シンとトニーのムーンサルトレター第200信(Shin&Tony)
- 2021.11.19
- ムーンサルトレター
鎌田東二ことTonyさんへ
Tonyさん、こんばんは。今日の満月は、地球の影で欠けたように見える「部分月食」です。国内で月食が観測できるのは、5月26日の皆既月食に続いて今年2度目ですが、今回は約98%が欠ける「ほぼ皆既」な月食になるといいます。
200回目の満月は、ほぼ皆既月食
そして、Tonyさん、わたしたちのムーンサルトレターがついに200信になりましたよ。丸16年8カ月もこの満月の文通が続いていることは、快挙というか、偉業というか、異形というか、奇行というか、とにかく凄いことであると思っております。次は丸20年の240信を目指したいものですが、今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
月次祭のようす
ムーンサルトレター200信達成の他にも、今回は嬉しいというか、有難い報告がいくつかあります。まずは、11月18日、わたしが社長を務める株式会社サンレーが創立55周年を迎えました。17日、東京での業界の会議を終え、夜遅く北九州に帰ってきました。翌18日、小倉の松柏園ホテルで創立55周年記念式典が万全のコロナ対応スタイルで開かれました。朝から同ホテルの神殿で恒例の月次祭が行われました。コロナ後のニューノーマル仕様で、コロナ以前よりも人数を減らしてソーシャルディスタンスに配慮し、マスクを着用した上での神事です。佐久間進会長に続き、わたしも玉串奉奠を行いました。会社の発展と社員のみなさんとそのご家族の健康を祈念しました。
55周年記念式典のようす
コロナ前は500名を超える社員が参加していましたが、一昨年からは数を制限して、「創立記念式典」が開催しています。また、新館ヴィラルーチェに第二会場も用意しました。最初に、佐久間会長とわたしが第一会場に入場しました。
佐久間会長の訓示の後、わたしの「社長訓示」の時間となりました。わたしは、以下のような内容の話をしました。おかげさまで、ついにわが社は創立55周年を迎えました。55年前、つまり1966年はイギリスで音楽革命を起こしたビートルズが来日して、空前の大ブームを巻き起こしました。彼らの影響で日本には多くのグループサウンズが生まれ、若者たちの間では長髪が流行しました。アメリカでは大衆文化の革命を起こしたウォルト・ディズニーが亡くなり、中国では毛沢東が「文化大革命」を起こしました。そんな年に誕生したサンレーは、日本で冠婚葬祭の文化大革命を起こす道を歩んできたように思います。
社長訓示のようす
今まで本当に多くの出来事がありました。特に、ここ2年は新型コロナウイルスの感染拡大という想定外の出来事があり、緊急事態宣言なども発令されて、冠婚葬祭業は大きな打撃を受けました。それでも、わが社は黒字を死守しました。何とかここまで来られたのは社員の皆様のおかげです。心から感謝しております。早いもので、わたしも社長に就任してから20年が経ちました。
コロナ禍で、企業の在り方も大きく変化しました。「資本主義の終焉」とか「ビジネスの時代の終わり」などとも言われています。一方、「ヒューマニティ」とか「相互扶助」といった言葉がコロナ後のキーワードになりつつあります。
社長訓示のようす
