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シンとトニーのムーンサルトレター 第182信

 

 

 第182信

鎌田東二ことTonyさんへ

 Tonyさん、お元気ですか? 新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が全面解除されましたが、わたしの住む北九州市では第2波が襲来したようです。6月を迎えて「さあ、これから!」という時でしたので、出鼻をくじかれた思いですが、まことに感染症というのは厄介ですね。とにかく、今回のコロナ禍は想定外の事件でした。わたしを含めて、あらゆる人々がすべての「予定」を奪われました。個人としては読書や執筆に時間が割けるので外出自粛はまったく苦ではありませんでしたが、冠婚葬祭業の会社を経営する者としては今も苦労が絶えません。

完成した「遠賀紫雲閣」の前で

完成した「遠賀紫雲閣」の前で竣工式の主催者挨拶で歌を披露

竣工式の主催者挨拶で歌を披露
 6月5日、福岡県遠賀郡遠賀町に、わが社の83番目のセレモニーホール(コミュニティホール)である「遠賀紫雲閣」がオープンし、竣工清祓御祭の神事が行われました。地元を代表する神社である「埴生神社」の千々和公麿宮司にお願いしました。主催者挨拶で、わたしは、「遠賀」の地名について述べました。「遠賀」という地名の由来は、古くは『日本書紀』に詠まれた「岡県(岡縣『おかのあがた』)・岡水門」や『万葉集』の「水茎の岡の水門」に端を発しているようで、これらの「岡」が奈良時 代の和銅6年から「乎加」「塢餉」「遠賀」と2文字で表されるようになり、次第に「おか」(「延喜式」にはヲカとふる)から「おんが」と読むようになったといわれています。また遠賀川河口は、神話時代の国内最大規模の干潟であり、漁労採集や土器文化の中心地でした。そして、わたしは「古(いにしえ)の おかのあがたの 時代より 人は旅立つ コロナの今も」という道歌を披露いたしました。来週13日には、金沢市で84番目の施設となる「柳橋紫雲閣」の竣工式が行われる予定です。「天下布礼」を目指して、頑張ります!

『コロナの時代の僕ら』(早川書房) さて、少し前に話題の書である『コロナの時代の僕ら』パオロ・ジョルダーノ著、飯田亮介訳(早川書房)を読みました。まさに「今、読むべき本」でした。著者はイタリアの小説家です。1982年、トリノ生まれ。トリノ大学大学院博士課程修了。専攻は素粒子物理学。2008年、デビュー長篇となる『素数たちの孤独』は、人口6000万人のイタリアでは異例の200万部超のセールスを記録。同国最高峰のストレーガ賞、カンピエッロ文学賞新人賞など、数々の文学賞を受賞しました。

 『コロナの時代の僕ら』には、著者がイタリアの新聞「コリエーレ・デッラ・セーレ」紙に寄稿した27のエッセイが掲載されています。最初の「地に足をつけたままで」では、「今回の危機では『イタリアで』という表現が色あせてしまう。もはやどんな国境も存在せず、州や町の区分も意味をなさない。今、僕たちが体験している現実の前では、どんなアイデンティティも文化を意味をなさない。今回の新型ウイルス流行は、この世界が今やどれほどグローバル化され、相互につながり、からみ合っているかを示すものさしなのだ」と述べます。また、著者は「僕のこの先しばらくの予定は感染拡大抑止策のためにキャンセルされるか、こちらから延期してもらった。そして気づけば、予定外の空白の中にいた。多くの人々が同じような今を共有しているはずだ。僕たちは日常の中断されたひと時を過ごしている。それはいわばリズムの止まった時間だ。歌で時々あるが、ドラムの音が消え、音楽が膨らむような感じのする、あの間に似ている。学校は閉鎖され、空を行く飛行機はわずかで、博物館の廊下では見学者のまばらな足音が妙に大きく響き、どこに行ってもいつもより静かだ」とも書いています。共感する文章です。

 最後の著者あとがき「コロナウイルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」は、まことに心を打つ文章です。著者は以下の感動的な文章を綴るのでした。「僕は忘れたくない。今回のパンデミックのそもそもの原因が秘密の軍事実験などではなく、自然と環境に対する人間の危うい接し方、森林破壊、僕らの軽率な消費行動にこそあることを。僕は忘れたくない。パンデミックがやってきた時、僕らの大半は技術的に準備不足で、科学に疎かったことを。僕は忘れたくない。家族をひとつにまとめる役目において自分が英雄的でもなければ、常にどっしりと構えていることもできず、先見の明もなかったことを。必要に迫られても、誰かを元気にするどころか、自分すらろくに励ませなかったことを」

