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シンとトニーのムーンサルトレター第235信(Shin&Tony)

鎌田東二ことTonyさんへ

 

Tonyさん、こんばんは。夜空の月が見事です。昨日17日は「中秋の名月」でしたが、18日は「満月」です。「中秋の名月」は、太陰太陽暦の8月15日の夜に見える月のことを指します。中秋の名月をめでる習慣は、平安時代に中国から伝わったと言われています。日本では中秋の名月は農業の行事と結びつき、「芋名月」などと呼ばれることもありますね。ここ数年、中秋の名月と満月は同じ日でしたが、今年は1日ずれています。今夜の満月は「ハーヴェストムーン(収穫月)」。作物の収穫で忙しい時期に、夜遅くまで収穫作業を行う人たちを月明かりが照らしていたことに由来し、名付けられました。


リメンバー・フェスの盆踊りのようす

 

昨夜、17日の夜は、北九州市八幡西区折尾のサンレーグランドホールで、秋のイベントが開催されました。これまでは「隣人祭り・秋の観月会」と呼んでいましたが、今回からは「リメンバー・フェス」としてアップグレードしました。「秋祭り」と言いたいところですが、まだまだ気温が高くて「夏祭り」といった印象です。夏祭りといえば、「盆踊り」の存在を忘れることはできません。日本の夏の風物詩ですが、もともとはお盆の行事の1つとして、ご先祖さまをお迎えするためにはじまったものです。盆踊りというものは、生者が踊っている中で、目には見えないけれども死者も一緒に踊っているという考え方もあるようです。照明のない昔は、盆踊りはいつも満月の夜に開かれたといいます。その意味で、このリメンバー・フェスでの盆踊りは正統なのです。この日、わたしは浴衣を着て、盆踊りの櫓の上にあがって主催者挨拶をする予定でしたが、かねてより闘病中の父が緊急入院したため、参加をとりやめました。


月への送魂のようす

 

リメンバー・フェスのメインセレモニーとして、「月への送魂」が行われました。夜空に浮かぶ月を目指して、故人の魂をレーザー(霊座)光線に乗せて送る新時代の「月と死のセレモニー」です。多くの方々が夜空のスペクタクルに魅了されました。「月への送魂」は、21世紀にふさわしいグローバルな葬儀の“かたち”であると思います。何より、レーザー光線は宇宙空間でも消滅せず、本当に月まで到達します。わたしは「霊座」という漢字を当てましたが、実際にレーザーは霊魂の乗り物であると思います。「月への送魂」によって、わたしたちは人間の死が実は宇宙的な事件であることを思い知るでしょう。


理事長就任の挨拶をしました

財団の組織図

 

さて、時間は8月21日に遡ります。場所は、北海道の函館です。このたび、わたしは、一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団の理事長に就任いたしました。この日、結婚式場「ベルクラシック函館」で開催された一般社団法人 全日本冠婚葬祭互助協会(全互協)の総会で発表され、就任の挨拶をしました。今年8月8日の評議員会で新理事長になることが決定し、理事のみなさんの書面で決定。全互協と財団の理事の顔ぶれはほとんど同じですので、21日の全互協総会で挨拶をさせていただきました。挨拶に立ったわたしは、まず、「このたび冠婚葬祭文化振興財団の理事長に就任いたしました佐久間でございます。一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団は、人の一生に関わる儀礼である冠婚葬祭に代表される様々な人生儀礼の文化を振興し、次世代に引き継いで行くための事業を行い、我が国伝統文化の向上、発展に寄与することを目的として、平成28年に設立されました」と述べました。


冠婚葬祭は「文化の核」です!

冠婚葬祭は文化の核

 

それから、「設立より8年目を迎えるに当たり、本財団としての独自性を出していくために、本年度より新たに立ち上げた儀式委員会と資格委員会を中心に財団事業を推進してまいります。今後も本財団は、全互協と連絡を密に協力して、互助会業界の環境の整備に貢献してまいる所存であります」と述べました。記念すべき設立10周年を理事長として迎えることになり、身の引き締まる思いです。日本には茶の湯・生け花・能・歌舞伎・相撲・武道など、さまざまな伝統文化がございます。しかしながら、わたしは冠婚葬祭こそ文化の中の文化、『=文化の核』であると思っております。冠婚葬祭文化の振興という仕事を天命ととらえ、全身全霊、命をかけて取り組む所存です。皆様方におかれましては、引き続き本財団の事業に対しまして、ご支援、ご協力をお願いいたしまして理事長就任のご挨拶とさせていただきますと述べて降壇しました。会場からは盛大な拍手を頂戴し、感激いたしました。


