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シンとトニーのムーンサルトレター 第138信

 

 

 第138信 

鎌田東二ことTonyさんへ

 いま、「月見会」から戻ったところです。北九州市八幡の猪倉の染織工房で開催された「北九州のヤクザな文化人の会」という秘密結社(笑)の月見会です。今夜の月は、1年で最も地球に近づき、満月が大きく見える「スーパームーン」でしたが、八幡の山中でも一瞬だけ拝むことができました。また、染織家の築城則子さんの手料理と美味しいお酒を味わいながら、みなさんとの会話を楽しんできました。ここのところ、曹洞宗、社会福祉協議会、日本赤十字社などでの講演が相次ぎ、また18日のサンレー創立50周年記念式典の準備などで慌ただしい日々を送っていましたので、久々にリラックスできました。

 Tonyさんはお変わりありませんか。「中外日報」の記事を読ませていただきましたが、東京ノーヴィー・レパートリー・シアターの「古事記〜天と地といのちの架け橋」モスクワ公演は大成功だったそうですね。「言語や民族を超えた普遍性がある」と超満員の観衆から絶賛を受けました。その話題の舞台が、サンレー創立50周年記念として、来年1月28日(土)、「北九州芸術劇場」で上演されます。主催は株式会社サンレー、後援は朝日新聞社、西日本新聞社、毎日新聞社、読売新聞西部本社(50音順)などです。「アフタートーク」として、原作者であるTonyさん、ロシア芸術功労者で今回の舞台の芸術監督でもあるレオニード・アニシモフ氏、そして、不肖わたしが語り合う予定です。

 わたしも「古事記〜天と地といのちの架け橋」を拝見いたしましたが、日本人としての魂のルーツに触れるような本当に素晴らしい舞台でした。「中外日報」の記事には、「神聖儀式劇」と表現されていましたが、わたしもまったく同感です。来年1月の北九州公演が楽しみでなりません。どうぞ、よろしくお願いいたします。

『古事記〜天と地といのちの架け橋』

『古事記〜天と地といのちの架け橋』『儀式論』

『儀式論』
 さて、「儀式」といえば、わたしはこのたび、『儀式論』(弘文堂)を上梓いたしました。
 合計600ページ、総クロス貼り、金銀箔押し、ケース入りです。なんとも感無量です。わが代表作となる予感がいたします。戦後70年を記念して昨年上梓した『唯葬論』(三五館)がこれまでの集大成的作品なら、この『儀式論』は新しい出発の書かもしれません。そして、わが「世直し」の書です。

 ケースにも、クロス貼りの本体にも、日輪と月輪のシンボル・マークが箔押しされています。これは、大正時代の伝説的出版物である『世界聖典全集』のデザインを参考にしました。おかげで、なんともいえぬ威厳ある装丁となりました。ケースの帯には「人間が人間であるために儀式はある!」と大書され、続けて「儀式とは何か? 有史以来の大いなる謎に挑む、知の大冒険! 儀式が人類存続のための文化装置であることを解明し、儀式軽視の風潮に警鐘を鳴らす、渾身の書き下ろし!」と書かれています。

 版元である弘文堂のHPに掲載された「内容紹介」には、「『儀式とはなにか』を突き詰めた渾身の大著! 人間が人間であるために儀式はある!」として、「結婚式、葬儀といった人生の二大儀礼から、成人式、入学式、卒業式、入社式といった通過儀礼、さらには神話や祭り、オリンピックの開閉会式から相撲まで、あらゆる儀式・儀礼についての文献を渉猟した著者が、『儀式とはなにか』をテーマ別に論究。『人類は生存し続けるために儀式を必要とした』という壮大なスケールの仮説の下、知的でスリリングな儀式有用論が展開します。古今の名著を堪能しながら儀式の本質に迫ると同時に、現代日本を蔽う『儀式不要』の風潮が文化的危機であることを論証する大部の書き下ろしです」と書かれています。

 『儀式論』では、まず、儀式の存在意義について考えました。儀式と聞いて多くの人は、結婚式と葬儀という人生の二大儀礼を思い浮かべるのではないでしょうか。結婚式ならびに葬儀の形式は、国によって、また民族によって著しい差異があります。これは世界各国のセレモニーには、その国で長年培われた宗教的伝統や民族的慣習などが反映しているからです。儀式の根底には「民族的よりどころ」があるのです。