 わたしは、この文章を読んで、大変感動しました。そして、自分なりに、今回のパンデミックを振り返りました。わたしは忘れたくありません。今回のパンデミックで卒業式や入学式という、人生で唯一のセレモニーを経験できなかった生徒や学生たちが大きな悲嘆と不安を抱えたことを。わたしは忘れたくありません。今回のパンデミックで多くの新入社員たちが入社式を行えなかったことを。そして、わが社では全員マスク姿で辞令交付式のみを行ったことを。わたしは忘れたくありません。緊急事態宣言の中、決死の覚悟で東京や神戸や金沢に出張したことを。沖縄の海洋葬には行けなかったことを。いつもの飛行機や新幹線は信じられないくらいに人がいなかったことを。わたしは忘れたくありません。日本中でマスクが不足し、訪れたドラッグストアで1人の老婦人から「あなたはマスクをしていますね。そのマスクはどこで買えるのですか?どこにもマスクが売っていなくて困っているのです」と深刻な表情で話しかけられたことを。

 わたしは忘れたくありません。一世一代の結婚式をどうしても延期しなければならなかった新郎新婦の落胆した表情を。わたしは忘れたくありません。新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった方々の通夜も告別式も行えなかったことを。故人の最期のに面会もできず、遺体にも会えなかった遺族の方々の絶望の涙を。わたしは忘れたくありません。外出自粛が続く毎日の中で、これまでの人生で最も家族との時間が持てたことを。わたしは忘れたくありません。緊急事態宣言の間、何度も社員や友人に希望のメッセージをLINEで送信したことを。そして、わたしは忘れたくありません。感染拡大が続く中で、人類の未来についての希望を祈りとともに記した本を書いたことを。

『死を乗り越える名言ガイド』(現代書林) 緊急事態宣言下で書き上げた著書は2冊あります。1冊目は、5月26日発売の『死を乗り越える名言ガイド』(現代書林)。サブタイトルは「言葉は人生を変えうる力をもっている」で、小説や映画に登場する言葉も含め、古今東西の聖人、哲人、賢人、偉人、英雄たちの言葉、さらにはネイティブ・アメリカンたちによって語り継がれてきた言葉まで、100の「死を乗り越える」名言を紹介しています。わたしは現在、グリーフケアの研究と実践に取り組んでいるのですが、グリーフケアという営みの目的には「死別の悲嘆」を軽減することと「死の不安」を克服することの両方があります。新型コロナウイルスの感染拡大で日本中、いや世界中に「死の不安」が蔓延している現在、「死の不安」を乗り越える言葉を集めた本書を上梓することに大きな使命を感じています。

 本書の帯には、上智大学グリーフケア研究所所長で東京大学名誉教授の島薗進先生による「誰もがいつか死ぬ。死の必然をしっかり意識して生きることの重要性は、多くの聖人・賢者・英雄・偉人たちが説いてきた。では、死をどう受け止めればよいのか。明確な答えがあるのか。博識無比の著者は、古今東西の答えのバラエティーを示し、あなたの探求を助けてくれる。読者ひとりひとりが死を問い、答えを得るための頼もしい手がかりを見出すことができるだろう」という過分な推薦の言葉が書かれています。まことに光栄です。

 また、Tonyさんは、「葬儀もできない今の新型コロナウイルスによる死の迎え方は、人類史上究極の事態かと認識しています。危機的な状況で、本人の霊も遺族の心も大きな傷やグリーフやペインを抱えてしまうのではないかと大変危惧します。そのような状況下で、グリーフケアやスピリチュアルケアが必要と思いますが、車間距離のように『身体距離』を取る必要を要請されている状況下、どのようなグリーフケアやスピリチュアルケアがあり得るのかを知恵と工夫を出し合わねばなりません」と前回のレターで述べておられますが、わたしは「身体」の代わりになりうる最たるものは「言葉」であると思います。