これからの企業に求められるものは「M&A」ではないでしょうか。M&Aといっても、企業の合併・買収のことではありません。M&Aの「M」とは「Mission(ミッション)」のことです。そして、「A」とは「Ambition(アンビション)」のことです。すなわち、サンレーの「M&A」は「使命」と「志」のことなのです。会社人として仕事をしていくうえで「ミッション」が非常に大切です。最近の経営の世界では、「Purpose(パーパス)」が注目されています。パーパスは「目的」という意味ですが、「志」と訳されることが多いです。しかし、いかにも経営用語といった印象ですね。わたしは「志」にはアンビションという言葉を使っています。「大志」といった方がいいでしょうか。そもそも英語の「Ambition」は、「野望」と「大志」というように、良い意味でも悪い意味でも使います。「天下布武」という「信長の野望」の英訳は「Nobunaga‘s Ambition」ですが、「天下布礼」というわが社の大志は「Sunray‘s Ambition」。すなわち、サンレーの「M&A」は「使命」と「大志」のことです。
道歌を披露
真の志は、あくまで世のため人のために立てるものです。サンレーには無縁社会を乗り越え、有縁社会を再生するという志、また、グリーフケアによって世の人々の悲嘆を軽くするという志、そして冠婚葬祭という儀式によって日本人を幸福にするという志があります。コロナ後の企業には、ミッション(使命)とアンビション(大志)による「M&A」が必要とされます。今後は、ますます「ハード」よりも「ハート」、つまりその会社の「想い」や「願い」を見て、お客様が選別する時代に入ります。冠婚葬祭業は他者に与える精神的満足も、自らが得る精神的満足も大きいものであり、いわば「心のエッセンシャルワーク」「ハートフル・エッセンシャルワーク」とでも呼ぶべきでしょう。最後に、「サンレーは、何事も陽にとらえながら、また他者の幸福を願う大志を抱きながら、サービス業からケア業へと進化し、輝ける創立60周年へと向かいます。その栄光の道を共に歩んでまいりましょう!」と述べてから、「志つねに忘れず何事も 陽にとらへて前に進まん」という道歌を披露しました。
サンレー北陸の本社前で
それから遡りますが、12日、石川県金沢市柳橋町丙3番地1で、サンレー北陸の本社開所式が行われるのです。本社ビルには中庭があり、そこには金沢を代表する詩人である室生犀星の『愛の詩集』の詩碑があります。もともと、金沢平安閣の竣工時に設置され、マリエールオークパイン金沢にも引き継がれた詩碑ですが、ここにまた新たな場所を得ました。愛の言葉は不滅です!
開所式は、10時半から開始されました。神事の斎主として、地元を代表する松尾神社の松本昌丈宮司が儀式を司って下さいました。
サンレー北陸開所式のようす
神酒拝戴の後、社長挨拶がありました。わたしは、「コロナ禍の終息の気配を見せ、金沢も多くの観光客で賑わう今日、サンレー北陸の新しい本社が開所され、誠に嬉しく思います。社長のわたしが言うのも何ですが、コロナ禍の中でこんな立派な本社を作ったのは、わが社ぐらいではないでしょうか?(笑)これから、ますますサンレー北陸は発展することと信じます。次は、ぜひ冠婚施設の起工式や竣工式を行いたいです」と述べました。
長女の結納式のようす
さらに遡りますが、11月3日は「文化の日」でした。わたしは冠婚葬祭こそは日本文化の核であると考えています。そして、この日、わたしの長女の結納式が松柏園ホテルで行われました。11時半から、松柏園ホテルの茶室で両家の結納式が行われ、相手のお父様が「結納の品でございます。どうぞ幾久しくお納め下さい」と述べて結納品の目録を差し出されました。わたしは、「ありがとうございます。幾久しくお受けいたします」と結納品を拝受しました。また、目録を確認して受書をお渡ししました。
結納品の受書をお渡ししました
儀式の終了後は、両家で会食。この日のために用意してあったシャンパンと赤ワインも飲みました。特に味わい深く感じました。食事が済むと、同ホテルの貴賓室で待っていたわたしの父に婚約者およびその御両親を紹介し、歓談。その後は、足が悪いので実家で待っているわたしの母のもとを訪れ、母と長女の2人で記念写真を撮りました。父も母も、とても喜んでくれました。こんなに家族が笑顔になれるなんて、やはり結婚とは良いものですね!