 日本には、茶の湯・生け花・能・歌舞伎・相撲といった、さまざまな伝統文化があります。そして、それらの根幹にはいずれも「儀式」というものが厳然として存在します。すなわち、儀式なくして文化はありえないのです。儀式とは「文化の核」と言えるでしょう。そもそも、哲学者のウィトゲンシュタインが述べたように人間とは「儀式的動物」です。儀式は、地域や民族や国家や宗教を超えて、あらゆる人類が、あらゆる時代において行ってきた文化です。

 しかし、いま、日本では冠婚葬祭を中心に儀式が軽んじられています。そして、日本という国がドロドロに溶けだしている感があります。日本人の儀式軽視は加速する一方です。「儀式ほど大切なものはない」と確信しているわたしも、この現状を憂うあまりに、「自分の考えがおかしいのか」と悩むこともありました。そして、あえて儀式必要論という立場ではなく、「儀式など本当はなくてもいいのではないか」という疑問を抱きながら、儀式について考えていこうと思い至ったのです。

 そのために、儀式に関連した諸学、社会学、宗教学、民俗学、文化人類学、心理学などの文献を渉猟して書いたのが『儀式論』です。大上段に「儀式とは何ぞや」と構えるよりも、さまざまな角度から「儀式」という謎の物体に複数の光線を浴びせ、その実体を立体的に浮かび上がらせるように努めました。その結果、「儀礼」「神話」「祭祀」「呪術」「宗教」「芸術」「芸能」「時間」「空間」「日本」「世界」「社会」「家族」「人間」をテーマとする全部で14の章立てとなりました。

 第1章「儀礼と儀式」では、よく似た言葉である儀礼と儀式の違いについて考察し、民俗学者や文化人類学者を中心とする先人たちの儀礼研究の歩みを追いました。第2章「神話と儀式」では、人類は神話と儀式を必要とし、両者は古代の祭儀において一致したことを明らかにしました。第3章「祭祀と儀式」では、日本語の「まつり」の意味について確認し、祭祀は儀式によって神と人、人と人とのつながりを強化することを示しました。第4章「呪術と儀式」では、儀式について考える上で呪術の問題を避けることはできず、呪術を支配している原理は「観念の万能」であることを明らかにしました。

 第5章「宗教と儀式」では、宗教とは「聖なるもの」との交流であり、「聖なるもの」と会話をする言語が儀式であると述べました。第6章「芸術と儀式」では、芸術は古代の祭式という儀式から生まれ、音楽や演劇や茶道の本質について述べました。第7章「芸能と儀式」では、芸能は儀式によって成り立っており、歌謡や歌舞伎や能や相撲の本質について述べました。第8章「時間と儀式」では、儀式とは世界における時間の初期設定であり、時間を区切ることです。それは時間を肯定することであり、ひいては人生を肯定することなのです。さまざまな儀式がなければ、人間は時間も人生も認識することはできないであろうと述べました。第9章「空間と儀式」では、祭祀空間や儀礼空間や聖地について考察し、洞窟から儀式が生まれたと論じました。

 第10章「日本と儀式」では、日本の宗教の本質が神道、仏教、儒教からなるハイブリッド宗教であることを述べ、結婚式や葬儀の歴史をたどりました。第11章「世界と儀式」では、オリンピックやキリスト教、ナチス、ディズニーランドといった地球規模の文化と、その伝播に深い影響を与えた儀式との関連を追いました。第12章「社会と儀式」では、儀式には人々の精神的つながりを強め、秩序を維持する社会的機能があると論じました。第13章「家族と儀式」では、家族とは本来が迷惑をかけ合う関係であり、儀式を行うことは面倒なゆえに意味があると論じました。第14章「人間と儀式」では、儀式の心理的機能を考察し、儀式的動物としての人間の本質について論じました。

 わたしは、日本人のみならず、人類の未来のために本書を書きました。
 人類のさまざまな謎は、儀式という営みの中にすべて隠されています。
 本書を読んで、儀式という営みが個人にとって、日本人にとって、人類にとって、必要であるか、それとも不要であるか。その結論は、読者の判断に委ねたいと思います。14章にわたり、さまざまな角度から儀式について見ましたが、やはり人類にとって儀式は必要不可欠であると思わざるをえません。わたしたちは、いつから人間になったのか。そして、いつまで人間でいられるのか。その答えは、すべて儀式という営みの中にあるのです。