 同書には、わたしの死生観を育ててくれた100の言葉を集めました。読まれた方の死別の悲しみが和らぎ、死への不安が消えてゆくことを願っています。

『心ゆたかな社会』(現代書林) それから、もう1冊は、6月9日発売の『心ゆたかな社会』(現代書林)。サブタイトルは「『ハートフル・ソサエティ』とは何か」です。帯には「コロナからココロへ」と大書され、「新型コロナが終息した社会は、人と人が温もりを感じる世界。ホスピタリティ、マインドフルネス、セレモニー、グリーフケア・・・・・・次なる社会のキーワードは、すべて『心ゆたかな社会』へとつながっている。ポスト・パンデミック社会の処方箋——ハートフル・ソサエティの正体がわかった!」と書かれています。

 15年前、わたしは、敬愛するドラッカー教授の遺作『ネクスト・ソサエティ』のアンサーブックとして『ハートフル・ソサエティ』(三五館)を書き、新しい社会像というものを提唱しました。人類はこれまでに、農業化、工業化、情報化という三度の大きな社会変革を経験してきましたが、すでに数十年を経過した情報社会が第四の社会革命を迎えようとしていると思い至り、その新しい社会とは、人間の心が最大の価値を持つ「心の社会」であると考えたのです。

 現在、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」という未来像が描かれるに至っています。15年間で変わったものと変わらないものの両方があります。特に、SNSやスマホの存在は人間の精神への影響はもちろん、人間の存在さえも変革しているかもしれません。その他にも「無縁化」などのさまざまな時代の変化を踏まえると、わたしには、心の社会が「ハートレス」の方向へ進んでいる気がしてなりませんでした。そこで、なんとか「ハートフル」な方向に心の社会を転換する方法を模索し、そのヒントを示すために、全面改稿を決意した次第です。というわけで、この本の別名は『ハートフル・ソサエティ2020』です。

 なお、同書をもって、わたしの著書・編著・監修書などの合計が100冊となりました。もちろん、Tonyさんが世に送り出された本の数にはまだまだ遠く及びませんが、自分としては「商売をしながら、よくここまで出せたなあ」と感慨深く思います。これも、ひとえにTonyさんの御指導・御支援のおかげです。心より感謝しております。

 わたしは、『死を乗り越える名言ガイド』と『心ゆたかな社会』の2冊をコロナ禍の只中にある世界に祈りと共に送り出します。1人でも多くの方に読んでいただけることを願っています。誠に不遜ながら、Tonyさんにも送らせていただきます。ご笑読の上、ご批判下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。それでは、次の満月までオルボワール!

2020年6月6日 一条真也拝

一条真也ことShinさんへ

 『心ゆたかな社会——「ハートフル・ソサエティ」とは何か』(現代書林、2020年6月9日刊)を以て、著著100冊の満願成就、まことにおめでとうございます。すばらしいことです。空前絶後の快挙です。現役会社社長・経営者として、世界初ではないでしょうか? ギネスブックものの出来事ではないでしょうか? 普段からの地道な精進努力の結果と心よりその精進と偉業を称えたく思います。これも、「柔道一直線」の一条直也と同じ一途な「まことごころ(誠心)」と志があったからこそ出来上がったものと思います。

 ところで、わたしはこの11年、観世流の能楽師の河村博重(京都芸術大学客員教授)さんと一緒に月1回「世阿弥研究会」を開催してきました。そして、その河村博重さんがしばしば演舞する、平安神宮で行なわれてきた「京都薪能」を時々観て来ましたが、今年は新型コロナウイルスの感染防止対策のため中止となりました。「能楽タイムズ」の記者の豊島瑞穂さんによると、1950年に奈良の薪御能に倣い、史上初の一般向け興行事業の薪能として始められて以来初の中止とのことです。これまで何度も述べてきたように、能(申楽)は、「魔縁を退け、福祐を招く」ための「天下の御祈祷」(世阿弥『風姿花伝』)です。また、同時に、「天下安全」「寿福増長(延長)」「寿命長遠」「衆人愛敬」「諸人快楽」(『風姿花伝』)をもたらすワザです。

河村博重さんと一緒に行なった「能舞 宇宙」の上演 (2016年6月6日、沖縄県宜野湾市の沖縄国際会議場で開催された第28回宇宙技術及び科学の国際シンポジウム・ISTSで)

河村博重さんと一緒に行なった「能舞 宇宙」の上演
(2016年6月6日、沖縄県宜野湾市の沖縄国際会議場で開催された第28回宇宙技術及び科学の国際シンポジウム・ISTSで)
 その日本文化の精髄と言える能が今、今回のコロナ禍のさ中、存続の危機に直面しています。人間国宝の大倉源次郎さんの昨日のフェイスブックに次のような発信がありました。