日本人の「こころ」と「かたち」を守ります

 

冠婚葬祭文化振興財団の理事長就任により、「天下布礼」が次のステージに進みます。要・不要論ではなく、どう変化していくかです。わたしはそれを「アップデート」と呼びたいです。残さなければいけないもの、変化させていいもの(場合によっては取りやめてもいいもの)と精査する時期だということです。このような日本人の精神文化に与える影響の大きな財団の理事長として、わたしは3つの提案を重点的に発信していきたいと思います。それは、「1.冠婚葬祭業のサービス業から文化産業への転換」「2.互助会加入の義務化」「3.互助会営業員の民生委員化」の3つです。なお、冠婚葬祭文化の振興についてのわたしの考えは、今年中に刊行予定の『冠婚葬祭文化論』(仮題、産経新聞出版)に詳しく書きましたので、ご一読いただければ幸いです。


再会した緑色の魔人&紫色の変人

 

それから、9月2日の夜、Tonyさんが小倉にお越しになられました。翌3日の朝、松柏園ホテルでTonyさんとお会いしました。久々の再会を喜び合ったわたしたちは、まずはムーンサルトレター用に恒例のツーショット記念撮影をしました。最初は上着着用でかしこまっての撮影でしたが、「上着を脱ぎましょう!」というTonyさんのご提案で、わたしもスーツの上着を脱ぎました。Tonyさんはグリーン、わたしはパープルのコーディネートです。緑色の魔人&紫色の変人リターンズ(笑)です! その後、しばらくお互いの近況などを報告し合いました。わたしが理事長に就任した一般財団法人 冠婚葬祭文化振興財団についても、Tonyさんから過分なお祝いのお言葉とともに、貴重なご提言をたくさん頂戴しました。


『佐久間進のすべて』

「すすめ! 進くん」を読むTonyさん

 

その後、Tonyさんが2冊の本を手渡して下さいました。1冊はTonyさんの監修書である『自分とか、ないから。 教養としての東洋哲学』という本で、東大卒・こじらせニートの「しんめいP」さんという方の著書です。なんと10万部を突破されたとか。もう1冊は写真家の須田郡司さんの写真が収められた『写真展・フォールドワークの記録』で、Tonyさんは文章を担当されています。わたしもお返しに、完成したばかりのムック『佐久間進のすべて』を贈らせていただきました。手に取ったTonyさんは、「コンパクトで良い本ですね。編集も素晴らしい。父上も喜ばれたでしょう」と言って下さいました。特に、Tonyさんのアイデアで生まれた父の実録マンガ「すすめ! 進くん」を興味深く読まれていました。この後、先生はお部屋でオンライン講義を行われました。


父とTonyさんが再会

 

オンライン講義を終えたTonyさんとわたしは、わが実家へと向かいました。闘病中の父のお見舞いのためです。実家に到着して父の姿を見た鎌田先生は「佐久間会長さん、鎌田です!」と言って、父の手を握って下さいました。そして、持参したムック『佐久間進のすべて』を父に見せて、「会長さん、すごいですね! こんな素晴らしい本ができて、わたしは本当に感動しました!」と言って下さいました。すると、それまで無表情だった父がニッコリと笑顔になりました。わたしは、その姿を見て涙が出てきました。Tonyさんご自身がステージ4のがん患者でありながら、わざわざ小倉までお越しになられたのです。父と鎌田先生は國學院大學の先輩・後輩という学友の関係にありますが、学縁を超えた魂の結びつきがあるように思えました。


Tonyさんに質問する父

 

病のため、すっかり衰弱してしまった父ですが、Tonyさんに「鎌田先生は、まだ山に登られているんですか?」とかすかな声で質問しました。すると、Tonyさんは「はい、比叡山に登っています。一昨日も登頂しました」と答えられました。わたしが、「鎌田先生は、比叡山で熊に襲われた女性も救ったんだよ!」と言うと、父は「それは、すごい。鎌田先生は、がんでも元気なんですね」と言いました。その後、父はTonyさんに「人生の目的は何ですか?」と、ど直球の質問をしました。Tonyさんは、「人を面白く、楽しく、愉快に、豊かにして、創造性の窓を開く『楽しい世直し』をすることです」と答えました。