 わたしは、冠婚葬祭互助会を経営し、全国団体の会長も務めています。いま、日本人に広く儀式を提供する冠婚葬祭互助会の社会的役割と使命が問われています。たしかに、互助会というビジネスモデルが大きな過渡期にさしかかっていることは事実でしょう。その上で、わたしは、互助会の役割とは「良い人間関係づくりのお手伝いをすること」、そして使命とは「冠婚葬祭サービスの提供によって、たくさんの見えない縁を可視化すること」に尽きると考えます。そして、「縁って有難いなあ。家族って良いなあ」と思っていただくには、わたしたちのような冠婚葬祭業者が参列者に心からの感動を与えられる素晴らしい結婚式や葬儀を提供していくことが最も重要です。

 互助会が儀式をしっかりと提供し、さらには「隣人祭り」などの新しい社会的価値を創造するイノベーションに取り組めば、無縁社会を克服することもできるはずです。「豊かな人間関係」こそは冠婚葬祭事業のインフラであり、互助会は「有縁社会」を再構築する力を持っているのです。これからの時代、互助会の持つ社会的使命はますます大きくなると確信します。

 Tonyさんもいつも言われていますように、人間は神話と儀式を必要としています。社会と人生が合理性のみになれば、人間の心は悲鳴を上げてしまうでしょう。結婚式も葬儀も、人類の普遍的文化です。子孫の繁栄を予祝する結婚という慶事には結婚式という儀式によって、すべての人間に訪れる死亡という弔事には葬儀という儀式によって、喜怒哀楽の感情を周囲の人々と分かち合います。この習慣は、人種・民族・宗教を超えて、太古から現在に至るまで行われています。この二大セレモニーはさらに、未来においても継承されると予想される「不滅の儀式」であり、人類が存続する限り永遠に行われるでしょう。

 『儀式論』の巻末には、わたしの儀式への想いを「儀式讃」としてまとめました。これは『古今和歌集』で紀貫之が和歌への想いを綴った「仮名序」をイメージして作成しました。Tonyさんの『歌と宗教』(ポプラ新書)を読んで、「仮名序」を知りました。本当は「儀式序」として巻頭に置こうかとも考えましたが、それだと14章にわたる論考の意味がなくなると思い、巻末に「儀式讃」として掲載した次第です。「儀式讃」というタイトルは、Tonyさんのアドバイスによるものです。

 わたしは『儀式論』を何かに取り憑かれたように一気に書き上げました。「俺が書かねば誰が書く」という大いなるミッションを感じながら、ドン・キホーテのような心境で書きました。ご笑読のうえ、ご批判賜れば幸いです。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

2016年11月14日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 Shinさんからの11月14日付のムーンサルトレター138信の返信が1ヶ月遅れになり、申し訳ありません! これもインターネットに対するわたしの無知・無策・不注意・管理能力不足からから来るもので、すべてわたしの責任です。プロバイダのNiftyの@homepageが2016年11月10日(木)15時をもってサービス提供が終了したためにHPの表示ができなくなり、その復旧に今まで時間がかかってしまいました。わたしの不注意と怠慢のためにご心配・ご迷惑をおかけし、本当にごめんなさい。

 が、先ほど、Shinさんに、<「真田丸」もいよいよ来週が最終回のようですが、「鎌田一条丸」は永遠に不滅です!>と書き送りましたように、この「ムーンサルトレター」も輪廻転生しても「不滅のブーメランレター」として継続発展維持管理したいものだと思っています。時には互いの「霊界情報」なども交感して。冗談のようですが、真剣でもあります。

 さて、この間に、Shinさんは600頁に及ぶ畢竟の大著『儀式論』(弘文堂)を出版されました。本当におめでとうございます。心より貴著の出版をお慶び申し上げます。凄いですね、実に。すばらしい!

 Shinさんのこれまでの持論の集大成であり、かつ、現代社会・現代世界への「天下布礼」の布石ですね。着々と布石を打っていきますねえ。やりますねえ。次々と。着々と。儀礼に関する重要先行研究に対する目配り。それらへの敬意と吟味。丁寧に先行研究者の業績を紹介しつつ、さらにそこから先に突撃する現代儀礼論の最前線。<不滅の真田丸>ならぬ<不滅の一条丸>、金字塔です。徳川家康に向かって戦いを仕掛ける真田幸村にも似て、戦略戦術においても勇猛果敢さにおいても遜色ない闘いぶりです。もっとも、内容は「戦い」ではなく、「礼」を以て「霊」に対す真摯なものですが。ともあれ、『唯葬論』に続くライフワーク。お見事、Shin!