大倉源次郎:https://www.facebook.com/genjiro.okura

UNESCO世界無形遺産日本第一号に登録されたのは能楽です。日本のオリジナルの伝統芸能で世界最古の舞台芸術として登録されたのです。
 オリンピックに向けて世界中の人が日本に訪れた時に世界に誇る劇場建築である日本でしかご覧いただけない本格的な能楽堂で本物の能楽をご覧頂きたいとの念いで様々な取り組みが全国各地でなされていました。
 今回の新型感染症拡大防止に協力する為に3月以降の催しが次々と延期、中止になって行きました。この流れは留まる所を知らず東京のステージが緩和されたといえ下半期の公演中止の報せが次々と入ってきます。
 劇場形式の設備を備えた能楽堂では感染症対策に新たな費用がかさむ事。感染症が発症した時に誰が責任を取るのか。入場者を市松模様の5割で予算を組みなおしたら赤字が増えてチケット代金を倍額にしても賄えない。などなどが大きな理由です。
 能楽界と一括りに述べる事は出来ませんが、能楽公演の成り立ちを少しだけ知って頂く為に一つだけジレンマを上げたいと思います。
 本年の3月分の能楽公演のデータでは120を超える公演が全国で開催される予定でした。その内の3分の1が行政機関などが予算を確保して主催する公演でした。残りの3分の2は能楽師の個人、および団体が開催する所謂互助的な関係で能楽のファンに向けた公演内容で実に多種多様な催しで様々な演目が並んでいます。
 これらを開催するには各主催者が独自に稽古能舞台を確保し日々錬磨し目に見えない所での大変な労力が払われています。
 片や行政機関で開催する公演内容の半分近くは一部の狂言会。残りの半分は能楽公演でしたが定例公演で全曲を回そうとしている国立能楽堂以外は所謂ポピュラーなチケットが売れる役者と演目が並びます。
 此処で分析しておきたいのは、興行主の入った公演は一切無いという事です。
 どういう事かというとまともに経費計算を行うと費用対効果が完璧にマイナスなのです。
 詳しくは別の機会に論ずるとして能楽の哲学、美学は一日公演で一期一会を通し。赤字が出たら主催者が被る形を踏襲している現状では興行主は此処で稼ごうと思っても稼ぐ事が出来ないので手を引いてしまう現状が有ります。(この打開策は有るのですが次の機会に)
 良いものを作る為には金に糸目はつけないという奉仕の精神が強く根付く社会構造を持っている為に昔から能楽師の常識は世間の非常識などと影口を叩かれました。
 それでも、能楽を愛する人に、ご覧戴いた方々にお値段以上の感動と満足感を得て頂きたいと側を楽にしようと奉仕の精神で頑張って働いている純粋な人たちの集まりなのです。
 これが、現状の苦境を信じて貰えない状況です。
 行政の長たちも管轄内の劇場で感染拡大が起こっては進退問題に関わると中止、延期を決断し、能楽師たちもこれ以上の赤字覚悟での公演はいくら足掻いても開催不可能と今年度の開催を見送る結果になります。
 ウイズコロナの時代を迎え、給付手続きの代行に手数料を使う金額の大きさに呆れつつ、各劇場型能楽堂に感染防止の消毒液の安定配布、非接触型体温計配布。抗菌マット。次亜鉛水ミスト噴霧器※などの設置を緊急配備し、入場者制限などの感染拡大防止対策協力にかかる費用の保証制度確立などの主催者の開催リスクの回避という、現場重視!!の拡大防止協力金制度を充実させなければ秋以降の催し中止も加速度的に増えるのではないかと危惧しています。
 改めて医療関係者の皆様に感謝と敬意を込めて早期終息を祈り、ウイズコロナの時代に如何に生きるべきかを探らなくてはならないと考えます。
※次亜塩素水噴霧の危険性が指摘されています。現在、オゾン発生機によるウイルス除去が確認されています。詳しくはこちら


 Shinさんは著書100冊の刊行数を持つ作家であると同時に、会社の経営者ですので、この能楽界の悲痛で切実な声をリアルに感受できると思います。どのようにすれば能という日本文化の精髄を維持できるのか? 大変な試練に直面しています。これまでの蓄積と支援の体制がまだあると思われるので、半年や1年ほどは何とかやりくりできるかもしれません。しかし公演中止などがそれ以上続けば、本当に深刻な存続の危機に陥ります。能楽師の生活も成り立たなくなり、能楽界全体の急速な衰退が懸念されます。