聖徳太子について語り合う

 

また、父は「聖徳太子が日本の基礎を作った」と言いました。鎌田先生は「その通りと思います。しあさって、聖徳太子のお墓のある大阪の叡福寺に対談の仕事で行くので、会長さんの分もよくお参りし、お祈りしてきます」と言って下さいました。それを聴いて、父は両手を合わせて拝みました。それから、父は鎌田先生に「先生は、がんでも山に登ることができて、すごい」と言いました。それを聴いたTonyさんは、「わたしにとって、それこそが、おもしろくたのしいことですので」と答えられました。さらにTonyさんは、「佐久間会長さんこそ、すごいですね。本当に、すごい、いいお仕事をされたと思います。2人の息子さんをこのように立派に育て、しかも、サンレーを一緒にここまで大きくしっかりを育てられたのですから」と言われました。


父を囲んでスリーショット

 

さらに、Tonyさんは父に向かって、「息子さん、佐久間庸和さんみたいな、息子さんは本当に世界中にいませんよ。いつも言いますが、『世界最強の父子』だと心底思います」と言って下さいました。わたしは、それを聴いて、涙が止まらなくなりました。すぐ近くに妻と長女がいましたが、わたしは何ら恥じることもなく、心のままに涙を流し続けました。Tonyさんは『佐久間進のすべて』の刊行に際して詠んで下さった祝歌「進みゆく 礼(ゐや)びのみわざ 八美道 神のみこころ伝え行く道」という歌にメロディをつけて朗じて下さいました。それは、魂の平安を祈る祝詞のように聴こえました。父はずっと目をつむって手を合わせていました。


気楽亭の中から円形舞台をながめる

 

父を見舞った後のTonyさんを、わたしは自宅の庭にお誘いしました。自宅の庭は「気楽庭」と名付けられており、さまざまな樹木や花とともに、樹齢300年の屋久杉やウミユリの化石である梅花石などが並んでいます。また、中央には満月が映る御影石の舞台があります。設計は、日銀元総裁の白川方明氏の弟さんである白川直之氏です。この舞台の上に立って、Tonyさんといろんなお話をしました。それから、書庫兼文化サロンである「気楽亭」にご案内しました。同じく、白川直之氏の設計です。入るとすぐ薩摩切子をはじめとしたカラフルなグラス、ウイスキーや泡盛などの各種の酒が並べられています。置かれている椅子に座ると、目に映る前庭には円形の御影石の舞台があり、夜になるとそこに月が映し出されます。その御影石に映った月をながめながら、元気な頃の父は酒を飲み、本を読んでいました。なんという贅沢な時間の過ごし方でしょうか!


気楽亭の書庫を案内する

 

わたしたちは気楽亭の奥に入っていきました。『国史大系』『古事類苑』『廣文庫』『群書類従』『日本随筆大成』『風俗画報』『明治文化全集』といった叢書類がずらりと並びますが、『東洋文庫』の全点揃いや『國學院雑誌』まで揃っているので、鎌田先生は驚かれていました。また、『契沖全集』『賀茂真淵全集』『本居宣長全集』『平田篤胤全集』『定本 柳田國男集』『折口信夫全集』『南方熊楠全集』なども並んでいます。そう、この書庫には国学や民俗学に関するあらゆる全集類が揃っています。わたしの父である佐久間進は國學院大學の出身であり、日本民俗学が誕生した昭和10年にこの世に生を受けています。父は亥年なのですが、ともに國學院の教授を務めた日本民俗学の二大巨人・柳田國男と折口信夫も一回り離れた亥年でした。父が國學院で日本民俗学を学び、そのまさに中心テーマである「冠婚葬祭」を生業としたことに運命的なものを感じてしまいます。


國學院大學と私

 