結納を迎えた孫娘に喜ぶ祖父
結納という儀式には力があります。もともと日本人の結婚式とは、結納式、結婚式という2つのセレモニー、それに結婚披露宴という1つのパーティーが合わさったものでした。結納式、結婚式、披露宴の三位一体によって、新郎新婦は「結魂」の覚悟を固めてきたのです。今では結納式はどんどん減っていますが、じつはこれこそ日本人の離婚が増加している最大の原因であると思います。日本人の冠婚葬祭の「かたち」を作ってきた小笠原流礼法は「結び」方というものを重視し、紐などの結び方においても文化として極めてきました。結納とは「結び」を「納める」こと、まさに結納は「結び」方の文化です。そう、結納によって、新郎新婦の魂、そして両家の絆を結ぶのです。それは、いわば「固結び」と言えるでしょう。現代のカジュアルな結婚式とは、いわば「チョウチョ結び」なのです。だから見た目はいいけれども、すぐに解けてしまうのです。つまり、離婚が起こりやすくなるのですね。結納こそは、新郎新婦の魂を固く結び、両家の絆を固く結ぶ力を秘めています。儀式という「かたち」には「ちから」があるのです。
松柏園ホテルの庭園で長女と
長女はいわゆる「父親っ子」で、わたしも目に入れても痛くない存在でした。これまで東京の結婚式場で働いていましたが、今年から小倉の実家に帰って花嫁修業をしていました。10月24日(日)、以前からお付き合いしていた男性がわが家を訪問。彼から「お嬢さんと結婚させて下さい」とお願いされたときは、いろいろなことが心をよぎって感無量でした。本当は、もっと早く事が進む可能性もあったのですが、コロナ禍の影響で少しだけ遅くなりました。緊急事態宣言も解除され、新規感染者数も激減して、ようやく今日の結納を迎えることができました。わたしも妻も、ようやく、一安心といったところです。
「日本人と死生観」シンポジウムのチラシ
ということで、今月はじつは多くの心に残る出来事がありましたが、さらに11月23日には「悲とアニマⅡ」のシンポジウム「日本人と死生観」でTonyさんと共演させていただきます。会場は、京都大学稲盛財団記念館です。長女と婚約者も参加いたします。婚約者は京都大学工学部の建築学科出身です。ぜひ、会場でTonyさんに紹介させて下さい。前回、京都でお会いしたときには、いろいろな悩みの相談に乗っていただきましたが、今回は嬉しい報告ができそうで本当に良かったです。有難うございます。久々にお会いできますこと、楽しみにしております。
2021年11月19日 一条真也拝
Shinさんこと一条真也さんへ
ムーンサルトレター、200信達成、何という快挙でしょう! 17年近くもこのレターを毎月満月の夜に交換してきたとは!
Shinさんは、毎回、満月の夜に遅れることなくレターを発信してくれましたが、わたしの方はと言えば、今回もそうであるように、しばしば遅れることもあり、ご迷惑をおかけしてきましたが、しかし、それでも200回も続いてきたとは、我ながら嬉しいサプライズであります。
それから、もう一つ、嬉しいビッグサプライズは、長女の娘さんのご結婚の結納です。写真を拝見すると、大変おごそかな結納の儀式が行われたご様子、心よりお祝い申し上げます。この200信は、200回達成もお祝いですが、娘さんの結納はもっと嬉しい将来世代の夢と希望を乗せたお祝い事であります。さぞかしお父上の佐久間進会長様ご夫妻も目を細めて喜んでおられたことでしょう。写真にその時の満面の笑顔があふれでています。本当にお喜びの様子が伝わってきます。ほんとうに、ほんとうに、おめでとうございます。Shinさんの父としての役目の一つをこれで果たしましたね。あさっての23日に京都でお会いできることを心より楽しみにしています。
さて、わたしの方はと言えば、この1ヶ月、目まぐるしいほどの慌ただしさでした。基本的に秋学期(後期)授業が始まり、対面授業をZoom対応も含むハイフレックスで行なっているので、それも一つですが、加えて、11月1日から第14回目の東日本大震災被災地訪問をしたこと、その帰りがけに、足利市立美術館で開催中の「諸星大二郎展~異界への扉」で招待講演「妖怪民俗学と神智学から見た諸星大二郎の世界」を行ない、その翌日にはNPO法人東京自由大学の催しで東北被災地巡りを同行した「巨石ハンター」の須田郡司さんとトークをしました。