 ところで、わたしの方はと言えば、10月末から11月初めにかけて、17歳から20歳頃に衝撃を受けた二つの聖地青島と恐山を訪ねました。10月28日に恐山を、11月5日に青島を参拝したのです。そして、わたし自身が抱いてきた聖地体験と異界憧憬の原点を確認することができました。

 陽の聖地の青島と陰の聖地の恐山。南九州と東北の最果て。まるっきり対照的な二つの聖地原型が自分の中にどっしりと腰を下ろして、わたしなりの聖地感覚の判断や判定をしてきたこともわかりました。原体験というのは恐ろしいものですね。人の芯(信・真)を作りもすれば、物の見方を固定化し、制限し、縛りもする作用も持ちますから。まさに、両刃の剣です。

 『古事記』時代の古代人は、この「青島」の洋々たる東の海の彼方に、「妣の国」や「常世の国」や「根の国」がある、たましいの世界があると感得しました。それを、「妣の国」と呼んで懐かしんだ古代人の「幽」の世界観を改めて想起しました。それに対して、「恐山」の向こう、宇曽利湖の極楽浜や宇曽利山の先には、「賽の河原」があり、「地獄」や「極楽」があると思念されました。死者の世界、先祖や親しい人々の待っている世界がある、と。そして、その死者の世界と一瞬でも交信するために、「恐山」宇曽利湖という、このあの世との接点で、盲目のイタコの「口寄せ」という媒介儀礼を通して、死者の言葉を待ち受けたのです。そうしてそのかそけき「幽」の香りのする言葉と通信に涙したのです。

 わたしは、この二つの聖地類型が作り出す聖地感覚に引き裂かれてきた半生を持っています。そしてその二聖地霊場がわたしにとって「幽」という空間感覚の原点になっていたのです。そのことをとどめようのないノスタルジアとともに再確認しました。青島の「元宮」の沸騰するいのちの氾濫・豊饒。そして、荒涼たる恐山の「賽の河原」の諸地獄の「いのちの攪乱」あるいは消滅と移行。その陰と陽の二つの極は強烈にわがたましいに食い込んでいます。

 その聖地巡りの後、わたしは、11月28日(日)に千葉県君津市小櫃の書道家齊藤五十二氏のアトリエに伺いました。同行者は、齊藤五十二さんを紹介してくれたデザイナーの河合早苗さん、ケルト美術研究の鶴岡真弓さん、折口信夫研究の安藤礼二さん、縄文研究の石井匠さん、ドキュメンタリストで『氷の花火〜山口小夜子』で本年度文化庁映画賞文化記録映画大賞を受賞した松本貴子さんとわたしの6人でした。わたしたちは、齊藤五十二さんのアトリエで、故大野忠男さんと齊藤五十二さんが採集してきたアイルランドと北欧(ノルウェー、スウェーデン)のロックカービングの拓本を拝見したのです。拓本は併せて200点以上あるとのことでした。

 その内の何点かを見せていただき、そこに込められた石への思い、文様の象徴的意味、アニミズムやシャーマニズム的背景、呪術宗教的世界、動物信仰と狩猟技術と身心変容、ユーロ=アジア的表彰文化と技術文化などについて、歓談しました。いやあ〜、スリリングやった〜。エキサイティングやった〜。おもろかった〜。時を忘れて。失われた時を求めて。大地の記憶を掘り(彫り)起こしながら。極東から極西まで旅しながら。「ユーラシアの両耳」の石のサウンドに耳を傾けて・・・。