「國學院」の「国学」とは「日本人とは何か」を追求した学問だと思います。契沖、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤らが活躍しましたが、実家の書庫に彼らの全集が揃っていたおかげで、わたしは高校時代から国学に関心を抱いていました。そして、「日本人とは何か」という国学の問題意識を継承したのが、「新国学」としての日本民俗学です。その日本民俗学を國學院で学んだ父は、冠婚葬祭互助会を天職に選びました。わたしはTonyさんに、「国学のアップデートが日本民俗学なら、さらにそのアップデートが冠婚葬祭互助会ではないのでしょうか?」と申し上げました。するとTonyさんは、「日本民俗学が、『古事記』や『万葉集』や『延喜式祝詞』らの文献の中に日本の伝統と折口信夫の言う『生活の古典』と『ライフインデックス』を探し求め、見出し、再構築したのだとすれば、冠婚葬祭の互助会活動に取り組んだ佐久間進(サンレー名誉会長)さんのお仕事は、その『生活の古典』を、さらに『古典(伝統)の生活化』に再構築し再編集し直す活動であったと思います」と語られました。さすがはTonyさんです!

 


小学生時代の油絵「海辺の光景」

 

翌日の4日の朝、わたしたちは松柏園ホテルで朝食を共にしました。この日もTonyさんは動画撮影されていましたが、映画の本質、写真と動画の違い、生成AIの進化、AIによる故人の復活とグリーフケア・・・・・・。わたしたちは、夢中になって語り合いました。Tonyさんとは、写真や映画の話題の延長で絵画の話も出ました。わたしの小学生時代の油絵を「心底びっくりしました! すごい! すばらしい! すてき! の3S花丸を捧げます!」とまで言って下さいました。特に「海辺の光景」と題したシュールレアリスムの作品を絶賛していただき、「特に、小学生の時に描いた『海辺の光景』、なかなかやるじゃん! 柔道一直線ならぬ美術一直線の人生もありえたということですね。いずれ会長さんになったら、画家になって個展を開催して下さい」とまで言われました。まいったなあ~(笑)。

 


花束を手に「愛の讃歌」を歌う♫

 

パリ五輪の開会式の話題も出ました。わたしは、あの開会式には落胆しました。国によって差別感のあった船での入場パレード、マリー・アントワネットを思わせる断首パフォーマンス、韓国を北朝鮮と言い間違えたこと、極めつけは五輪旗を逆さまに掲示するという残念な出来事の連続でした。儀式の専門家として見るなら、大失態であったと思います。ただし、フィナーレでセリーヌ・ディオンがエッフェル塔の上から歌った「愛の讃歌」は最高に素晴らしかったです。平和の女神が「人類よ、戦争を止めて、愛し合いなさい!」と言っているようでした。その後、わたしが「愛の讃歌」を熱唱する動画をTonyさんにお見せしました。先生は一心不乱に視聴し、最後は拍手をして下さいましたが、「会長さんになったら、歌手になってコンサートを開催して下さい」とは言いませんでしたね。(笑)


松柏園ホテルのエントランスで

ホテルをチェックアウトする時間になっても、わたしたちは談論風発で、話は尽きませんでした。荷物を取るためにTonyさんはいったん部屋に戻られ、ロビーで待ち合わせしました。わたしは紫色のハットを被って先生をお待ちしました。ようやく出てきたTonyさんを車にお乗せすると、わたしたちは固い握手を交わしました。わたしは、「今度は、わたしが京都に伺います。必ず、またお会いしましょう。それまで、お元気で!」と言いました。車が出発すると、わたしはハットを取って、それを上に掲げて大きく振りました。JR小倉駅に向かう車が見えなくなるまで、何度も「ありがとうございました」とつぶやきながら、わたしは手を振り続けました。こうして鎌田東二先生と過ごした2日間は終わりました。ご自身がステージ4のがん患者でありながら、京都から小倉まで病床の父をお見舞いに来て下さった鎌田先生には、言葉では表現できないくらい感謝しております。わたしは、このハートフルな2日間をけっして忘れないでしょう。それでは、Tonyさん、また次の満月まで!