そして、こちらに戻ってきたら、「悲とアニマ~いのちの帰趨」展が始まり、その準備と実施に大わらわとなった次第です。いやあ~、連日の催し続きで、またいろいろと問題多発でその対処に追われ、ゆっくりとムーンサルトレターの返信も書くこともできない余裕のなさでした。
が、「悲とアニマ~いのちの帰趨」展の内容自体は、充実しており、好評を博しているようです。
■第1会場:両足院
(京都府京都市東山区大和大路通四条下る4丁目小松町591)
時間:10:00~16:00(※但し11月19日は12:00~16:00)受付終了は30分前
予約不要 入場有料(両足院拝観料)
一般1,000円 中高生500円 小学生以下無料
■監修:鎌田東二
■企画協力:山本豊津
■企画:秋丸知貴
■第2会場:The Terminal KYOTO
(京都府京都市下京区新町通仏光寺下る岩戸山町424)
時間:09:00~18:00(※但し11月28日は09:00~17:00)受付終了は30分前
予約不要 入場無料
■監修:山本豊津
■企画:秋丸知貴
■出品作家:(五十音順)
池坊由紀 入江早耶 大西宏志 大舩真言 岡田修二 勝又公仁彦
鎌田東二 小清水漸 近藤高弘 関根伸夫 成田克彦 松井紫朗 吉田克朗
■主催:現代京都藝苑実行委員会
■後援:両足院・The Terminal KYOTO・上智大学グリーフケア研究所
■協賛:株式会社サンレー・一般社団法人日本宗教信仰復興会議・京都伝統文化の森推進協議会
■協力:村井修 写真アーカイヴス(村井久美)・京都大学こころの未来研究センター・豊和堂株式会社
【関連イベント】
- シンポジウム①「もの派の帰趨――小清水漸の芸術を中心に」(ZOOM配信有)
日時:2021年11月7日(日)午後1時~午後5時
会場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
挨拶:赤松玉女(京都市立芸術大学学長)
小清水漸(彫刻家・京都市立芸術大学名誉教授)
吉岡洋(京都大学こころの未来研究センター教授)
稲賀繁美(京都精華大学教授/国際文化学部長・国際日本文化研究センター名誉教授)
松井紫朗(彫刻家・京都市立芸術大学教授)
近藤高弘(陶芸・美術作家)
山本豊津(東京画廊代表取締役社長)
司会:秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
共催:京都市立芸術大学
- 献華式(非公開)
日時:2021年11月18日(木)午後2時~午後2時30分
会場:両足院
池坊由紀
- アーティスト・トーク「悲とアートと宗教」(両足院拝観料要)
日時:2021年11月18日(木)午後2時30分~午後4時30分
会場:両足院
挨拶:伊藤東凌(両足院副住職)
趣旨説明:鎌田東二(監修者・上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
展示紹介:山本豊津(監修者・東京画廊代表取締役社長)
自作解説:
池坊由紀 入江早耶 大西宏志 大舩真言 岡田修二 勝又公仁彦
鎌田東二 小清水漸 近藤高弘 松井紫朗(出品作家・五十音順)
司会:秋丸知貴(企画者・上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
- 取材受付
日時:2021年11月18日(木)午後4時30分~午後5時
会場:両足院
- 「手にとる宇宙」茶会(非公開)
日時:2021年11月19日(金)午前10時~午前12時
会場:両足院 茶室(水月亭)
- 「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」茶会(非公開)
日時:2021年11月21日(日)午前10時~午前12時
会場:両足院 茶室(臨池亭)