 もちろん、事は能だけではありません。日本の伝統芸能や伝統文化全般、またポピュラーな音楽、ライブミュージシャン、演劇人、そして企業やさまざまな団体活動全般に言えることです。withコロナの時代をどう生き抜いていくのか? 経営者としてのShinさんの処方箋を聞かせてほしいものです。

 さて、1998年に仲間とともに設立した「東京自由大学」(現在は「NPO法人東京自由大学」)が無料提供でオンライン講座「感染症と文明」を始めました。昨日、島薗進NPO法人東京自由大学学長(上智大学グリーフケア研究所所長・同大学院実践宗教学研究科科長・東京大学名誉教授)の第2回目の講座が配信されました。第1回目のものと併せて案内しますのでぜひ見てください。

NPO 東京自由大学https://www.t-jiyudaigaku.com/http://jiyudaigaku.la.coocan.jp/
どなたでもいつからでも参加できる開かれた学びの場です。
  わたしたちを取り巻く自然の叡智や、
   先人たちが築いてきた文化や芸術の遺産について、
    第一線の講師をお迎えし、講座を開催しています。
     さまざまな視点から、“自由”に探求してみませんか。
      みなさまのお越しをお待ちしております。

◆NPO法人東京自由大学のオンライン連続講座「感染症と文明−新型コロナウイルスをめぐって」
第1回講座5月29日(金)配信;島薗進「新たないのちの危機とケアの形−感染症による喪失と共苦共感」:https://youtu.be/Z56EGQGE5hE
第2回講座6月5日(金)配信;島薗進「限りあるいのちといのちの尊厳−感染症と合理化の限界」:https://youtu.be/vsKV8oOga3k

 昨日、この第3回目と第4回目の収録をZoomで行ないました。わたしの担当回のテーマは次のものです。
第3回「感染症と危機の時代における日本の宗教〜新型コロナウイルスの感染により露わになった問題点と1910年と1920年と1998年の危機から考える」
第4回「感染症と危機の時代における日本の宗教〜日本の宗教の危機対策・危機処方と実践事例」

 第3回目の冒頭で、わたしは「文明」は「災害」に脆く弱いことを話しました。2年前の2018年9月6日に、北海道胆振地方で震度7の地震がありました。その時、札幌を始め、北海道全域が1週間近く停電になりましたね。ちょうどその後、わたしは日本スピリチュアルケア学会の学術大会が札幌の藤女子大学で開催されたので、停電が復興した後の札幌に行きましたが、台風に見舞われて飛行機が飛ばなくなり、多くの会員が帰途の足を奪われ、大変な目に遭いました。

 そんなことを考えると、巨大で莫大な電気エネルギーに一律支えられているこの巨大文明システムは、われわれが考えている以上に脆く、弱く、脆弱だということです。巨大化したシステムがドミノ倒しする光景が目前に迫っているような気がしてなりません。「文明」は確かに「便利」で「豊か」です。それを近代以降の科学革命・産業革命・流通革命・情報革命が支えています。しかしながら、サイエンスとテクノロジーの急速な発展と大量生産・大量消費の資本主義的・市場経済的文明システムは、一つの電源供給がストップするとすべてが停止してしまいます。これはたいへんおそろしい事態ですね。

 加えて、「文明」は「格差‐不平等・不公平」を拡大します。アフリカから連れてこられた黒人たちが「奴隷」とされてアメリカを支えました。考えられないような、非人権的・非人道的な事態が「近代文明」を支えていたのです。今、米国で黒人のジョージ・フロイドさんの死を悼み、その死に至る警察官の行動を強く抗議するデモが広がっています。わたしもその抗議を支持しますが、事は黒人ばかりではありません。世界中の先住民も長らく虐殺され、支配され、弾圧されてきました。昨年、2019年3月14日に死去した立教大学名誉教授の友人阿部珠理さん(1952年?‐2019年)は『アメリカ先住民——民族再生にむけて』(角川書店、2005年)の中で次のように述べています。