帽子を振ってTonyさんを見送りました

2024年9月18日 一条真也拝

 

一条真也ことShinさんへ

一般財団法人冠婚葬祭文化振興財団の理事長就任、まことにおめでとうございます。これまで、「天下布礼」道を柔道一直線のようにまっしぐらに進んで来られましたが、次のステージ、大変楽しみにしています。どのような佐久間節による変化・変容・イノベート・アップデートが発生してくるか、見守っていきたいとおもいます。

さて、昨夜9月17日は、中秋の名月。そして今宵、9月18日は、満月。

Shinさんは「太陽を追う男」のお父上の佐久間進サンレー名誉会長たちとひと時を過ごされているでしょうか。庭に月が映る石を敷設されて、書庫を横に、また、さまざまな愛でるコレクションを背に、大吟醸か何かをゆったりと味わいながら満月の映るさまを静かに見つめておられた茶人でもあり礼法家でもあったお父上の姿が目に浮かびます。

 

「ローマは一日にして成らず」

同様に、

「一条真也(佐久間庸和)も一日にして成らず」

この父あってこそ、この子がある。

Shinさん父子にはそのようなかけがえのない唯一無比の父子の関係を感じます。それは、現代の奇跡、ミラクル、だとしんそこおもいます。父が子をつくり、子が父をつくる。その相互作用の激しさ、緊張、超速と激進、緩みのなさ、そのイノベートし合う共働創造性。

 

凄いです。株式会社サンレーは、この父子の縁パワメントし合う創造力の渦巻きによって、ここまでの発展・展開を遂げることができたのだと思いますね。ギネスブック入りの現役社長で100冊以上もの著作を持つ息子のことが心配で、気が気でなかったということも理解できますが、その息子のエネルギーが父をしてさらなる駆動をかきたてて、「すすめ! 進くん」の活動を生み出したのです。ほんと、すごいです。ミラクル、です。この父子は。

 

さて、この前、闘病中の佐久間進サンレー名誉会長をお見舞いし、Shinさんとも9月4日と5日の2日間にわたり、ゆっくりとお話をすることができました。至福の時間でありました。カラオケができなかったことが、ちょっぴり残念だったけど。

話の内容は多岐に及ぶので、とてもまとめきれませんが、この小倉訪問の少し前に九州に上陸したのが台風10号でした。これほど速度が遅く遠距離に豪雨や洪水や土砂崩れなどの被害をもたらした台風は初めてのことで、本当に何が起こるかわかりません。

「みなさん、天気は死にました!」と、「ロックンロール神話考」(初演1970年6月、再演予定2026年1月26日@公益財団法人日本)と55年近く前から叫び続けてきましたが、今後とも、自然界の自然現象が伝えてくるさまざまなメッセージを謙虚にとらえ、それに応えていくしかない、とおもっています。

その後、9月6日に、大阪府の磯長の聖徳太子の御廟・高野山真言宗叡福寺にお参りしました。「聖徳太子からの伝言」について、医師の長谷川敏彦さんと対談するために。叡福寺の近藤大龍住職は、長谷川敏彦さんの従弟とのことです。

御廟には、お父上の代参(代理参拝)をさせていただきました。

以下の18分あたりのところで、お父上のことを住職や同行の長谷川敏彦さんたちにお話ししています。

京都面白大学第268講 聖徳太子磯長の御廟(大阪府 叡福寺)での佐久間進サンレー名誉会長代理参拝の祈り (撮影:吉田遊福)2024年9月6日)

お父上様のすこやかさとやすらぎをこころよりおいのりもうしあげます。

 

ところで、熊本県出身の筋金入りのキリスト者(高木千右衛門の子孫)で、上智大学グリーフケア研究所名誉所長にして「全人力を磨く研究所https://www.zenjinryoku.com/)」代表理事の高木慶子シスターのお招きにより「第1回ホリスティックケア士養成講座」のゲスト講師として、9月14‐15日の2日間にわたり、約10時間の授業をしてまいりました。体力体調が最後まで持つか少し心配しておりましたが、おかげさまで最後までやり遂げることができました。終わって、京都に帰ったら、行きの時より帰りの時の方がずっと元気になっていました。不思議ですが、事実です。

 

2日間で10時間近くの授業担当は、現役時代の非常勤講師の夏期集中講義のようで、ふつうなら疲れているはずなのですが、どうしたことか、疲れはまったくなく、むしろ元気になり、活性化していました。

 

さて、9月23日(月・休日)のお彼岸中に、近鉄奈良駅近くで、興福寺南円堂や猿沢の池のほとりにある「曼荼羅御堂八百萬之茶屋」で、Tony&KOW&Pの3人ユニットで、「ソウルライブ」を行ないます。1年ぶりの全身全霊ライブになります。