- シンポジウム②「宗教信仰復興と現代社会」
日時:2021年11月21日(日)午後1時~午後5時
会場:両足院
水谷周(一般社団法人日本宗教信仰復興会議代表理事・日本ムスリム協会理事)
島薗進(上智大学グリーフケア研究所所長・東京大学名誉教授)
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
加藤眞三(慶應義塾大学名誉教授・内科医)
弓山達也(東京工業大学教授)
コメンテーター:伊藤東凌(両足院副住職)
司会:島薗進
- 「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」鎮魂能舞舞踏
日時:2021年11月21日(日)午後5時15分~午後6時
会場:両足院
鎌田東二(フリーランス神主・神道ソングライター)
河村博重(観世流能楽師・京都芸術大学非常勤講師)
由良部正美(舞踏家・スペースALS‐D主宰)
- シンポジウム③「日本人と死生観」
日時:2021年11月23日(火・祝)午後1時~午後5時
会場:京都大学稲盛財団記念館3階大会議室
やまだようこ(京都大学名誉教授・立命館大学上席研究員)
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
広井良典(京都大学こころの未来研究センター教授)
一条真也(上智大学グリーフケア研究所客員教授・作家)
司会:秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
- シンポジウム④「グリーフケアと芸術」
日時:2022年1月9日(日)午後1時~午後5時
会場:ZOOM
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
秋丸知貴(上智大学グリーフケア研究所特別研究員)
松田真理子(京都文教大学教授)
木村はるみ(山梨大学准教授)
大西宏志(京都芸術大学教授)
勝又公仁彦(京都芸術大学准教授)
コメンテーター:奥井遙(同志社大学准教授)
司会:鎌田東二
【お問い合わせ先】現代京都藝苑実行委員会
公式ウェブサイト 現代京都藝苑2015/2021
http://kyotocontemporaryartnetwork.web.fc2.com
このプログラムを見ただけでも、目が回りそうではありませんか。よくもまあ、やりにやったり、です。事務局もスタッフも大変で、みなフーフー言っていますが、しかし、その内容についてはみな凄い充実度だと自負しており、その一端のシンポジウム、「日本人と死生観」を共に行なうことができることをこの上ない喜びと感じています。あさっては、なにとぞよろしくお願い申し上げます。大変楽しみにしております。
この前の東北被災地巡りでは、以前から問題を感じていた防潮堤により深刻な疑問を抱きました。12月2日から18日まで「3.11 東日本大震災から10年の軌跡」と題する須田郡司さんの写真展を開催しますが、そこでも復興と称して作られた防潮堤の数々の写真が展示されることになると思います。また、その記録集を写真と文章で作成中です。写真は須田郡司さん、文章はわたしが担当しています。その中で、繰り返し各所の防潮堤問題を取り上げていますが、気仙沼の防潮堤のことでは次のように書きました。
<もう一つの大きな問題は防潮堤だ。最近、地元の人を含め、いろんな人から、「防潮堤が造られて、それがほんとうに『復興』と言えるのですか? と問われることが増えててきました」。漁師の人たちは毎日海を見ながら、自分の経験を通して海と付き合ってきた。それがこの防潮堤で遮られた。しかも、今後、この防潮堤の高さを超える津波が来ないとは限らない。むしろ、今の地球全体の気候変動を考えると、東日本大震災時の津波を超える津波がやってくる確率は高いと言わねばならない。その時、この防潮堤によって、二次被害、三次被害を含めて、返って被害を大きくするのではないかと心配である。