「アメリカ先住民とアメリカ合衆国の関係は、『アメリカの矛盾』として集約できるだろう。言うまでもなく、アメリカ合衆国は世界でもっとも早く誕生した近代国家である。独立宣言が公布されたのはフランス革命より早く、ヨーロッパの封建制も経験しなかったアメリカは、身分社会の秩序より、平等な市民社会の理想を国家建設の礎にした。独立宣言の中でも、『すべての人間は神によって平等に作られ、一定の譲りわたすことのできない権利が与えられており、その権利の中には、生命、自由、幸福の追求が含まれている』と謳われている。」
「開拓民一人ひとりを見れば、『自営農民』となるささやかな夢を育む良心の人に違いないが、個々の夢は国家の野望に集約されて、国土拡大の障壁となるものへの、容赦ない排除と征服に結びついてきた。自由、独立、平等を理念とする市民社会の実現は、そこに属さない人々の不自由、服従、不平等の上に成り立った。」

 阿部さんのこの本はとてもいい本です。現代のアメリカ先住民の状態と置かれている状況が総合的かつ明晰に叙述されています。また、阿部さんの長年にわたるフィ−ルドワークと人間的交流に裏付けられています。

 また、わたしと同年生まれのエマニエル・トッド(1951年生まれ)は『帝国以後』(藤原書店、2003年)の中に次のように書いています。

「つい最近まで国際秩序の要因であった米国は、ますます明瞭に秩序破壊の要因となりつつある。イラク戦争突入と世界平和の破棄はこの観点からすると決定的段階である。……〔イラクという〕弱者を攻撃するというのは、自分の強さを人に納得させる良い手とは言えない。戦略的に取るに足らない敵を攻撃することによって、米国は己が相変わらず世界にとって欠かすことのできない強国であると主張しているのだが、しかし世界はそのような米国を必要としない。軍国主義的で、せわしなく動き回り、定見もなく、不安に駆られ、己の国内の混乱を世界中に投影する、そんな米国は。」
「ところが米国は世界なしではやっていけなくなっている。……米国はもはや財政的に言って世界規模の栄光の乞食にすぎず、対外政策のための経済的・財政的手段を持たないのである。経済制裁や金融フロー中断の脅しは、もちろん世界経済にとって破滅的にはちがいないが、それでまず最初に打撃を受けるのは、あらゆる種類の供給について世界に依存している米国自身なのだ。アメリカ・システムが段階を追って崩壊していくのはそのためである。」(251‐253頁)

 トランプ大統領の登場は、トッドの言う「アメリカ・システム」の段階的崩壊を着実に辿っているようにわたしには見えます。アメリカ文明は、資本主義の「分業・分割・分断」によって力を蓄え、覇権を握りました。そして、この「分業・分割・分断」は、格差と差別と抑圧を生む近現代文明の支配の構造でもあります。そのような近現代文明システムの「生産・流通・金融」の拡大拡張の負の増力連鎖を止めねばなりませんが、この巨象(虚像)を人間の手では止めることができません。そこで、自然界がそこに赤信号をともしました。それが近年の気候変動と今回の新型コロナウイルスの感染拡大であるとわたしは考えています。

 ところで、「文明」の「没落」と「滅亡」は何ものかの到来・襲来に対応できないところに起こります。到来のダメージから自己回復できないままに衰退し、滅び、次の体制に取って替わられます。その到来者の第一は、先に述べた自然災害・気候変動です。そして、第二に、それとも関連する感染症・疾病で、新型コロナウイルスの感染拡大はまさにこの二番目の到来者が生み出した事態です。さらに第三の到来者は、「宇宙人」です。この「宇宙人」には、「エイリアン・UFO・隕石・宇宙ゴミ・未知との遭遇」など、もろもろが含まれます。恐竜は隕石の落下による気候変動と生態系の変化による食糧の消滅により絶滅したとも言われますね。

 そこで、そのような、恐竜のような「絶滅」に至らないように、防災省や国際防災機関の設置が必要ですし、これから起こってくる事態に備えるディスコミュニケーションならぬ「デスコミュニケーション(death-communication)」が必要だと思います。それこそ、スピリチュアルケア・グリーフケア・緩和ケアや死生観探究で、上智大学グリーフケア研究所が先陣を切って取り組んできた課題です。防災省や国際防災機関を設けることによって体系的総合的に防災研究をし、防災対策を立て、防災や減災について、さまざまな手法を開発し、その普及活動や国際連携・ネットワークを作っていく必要があります。そして、最終的には、「防災」も「減災」もかなわぬ「共災」、すなわち災いが起きてくることへの覚悟とケアと死生観の確立が必要になります。