 1976年、齊藤五十二さんは大野忠男さんに導かれてアイルランド遺跡調査に出かけました。そしてアイルランドの「場所の記憶」たる石に刻まれた文様や図象や文字を拓本に採集したのでした。続けて1987年、大野忠男さんを代表とする北欧4ヶ国の遺跡の予備調査に加わり、さらにロックカービングの世界に魅せられていきました。しかし、大野さんによる本調査が行なわれなかったために、1997年と翌1998年、独自に齊藤五十二さんのファミリーによるノルウェーとスウェーデンのロックカービングの拓本採集を敢行したのでした。その仕事は大変貴重かつ重要な先史時代のドキュメントです。そこに描かれた「図象」は象徴的図形と文字との未分化な「カタチ」です。渦巻き文様と動物、とりわけ鹿や牛や熊とそれを狩る弓矢や槍を持った男たち。その男たちの男根は大きく長く突き出、突起しているのです。動物を追いかけて射る時の緊張と昂揚、アドレナリン全開のトランス状態に突入しているかのように。しかも、角笛(ホルン)を吹いているかのような刻印もあって、それは、単なる狩猟風景ではなく、「儀礼」的側面も感じられる線刻です。

 たとえば、狩人が持っている槍の先が異様に長く大きく描かれているのは、彼らの男根の長さと大きさにも対照同期していて、大変興味深いものがありました。またそこに描かれた乗り物、とりわけ船は、バイキングの祖先たちとあってか、優れた造船技術と巧みな航海技術を彷彿させました。加えて、車の輪っかも輪廻的な象徴性を帯びているかのようでした。いったいこの約1万年前から2000年前までのロックカービングは何を物語っているののでしょうか? そこに描かれた世界観と生活をどう読み解くことができるでしょうか? これから、日本でその研究が本格的に開始されるのです。

 鶴岡真弓さんは、この数年、『もののけ姫』の「シシ神」のような「黄金の鹿」の表象を追いかけて、ユーロ=アジアの共通表象を解明しつつあります。16年前の2000年に、わたしは鶴岡真弓さんとともに『ケルトと日本』(角川選書、2000年)と題する編著を編みました。そこでわたしはアイルランドと日本を「ユーラシアの両耳」と呼んだのでした。もっともこの言い方は、1995年のロンドン大学SOASでの講演以来続けてきたものですが、その時、一層はっきりとアイルランドと日本を「ユーラシアの両耳」と確認したのでした。

 鶴岡真弓さんの鹿表象文化論は、アイルランド神話でフィンと鹿の子がオスカル(オスカー)でその子がオシアンであるという伝承系や、「森の中で出会う鹿」が「新天地を開く」という新しい世界の夜明けの表象であることをスリリングに解明するものです。鶴岡さんはそれらに関する論考をさまざまなメディアに精力的に発表しています。

 実は、『古事記』の中に出てくる「太占」などの占いは「鹿卜」です。天岩戸神話では、「天の香具山」の「真男 鹿」の「肩の骨」を取って焼いて占わせています。実に興味深いことですが、鹿の肩の骨は世界の未来を占い、予兆を読みとる重要な祭具だったのです。


 <故於是、天照大御神見畏、開天石屋戸而、刺許母理此三字以音坐也。爾高天原皆暗、葦原中國悉闇、因此而常夜往。於是萬神之聲者、狹蠅那須此二字以音滿、萬妖悉發。是以八百萬神、於天安之河原、神集集而訓集云都度比、高御日神之子・思金神令思訓金云加尼而、集常世長鳴鳥、令鳴而、取天安河之河上之天堅石、取天金山之 鐵而、求鍛人天津麻羅而麻羅二字以音、科伊斯許理度賣命自伊下六字以音、令作鏡、科玉命、令作八尺勾之五百津之御須麻流之珠而、召天兒屋命・布刀玉命布刀二字 以音、下效此而、拔天香山之眞男鹿之肩拔而、取天香山之天之波波迦此三字以音、木名而、令占合麻迦那波而自麻下四字以音、天香山之五百津眞賢木矣、根許士爾許士 而自許下五字以音、 於上枝、取著八尺勾之五百津之御須麻流之玉、於中枝、取繋八尺鏡訓八尺云八阿多、於下枝、取垂白丹寸手・青丹寸手而訓垂云志殿、此種種物 者、布刀玉命・布刀御幣登取持而、天兒屋命、布刀詔戸言白而、天手力男神、隱立戸掖而、天宇受賣命、手次繋天香山之天之日影而、爲天之眞拆而、手草結天香山 之小竹葉而訓小竹云佐佐、於天之石屋戸伏氣此二字以音蹈登杼呂許志此五字以音、爲神懸而、掛出胸乳、裳緖忍垂於番登也。爾高天原動而、八百萬神共咲。>