国は、時限を切って、いついつまでも工事計画を決めて実行しないと助成金を出さないという脅しを仕掛けて来る。地元の人にアンケートをしたりして、じっくりと議論をする暇もない。唐桑半島などでは、30年以上「森は海の恋人」という植樹運動を展開している畠山重篤さんたちの「生態系減災」(Eco-DRR)の考え方に基づく反対が強くあり、防潮堤はできなかった。この「生態系減災」の考え方は、宮脇昭さんの提唱する土地本来の自然植生を活かした「混植・密植型植樹」による「緑の防潮堤」も基本的に同様である。自然の力を借りて災害リスクを減らす「生態系減災」の考え方は、これからの災害対策の基本になるだろう。>
以下、第14回東北被災地巡りの記録動画です。大変お忙しいとは思いますが、関心がありましたら、時間のある時にでも見てください。
★東北被災地訪問第一日目記録動画(2021年11月1日、28分):https://youtu.be/yvfJvu1iRYg
★東北被災地訪問第二日目(2021年11月2日、41分):https://youtu.be/gcflVT8EtIY
★東北被災地訪問第三日目記録動画前篇(2021年11月3日、22分):https://youtu.be/58FYr6Xa8g0
★東北被災地訪問第三日目記録動画後篇(2021年11月3日、1時間35分):https://youtu.be/yd3wwcBhoOs
★東北被災地訪問第四日目記録動画後篇(2021年11月4日、1時間48分):https://youtu.be/SJnN6kyb4c8
★東北被災地訪問第五日目記録動画後篇(2021年11月5日、51分):https://youtu.be/Lop_qz7td_c
自然災害は現在の気象状況では増えることはあっても、減ることはないでしょう。しかしながら、事前予測し、事前準備し、防災・減災対策を綿密に用意していくことで、災害規模を小さくすることはある程度可能だと思います。まずは、そのような対策や対応が必要で、これからもわれわれの想定外の出来事が多々起こってくると見ています。けれども、それにもめげない生存力、サバイバル力が必要です。心底、「楽しい世直し」が必要なのですが、深刻に暗く沈んで世直しするというのでは、「世直し力」はフルには発揮できません。
Shinさんが社長を務めている株式会社サンレーでは、お父上ゆずりの「何事も陽に捉える」という気構えが徹底しているようですが、何事も「楽しく」進める心構えと工夫や努力が必要になります。そのようにする「努力」も必要です。というのも、何度も何度も打撃があると、無力感に打ちひしがれて、挫けそうになるからです。挫けずに前に進むためには、天理教の中山みきさんが唱えたように「陽気暮らし」が必要であり、どこかで意識して「陽」の生活感覚を維持していく必要があります。特に子供たちを抱えている人にはそれが必要だと思います。ユーモアや笑いのないところではリフレッシュは起こりません。笑いはどのような事態にあっても不可欠な人間力です。
ところで、先に示したように、今日は2つの催しを行ないました。
- シンポジウム②「宗教信仰復興と現代社会」
日時:2021年11月21日(日)午後1時~午後5時
会場:両足院
水谷周(一般社団法人日本宗教信仰復興会議代表理事・日本ムスリム協会理事)
島薗進(上智大学グリーフケア研究所所長・東京大学名誉教授)
鎌田東二(上智大学大学院実践宗教学研究科特任教授・京都大学名誉教授)
加藤眞三(慶應義塾大学名誉教授・内科医)
弓山達也(東京工業大学教授)
コメンテーター:伊藤東凌(両足院副住職)
司会:島薗進
- 「悲とアニマⅡ~いのちの帰趨~」鎮魂能舞舞踏
日時:2021年11月21日(日)午後5時15分~午後6時
会場:両足院
鎌田東二(フリーランス神主・神道ソングライター)
河村博重(観世流能楽師・京都芸術大学非常勤講師)
由良部正美(舞踏家・スペースALS‐D主宰)
シンポジウム「宗教信仰復興と現代社会」は、一般社団法人日本宗教信仰復興会議https://www.hukkoukaigi.or.jp/が主催して行いました。この一般社団法人の趣意・事業内容・実施協力機関の概要は次のようにHPに掲載しています。