 エネルギー(電力)が無くなればすべてがストップする「電化社会」に対して、「非電化社会」の必要を説いたのが、藤村靖之さんです。栃木県那須にある藤村さんの「非電化工房」にNPO法人東京自由大学の仲間とわたしは何度も見学訪問や宿泊をしています。ぜひShinさんも訪ねてみてください。これからの社会は、「電化」と「非電化」とのバランスを創る必要があると思っています。

 そして、「非電化社会」とは、「機械まかせ」(電気運動)の在り方でなく、手作りや手わざや身動きや身体性の大切さを再認識する暮らしです。井戸を掘り、火起こしや土器づくりのレッスンをします。それを日常生活の一部に取り込む必要があります。そんな未来社会を求めます。

 そこで、再度、身体性の再認識と再開発が必要になり、わたしたちがここ10年来取り組んできた「身心変容技法」の研究と実践が重要な役割を担います。ヨーガ、マインドフルネス瞑想、気功などの各種「身心変容技法」もそれに関連します。もちろん、からだに障がいのある方々への配慮やケアも欠かすことはできません。

 人類史を特徴づける三つの指標は、直立二足歩行・火を含む道具の使用・言語の使用ですが、何と言っても、生活の基礎は歩くことです。そこで、歩いて東海道五十三次を行脚し旅したり、参勤交代をした江戸時代から学ぶことがいっぱいあります。「鎖国」社会と言われる江戸時代の社会システム・文化活性は、国内の需要と供給をうまく連動させた地球鎖国時代の未来社会のヒント満載です。

 ところで、Shinさんがこの前、感染症に関する3本の映画のDVDを送って来てくれました。それを全部観ました。その3本のDVDについて、NPO法人東京自由大学運営委員長の辻信行さんが次のように紹介してくれていました。

①『コンテイジョン』(スティーブン・ソダーバーグ監督/2011年・米)
香港発祥の新型ウィルスが世界中に蔓延してパンデミックになり、あらゆるパニックが巻き起こる様子を時系列に描いたリアルな一作。現在の世界情勢とさまざまな点で類似が指摘されており、これからどうなるのかを知る上でも興味深い。
配信サイト→ https://youtu.be/DPCrPqqiSqA
DVD→ https://www.amazon.co.jp/dp/B008MPQAZY/

②『アウトブレイク』(ウォルフガング・ペーターゼン監督/1995年・米)
アフリカで発生した強力な感染症が米国でアウトブレイク(感染爆発)する様子を、軍との結びつきを中心に描いた一作。「全米に被害が広がらないうちに、感染爆発した地域を街ごと爆破してしまえ」という軍人の発想が、ヒロシマ・ナガサキと対比する形で登場し、展開されてゆく。
配信サイト→ https://youtu.be/hsbnWWp2m9s
DVD→ https://www.amazon.co.jp/dp/B003EVW68Q/

③『復活の日』(深作欣二監督/1980年・日本)
小松左京の同名小説の映画化。ウイルスと核ミサイルの脅威により人類滅亡の危機が迫る中、南極基地で生き延びようとする人々を描いた大作スペクタクル映画。アメリカ大陸縦断ロケや南極ロケを敢行し、世界の涯と呼ぶにふさわしい、厳しくも美しい映像・シーンに魅了される。
配信サイト→ https://youtu.be/QQDe3p2SiME
DVD→ https://www.amazon.co.jp/dp/B017WC66D8/

 この3本をShinさんが送って来てくれたDVDで全部観て、それぞれ面白くはありましたが、同時に物足りなくもありました。小松左京さんの原作の『復活の日』は1964年に発表され、わたしはそれを1970年代に角川文庫で読んだと思います。それを原作とした映画『復活の日』の英題は、『Virus』です。監督は深作欣二で、製作は角川春樹事務所とTBS、1980年に東宝が配給。そして、出演は若き草刈正雄やオリヴィア・ハッセーなど。

 内容は、新型ウイルスMM-88がもたらす「イタリア風邪」のパンデミックと核ミサイルの誤爆発射により、多くの生物は死滅し、人類は絶滅の危機に瀕するというものですが、この時、南極隊員と原子力潜水艦の乗組員だけが生き延び、最後に、主人公(吉住・草刈正雄)がワシントンから南米チリまで南北アメリカ大陸を縦断する! という奇想天外なものです。わたしは特に最後のシーン、草刈正雄が4年がかりで、ワシントンから南米の突端のチリまで二足歩行していく場面にくぎ付けになりました。草刈正雄は、なぜか、マニピチュ遺跡や雪のアンデスを超えていくのです。それは確かに「絵になる風景」でしょう。