 <そこで天照らす大神もこれを嫌つて、天(あめ)の岩屋戸(いわやと)をあけて中にお隱れになりました。それですから天がまつくらになり、下の世界もことごと く闇(くら)くなりました。永久に夜が續いて行つたのです。そこで多くの神々の騷ぐ聲は夏の蠅のようにいつぱいになり、あらゆる妖(わざわい)がすべて起りまし た。 こういう次第で多くの神樣たちが天の世界の天(あめ)のヤスの河の河原にお集まりになつてタカミムスビの神の子のオモヒガネの神という神に考えさせてまず海 外の國から渡つて來た長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせました。次に天のヤスの河の河上にある堅い巖(いわお)を取つて來、また天の金山(かなや ま)の鐵を取つて鍛冶屋(かじや)のアマツマラという人を尋ね求め、イシコリドメの命に命じて鏡を作らしめ、タマノオヤの命に命じて大きな勾玉(まがたま)が澤 山ついている玉の緒の珠を作らしめ、アメノコヤネの命とフトダマの命とを呼んで天のカグ山の男鹿(おじか)の肩骨をそつくり拔いて來て、天のカグ山のハハカ の木を取つてその鹿(しか)の肩骨を燒(や)いて占(うらな)わしめました。次に天のカグ山の茂(しげ)つた賢木(さかき)を根掘(ねこ)ぎにこいで、上(う え)の枝に大きな勾玉(まがたま)の澤山の玉の緒を懸け、中の枝には大きな鏡を懸け、下の枝には麻だの楮(こうぞ)の皮の晒(さら)したのなどをさげて、フトダマ の命がこれをささげ持ち、アメノコヤネの命が莊重(そうちよう)な祝詞(のりと)を唱(とな)え、アメノタヂカラヲの神が岩戸(いわと)の陰(かげ)に隱れて立つ ており、アメノウズメの命が天のカグ山の日影蔓(ひかげかずら)を手襁(たすき)に懸(か)け、眞拆(まさき)の蔓(かずら)を鬘(かずら)として、天のカ グ山の小竹(ささ)の葉を束(たば)ねて手に持ち、天照らす大神のお隱れになつた岩戸の前に桶(おけ)を覆(ふ)せて踏み鳴らし神懸(かみがか)りし て裳の紐を陰(ほと)に垂らしましたので、天の世界が鳴りひびいて、たくさんの神が、いつしよに笑いました。>(武田祐吉訳)

 この鹿の角の突起は、さまざまな文様や未来方位の行方を示しているようにも読み取れます。石上神宮の「七支刀」の突起にも似ています。人類史的経験の普遍性と表象文化の個性は大変興味深いものですが、諏訪大社上社前宮に「御頭祭」という特殊神事では、昔、4月15日に鹿の「御頭」が75頭も供えられ、そこには必ず「耳の裂けた鹿」が含まれていたと言われます。今では、御贄柱と剥製の鹿の頭が3頭供えられるだけですので、祭の内実が変容したとはいえ、鹿の頭をお供えする「御頭祭」は今なお執行され続けているのです。凄いですね。おもろいですね。江戸時代後期の菅江真澄はその「御頭祭」のスケッチを残しています。

 これから鶴岡真弓さんたちと、とりあえず、5年計画くらいでこのロックカービング研究を進めることにしました。そして、来年10月には、多摩美術大学芸術人類学研究所で展示をし、上智大学グリーフケア研究所でキックオフシンポジウムを行ないます。上智大学でのキックオフシンポジウムは、多摩美術大学芸術人類学研究所と上智大学グリーフケア研究所身心変容技法研究会との共催です。


「大地の記憶を掘る〜ノルウェー・アイルランドのロックカービングと身心変容」
日時:2017年10月28日(土)
会場:上智大学内の施設(ホールないし教室)
主催:上智大学グリーフケア研究所身心変容技法研究会(科研)+多摩美術大学芸術人類学研究所
講演者:
    齊藤五十二(書道家・東華書院会長・ロックカービング拓本採取・所蔵者)
    鶴岡真弓(多摩美術大学芸術人類学研究所所長・美術史・ケルト研究)
    港千尋(多摩美術大学教授・写真家)予定
    安藤礼二(多摩美術大学准教授・文芸評論)
    石井匠(國學院大學博物館学芸員・縄文考古学・岡本太郎研究)
司会:鎌田東二(上智大学グリーフケア研究所特任教授・京都大学名誉教授)