9月23日チラシ 曼荼羅御堂八百萬之茶屋

思い起こせば、ほぼ1年前の7月8‐9日に、大阪と京都阪で、2日続けて「絶体絶命」レコ初ライブを行ないました。当時は、ステージⅣの大腸がん(上行結腸癌)の手術後の第1期の抗がん剤治療=標準治療半年間(3週間に1度の点滴4時間注入、2週間経口薬の服薬、1週間休みの1クールを8クール繰り返す6ヶ月)のほとんど最後の時期で、副反応の末端神経障害でギターの弦がきちんと押さえられない状態でしたが、我ながら信じられないエネルギーで2時間18曲を休みなく歌い続けました。その時の模様は、以下の2つの動画で見ることができます。今から見ると、荒っぽいけど、おもろかった~! ようやった、という感じです。

動画リンク:https://youtu.be/Vu_DTO2nEP4

 

ファイル名:絶体絶命・遺言ライブ 2023年7月8日 大阪・中津@Vi-code

ファイル名:絶体絶命・遺言@京都・拾得 2023年7月9日

今回は、それを踏まえて、奈良の興福寺南円堂や猿沢池の近くの「曼荼羅御堂八百萬之茶屋」の2階のライブスペースで、デビュー作『自分とか、ないから。』が10万部の大ベストセラーを突破したしんめいPさんと、CD『絶体絶命』の編曲者&プロデューサー&シンガーソングライターのKOWさんとのトリオバンドで、ライブを繰り広げます。

脳に癌の転移を持つステージⅣのがん患者の「ガン遊詩人・神道ソングライター」の鎌田東二が、『絶体絶命』レコ初ライブの1年後に全力投球でどんな歌を歌い語りをするか? 興味津々です。自分のことながら。

9月23日当日のライブ曲順は、Tony&KOW&Pで、14時からの第一部は、法螺貝奉奏のあと、まず次の6曲を歌います。

1,ぼくの観世音菩薩 4分
2,弁才天讃歌 4分
3,ある日道の真ん中で 4分
4,探すために生きてきた 4分
5,ふんどし族ロック+世界フンドシ黙示録 7分
6,神ながらたまちはへませ 5分

第二部は、ガラリと雰囲気を変え、KOWが何曲かソロで歌い、、その後で、Tonyがソロで、次の3曲を歌います。

7,「神」4分
8,「泥の鳥ブルース」4分
9,「永訣の朝」4分
これはMCなしで続けて歌います。

 

そして最後に、ふたたびTony&KOW&Pの3人バンドで、ラストの3曲を歌います。

10,「なんまいだー節」

11,「銀河鉄道の夜」

12,「巡礼」

これで、歌唱の部、2時間のライブを終え、20‐30分ほどの休憩をはさみ、16時30分から18時までの90分間、参加者との「交流会」をおこないます。このライブと抱き合わせの試みは初めてです。

 

交流会では、冒頭20‐30分をTony&KOW&Pで「おもしろトーク」をし、残る60分を参加者のみなさんの感想・コメント・質問応答・意見交換の場となります。

まずは、この「ソウルライブ」に全力を投入します。

そのあと、9月28日に「第97回身心変容研究会」を開催します。

9月28日開催「第97回身心変容技法研究会」
第97回身心変容技法研究会
テーマ:「日本的身体の探究」 Zoom開催
日時:2024年9月28日(土)13時~17時
13時 開会あいさつ・趣旨説明・発表者紹介・法螺貝奉奏 鎌田東二(司会進行、5分)
13時5分~14時45分 藤守創(藤守式施術院院長、日本的身体研究)「日本的身体の実証的研究」(仮題、発表100分)
14時45分~14時55分 (10分休憩)
14時55分~17時00分 (125分)コメント+質疑応答
指定討論者①永沢哲(20分、アティ・ゾクチェン研究所所長、元京都文教大学准教授、チベット密教研究、交渉中)
指定討論者②井上ウィマラ(20分、承諾、元高野山大学元教授、瞑想研究・実践)
指定討論者③小西賢吾(20分、承諾、京都大学人と社会の未来研究院特任准教授、文化人類学・縁の人類学的研究)
司会進行・総括:鎌田東二

藤守創さんが探究してきた「日本的身体」の問題をとことん掘り下げてもらいます。

ところで、次の本の再校ゲラチェック中でです。わたしの方はすべて終わっていますが、相方の医師・長谷川敏彦さん(一般社団法人未来医療研究機構代表理事)のゲラチェックと「あとがき」を待つばかり。内容は、超おもろく、超ためになります。自信をもってお勧めできます。

長谷川敏彦さんの人生経路の面白さ、本邦初発・初開示満載!

