緊の課題であり宗教研究の責務である。

 また、研究概要は次のようなものです。——「身心変容(transfomation of body & mind)」および「霊的暴力(spiritual violence)」「霊的虐待(spiritual abuse)」の概念を明確にし、その個別事例を比較検討しながら、そこに共通する構造や文法を取り出し、そのヴァリエーションを明らかにする。特にそれが「負の顕われ」として問題となった局面を解明する。禅修行における「魔境」の問題、大本教事件における「鎮魂帰神法」の問題点、オウム真理教の「水中クンバカ」や「土中サマディ」や「血のイニシエーション」などがもたらす「霊的虐待」と坂本弁護士殺害事件や地下鉄サリン事件との関係、瞑想によって引き起こされることのある「クンダリニー症候群(Kundalini syndrome)」、いわゆる「カルト教団」とされてきた人民寺院や太陽寺院やヘヴンズ・ゲートなどの「集団自殺」、チャールズ・マンソンによる殺人事件など、修行や薬物使用などによる「身心変容」とともに顕在化した諸種の「霊的暴力」の事例を比較研究し、その特徴と問題点を明らかにする。

 こうして、「身心変容」の「負の側面」に焦点を当てつつ、聖と正の側面もより立体的に浮き彫りにしたいと考えています。これがおそらく科研研究としては最後の研究プロジェクトになるのではないかと思います。心して臨み、使命を果たしたいと思います。

 わたしはこれまで、2006年4月より4年間、「モノ学の構築—もののあはれから貫流する日本文明のモノ的創造力と感覚価値を検証する」を実施し、日本文明を作り上げてきた想像力—創造力の基底をなす「モノ」認識を、研究会メンバーやアーティストたちとともに、原理的かつ事例的に研究し、その成果を研究誌『モノ学・感覚価値研究』(通算9号)、鎌田東二編『モノ学の冒険』(創元社,2009年11月)、同編『モノ学・感覚価値論』(晃洋書房,2010年11月)やさまざまな展覧会にて社会発信してきました。その次の段階として、「物・者・霊」の三層の意味世界を包含する日本人の「モノ」観や感覚価値論をより具体的な身体技法と結びつけることで、「心と体とモノをつなぐワザ」としての「身心変容技法」、つまり身心問題の本質構造と応用事例を明らかにし、身心理論に基づくより実践的な応用可能性を開く「身心変容技法の比較宗教学−心と体とモノをつなぐワザの総合的研究」を4年間実施し、さらにそこから「身心変容技法と霊的暴力−宗教経験における負の感情の浄化のワザに関する総合的研究」へと歩を進め、「霊的暴力」を含め、その正負の側面を徹底浮き彫りにしていこうと企図しているわけです。

 すでに4月の研究会「第35回身心変容技法研究会」は先だって200名を優に超える参加者が集まり、有意義に終えることが出来ました。これまで研究成果はすべて「身心変容技法研究会」のHP:http://waza-sophia.la.coocan.jp/ や研究年報の『身心変容技法研究』(通算4号)に掲載し、社会発信して参りました。それはこれからも継続していく予定です。

 こころの未来研究センターでの任務も後1年を切りましたので、これまでやってきたことを整理・総括しながらも、この時代に切り結び激突する形を生み出していきたいと思います。ぜひよろしくお願いします。

 最後に、製作を担当してきた大重潤一郎監督作品「久高オデッセイ第三部 風章」の初上映会が決まりました。久高島では6月21日(日)に上映する予定で交渉と準備を進め、東京では7月5日(日)に上映とシンポジウムを行なう形で進めています。

 東京の方の予定は以下の通りです。


特別企画 『久高オデッセイ第三部 風章』完成上映会&シンポジウム「大重映画と『久高オデッセイ』が問いかけるもの」
「久高オデッセイ第三部 風章」
2015年7月完成、今回初上映
製作:鎌田東二、監督:大重潤一郎、音楽:新実徳英、ナレーション:鶴田真由
日時: 2015年7月5日(日) 10時〜17時30分
場所: シアターΧ(カイ)(墨田区両国2-10-14 両国シティコア)
プログラム:
午前 10:00「久高オデッセイ第一部 結章」(2006)上映、11:30「久高オデッセイ第二部 生章」(2009)上映
午後 13:30「久高オデッセイ第三部 風章」(2015)上映、15:45シンポジウム「大重映画と『久高オデッセイ』が問いかけるもの」
パネリスト:
島薗進(『久高オデッセイ第三部 風章』制作実行委員会副実行委員長、東京大学名誉教授・上智大学グリーフケア研究所所長・宗教学)
新実徳英(音楽家・作曲家・桐朋学園大学院大学教授・『久高オデッセイ第三部 風章』作曲・音楽)
堀田泰寛(映画カメラマン)
阿部珠理(立教大学教授・アメリカ先住民研究)
宮内勝典(作家、大重潤一郎とは高校時代からの親友)
司会: 鎌田東二(『久高オデッセイ第三部 風章』制作実行委員会副実行委員長、京都大学こころの未来研究センター教授・NPO法人東京自由大学理事長・宗教哲学・民俗学)
参加費: 午前 2000円、午後 2500円、通し 3000円
◆ 大重監督、パネリストについて


特別企画 『久高オデッセイ第三部 風章』完成上映会&シンポジウム「大重映画と『久高オデッセイ』が問いかけるもの」
◆ 「久高オデッセイ第三部 風章」のサイト

 これまでShinさんにもご支援していただきましたので、ぜひ当日招待しますので、両国のシアターΧまでお越しいただければと思います。楽しみにしています。

 2015年4月11日 鎌田東二拝