 しかし、ですよ。それはいったいどのようにして可能なのでしょう? どのようにして草刈正雄(吉住)は生き延びることができたのでしょうか? 彼は何を食べ、どのように着るものや靴を調達し、どのようなところで寝泊まりしながら、4年も旅をつづけることができたのでしょう? ほとんどの人類が死去した後、僅かに数十人が生き残った地球上で、たった一人でワシントンからチリまで大陸縦断する! わたしもそんな「冒険」をしてみたいよ!

 けど、それはいかにして可能なのか? そこが一番知りたいのです。そして、不可能であれば、何が不可能にさせるのか? それを知りたい。けれども、映画はわたしが一番知りたい情報を与えてくれることはありません。それを示唆してくれるヒントもありません。ただその「偉業」と「奇蹟」を描き出し、主人公(草刈正雄)にラストシーンで、「Life is wonderful」と語らせるのみです。

 確かに、それによって、映画を観た人のカタルシスは一定程度起こるでしょう。「感動」を演出することはできるでしょう。しかしながら、わたしの物足りなさと不満はそこで爆発しました。そして、切実に思いました。

 「ドラマ」ではなく、「リアル」が知りたい! 「ドラマ」と「リアル」は根本的に違う!映画は「ドラマ(劇)」だ。「ドラマ」には終わり、結末がある。しかし、「リアル(現実)」には、「終り−結末」がない。常に、「to be continued/継続中」だ。現在進行形だ。この「今、ここ」の「継続中〜現在進行形」をどうするか? が問題だ。それは、仏教的に言えば「諸行無常」、神道的に言えば「むすひ」(むすび・産霊・結び)である。その「リアル」をわたしたちは引き受けねばならない、と。

 Shinさん、わたしは今、雑誌の「観世」(檜書店)と「三田文学」(慶應義塾大学)に、能のことと、「出口王仁三郎と田中智学」のことを連載しています。「三田文学」の連載の第1回目は7月発行の号から掲載されます。この連載を通し、「感染症と文明」の現在と未来を考えぬくとともに、より実践的な模索も続けていきたいと思っています。

 最後になりますが、以下の近作you tubeです。

「ココ」(10分30秒):https://www.youtube.com/watch?v=Iv4D_3j4LFE
東山修験道629(6分30秒):https://www.youtube.com/watch?v=BKSi8j-wx-4
宮本武蔵ゆかりの伝承史跡・一乗寺の寺社(14分24秒):https://www.youtube.com/watch?v=3e5lAFHbRCo
ストロベリームーン(1分):https://www.youtube.com/watch?v=LmcwFp1LqBA
十六夜狂い(1分5秒):https://www.youtube.com/watch?v=_5ffeJRl0JM
東山修験道630(2分43秒):https://www.youtube.com/watch?v=BT0cjB8CsiY

 2020年6月6日 鎌田東二拝

【オンライン】【2回シリーズ】コロナ禍と私たち〜宗教の視点から
◆講師
 京大名誉教授 上智大学特任教授 鎌田 東二(神道学 比較宗教学 日本思想史)
 花園大学教授 佐々木 閑(仏教哲学、古代インド仏教史)
 シリーズ「コロナ禍と私たち〜宗教の視点から」
 (1回だけ受講の方は別のページからお申し込みください)

■6/16(火)「疫病と日本の神々」
講師:鎌田東二
疫病に襲われたのは初めてではありません。祇園祭も、もとは疫病退散を祈る祇園御霊会でした。畏怖を原点におく神道は疫病や天変地異に遭った時、天地自然や宇宙の声を聴き取ろうとしました。日本人が疫病にどう対してきたか、読み解きます。

■6/17(水)「新型コロナにどう向き合うか 〜仏教からの提言〜」
講師:佐々木閑
今、私たちは、どんな世界観を拠り所に生きていけば良いのか、模索せざるを得ません。2500年前、社会通念を捨て新しい生き方を追求したブッダの生き方を通して、私たちの進むべき道を考えます。
◎詳細・申し込み: NHKカルチャー