すごいですよ、アメリカでの彼の遍歴ぶり。ここまで遍歴・探求・インタビューをした医者は皆無でしょう! その意味でも、今後の医学医療の必読対談集になるでしょう。

鎌田東二・長谷川敏彦対談集『超少子・超高齢社会の日本が未来を開く——医療と宗教のバラダイムシフト』ホーム社/集英社、2024年12月15日刊

 

また、今日は、こんな対談「松岡正剛を偲ぶ」を羽賀ヒカルさんとしました。大阪府枚方市樟葉で。

 

 

もう2つ。

「ロックンロール神話考Ⅱ 末法篇2024」改作版を独り芝居してみたので、ご笑覧ください。

京都面白大学第272講:https://www.youtube.com/watch?v=KhlwEGHGDf4
ファイル名:「ロックンロール神話考Ⅱ末法篇2024」第三幕・終幕 自作自演独り芝居 2024年9月17日 初演:1970年6月大阪心斎橋、            再演:公益財団法人日本心霊科学協会2025年1月26日(日)午後

京都面白大学第270講:https://www.youtube.com/watch?v=ejLwacXFHlA

以下:「ロックンロール神話考Ⅱ末法篇2024」序幕・第一幕・第二幕 鎌田東二自作自演独り芝居 2024年9月13日

◆ロックンロール神話考Ⅱ 末法篇2024 2024年6月改作 ゴチック版 (pdf 432KB)

 

「みなさん、天気は死にました”」と叫び続けて55年。

いよいよ、天気のみならず、吾も死んで逝く身となりました。

では、次の満月まで。いのちあらば。ごきげんよう。

10月には能登半島にボランティアにまいります。

10月12日には、能登半島の穴水町の高野山真言宗「海臨山千手院」本堂で、「第8回いのちの研究会」をおこないます。

2024年9月18日 Tony Kamata Paris

 

第8回いのちの研究会

テーマ「災害に向き合う」
日時;2024年10月12日(土)13時~16時30分
会場;石川県鳳珠郡穴水町曽良 高野山真言宗海臨山千手院 (午前中10時~11時半までは、穴水町の駅前で「カフェ・デ・モンク」のお手伝い)

第一部
13:00 開会 司会 鎌田東二
住職挨拶:北原密蓮(僧侶)、読経:ありがとう寺住職町田宗鳳
奉納演奏 石笛・横笛・法螺貝 鎌田東二
13:15 トーク①町田宗鳳(広島大学名誉教授・ありがとう寺住職)
13:35 トーク②島薗進(東京大学名誉教授、2024年「朝日賞」受賞者)
13:55 トーク③加藤眞三(慶應義塾大学名誉教授・医師・MOAクリニック高輪院長)
14:15 トーク④上田紀行(東海学園大学特命副学長・東京工業大学卓越教授)
14:35-14:45 (休憩)

第二部
14:45 能登学プロジェクトメンバーによる総合討論 司会 鎌田東二
パネリスト:上記4名+森本敬一(NPO法人チーム能登くいしん坊会長)、小西賢吾(京都大学人と社会の未来研究院准教授、オンライン参加)+桑野萌(金沢星稜大学准教授)+井川裕覚(東北大学助教・ケア学・災害人文学・関東臨床宗教師会会長)、藤井満(作家・ノンフィクションライター・元朝日新聞記者・輪島支所長4年)・服部久美恵(東京大学先端科学技術研究センターPD研究員)・しんめいP(思想作家)・野口竜平(蛸みこしアーティスト)など
質疑応答 会場やオンラインから質問
15:55 閉会挨拶 鎌田東二
16:00 閉会