 このロックカービングの拓本の問題ももの凄い内容ですが、加えて、帰りがけに齊藤五十二氏からいただいた「齊藤けさ江書画集」もすごかった。齊藤けさ江氏は齊藤五十二氏のご母堂です。その書も絵も実にすばらしい! まっすぐにかがやいていていのちとよろこびにみちあふれていました。わたしの研究室には大本開祖の出口なおのお筆先がかけてありますが、そのお筆先と同質の力と根源性を感じました。

 実は、文字を書くことも読むこともできなかった齊藤けさ江さんが、文字を習い、筆を持って書き始めたのは70歳を過ぎてからだと言います。そして、90歳を超えて書き続けたのです。そのまっすぐさと、透明と、奔放自在に心打たれます。それは、天然の雷のような文字であり、田んぼや畑から採れたての大根や茄子やカボチャのようでもありました。これも「地球・ユーロアジアの呼び声」だと感じ、北欧のロックカービングと齊藤けさ江さんの書画がわたしの中で一つに融合したのです。

 そして、2004年に松本貴子さんが撮ったNHK総合人間ドキュメント「けさ江ばあちゃん 90歳の書画」(2004年2月20日、45分)を見て、日々、畑を耕しながら、なすやだいこんなどを書画に書いていく行為の中に、いのちのかがやき、よろこび、いのり、かんしゃが溢れているのを改めて感じました。そこに表現された赤い大根のいのちとちから。そして、畑から採れたまるまるしただいこんにも匹敵する「けさ江ばあちゃん」のすばらしい笑顔、すばらしい笑い声。「かみさま」に対する日々の感謝、無事でありますようにという慎ましい素の祈りと願い。夢の中で、「大きな筆を持って書け」と諭してくれた亡き夫に対する感謝と尊敬と愛。すべてが、素直な「すのことだま」の中に包まれていました。

齊藤けさ江さんの書「かみさま」

齊藤けさ江さんの書「かみさま」齊藤けさ江さんの画

齊藤けさ江さんの画
 2017年10月に行なう予定のスカンジナビアとアイルランドのロックカービングの展覧会とシンポジウムを心して務めたいと思います。

 さて、わたしの方は、今年最後のビッグイベントを12月18日に行ないます。このメインスピーカーは、来年1月にShinさんが主催してくれる『古事記』上演会の演出家・アニシモフさんです。


国際シンポジウム「世阿弥とスタニスラフスキー」
日時:2016年12月18日(日)13時〜18時00分
場所:上智大学四谷キャンパス10号館講堂(入場無料、予約不要、直接会場にお越しください)
13時〜16時20分
講演:
レオニード・アニシモフ(ロシア功労芸術家・演出家・東京ノーヴイ・レパートリーシアター芸術監督)
 「スタニスラフスキーの演劇法と身心変容技法について」通訳付きで50分
セルゲイ・ヤーチン(ウラジオストック極東国立技術大学文化人類学部部長・哲学者・文化哲学)
 「ロシア神秘思想における身心変容(技法)について」通訳付きで50分
松岡心平(東京大学教授)
 「世阿弥の演劇法と身心変容技法について」30分
内田樹(神戸女学院大学名誉教授・武道家)
 「世阿弥の身心変容技法と武道との関係」30分
松嶋健(広島大学准教授)
 「グロトフスキから見たスタニスラフスキーと世阿弥」20分
鎌田東二(上智大学グリーフケア研究所特任教授・京都大学名誉教授)
 「世阿弥と修験道と山伏神楽の身心変容技法について」20分
16時30分〜18時
総合討論 アニシモフ+ヤーチン+松岡心平+内田樹+松嶋健
司会進行:鎌田東二
主催:上智大学グリーフケア研究所・科研「身心変容技法研究会」
協力:東京ノーヴィレパートリーシアター
問合せ:上智大学グリーフケア研究所:TEL 03-3238-3776

 こちらも、心して務め、おもろくも、インスピレーションと洞察に満ち満ちたシンポジウムにしたいと思っています。もしお時間がありましたら、ぜひお越しください。師走でお忙しい時期ではあるでしょうが、歓迎します。

 2016年12月11日 鎌田東二拝