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趣意:
戦後の日本は宗教信仰が低調となった。軍国主義への反省の面もあったが、同時に経済偏重の時代でもあった。さらにオウム真理教事件などが宗教を遠ざけた。他方、相次ぐ天災や原発事故、そして感染症の流行は、命の尊厳に光を当てると共に、人の力と近代科学文明の限界を示した。こうして新たに宗教信仰の復興が求められる状況が来ているとも見える。本法人はこのような動向を研究・分析し、確かな展望を得ると共に、所要の方策を検討する。
事業内容:
広く宗教界の活動家や研究者などの参画を図りつつ、多様なアプローチをとることとする。講演会、研修会の開催、オンライン・マガジンの提供、研究調査、執筆・出版、論文顕彰など。
実施協力機関:
諸大学の関係部局や諸宗教団体、関係研究所などとの連携を中軸としつつ、それに限らず多岐に渉る諸機関、関係者らとのタイアップを図る。
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そして、出版物としては次の7冊(別巻として、加藤眞三編『宗教信仰と医療』仮題、も出す予定です)を予定しています。
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一般社団法人日本宗教信仰復興会議監修 『宗教信仰復興叢書』全7巻 島薗進編
第1巻 島薗進編『宗教信仰復興と現代社会』
世俗的合理主義がますます勢いを強めているように見えるが、超越性や規範性を失ったかに見える精神状況への不満も大きい。こうしたなかで宗教信仰復興への動きはどのような形で見出されるのか。主に日本を念頭に考えていく。本叢書の提起する諸課題を巡る基本的な論考集、当法人理事の座談会など。
第2巻 弓山達也著『生きる力とスピリチュアリティ』
本書は東日本大震災の学生ボランティアや後方支援の地域住民の活動を主軸に、市井の人々の「生きる意味」の探求、「生きる力」の涵養を「スピリチュアリティ」ととらえ、その姿を筆者自らが現場に身を投じて追っていく。また危機と宗教性を巡り、被災者や障害児のママさんたちの地域活動、大学生の被災地でのボランティア活動など、「生きる力」、「生きる意味」、「いのち」とは何か問う。
第3巻 鎌田東二著『霊的暴力と宗教の力動―オウム真理教事件と文学的想像力』
宗教的暴力の根幹にある体験や修行の負の局面を考察し、それがナショナリズムや国家的暴力と結びつくとどういうことが起るのか? それに向き合う個の文学的想像力と未来への希望を具体的な作家と作品分析を通して考えていく。
第4巻 島薗進著『現代日本の在家仏教運動の革新』
20世紀の日本で法華=日蓮系の在家仏教運動が、大きく勢力を伸ばした理由について考える。霊友会系の諸教団と創価学会が典型的だが、現世救済思想という点にその特徴があるが、その仏教の救済思想上の革新について考察する。
第5巻 水谷周著『絶対主の覚知と誓約―イスラームのこころと日本』
日本の宗教信仰復興に、イスラームは貢献できるのか。第一部で生きがいや死生観を論じる。第二部では「イスラームのこころ」の中核として、絶対主の覚知と誓約を平易に解説する。それは安寧の心境である。
第6巻 寺戸淳子著『被る人々――ラルシュとジャン・バニエ』
知的な障害がある人とボランティアの若者が共に生活する〈ラルシュ〉共同体に、現代社会から排除されている「「被る」経験(生命、暴力、「友愛」を)」に「共に向きあう場」としての意義があることを論じる。
第7巻 鎌田東二編『現代日本の宗教信仰とスピリチュアリティ』