上田紀行;東海学園大学特命副学長、東京工業大学特命卓越教授
著書;『生きる意味』(岩波新書)、『立て直す力』(中公新書ラクレ)、『覚醒のネットワーク』(アノニマ・スタジオ)、『かけがえのない人間』(講談社現代新書)、『愛する意味』(光文社新書)、『とがったリーダーを育てる』(中公新書ラクレ)、『平成論』(NHK出版新書)、『スリランカの悪魔祓い』(講談社文庫)、『「自殺社会」から「生き心地の良い社会」へ』(講談社文庫)、『今、ここに生きる仏教』(平凡社)、『人生の〈逃げ場〉 会社だけの生活に行き詰まっている人へ』(朝日新書)、『人間らしさ 文明、宗教、科学から考える』(角川新書)、『新・大学でなにを学ぶか』編著:東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教員13名(岩波ジュニア文庫)

島薗進;東京大学名誉教授、上智大学大学グリーフケア研究所元所長、NPO東京自由大学学長
著書;『現代救済宗教論』(青弓社)、『精神世界のゆくえ』(東京堂出版、秋山書店)、『いのちの始まりの生命倫理』(春秋社)、『国家神道と日本人』(岩波書店)、『日本人の死生観を読む』(朝日新聞出版)、『つくられた放射線「安全」論』(河出書房新社)、『倫理良書を読む』(弘文堂)。『ともに悲嘆を生きる グリーフケアの歴史と文化』(朝日新聞出版)、『新宗教を問う 近代日本人と救いの信仰』(筑摩書房)など

町田宗鳳;広島大学大学院名誉教授、国際教養大学客員教授、御殿場高原ありがとう寺住職
著書;『法然対明恵』(講談社)、『人類は「宗教」に勝てるか―一神教文明の終焉―』(日本放送出版協会)、『法然の涙』(講談社)、『法然、愚に還る喜び―死を超えて生きる―』(日本放送出版協会)、『ニッポンの底力』(講談社)、『あそぶっきょう』(サンマーク出版)など。日本・アメリカ・ヨーロッパ・台湾などで「ありがとう禅」、「ありがとう断食セミナー」(御殿場市)、および「パワートーク:Dr.Soho &達人たち」(東京)を開催

加藤眞三;慶應義塾大学名誉教授、上智大学グリーフケア研究所客員所員、MOA高輪クリニック院長
著書;「肝臓病教室のすすめ」メディカルレビュー社、「患者の生き方;よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ」春秋社、「患者と作る医学の教科書」(共著)日総研 、「患者の力;患者学で見つけた医療の新しい姿」春秋社、「肝臓専門医が教える病気になる飲み方、ならない飲み方」ビジネス社。その他、東洋経済オンラインにて「市民のための患者学」を、雑誌「医と食」において「医療者のための患者学」を、沖縄難病連雑誌アンビシャスにおいて「患者のための患者学」連載中

鎌田東二;京都大学名誉教授、天理大学客員教授、日本臨床宗教師会会長、京都伝統文化の森推進協議会会長
著書;『神界のフィールドワーク』(青弓社)、『身体の宇宙誌』(講談社学術文庫)、『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」精読』(岩波現代文庫)、『霊性の文学 言霊の力』『霊性の文学 霊的人間』(いずれも角川ソフィア文庫)、『日本人は死んだらどこへ行くのか』(PHP新書)、『世阿弥』『言霊の思想』(いずれも青土社)、『夢通分娩』『狂天慟地』『絶体絶命』『開』(土曜美術社出版販売)、『いのちの帰趨』(港の人)、『南方熊楠と宮沢賢治 日本的スピリチュアリティの系譜』『予言と言霊 出口王仁三郎と田中智学ー大正十年の言語革命と世直し運動(平凡社)、『悲嘆とケアの神話論―須佐之男と大国主』(春秋社)など

ところで、能登半島の穴水町で臨床宗教師の上記北原密蓮さん(千手院新住職)が中心となり、「カフェデモンク穴水」が活動を続けています。
2024年7月30日付朝日新聞デジタルに、その様子が以下のように掲載されました。
https://www.asahi.com/sp/articles/ASS7Y4KFGS7YPJLB00KM.html

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なお、「能登学プロジェクト」メンバーのジャーナリスト、藤井満さん(元朝日新聞記者、輪島支局4年間勤務)が書いた以下のサイトのコラム記事「月刊 風まかせ」をぜひお読みください。
https://kazemakase.jp/2024/03/noto7sora/