21世紀になって、気候変動による自然災害の多発とも連動するかのように、宗教が関わる事件や紛争も多発している。世界は激烈な「経済戦争」や「資源争奪」の争いの中にあり、さまざまなレベルでの格差や差別も生み出されて来ている。本巻では、そうした現代社会の諸問題を見すえながら、現代日本の宗教信仰とスピリチュリティを探っていく。多様な執筆陣と関係者の座談会など。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回のシンポジウムは、その第1巻の論集に収録するためのシンポジウムを兼ねています。今回、開催場所の建仁寺塔頭寺院の両足院副住職の伊藤東凌さんが加わってくれることによって、「悲とアニマ~いのちの帰趨」展と「宗教信仰復興と現代社会」とが切り結ぶ問題点がヴィヴィッドかつクリアーに浮かび上がってきました。特に、禅の立場から、我々理事の面々より20歳以上若い世代の伊藤副住職さんが鋭くも率直なコメントや問いかけを発してくれたことにより、議論と問題の輪郭や構造がより鮮明になり、実のあるシンポジウムになりました。建仁寺塔頭両足院という由緒ある禅寺の、簡素にして静謐な建築空間とゴージャスな庭園と借景の場の力に支えられ、東京のビルの一室の会議室で議論するのとは全く違う雰囲気の中で、より自然にかつ本音で話することができて本当によかったと思います。
その後の「奉納鎮魂能舞舞踏」については、いずれ動画をyou tubeにアップロードする予定ですので、それを見ていただければと思います。わたしとしては全身全霊で奉納しましたが、みなさんにどのように届いたかどうかは分かりません。ともかくも、身をあずけ、晒し、投げ出しました。わたしには「奉納」という形はとても自然なものに思われます。それは演技でも、見世物でも、単なるパフォーマンスでもなく、儀式であり、「奉納の祈り」でもあります。今後ともそのような「奉納の祈り」を捧げていきたく改めて心に誓ったのでした。
11月21日 鎌田東二拝
追伸です。
9月23日に行なった第82回身心変容研究会での、関谷直人さんとの直前の打ち合わせ後の少し自由な話し合いの中で、D・H・ロレンスの『死んだ男』の話になり、早速、その本邦初の翻訳を読んでみて、折口信夫の『死者の書』との関連について疑問が生まれました。
そのことを添付のように書いて、一般社団法人日本宗教信仰復興会議のウェブサイトの「真空」欄に掲載しました。
https://www.hukkoukaigi.or.jp/%e7%9c%9f%e7%a9%ba/
折口信夫の『死者の書』がイシスーオシリス神話を踏まえていることはすでにいろいろな人が指摘していたと記憶しますが、それだけでなく、折口のより直接的なアイデアはロレンスの『死んだ男』だったのではないかというのがわたしの推測です。
それほど、甦りの構造が似ていると思ったのですが、重要な違いもいくつかあります。
共通点として、
①死者(甦った男)と巫女との交感が描かれる点(『死んだ男』ではイエスとイシス神殿の巫女、『死者の書』では大津皇子=滋賀津彦と藤原南家の郎女、また滋賀津彦は処刑される前に大織冠藤原鎌足の子の耳面刀自との間に子どもを欲していた)
②また、<どちらもが太陽神格を持つこと(『死んだ男』ではオシリス~イエス・キリストの太陽神神格、『死者の書』では天若彦と阿弥陀仏との太陽神仏・光の神仏)>
相違点として、
①死者と巫女との交感が、『死んだ男』では肉身の交わりと妊娠につながること、『死者の書』では霊的交感としてそのヴィジョンが山越えの阿弥陀像の当麻曼陀羅として織られること。
②また、『死んだ男』では男が流浪の旅に出、『死者の書』では滋賀津彦は肉身では現実化せず霊的な面影(俤)としてのみ南家の郎女の霊感の中に現われる、
などが挙げられます。
『古事記』でオシリスーイシス神話に対応するのが、兄神たちに二度も殺されて甦るオホナムヂ=大国主神ですが、折口の『死者の書』十に、大国主神=八千矛神の歌う長歌「八千矛の神のみことは、とほ/″\し、高志(こし)の国に、美(くわ)し女(め)をありと聞かして、賢(さか)し女(め)をありと聞(きこ)して……」とあり、『古事記』の中にエジプト神話と通じる神話素があるとわたしも考えています。
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